大江戸ばってん日記 −岡崎弘明−

第8話 「頑張れ、阿蘇山チェーン!」

 前回、富士山を熊本に持って帰るという話を書いたが、読者から『熊本にはすでに富士がある』というお便りを頂いた。ラーメン屋のことかと一瞬警戒したが、小国町の湧蓋山(わいたさん)という山が、『小国富士』と呼ばれているそうだ。また、阿蘇の米塚は『阿蘇富士』、八代の矢山岳が『肥後の小富士』と呼ばれているらしい。『天草富士』は二つもあるそうだ。バッテン人として恥ずかしい限りだが、それらすべてを知らなかった。前回の話では、持って帰った富士の置き場に困り、天草の西に浮かべてしまおうという乱暴な結論に達したが、すでに天草に富士は二つもあったのである。熊本でこんなにあるのだから、全国で『○○富士』と呼ばれる山はかなり存在するはずだ。調べてみると、驚くことに、三百以上の富士が存在するではないか。これではまるで薬局か居酒屋のチェーン店である。日本人の心をつかんだ富士山が全国展開しているのだ。千葉の『波太(なぶと)富士』などは標高四十メートルしかない。山ではなくて丘、いや単なるでっぱりである。それなのに富士と呼ばれている。まったく節操がない。
 さて、ここからが本題である。たしかに富士山は大好きだが、熊本国粋主義者のバッテン人としては、山と言えばやはり『阿蘇』である。阿蘇にも頑張っていただかないと困るのだ。しかし残念なことに、『○○阿蘇』と呼ばれる山は聞いたことがない。そもそも、富士の名を付けるのは、シルエットが富士山に似ているからであるが、『○○阿蘇』とはどんな山を言うのか。ここできちんとその定義を考え、全国の山々に阿蘇の名を使ってもらうようにしたい。阿蘇の特長と言えば、広大な外輪山、世界にその名を知られた大カルデラ、そして大噴火口などだ。しかし、それらを有する山と定義すれば、阿蘇だけだろう。多くの山を阿蘇と呼んでもらうには、もっと条件をゆるやかにしなくてはならないのだ。
 阿蘇と言えば火山、火山と言えば阿蘇、阿蘇は火山の代名詞である。というわけで、思い切ってその定義を『火山であること』にしてみたい。この勝手な定義をもとに、『火山を○○阿蘇と呼ぼう大キャンペーン』を展開しようではないか。日本には百五十ほどの火山があるそうだが、全国いたるところにいるバッテン人たちが、近所の火山を『○○阿蘇』と呼ぶのである。これで、全国にたくさんの阿蘇が生まれることになる。これはバッテン人にとって大いなる自慢の種となろう。
「君は浅間阿蘇のある長野の出身か。オレは本家本元の阿蘇のある熊本出身タイ!」と偉そうに言えるのだ。考えただけでわくわくする。とここまで書いて、はっとした。富士山も立派な火山ではないか。阿蘇の名を付ける資格があるのだ。しかし、静岡阿蘇、山梨阿蘇というのはあまりにも手ぬるい。ここは一つ『富士の大阿蘇』と呼んでもらおうではないか。これで天下の富士山も阿蘇のチェーン店になったわけである。



イラスト: 村井健太郎


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