睡眠時無呼吸症候群 笠井耳鼻咽喉科クリニック・自由が丘診療室
 睡眠中に呼吸換気が10秒以上停止する現象を睡眠時無呼吸と定義する。呼吸運動はあっても上気道の閉塞によって換気が低下するものを閉塞性、呼吸中枢の障害によって呼吸運動そのものが停止するものを中枢性と区別している。有病率は閉塞性睡眠時無呼吸の方が圧倒的に多く、全人口の1〜2%と推定され、男性が女性の約8倍と高く、中高年者に多い。睡眠中の無呼吸のため、甚だしい低酸素血症を呈し、呼吸を再開するときに大きないびきをかき、脳波上は一過性の覚醒反応を示す。以下では、閉塞性睡眠時無呼吸症候群について述べる。
診 断
 睡眠時無呼吸症候群の診断には、終夜睡眠ポリグラフを施行しなければならない。以下に示すクライテリアAあるいはBと、Cを満たすことが必要とされる。
A:日中の傾眠があり、他の要因により説明ができないもの
B:下記のうち2つ以上の項目に該当するもの
 睡眠中の窒息感やあえぎ
 睡眠中の頻回なる完全覚醒
 熟眠感の欠如
 日中の倦怠感
 集中力の欠如
C:終夜睡眠ポリグラフで睡眠1時間あたり5回以上の閉塞性無呼吸イベントがあること。
原 因
 健常者でも睡眠中は上気道を構成する骨格筋の緊張が緩み、舌根が沈下して咽頭後壁に近づくので上気道がやや狭くなるが、構造的に咽頭−喉頭部に狭窄がある人は閉塞性睡眠時無呼吸を起こしやすくなる。その構造異常の原因は多様である。最も多いのは肥満のため舌根、咽頭組織内に脂肪が沈着することによる上気道狭小で、閉塞性睡眠時無呼吸症候群を示す患者の約70%に肥満がある。他にも小下顎や下顎後退のある場合、口蓋扁桃肥大やアデノイド、舌や口蓋垂の肥大・上気道の奇形や腫瘍も原因となる。老化による気道周囲組織の弛緩も無呼吸を起こしやすくする。睡眠時無呼吸の増悪因子としては、鼻閉のため睡眠中の口呼吸が多くなり、それが気道閉塞を増強する場合が多い。また、飲酒、睡眠薬、精神安定剤は気道周囲の筋緊張を弛緩させ無呼吸を増悪させる。
合併症
 睡眠の分断と深睡眠の欠如により、昼間の眠気、倦怠感、頭重、集中力・作業能力の低下、記憶障害、抑うつ気分などがある。また、睡眠時無呼吸症候群は、高血圧、不整脈、狭心症・心筋梗塞などの虚血性心疾患、脳血管障害などの循環器系疾患の合併率が高い。特に無呼吸指数(1時間あたりの無呼吸回数)20以上の患者では5〜8年の累積生存は健常者に比べて低くなるといわれている。睡眠時無呼吸症候群が、肥満と独立して循環器系合併症の危険因子になり得るか否かいまだ明らかではないが、肥満に伴う耐糖能障害(インスリン抵抗性を含む)などの代謝面の病態変化に、さらに夜間低酸素血症や胸腔内圧変化(陰圧の増大)などの呼吸生理学的変化、高度な交感神経緊張状態が一次的あるいは二次的に加わり、それらの結果として循環器疾患を発症しやすく、また各種循環器疾患の血行動態に対しても悪影響を及ぼしやすいとされている。
治療
 無呼吸指数(1時間あたりの無呼吸回数)20以上で合併症のある中等症・重症の閉塞性睡眠時無呼吸症候群の症例は早急に治療が必要とされている。睡眠中の上気道閉塞の原因が多様であるのに対応して、治療法も下表のように多様である。睡眠時無呼吸の重症度、上気道閉塞の原因、合併症などを総合判断して、患者ごとに最も適切な治療法を選択することが重要である。
閉塞性睡眠時無呼吸症候群の治療法
 
保存的治療(非手術治療)
  
経鼻持続陽圧呼吸(nasal CPAP)
  
口腔内装具(呼吸スプリント、マウスピース)
  
体重減少
  
薬物療法
   アセタゾラミド(炭酸脱水素酵素阻害剤)
   三環系抗うつ剤
   酢酸メドロキシプロゲステロン(女性ホルモン剤)
 
補助的治療
  
体位変換
  
飲酒・睡眠薬・鎮静剤の中止
  
鼻閉の治療
  
上気道の感染・アレルギーの治療
 
外科的療法(手術)
  
口蓋垂軟口蓋咽頭形成術(UPPP)
  レーザー口蓋垂軟口蓋形成術(LAUP,UPP)
  レーザー舌根正中部切除術(LMG)

  
口蓋扁桃摘出術・口蓋扁桃切除術(ラジオ波凝固治療)
  アデノイド切除術
  鼻中隔彎曲矯正手術・下鼻甲介粘膜下骨切除術・下鼻甲介切除術
  下鼻甲介レーザー焼灼術下鼻甲介ラジオ波凝固治療
  軟口蓋・口蓋垂・舌根部などのラジオ波凝固治療
  気管切開術
気管瘻形成術:重症で緊急の場合
  
下顎骨前方転位術
 閉塞性睡眠時無呼吸に対する治療としては、経鼻持続陽圧呼吸 ( nasal continuous positive airway pressure: nasal CPAP ) が最も効果が安定している。適応症例は無呼吸指数が20以上の中等症以上の患者である。これは、睡眠時に5〜15cmH2Oの陽圧を負荷することにより、閉塞部位を押し広げて気道を確保する方法である。nasal CPAP使用時には、呼吸筋の疲労や気流による不快感の生じる可能性がある。このため、日中の過眠や精神機能低下が、nasal CPAPで顕著に改善し、しかも本治療を持続する意志の強い患者でないとコンプライアンスはよくない。
 口腔内装具(スプリント)を夜間入眠前に装着することにより、下顎を前方に5〜7mm移動させて気道閉塞を防ぐ下顎前方固定術 (prosthetic mandibular advancement: PMA ) も閉塞性睡眠時無呼吸に用いられ、一般的にいびきと無呼吸指数20未満の軽症例に有効であると考えられている。PMAの使用にあたっては、歯牙が十分に保たれている必要がある。
 薬物療法としては、炭酸脱水素酵素阻害剤アセタゾラミドが保険適応を受けている。腎からの重炭酸イオン排出によりもたらされる代謝性アシドーシスの結果、呼吸ドライブが上昇し無呼吸が減少する。三環系抗うつ剤は上気道の緊張を高めることによって、睡眠時無呼吸を軽減すると考えられている。また、酢酸メドロキシプロゲステロンの有効性は、女性ホルモンの呼吸刺激作用によるものである。
 上気道の狭窄を改善する目的で、外科手術も行われている。特に小児では、扁桃腺とアデノイドが原因になっていることが多いため、これらの摘出術を行えば予後は良好である。成人例では、扁桃腺摘出術、軟口蓋咽頭形成術、鼻内手術などがまず実施される。睡眠時無呼吸の形成にあたっては多岐の要因が関与していることから、その治療効果を上げるためには、外科治療と、減量やnasal CPAPなどの保存的治療を複合した治療が有効である。
 また、例えば肥満が主因であって、nasal CPAPを使用している場合でも、体重減少に努めることを忘れてはならない。無呼吸の増悪因子となる鼻閉や上気道の感染・アレルギーの治療も必要である。無呼吸による熟睡困難があっても、寝酒、睡眠薬、精神安定剤の使用は無呼吸を増悪させるので注意を要する。
 閉塞性睡眠時無呼吸症候群の患者は、他の生活習慣病、例えば高度肥満、高血圧、耐糖能異常、高脂血症などの合併が多く、これらの病態も是正する必要がある。すなわち適切な食事療法、運動療法、禁酒、禁煙、規則正しい生活リズム、内科薬物療法の継続が治療成否の鍵を握る。たとえ、nasal CPAPで睡眠時無呼吸のみを是正しても、循環器系合併症の発症予防という点で治療の最終目標を達成したことにならない。(参考テキスト;ArcAzwell)
文献)
メディカル朝日 28(4):16, 1999. Mebio 17(9):18, 2000. Mebio 17(9):57, 2000. Mebio 17(9):90, 2000. Pharma Medica 18(11):49, 2000. 臨床と薬物治療 17(3):257, 1998.

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