大江戸ばってん日記 −岡崎弘明−

第7話 「富士山を持って帰る」

 日本人で富士山を悪く言う人はあまりいないが、大江戸バッテン人は富士山が大好きである。少なくとも周囲のバッテン人、そして私も大好きである。新幹線に乗った際、雲が出て富士が見えなかったりすると、金返せと言いたくなる。それほど好きだ。
 あの稜線の美しさにはため息が出てしまう。日本一の高さという割にはエベレストの半分もないし、標高二万五千メートルもある火星のオリンポス山に比べると、砂場のお山みたいな存在だが、独立峰としてあそこまで稜線の綺麗な山は世界でもたぐいまれだろう。
 こんな素敵な山を静岡や山梨に置いておくのはもったいない。熊本国粋主義者の私としては、ぜひ富士山を熊本に持って帰りたいと思う。どうやって持って帰るかといった技術的な問題はさておき、とにかく富士山をお土産として持って帰ったとする。その時、熊本のどこに置くのかが悩みどころだ。九州のど真ん中、大分県との境あたりに置くとすれば、収まりがよい。ただし、そこには大きな問題がある。そうなると、阿蘇山に消えていただかねばならない。これは熊本として大きな損失である。
 ではどこに置くべきか。いっそのこと、熊本市内にどんと据えればいいのではないか。ちょうど山頂に熊本城がそびえる程度の位置だ。これは素晴らしい。熊本城と富士山を一緒に楽しめる。観光産業も今以上に盛り上がり、かなりの金が落ちるであろう。そして、日本一の山をふところに抱く熊本県の地位は、そうとう上がるはずだ。東京に住むバッテン人たちも自慢の種が増えることになる。
「熊本出身です」と言うと、「おっ、富士山のある熊本か!」と必ず言われ、こちらは誇らしげに胸を張って笑みをかえすのだ。考えただけでわくわくする。


 そんなことを想像しながら地図帳を見てみたが、やはり富士山はでかい。ページをめくって熊本の地図にその大きさを重ねてみる。熊本市内に山頂を置くとすると、北は山鹿、南は松橋、東は益城の先あたりまですそ野が広がり、西は有明海にはみ出してしまう。金峰山などは富士に吸収される運命だ。
 これでは、熊本市民だけでなく、多くの県民が山の斜面に住むことになる。市電はケーブルカーに変えねばならないだろうし、急な坂道となってしまった上通りや下通りを歩く人々はみな登山服姿だ。それに大勢の人たちが高山病となるだろう。これはゆゆしき問題だ。しかも、山に住んでいると、せっかくの稜線の美しさが自分たちには分からないという悲しい事実がある。やはり富士山は遠くに見た方がよい。そうなれば、置き場は一つしかない。天草のさらに西の海に、富士島として鎮座させるのだ。これはさぞや雄大で美しかろう。考えただけでわくわくする。
 こんなばかげたでっかい妄想を描くのも日本一の富士のなせる技だ。熊本を日本一の県だと思っているバッテン人は、やっぱり富士山が大好きなのである。



イラスト: 村井健太郎


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