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ガス・ダッジョン Gus Dudgeon

 ガスは、1942年9月30日 、英国サリー州ウォーキングで生まれる。1950年代前半、少年時代の彼は特に音楽にも興味はなく、特別な音楽教育も受けていなかったが、エルヴィス・プレスリーの登場によって音楽が好きになり、レコード収集をするようになる。1960年代に入ると、アルバイトでテープ・オペレーターとしてロンドンのポピュラー・オリンピック・スタジオで働いた。やがて、Decca Recordでスタジオ・エンジニアとなり、その後、プロデューサーとしてボンゾ・ドッグ・バンドやデビッド・ボウイ等のプロデュースを行なうようになる。

 1969年、プロデューサーとアレンジャーを探していたEJは、ボウイの「スペース・オディティ」のアレンジが気に入り、その時のアレンジャーだったポール・バックマスター(EJと同じロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージック出身)を自分のアルバムに起用。そのポールの紹介で、「スペース・オディティ」のプロデュースをしていたガスもEJのアルバム製作に参加した。これをきっかけに、ガスは以後のEJアルバムのプロデュースを手掛けるようになった。

 ガスはプロデューサーとして他にも、ロイ・オービソン、ジョン・メイオール、マグナ・カルタ、ギルバート・オサリバン、クリス・レア、ジョン・マイルス、キキ・ディー、マリアンヌ・フェイスフル等、多様なアーティストを手掛けている。

 EJバンドの中心的存在のデイヴィー・ジョンストン(ギター)がかつて在籍していたバンド、マグナ・カルタのアルバム「Song From Wasties Orchard」(1971年)をプロデュースしたのもガスだった。この時よりガスと親交を持つようになったデイヴィーは、ガスがプロデュースしたバーニーのソロ・アルバム「Bernie Taupin」(1971年)にセッション参加した。それがきっかけでデイヴィーは、EJの「マッドマン」にもセッション参加し、以後のEJアルバムへの参加、そして、正式バンド・メンバーへとなった。当時、EJとガスの出会いがなければ、現在までのEJバンドにデイヴィーの姿はなかったことだろう。

 70年代のEJアルバムの殆どをプロデュースしているガスの作品は、どれも名盤ばかり。名盤中の名盤「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」のアルバム製作秘話を収めたビデオ「Classic Albums - Goodbye Yellow Brick Road」(2002年)では、ガスの貴重で興味深いアルバムに関するコメントを聞くことができる。

 2002年7月21日の早朝、ガスはレディング郊外の高速道路で交通事故によって車に同乗していた妻と共に他界してしまった(享年59歳)。 EJ「ガス・ダッジョンの悲報を受け、立ち直れないほどショックを受けている。彼は素晴らしい才能を持ったプロデューサーで、何年もの間、とても素敵な友人だった。彼がいなくなって、これからすごく寂しくなるだろう。」

 初期のEJの秘められた才能を、遺憾なく引き出したのはガスだったといえるだろう。彼こそ、原石だったEJ音楽を輝くまでの宝石に磨き上げた最大の功労者といっていい。それだけにガスがもうこの世に存在しないことが大変惜しまれる。

ガスがプロデュースしたEJアルバム全作品 「Elton John」(1970年)、「Tumbleweed Connection」(1970年)、「17-11-70」-ライヴ盤-(1971年)、「Friends」(1971年)、「Madman Across the Water」(1971年)、「Honky Chateau」(1972年)、「Don't Shoot Me I'm Only the Piano Player」(1973年)、「Goodbye Yellow Brick Road」(1973年)、「Caribou」(1974年)、「Greatest Hits」(1974年)、「Captain Fantastic and the Brown Dirt Cowboy」(1975年)、「Rock of the Westies」(1975年)、「Here And There」-ライヴ盤-(1976年)、「Blue Moves」(1976年)、「Greatest Hits Volume 2」(1977年)、「Ice on Fire」(1985年)、「Leather Jackets」(1986年)、「Live In Australia」(1987年)。 更にガスは1990年代以降になって、過去の多くのEJアルバムを再デジタル・リマスターリングしている。

(参考文献:レコード・コレクターズ 1997年10月号)


スペース・オディティ Space Oddity / デヴィッド・ボウイ(1969年)-アルバム-

EMI●TOCP-65305(写真:1999年リマスターCD日本盤)

Produced by: Tony Visconti

 本作はボウイの通算2作目である。当初のアルバム・タイトルは、「David Bowie」(英国)、「Man Of Words, Man Of Music」(米国)とそれぞれ付けられていたが、1972年の再発時にタイトルとジャケットが変更された。タイトルは、ボウイにとって初ヒットとなった「スペース・オディティ」に変えられた。この時に一度変更されたジャケットだが、1999年のCDリマスター化の時に再び英国のオリジナル・ジャケット(1969年)に戻されている(CDでは今回初めて使用されたデザインだ)。

 スタンリー・キューブリックの映画「2001年宇宙の旅」にインスパイアされたという「スペース・オディティ」は、アポロ11号による人類初の月面着陸に合わせてリリースされ、英国シングル・チャートで第5位のヒットとなった。本アルバム(プロデュース:トニー・ヴィスコンテイ、アレンジ:ボウイ&ヴィスコンテイ)より先行で製作されたこの「スペース・オディティ」1曲のみ、プロデュースがガス・ダッジョン、アレンジをボウイとポール・バックマスターが手掛けている。EJが、この「スペース・オディティ」のアレンジを気に入り、その時のアレンジャーとプロデューサーだったポールとガスを、自身のアルバム製作に迎え入れるきっかけになった曲でもある。

 「スペース・オディティ」は、アコースティックながらも宇宙空間的な弦アレンジとボウイの音楽的美学が見事にマッチした曲で、本作中でも傑出した出来映えだ。ボウイはこの後、グラム・ロッカーとして派手に変貌を遂げ、更に今度は派手な音の装飾をあっさり拭い去り、R&B色の濃い洗練されたソウル・アルバムを発表。その時の「Station To Stasion」(1976年)が、個人的にはボウイの一番好きなアルバムだが、それに次いで、この全編アコースティックながらもボウイの強烈な個性が見え隠れする本作が気に入っている。


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