2002年8月16日(金曜日)

520病棟、談話コーナーで団結力固まる

談話コーナーには、いつも同じメンツが集まる。いつもここで食事をするのは、砂原さんと江川さん、私の隣のベッドのポーランド人のキャロライン、そして大学生の酒井くん。とにかく、整形外科の患者はケガ以外は、ピンピンしているので、520病棟はいつもにぎやかだ。公衆電話で仕事の打ち合わせをしているおじさんや交通事故の患者も多いのだろう、保険屋さんと交渉している人、平均体重80キロは下らないと思われる大男たちが毎日ゾロゾロと見舞いにやってくるラガーマン。キャロラインも事故の相手がドイツ人だったとかで、毎日いろんな国の人がやってきて騒ぐから、さながら六本木のバーのようである。

私が大好きだったのは、砂原ばーちゃん。ヒップホップにも理解を示し「結婚なんてしちゃダメ、ボーイフレンドをたくさんもつほうがいいに決まってるじゃない」などという、超ハイカラばーちゃんで、御年84歳。とにかく患者が集まると一番盛り上がるのは、医師や看護婦への不満を口にするときだ。看護婦に向かって、おしぼりを投げつけるほど元気な砂原ばーちゃんは、あるときマスク看護婦に「あんた、もちっと親切にしたらどうなのよっ!」と啖呵を切った。「ここは救急病院なので、そんなきめ細やかな看護はできませんっ!」と、マスクも応酬。二人のにらみ合いは、まさにハブとマングースで、520病棟きっての名物だった。そういえば、真鍋先生に「なぜ整形外科医になったのか」と聞いたところ「みんな元気になって退院していくから」と言ってたけど、なるほど、じわじわ衰弱していく患者はひとりもいない。もちろん整形外科医は、大きな事故やケガの人の治療の際、臨終の場面にあうこともあるだろうが、入院しているってことは、回復あるのみ、なのだ。整形外科病棟、なかなか快適で楽しい。

左・おしゃれな砂原ばーちゃん。中・元教師の江川さん。右・キャロライン


午後に「だっせーっ!」と言いながら、見舞いにやってきたのはレコーディングエンジニアのカズ。元バイク乗りの彼とバイクの話や彼が引き起こした数々のお笑い事故話で盛り上がる。カズと入れ替わりに、大内さんが、私が借りていた資料を取りに来てくれた。夕方には日経ゼロワンの格闘家・宮島女史が花とぶどうを持って来てくれる。ああ、入院って楽しい! と思っていたら、dancyuの植野さんから電話。「原稿、過去最低最悪」と、まさに血の気の引くお言葉。冷や汗かきながら、夜中、植野さんが手直ししてくれた原稿をリライトする。ああ、パソコンがあってよかった(涙)。

2002年8月17日(土曜日)

手術室の前でショッキングなシーンに遭遇

点滴も終わり、快適な日々。しかし、コンタクトレンズを入れっぱなしだったせいか、目が痛くてしかたがない。我慢の限界を超えたので、眼科外来に行くと、どうやら結膜炎らしい。もらった目薬をさしてなんとか小康状態を得た。外来のある1階をぶらぶらしていると、手術中のランプが点灯する緊急の救急外来の手術室の扉の前で、作業着のまま、神に祈るように両手を組んで、立ち尽くしている人がいた。スーツ姿の連れの人が作業着の人の背中をポンポンとたたいてイスに促そうとするが、頑として動かなかった。工事現場での事故なんだろうか、かなりショッキングなシーンだった。のほほんとした毎日を過ごしていたが、今さらながらここはERだったんだなぁ、と再認識。
お昼ちょい前、平松洋子さんが来てくださった。ちょうど昼食が運ばれてきたので、平松さんが持ってきてくださったいかなごの釘煮でごはんを食べる。横から砂原ばーちゃんが「あらっ、それなに? おいしそうね」というので、皆でわいわいつつく。いかなごの釘煮は、兵庫県の名産。神戸に住んでいたときは、誰かからもらうので毎年食べていたなぁ、などと思いを馳せる。そしたら、もみが来てくれた。今日は、土曜日なので、もみの会社は休みだ。彼女の自宅の三鷹から広尾はけっこう距離あるのに、申し訳ねー、と心の中で感謝する。夕方、宮島さんからもらったぶどうを食べる。「ちょっとコーヒー入れて」。すっかりナガハマの小間使いとなった酒井くんは、かいがいしく世話をしてくれる。私は、女性には愛想よく人当たりいいのだが、図に乗ると、鬼畜女王と呼ばれるくらい、男性には横柄な態度を取るらしい。いつも物静かな患者さん、きんさんにもぶどうをおすそわけ。ふと朝に手術室の前で見た光景が頭をよぎる。あの作業着の人の背中が脳裏から離れない。ここはERなので、しょっちゅう救急車のサイレンが聞こえてくるのだが、今までそれほど気に留めていなかったサイレンの音が妙に気になる。整形外科病棟では、ほのぼのとした時間が過ぎていくが、この建物のなかでは、いろんなドラマが繰り広げられているかと思うと、なんだかしみじみしてしまった。続く

左・普段は自転車便のバイトで都内を走り回る酒井くん。芝浦工大4年生。右・いつもおだやかな表情のきんさん。酒井くんにぶどうを食べさせてもらうの図。