大江戸ばってん日記 −岡崎弘明−

最終回 「本当にバッテン人は存在するのか?」

 早いもので、連載して一年が経ち、このエッセイも最終回となった。その間、読者の方から励ましのメールなどを頂いた。この場をお借りして厚く御礼申し上げる次第である。
 その中に、『本当に大江戸バッテン人という人たちがいるのか』というご質問があった。作り話ではないのか、どうにも信じがたいということである。結論を先に言えば、バッテン人は明らかにいる。それも一人や二人ではなく、もっともっと大勢いて、大都会でうごめいている。この目で見てきたのだから、断言できるのだ(もちろん私もそのうちの一人)。
 もう一度大江戸バッテン人の定義をすると、『熊本に長年住み、就職や進学その他の理由で熊本を離れて上京してもなお熊本が大好きで、異様に熊本にこだわる人たち』である。定義の中に、熊本がなんと四回も出てくる。具体的には、聞かれもしないのに熊本の自慢話をし、相手が隙を見せれば熊本弁を教え、醤油ラーメンを憎み、とにかく、いつも「熊本、熊本!」とうるさい人たちである。
 東京でバッテン人を探し出すのは意外と簡単だ。都心の熊本ラーメンの店に行くと、かなりの高確率で遭遇する。とくに夜、飲んだ後あたりで行くと、「やっぱ、ラーメンはトンコツじゃなかといかん」とか、「なーんか、ぬしゃ! 最後まで、スープば飲まんか」などと聞こえてきたりするのだ。まちがいなく、大江戸バッテン人たちである。
 やがて桜の季節である。この春も、たくさんの熊本県人が上京することであろう。大いなる夢と、いくばくかの不安を抱えて。私も四半世紀ぐらい前の春に、大江戸バッテン人としての第一歩を踏んだ。

 今でも忘れもしないが、上京した日、下宿までの道に迷ってしまい、赤信号で横断歩道を渡ってしまった。渡り終えたところにちょうど交番があり、警官に「信号無視だ!」と叱られた。「すんまっせん。田舎から出てきたばかりで、信号の見方がわからんもんですから」と、今考えると冷や汗の出るようなことを言うと、「ちょっと来い」と交番の中に引きずり込まれた。あいた〜、しもくりきゃ〜た、東京は厳しかとだろか、道交法違反で逮捕されるかもしれんと真っ青になっていると、その警官はなんと色鉛筆で信号機の絵を描きだした。そして、「黄色は注意、赤は止まれだ」と信号の見方を懇切丁寧に教えてくれたのだ。おまけに、「いいか、青で進めだぞ。東京で頑張るんだ」とはげましてくれた。私のでまかせを信じてくれた警官に対してうしろめたくなると共に、クールな印象のあった東京にも暖かい人がいるんだと感じた。
 この春上京してくる熊本のみなさん、もし、大都会で困ったことがあれば、「誰か、どぎゃんかしてくれ〜!」と熊本弁で叫ぶと、きっと近くの大江戸バッテン人たちが助けに来るはずだ。誰も来ない時は、熊本ラーメン屋に行って叫んでみよう。
 故郷の良さは、故郷にもあるけれど、遠く離れたところでも、同郷人同士の心のつながりという素晴らしいものがあるのである。
 がんばってくだはんまっせ!

(完)


イラスト: 村井健太郎

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