志賀直哉の哉


『哉』という字を、もし電話で人に説明しなければならないとしたら、どう言うか。
「ほら、漢文で良く出てくるでしょう。疑問の哉ですよ。かなとも読みます。感嘆の哉ですよ」
 などと言っても受験生以外にはまず通じないだろう。
 ひとりよがり型である。
「志賀直哉の哉ですよ。暗夜行路の」
 と言えば、分かる人は分かるし、説明するほうもカッコイイ。
 知識ひけらかし型。
 しかし、聞いたほうが知らなければ何の意味もない。しかも、無知を知られたくなくて、とりあえず分かった振りをさせてしまう危険性も内包している。
「裁判所の裁の衣を口に変えて」
 これはかなり分かりやすい。面白味はないけれど親切だ。
 手取り足取り型だ。
「えーと、土を書いて、下の横棒をビッと伸ばし、口を書いて、チョン、チョン、チョン、分かりますか?」
 分かるわけがない。最悪の説明だ。へたをすると言われた通りに書いても別の字になってしまう。福笑い型。
 僕はこの福笑い型を使ってしまった。
『和哉』という他人の名前を人に説明しなければならなくなり、裁判所も志賀直哉もとっさに思い浮かばず、やけで言ってしまったのだ。
 名前にはいろんな漢字が使われる。『而』『嗣』『脩』などはどう説明すれば良いのか。その字を使った芸能人がいないかとか、似たような字がないかとか考える。まるで、連想ゲームだ。頭をひねって、いいヒントを出さねばならない。
 他人の名前の説明は難しいが、自分に関しては、姓も名も、たいていの人は分かりやすく伝えるすべを知っている。
 僕の場合はありふれた姓なので字を聞かれることはあまりない。もし聞かれたら「岡山の岡に川崎の崎」と地名で攻める。
 下の名前まで聞かれたら「弘乳舎の弘に明治乳業の明」と熊本にいる時は乳攻撃で済ませた。東京では弘乳舎が通じないので、弓へんにカタカナのムという字づら攻撃や、弘法太師の弘と知名人で攻める。

 

 
他の人のを聞いているとけっこう楽しい。友達に良幸クンというのがいて、「不良の良に不幸の幸」と説明している。
 変わった名前の場合、いろいろとお徳なことも多い。
 まず、初対面でのインパクトが強い。また、名前から話が広がりやすくもある。
「へえ、目という字を書いて、まなこさんと言うの。珍しいわね。ウフッ」
 このあと、いいことがあるかもしれない。
「ほほう、金峰山さんですか。いやあ、私は初日の出を拝みに毎年金峰山に登ってますよ。わっはっはっ」
 彼が営業マンだったら、一発で名前を売ることが出来て、しかも覚えてもらえる。それからじっくりと物を売れば良い。ひとつの武器だ。
 
 しかし、次のような例もある。人から聞いた話。
 副(そえ)という名前の男がいた。彼は学生時代、生徒会の選挙があるたびに、立候補させられたそうだ。
 そう、会長になっても副会長なのだ。副会長にでもなろうものなら、副副会長だ。それで、クラスのみんなが面白がっていつも推薦するのだ。
 彼は成績が良かったわけでも、スポーツマンだったわけでも、また、みんなの人望があったわけでもなく、女性票を集められるような容姿端麗でも、浮動票を獲得するようなひょうきんな男でもなかった。ただ、副という名前の為だけである。
 どちらかというと、目立たないおとなしい生徒で、いつもむりやり立候補させられては悲しい思いをしていたらしい。
 聞いていた僕も悲しくなった。ここからは僕の与太話。
 その彼が社会人になり、プラス思考に転じてたくましく成長する。どんどん出世し、副係長、副課長、副部長、副専務、とうとう社長にまでのぼりつめる。むろん、副社長だが。そして、会長になり、学生時代を思い出す。生徒会の選挙に立候補させられた受難の日々を。
「やっと、俺は会長になれた」
 会長の副氏は窓から外をながめ、大声で笑うのだ。

 名前負け、と言われる人が良くいる。
 負けてばっかりの勝クン
 学ばない学クン
 しのばない忍サン
 三浪している進クン
 みんなは冗談で言うのだが、当人はたまったものではない。
 ここまで、名前にまつわる話を色々と書いてきたが、僕は小説を書く場合に登場人物の名前でよく悩んでしまう。作家の中には、電話帳を適当にめくり、えいやっと決めてしまう人もいるそうだが。
 そこで手に入れたのが、『名前の本』。
 日本全国の苗字を集めた本である。これが、面白い。とにかくびっくりするような名前がいっぱいだ。
 八月三十一日(ほずのみや)さん、
 子子子子(すねこし)さん、
 十八才(さかり)さん、
 百千万億(つも)さん、
 中には男心と書いて、なじみさんというのもある。でも、ここには書けないようなちょっぴりかわいそうな名前もある。

 しかし、『岡咲様』と書かれた郵便物が届いたのには驚いたなあ。


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