大江戸ばってん日記 −岡崎弘明−

第6話 「恐るべし佐賀」

「ひさしぶり〜」
 その人は、初めて会うのに、そんな挨拶をしてアパートに入ってきた。学生時代、東京の高円寺というところに住んでいたころの話である。そこはバッテン人(熊本国粋主義者)のたまり場であり、夜な夜な、日本国からの『熊本独立』の構想を練っていた。何を隠そう、私は過激派だったのだ。
「独立したら大統領制かいな」、「うんにゃ、王制ぞ。王国にせんといかん」、「だれが王様ばするとや」、「もちろん、おれたい」などと有意義な話をしていると、その人は現れた。博多の先輩が連れてきた佐賀出身のYさんである。
 初めてなのに「ひさしぶり〜」の挨拶は我々に大きなインパクトを与えたが、彼はいきなりその場の主導権を握り、独演会を始めた。話の中心は『佐賀自慢』であった。
 なんといっても佐賀である。今でこそ、はなわのヒット曲で注目されているが、どうしてもマイナーなイメージがつきまとう県だ。
佐賀自慢は、『ガタリンピック』という有明海の干潟で行われる泥まみれ運動会の話から始まった。「佐賀を発祥としたこの競技会はやがて世界に波及し、冬季オリンピックを含めて三大オリンピックになるであろう」とYさんは豪語した。世界のトップアスリートたちが、『人間ムツゴロウ競争』などで、メダル争いをするようになるのか疑問であったが、話しっぷりが妙におかしく、我々は彼の話に引き込まれていった。
 次は、『不夜城』の話となった。佐賀市内には、不夜城と呼ばれる一角があり、『眠らない町』であると自慢し始めたのだ。よくよく聞くと、早朝まで開いている飲み屋が三軒ほどあるそうで、そこを不夜城と言っていた。さらには、「佐賀県人は、進取の精神に富む」という話になった。新しいものが大好きな県民性ということだが、これもよくよく聞くと、県内で初めて『下りのエスカレーター』ができた時、大勢の人々が試乗するために押しかけて、長蛇の列ができたという、なんだか情けない話だった。その愛すべき楽しい人柄に一晩で佐賀人のファンとなった我々は、さらに驚嘆することとなる。


 ある夜、高田馬場という繁華街の大きな交差点で、横断歩道を渡りながら突然Yさんがおしっこをし始めたのだ。
「歩き小便!」と大声を出しつつ、放尿をする彼に、周囲はパニックとなった。さらには「まわり小便!」と叫び、そのままくるくると回り始めたのである。今でも伝説として語られる彼の究極の水芸であった。
 それから数か月後、新たな佐賀人がアパートにやってきた。その彼も荒技を披露した。なんとガソリンを持ち歩いており、口に含んでボ〜ッと火を吐いてみせたのである。
 恐るべし佐賀。水を操る男に、火吹き男といった妖術使いを輩出するとは、なんというすごい県だろう。
 敵に回してはいけないということで、その後の『熊本独立定例会議』において、佐賀も巻き込んで日本から独立しようという話になったのは言うまでもない。


イラスト: 村井健太郎


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