四畳半なにもなし、一万円

     
「ふうん」と言うしかなかった。
 かび臭い畳が4枚と半分、そして大きな机がデーンと部屋を一畳分占拠している。
 ただそれだけであった。
 トイレもなければ風呂もない。
 台所もなければ、戸口には鍵もついていない。
 おまけに運送屋の手違いで、田舎からの荷物も届いておらず、布団さえもない。
 『オラの部屋にはなんにもねぇ』である。
 十数年前、上京してきた時のことだ。僕の東京での新生活は、このなんにもない部屋で始まった。
 天井には裸電球がぼんやりと輝き、うら寂しい気分をいやがうえにも盛り上げてくれる。しぜん、故郷のことが思い出され、しんみりとなった。
 座り込んで、畳を見つめる。
 汚い赤茶けた染みが広がっている。
 嫌な予感がした。
 いくらボロ下宿だと言っても都心だ。地下鉄の駅からも歩いて十分はかからない。それなのに家賃が一万円とは安すぎる。
 ひょっとして、誰かこの部屋で自殺でもしたのか。畳の染みは、いくら拭っても取れない血痕だ。そうに違いない。
 それに、いわくありげな木の机。
 昔、この部屋に住んでいた青年が遺書をしたためた机かもしれない。
『父さん、母さん、先立つ不孝をお許し下さい。もう疲れました。みゆき、幸せになっておくれ』てな感じで。そして、貝印カミソリを手首に押し当てて、うぐぐっ‥‥‥。
 もともと恐がりやの僕は幽霊とかそんなものを考え出すと止まらなくなる。しかも、気を紛らすテレビもなければ、幽霊シェルターの布団もない。
 幽霊、亡霊、悪霊、死霊、怨霊という霊魂親方の兄弟力士達五人が僕の頭の中で土俵入りを始める。
 全身に鳥肌がたち、頭の奥がジーンとしびれてきた。目はうつろになる。きっとその時は僕こそが怨霊みたいな顔をしていたに違いない。
 扉が突然開いた。青白い顔をした男がじっと僕を見ている。
「君、新入り?」
「は、はい。岡崎と言います。今日、熊本から出てきました」
「俺は静岡。隣の部屋の伊藤だ。以後ヨロシク!」(当時、ヨロシクが流行していた)
「こちらこそ。ヨロシク!」
「さて、やるか」
 そう言って伊藤さんは酒盛りの準備を始めた。
 ほどなく、他の部屋の人たちも集まってきた。そしてささやかな歓迎の宴が始まったのである。
「左門豊作は、熊本じゃやっぱり英雄かい?」
「いや、別にそうでもなかです」
「ナカデスときたもんだ。わっはっはっ、生の九州弁だ。ヨカーとかウマカーとか本当に言うのかい」
「はあ、言います。でもちぃっとイントネーションが違います」
「チィットときたもんだ。わっはっはっ」
「バッ、それも方言だったとですか。バー、知らんだった」
 というわけで、さっきまでの暗く恐ろしい気分はいっぺんに吹き飛び、楽しくて刺激的な夜となった。
 明け方まで宴会は続き、挙げ句の果ては大家さんの息子まで引き込んでの酒池肉林。
 聞くと、僕の部屋がその下宿の中では一番グレードが高く、家賃も高いということであった。
 角部屋である、階段に近い、便所から遠い、四畳半である(まるで座敷牢のような三畳の部屋も何室かあった)などの好条件がそろい、みんなの羨望の的だと言うわけだ。
 それから連夜、みんなは僕の部屋に集まり、明け方まで宴を繰り広げた。また、それぞれ友達を連れてきて、毎晩豪華なゲスト陣が入れ替わりたち替わりやってきた。
 しかも、五月になると僕は「五月病だよ」と親元に電話し、テレビ購入資金を調達。
 かくして、その下宿で唯一の、テレビのある部屋となった。
 そうなると僕の部屋は娯楽室の様相を呈し、もともと鍵のない部屋なので僕が不在の時でも、たえず誰かがナイター中継などを見ながらビールを飲んでいた。
 へたすると、帰ってみたら四畳半にびっしりと人が集まり(机の上と下にも人がいた)、部屋の主人である僕が入りきれず、隣の部屋に避難しなければならないこともあった。また、見知らぬ人間が僕の布団で寝ていることも少なからずあった。


 
 あの上京した夜、なんにもない部屋で一人ぽつんとし、鳥肌をたてていたことが嘘のようだ。
 幽霊の代わりに酒瓶が転がり、悪霊の代わりにカップラーメンの容器が散乱し、死人のように横たわるよっぱらい達がいる。
 しょっちゅう誰かが酒をこぼし、いわしの缶詰をバチクリカエシ(ひっくり返し)、畳には新たな染みができていた。
 それでも、最初は楽しかった。
 ゲストの一人にトマトジュースといつわって、みんなでタバスコを一気飲みさせたりとか、インスタントラーメンの銘柄当て大会を催したりとか、それまで受験勉強で息の詰まる思いをしていた僕にとってまさにパラダイスだった。(恐らくこのころ、英単語も数学の公式もなにもかも、オエオエと一緒にトイレに流れ去ったのであろう)
 だが、段々とその生活に嫌気がさしはじめ、静かに暮らしたいと思うようになった。そして九月、とうとうその下宿から脱出したのである。

 現在、下宿は姿を消し始め、ワンルームが主流になっている。
 あのようなコミュニケーションはもう望めないし、第一、鍵のない部屋など存在しなくなっただろう。
 今考えれば懐かしい青春の思い出である。いや、ひょっとするとあのころの出来事はすべて、亡霊達のなせるわざだったのかも知れない。
 しかし無事脱出できたと思ったら次のアパートで、今度は亡霊ならぬ妖怪達の襲撃にあう羽目になったのだった。以下次号。


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