再来


 うまく育てられたシャム猫みたいだと、思った。
 苦痛や恐怖、不信、焦燥。そんなものを少しも知らないで大きくなった生き物に独特の、無防備な柔らかさがあった。人間はみんな自分に優しくしてくれると、曇りなく信じてる瞳は澄んで、可愛がられる為に媚びようとする努力さえ見せない。そこが気品でもあって、麗しい姿を一層、ひきたてる。
 主人に連れられて俺に引き合わされた時も、挨拶をして微笑んだ。そうして主人の命令のまま、宴会の間中、俺に寄り添っていた。白い指が盃に酒を満たしていく。てつきはあんまり、馴れてる様子でもない。
「なかなか、だろう?」
 主人は飼い猫をそうするように、手を伸ばし頭を撫でる。確かに、なかなかの見目と肢体だった。撫でられてうっとり、している様子は随分と、可愛がられているんだなと、思った。
 既に老齢に近い、飼い主。
 私邸で私服で寛いでいる今は飼い猫に目を細める好々爺。けれど正体は若い皇帝の結婚問題を左右する権力さえ持った帝国の元老。老齢のため帝国議会からは引退した形になっているが、いまだに実権は手放さないまま、皇帝の御座所を見下ろす高台に不遜な邸宅を建てて淫蕩な生活に耽っている。
「大事な客人だ。念入りにもてなしなさい」
 主人に言いつけられて猫は頷き、素直に俺にもたれかかる。柔らかく寄り添えば悦ばれると信じきっている、愛玩に馴れたしなやかさで。
 俺の気持ちは安らがなかった。案内された寝室の寝台で、『もてなされる』ことを拒む。俺に絡み付こうとする猫の手足を敷布に張りつけ、身動きできないようにして……、犯す。
「……ッ、ンッ」
 オスに内側を食いつかれることに馴れた肌は震えて脅えていた。最初はそれでもホホエミを、浮かべようとしていた美貌が痛みに引きつり、悲鳴に近い苦悶を漏らす。腰が浮いても、俺は逃がさなかった。腰骨をきつく、つかんで引き戻す。
「キュ……ッ、くぅ……ゥ、んーっ」
 『もてなす』余裕を与えないために、途切れなく揺すりあげた。あわせようとする健気な動きを敷布に押さえつけて。猫が相手を愉しませようという意志を棄てて、
「う……、ンー……」
 快楽にうっとり、とろけるまで。
 この館の、主人は。
 猿の脳みそだのオットセイの睾丸だのって強性剤を散々貪り食った挙句、もう、どうにもならなくなって代わりに、側近や兵士たちに、側女や男妾を抱かせて悦に入っている。
 知って招待に応じた。分かっていて、のった誘いだった。宮廷に奴僕として収監されたはずのこいつが、ドコにも見当たらなかったから。
「……、ぁ、ん……」
 本来は皇帝の所有に帰す筈の罪人たち。宮中に没収されるべき奴婢や奴僕のうち、若くて見目のいいのをこの館の、主人が横流し、させているという噂を聞いたから。
「どうして」
 震えて荒い、呼吸を繰り返すだけの頭を抱き締める。耳元に、ささやきにもならない息に紛らわして、告げる言葉。
 主人がドコからか俺が、これを抱くのを眺めてるはずだから。
 それでも。
 前頭葉を弄られて、声帯を潰されて、飼い主の命令を理解するのが精一杯の知能に作り変えられて、俺の言葉も俺が俺だということも、理解できなくなった相手に。
 それでも、言わずにはおれない言葉が、あった。
「オトートとなんか、寝やがった……ッ」
 それも同母の。どうしたって許されない、相手と。
 東方の強大な地方領主として、やがて君臨するはずだった、お前。
 まだ少年の皇帝からも慕われ信頼を寄せられて、実力を背景に帝国自体を、牛耳る政治家になることさえも夢想ではなかった。
 ……なのに。
 召使の密告。
 踏み込まれた、寝台の中で。
 言い逃れを、許されないカラダのまま全裸で引き出された裁判。
 オトートは未成年で、罪を許され領地に戻されただけですんだが。
 軍人として帝都に駐屯する、俺のもとには手紙が届く。アニキどーしてる、アニキ無事なのか、生きているのか、と。
「……バカヤロウ……」
 どうしてあんな相手を愛した。
 一言の弁解もなく、罪に服したお前の不幸に、まるで。
「……きゅ……ツ」
 つけ込むような真似を俺にさせる。……どうして……。

 後始末を、本来するべき相手が、イッちまってて、役に立たなかったから。
 代わりに別の、今度はホンモノの女がやってきた。裸体に等しい薄物を纏って、俺の身体を清めていく。女の頬は上気して呼吸はひそやかだった。館の主人とともにドコからか、今のを眺めていたことが、それで分かった。
 女は俺に乗られたそうだったが、俺はそうしなかった。やがて執事が現れて主人の満足の意を告げる。
「どうぞ今後も、お気が向かれましたら遊びにおいてください。お約束なしでけっこうです」
 俺にオトコや女をよがられて、それを眺めて愉しもうって趣向か。
「また、近々」
 応えて預けていた武器を受け取り、館を出た。
 正面のモンから館を、振り返る。
そうとも、俺はふたたび、ここに立つ。必ず立ってみせる。遠い将来じゃない、近々。
あの年寄りを滅ぼす戟剣の音とともに。



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