大江戸ばってん日記 −岡崎弘明−

第2話 「バッテン人誕生!」

 
 風薫るこの季節になると、大江戸バッテン人が続々と誕生する。 
 彼らは、「ぜひ、阿蘇を見にきてください」とか、「一度、熊本のうまい馬刺を食べたら人生観が変わりますよ」などと東京で熊本自慢を始めるのだ。
 前回も述べたが、大江戸バッテン人とは、『進学や就職等で熊本を離れて上京したものの、やっぱり熊本が大好きで、周囲に対して異常に熊本を主張したがる者』のことである。
 この春から、東京へ移り住んだ熊本人も多いだろう。そのすべてがバッテン人になるわけではないが、何割かは変身していくはずだ。
 今回は、いかにしてこの不思議な人種が生まれていくのか、その過程について考察する。

 上京したての熊本人(この段階ではバッテン人ではない)は、原宿や新宿歌舞伎町へ行ったり、神田明神で銭形平次の真似をするなど観光気分である。それが一段落する五月ごろから、都会と冷静に向き合うこととなる。
 水はまずいし、物価は高い。どこに行っても人だらけ、なんだかみんな忙しい。
 また、言葉の障壁でも苦しむ。方言を使わないよう細心の注意を払っても、地雷を踏んでしまうのだ。たとえば、「ねえ、押しピン取って」と言って、ぽかんとされたり(標準語は画ビョウ)、「この食器、なおしといて(しまっといて)」と頼むと、「どこも壊れてないよ」と言われて、こっちがぽかんとしたりする。
 このように、『標準語の顔をして、実は方言』というやっかいな言葉が存在するのである。『広用紙』が方言だと知った時の衝撃は未だに忘れられない。『広い』と『用紙』で、どこにも方言の要素がないではないか!(ちなみに標準語は『模造紙』だが、そっちが方言みたいだ)
 都会に適応していこうとすると、とにかく疲れてしまう。そんな時、『なつかしき、ああ熊本』の影が、心の透き間に忍び寄ってくる。美化された七色の金峰山がまぶたの裏に浮かんだり、親や友人の声がバリバリの熊本弁でふと聞こえたり、熊本ラーメンの味がじゅわっとにじみ出てきたりするのだ。
 このような幻覚・幻聴・幻味(?)に悩まされたら、おめでとう、バッテン人への第一歩である。
 天気予報を見る時、東京以外に熊本の天候も毎日きちんとチェックし、「バァッ、熊本の最高気温は三十度じゃなかか! 五月からえらい気合いの入っとるバイ」などと熊本弁で独り言をつぶやきだすと、おめでとうございます、もはや完全にバッテン人だ。

 私の統計(サンプル数、十人程度)からすると、二人に一人は、こうしてバッテン人へと変身する。そして、「九州出身だって?」と聞かれたりしようものなら、待ってましたとばかりに「いいえ、熊本出身です!」と、ものすごいこだわりを見せるのだ。
 だが、この程度は初級バッテン人である。バッテン人は第四段階まであり、さらに最高位の『キング・バッテン』という世にも恐ろしい怪人たちも、都会でうごめいている。
 次回はバッテン人の進化について考察する。

イラスト: 村井健太郎

 
   

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