大江戸ばってん日記 −岡崎弘明−

第11話 「三寒四温」

 寒いのは苦手である。冬になると動きがすこぶる鈍くなり、自分は何かのはずみで変温動物になったのではないかと悩むほどだ。できることなら、冬眠していたい。
 真冬に秋田に行ったことがあるが、良くもまあこんな寒いところでみんな暮らしているものだと感心した。私が住むことのできる日本の北限の地は池袋(東京23区ではやや北の方)である。それより北で暮らすと凍死してしまうだろう。いや、東京ですら、真冬は寒い。とにかく風が冷たくて強いのだ。また、雪が積もる。熊本市内で生まれ育った者として、雪は珍しく、子供のようにはしゃぎたくなるのだが、たいてい足を滑らせてすっころび、苦々しくなる。
 東京では、人と一緒にいる時、おおげさなほど身震いして、「おおっ、寒い!」と寒がってみせる。やはり、南国熊本に生まれ育った者としては、東京で『寒がり』を強調しなければいけないのだ。これは大江戸バッテン人(東京に住む熊本国粋主義者)の基本である。
「寒がりだなあ」などと言われようものなら待ってましたとばかりに、「ええ、熊本出身なもので」と瞳を輝かせて答え、聞かれもしないのに武者返しのすごさや水のうまさなど、ついでに故郷の自慢話をするのだ。
 だが、実は熊本の冬も寒い。盆地のせいか、寒さがこもり、底冷えする。昔、真冬に帰省したとき、凍えて寝られなかったことがあった。とくに顔が寒くてしょうがなく、新品のパンツを頭からかぶって寝た。パンツの穴から鼻を出して息をし、これ以上最悪の寝姿はないというほどのかっこうで眠りについたのだ。翌朝、失明したかと思ってバタグルッた。

 一方、暑いのはひたすら得意であり、夏は大好きな季節である。当然、大江戸バッテン人としては、東京の夏などへっちゃらという顔をしていなくてはならない。気温が三十度を越えても、「こっちの夏なんて、熊本の脳うっだす暑さに比べたら、春のポカポカ陽気タイ」と強がらなければならないのだ。とは言え、東京の暑さも、ムアーッ、ジトーッとしてたまらない。そこは我慢して、できれば一枚上着を余分に身につけ、「うーっ、今日はちょっと冷えるバイ」などとつぶやくと、完ぺきなバッテン人である。
 東京と熊本の気温について比較してみると、平年の真夏日の日数は東京が四十五日に対し、熊本(市内)は七十日と圧倒的に熊本の方が暑い。一方で冬日は、東京が二十日に対して熊本は四十六日とこちらも多い。要するに、熊本は夏暑くて冬寒いという過酷な気候なのである。
 そんなところで生まれ育つとメリハリのついた人間になりそうなものだが、私自身は、ぼおっとして春のポカポカ陽気のようなのんきな性格である。最近は太ってしまい、なんだか輪郭までもぼやけてきた。今年の夏あたり、暑さで溶けてなくなってしまいそうである。溶けてもいいから、早く夏が来ないかと今から待ち遠しい。


イラスト: 村井健太郎


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