妖怪達の宴

     


「俺はアル中なんだ」
 彼はそう言うと、袋から薬を取り出した。アル中の患者が飲む薬だそうで、それを服用して酒を飲むと吐き気をもよおし、体が酒を拒否するらしい。
 しかし、彼は震える手でその薬を口に含むと、なんとビールで流し込んだ。そして、一気に缶ビールを飲み干す。次第に手の震えがおさまり始めた。
「この薬を飲んでから酒を飲むのが快感になって」
 彼はそう言うと、ウイスキーのポケット瓶を取り出して、また飲み始めた。
 僕はただ呆然として見守っていた。やがて薬が効き始めたのか、青い顔になっていく。そしてトイレに駆け込んだ。死人のような顔をしてトイレから出てくると、また酒を飲み、何度もトイレとの往復を繰り返した。凄まじいの一言である。
 その人は、某大学の八年生。授業にも行かず、毎日酒を飲み、いつしかアル中になってしまったのだった。

 僕は大学一年の時、半年間の悪夢のような四畳半時代を終え(前号参照)、東京の高円寺というところで先輩と一緒に2DKの部屋を借りた。
 わりあいに新しいアパートで、バストイレも完備し(今ではあたりまえだけど)、貧乏学生の僕にとっては御殿にでも住んでいるような感覚だった。駅や商店街からも近く、学生が多いために物価も安くておまけに定食屋のおかずの盛りも多い(フライ物の定食では平均より二品、炒めものでは五立方センチほど増量)。とにかく最高の環境である。
 最初、僕はその閑静な住宅街にあるアパートで、平穏に暮らそうと思っていた。四畳半時代、毎晩のように宴会が繰り広げられ、あまりのハチャメチャさに嫌気がさして脱出してきたのである。
 涼しげな秋風に吹かれながら空を見上げ、「おーい、雲よー」と叫びはしないまでも、心が穏やかになっていくのをしみじみと感じていた。まさに、これから余生を楽しもうとする定年お父さんの感覚である。しばらくは誰にも新居を連絡せず、ひっそりと過ごしていた。
 しかし、ついに開国要求を迫る黒船が来航した。
 僕や同居人の友人達が、姿を見せはじめたのである。彼等はだんだんと来る回数を増やし始め、居心地が良いのか来るたびに滞在日数が伸び、やがて見知らぬもの達をも一緒に連れてくるようになった。いつしかアパートは高円寺旅館と呼ばれ、烏合の衆の溜まり場となり、僕は平穏な日々をあきらめた。そうなったら楽しむしかない。僕は宿帳を用意し、さらに来訪者の記念写真サービスも始めた。
 こうして再びハチャメチャの日々が再現されたわけだが、この時は以前にも増して奇人変人が集まるようになった。中には、本当に人間なのかと疑いたくなるような異常な者もいた。
 最初に書いたアル中男もそうだが、昆虫標本セットの注射器にビールを入れ、まるでシャブでも打つように腕に刺してアルコールを摂取するなど、過激なものもいた。
 また、西に沈む夕日を見て、そのままとりつかれたようにミニサイクルにまたがり、何の準備もせず、東京から山陰まで走っていったという者もいた。鳥取に着いた時は、持ち金も底をつき、空腹にたまらず、地元のお百姓さんとの間で自転車とおにぎりを物々交換したという。おまけにその直後、山陰大水害に巻き込まれ、自衛隊に救出されて帰ってきたそうだ。
 彼は冒険男と言われ、誇張はあるかもしれないが、様々な冒険談を話してくれた。富士山麓の魔の樹海に入った話や、夜中突然目を覚ますとどこか遠くへ行きたくなり、大型トラックに乗せてもらって北海道まで行った話(その時は、ごつい運転手から自分のうちに泊まらないかと誘われて好意に甘えたところ、「これを着て寝ろ」と言われ、ピンクのネグリジェを着せられそうになり、慌てて逃げ出した)などをよどみなく話し、楽しませてくれた。



 他にもたくさんの奇妙な人間がいた。以下、箇条書きにする。

1、熊本出身の僕の友達と長年共同生活をし、いつしか熊本弁しか話せなくなり、親から嘆かれてしまった埼玉出身の順応男。
2、ライターオイルを口に含み、炎を吐き出す火炎男。(一度、真似してみたらオイルが気道に入り、死ぬかと思った)
3、歩きながらおしっこをする男。特に横断歩道でやるのを好んでいた。(くるくると回転しながらおしっこをするという華麗な回り小便の技もある)
4、酔っ払うと通りすがりの女性に対してスカートめくりをしたり、「ねえちゃん、相撲とろう」と言って腰に手を回そうとする国技軟派男。
5、弱いくせにパチンコや競馬に狂い、いつも親に「金送れ、もう死ぬ」と電報を打っていた仕送り博徒。(しまいには「金送らぬ、もう死ね」という電報を親からもらい、あせっていた)

 他にも、人が噛み終えたガムを平気で食う男や、スーパーに行くと何かしら万引するこそ泥男もいた。
 そういった人達が夜な夜な襲ってきては、冒険談や奇行を披露してくれた。僕は彼等の記録を日記に付けており、おかげで小説のネタとして有意義に使わせてもらっている。
 今では、彼等の大半はまともな勤め人となって社会に適応しているが、アル中男はプラスチックのおもちゃの刀を振り回して学内で大暴れし、教授を襲った。病院に入れられたがその後は分からない。もう一人、インドに渡り、そこから歩いてヨーロッパに行くと言ったまま足取りが掴めない人もいる。
 無事を祈る。


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