例えばそれは
視線
感情

想い


もう交わらない、僕らの総て






                miss each other





唇が。


触れるかと、思った。


自分の直ぐ目の前、互いの息が掛かり合うほどの場所に、
互いの唇が在る。
その薄く、微かに震えるラインに目を奪われたまま、アスランは自分の
顔が翳っていくのを感じた。

胸倉を掴んだ腕の力、そして押し付けられた背後の壁の冷たさは
圧倒的で、昔、幾度もこれと似たような状況を体験しているのに、
今回は今までのどの時よりも、身体が強張っていく。


「・・・どういう事だ、それは」


低く、身体に響いてくる音律は明らかに、溢れ出そうになる怒りを
抑え込んだもので、無闇に怒鳴られるよりも余程、鈍い痛みを心臓に
与えてきた。


「いきなり戻ってきたかと思えば、軍を・・・離反するだと?
 何を寝惚けた事を・・・」

「寝惚けた事なんかじゃ、無い」


自分でも驚くほど低い声が唇から零れて、相手の唇へとぶつかって、
落ちる。


「俺は、ザフトを離れる。この後父に会いに行って・・・全部、
 はっきりさせて、それでも恐らくもう、此処には・・・帰って来ない」

「・・・今、貴様何処に居る?」

「・・・アークエンジェルだ」


「『足つき』だと!?」と、ついに激昂を抑え切れずに叫んだ相手から、
堪らなくなって顔を逸らす。
2ヶ月前、暫しの別れと見つめたアイスブルーの眸を、今日は
真っ向からは愚か、視界の端に捉える勇気も出なかった。


それでも、言わなければならない、伝えなければならないことだけは
伝えたいと、硬く閉ざしそうになる唇を無理矢理に開く。


「・・・決めたんだ。此処に居ても、戦争は終わらない。
 父の・・・今の軍のやり方は間違ってる。俺は、もう此処では戦えない」


「・・・ッナチュラルどもに絆された訳か?ザフトのエースともあろう
 人間が!貴様、何の為にこの服を着ている!?」


紅い軍服に目を走らせて怒鳴る彼の声に、もう自分には確かに、
この服に袖を通す資格は無いのだと感じる。


もう『ザフトのエースパイロット』では無いのだ、自分は。
目の前の彼と、同じ服を着られる人間では、もう無くなってしまった。


「そう、だな・・・脱ぐべきだな。俺は、この服を・・・」


自分の言った言葉は、恐らく彼の聞きたかった言葉ではなかっただろうと
解ってはいた。
けれど、そうとしか言いようが無く。


ギリ、と、服を掴む手に力が入るのが解る。
その所為なのか、もっと別の理由からなのか、酷く、息苦しかった。



上手く打ち破ることの出来ない沈黙が、暫しの間二人の間に広がり。



「・・・どうして俺の所へ来た」


再びトーンを落とした、搾り出すような声が耳を打つ。


「どうしてのこのこと、俺の前にその面を見せに来た!?
 ザフトの・・・俺の敵になると決めたんだろう!?貴様は!?」


敵。


容赦無く投げつけられた言葉に歯を食い縛る。
違う、という空虚な言葉を飲み込む。
そんな言葉は言い訳でしかない。
言い訳は出来ない。


そうだ、確かにもう自分は彼にとって敵でしかない。
それ以上でもそれ以下でも、無い。


なら、何と答えればいい?

此処に来た、理由を。
正直な、理由を。



答えられず視線を逸らせた自分を、相手が苛立った視線で睨みつけて
来るのを感じる。
けれども、答えは返せず。


「・・・ッ」


殴りつけられるように壁へと身体を打ち付けられた後、彼の手が、
自分の胸元から離れた。そうして、躊躇い無くその視線が、身体が、
自分から背けられる。


「・・・イザーク、」

「次に」


紅色の背中に名前を呼ぶと、低く、投げ捨てるような声が返ってきた。


「次に戦場で逢った時は・・・俺が貴様を撃つ」


叩き付けるように言うと。

銀色の髪が、紅の裾が躊躇う事無い足取りで、廊下の向こうへと
遠ざかっていく。振り返る事無く。
今度は呼び止めることも出来ず、その背中が視界から
消え去るまで床へと目を落とし。


足音の遠ざかった廊下に、一人残されて。


アスランはぼんやりと、先ほどまで押し付けられていた壁に凭れ
掛かった。背中に伝わる冷たさは相変わらず、余所余所しい温度だけを
伝えてくる。


「撃つ・・・か」


彼の言葉を思い出して、唇に乗せてなぞり。


ずるずると、壁に沿って崩れそうになった身体を手を使って
どうにか支える。
唇が、歪んだ。


「そう、だな・・・撃ってくれて、いいよ」


呟く。歪んだ唇が微かな笑みの形すら刻んでいることを自覚する。
諦めのような、哀しみのような痛みを伴う笑みが。


解っていた。
同じ場所でなければ、自分達は相容れない存在になるのだという事を。
抱き締められ、頬に触れた手はこの場所を離れれば――新たに立つと、
そう決めた場所に行けば自分を殺す手に変わるという事を。
敵対したいわけではないと言ったところで、状況も彼の感情も、
それを許しはしないだろう。そして、それが正しい事だとも、理解している。

自分の決意が、彼に受け入れられる筈も無いだろうという事は。


けれど。


それでも、逢いたかった。逢っておきたかった。
彼に、一度だけでも、生身の姿で。
その冷たい眸の色を、薄い唇を、白銀の髪を。
もう一度、この目に映しておきたかった。存在を、感じておきたかった。
どんな言葉を投げつけられようとも、軽蔑されようとも。


自分を撃つと。


その感触を良く知る唇から、告げられたとしても。


逢って、その存在を傍で感じられる処で、自分の決意を彼に伝えて
おきたかった。



次に彼と逢うのは、戦場かもしれない。恐らく、そうだろう。
そうなった時、彼と刃を交える事になる可能性は非常に高い。
彼のことだ。自分の機体を見つければ真っ先に、その刃を自分へと
向けてくるだろう。

その時。

自分は、どんな決断を下すだろう。
彼と戦い、場合によってはその機体を撃ち落すだろうか。
自分が、彼を撃つのか。彼が、自分を撃つのか。


夕闇の迫る基地で、確かめ合った手の温度を再び感じることはもう無いだろう。
つい先ほどでさえも、服を掴む彼の手の温度を感じることなど出来るはずも
無かった。伸ばしても、きっと振り払われただろう。


混じり合う視線は無かった。触れ合う唇も無かった。

有ったのは、擦れ違う視線と感情。そして、決意。



「・・・本当に、どうしようもないな、俺は」


自嘲気味に呟いて、耐え切れずにしゃがみ込んだ。

天井を見上げる。息を吐く。目を閉じる。涙は出ない。


弱いくせに。


彼にもう一度逢いたいと、想ってしまった、莫迦な自分。
その眸にもう一度、自分を映したいと望んだ。


結果的に、自分は彼に容赦無い言葉を叩きつけられ、彼は
以前は確かに、彼が愛してくれた存在に背を向けることになった。
次に逢えば、命の取り合いをする相手なのだと言う現実を突きつけられて。


間違った、再会だったと感じる。けれど、もう後戻りも出来ない。


「・・・ゴメン、イザーク」


敵になった事では無く。
逢いに来てしまった事に。
自分の自己満足に、付き合わせてしまったことに。



のろのろと、アスランは立ち上がった。此処で何時までも
しゃがみ込んでいる訳にも行かない。
次は父に逢って、自分の気持ちを伝えなければいけない。
最悪の結果になる事も考えられる。けれども、もう決めたことだ。



そっと。


彼の去っていた方を見、目を伏せると、アスランはその反対の方向へと
歩き出した。
泣けば少しは楽になれるかもしれないという、身体からの誘惑を遮断する。
泣くような事では無い。泣いて逃げられるような現実では無い。


もうこれ以上、崩れて躊躇って、自分までもを裏切るわけにはいかない。


軍を、祖国を、彼を裏切って、これ以上は。



立ち止まらずに、歩こうとして。


それでも一度だけ、後ろを振り返った。

今はもう見えない、彼の背中を捜そうとして、そんな事はもう無駄な事だと、
自分を哂って。






迷いの許されない宇宙(そら)で、自分を抱き締める腕はもう存在しない。




そのことが、こんなにも寂しい。
唯、そうとだけ、感じた。





                          終                                                      



蛇足ながら、こちらのSSは、作者様が拙サイトのイラスト「きっとできないじっとしない」をみて書き上げてくださったものとのことです。あんなへなちょこイラストから、こんな切ない素敵なお話を思いついて書いてくださるなんて…凄い、凄すぎます!!!あまりに嬉しくて、つい宣伝(←激馬鹿)

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