太平の眠りを覚ますカナシバリ



 それは突然やってくる。

 楽しい夢を見ながらグースカピーと寝ていると、ふいに体の自由がきかなくなり息が止まる。

 声も出ないし、小指一本動かせない。

 だが、目だけは開いている。

 ううう‥‥‥金縛りだ。

 なんにも悪いことはしていないのに、どうしてこんな目にあわなければいけないんだ。

 お彼岸の墓掃除をさぼったからか。

 いや、一個十円のチロルチョコを、幼い妹にだまして二十円で売りつけたからか。

 だがそんなことを考えている余裕はない。

 このままでは死んでしまう。助けて、神様、仏様、アース様!

 はっと目覚めると、朝である。

 温泉につかったカバのようにぼんやりとした顔で、昨晩の金縛りのことを思い返す。

 そして、「生きてて良かった」と神に感謝するのだ。

 中学、高校の頃、僕は頻繁に金縛りに会っていた。

 夜、寝るのが恐かったほどである。

 金縛りとはいったい何だろう。血圧が急に下がるとか、呼吸が一時的に停止するといった医学的なものなのだろうか。それとも、やっぱり悪霊の仕業?

 体質もあるようで、金縛り知らずのオメデタイ幸せ者もいれば、僕みたいにしょっちゅう会ってしまう呪われた人々もいた。

 高校の時、授業中に居眠りをして金縛りに会った者がいるという噂を聞き、バカな奴だと大笑いしたその日、僕はこたつでうたた寝をしていて金縛りに会ってしまった。

 夕飯を食べ、満腹で眠たくなり、ごろんと横になった時の出来事である。

 僕が横で苦しんでいるとも知らずに、父は「うまかー」と焼酎のお湯割りを飲み、妹は母に「兄ちゃんはね、あたしからね、金を巻き上げたとよ」とあらぬことを告げ口している。

 テレビではヤンボーとマーボーが脳天気な歌を歌っている。

 必死で家族に助けを求めるが、どうしようもない。

 数分後、なんとか金縛りから抜け出し、家族をなじったが、「気持ち良さそうに寝ていた」とみんなは口々に語っていた。

 この『夕飯時こたつ金縛り事件』で、以下のことが判明した。

 一、金縛りには時間も場所も、設定さえも関係ない。
 
 二、悪霊の仕業ではないらしい。(あの家族団らんの場に悪霊がいたとは考えられない。こたつの中に、乾かない洗濯物のような悪霊が潜んでいたかも知れないが)

 三、はたから見ると、気持ち良さそうに眠っているように見える。(ということは、目は開いてないのか)

 四、いつ、どこで金縛りに会っても、やっぱり苦しくて、死ぬかと思う。

 他人の体験談を聞いていると、いろんな金縛りのケースがあり、感心してしまう。

 上半身だけが金縛りになり、「おやっ、足は動くなあ」と試しに両足を少し浮かせてみたところ、腹筋体操をしている姿勢のまま下半身も金縛りになってしまい、翌朝、死ぬほど腹筋が痛くなっていたというケース。

 何か無気味なものがおおいかぶさってきたと思ったら、腹の上に巨大なヤカン(?)が乗っていたというケース。

 トランペットの音が聞こえてきて、パッパカパッパーと正露丸のコマーシャルの曲が鳴った瞬間、金縛りに会ったケース。

 これらの真偽のほどは定かではないが、意外と笑ってしまうものが多い。

 金縛りの最中は死ぬかと思うが、無事生きていれば翌日みんなに自慢できるのだ。

 僕も正月の初夢でいきなり金縛りに会ったので、親戚に自慢し、お年玉をせびっていた。

 しかし、笑い事ではすまない場合もある。

 大学二年の夏、真夜中に友人から電話がかかり、悲痛な声で「生まれて初めて金縛りに会った」と言ってきた。

 おまけに、「今日は七月十五日なんだ。お盆なんだ」と余計なことを言う。

「変な電話をしてくるな」と少し怒りながら電話を切った瞬間、突如大雨が叩き付けるように降り始めた。

 恐くなったので、あわててテレビを消し、タオルケットを頭からかぶって寝た。

 だが、なんと僕も金縛りに会ってしまった。

 そして、金縛りから抜け出してほっとした瞬間、総毛立つほど驚いた。

 消したはずのテレビがついているのだ。

 空きチャンネルで、ザーッと白い画面が闇に浮かんでいる。

 雷まで鳴り響き、雨は一段と激しくなった。

 すると、またもや電話が鳴った。

 しかも、ベルの音がいつもと違う。

 リーン、リーンという間隔が妙に長いのだ。

 恐ろしくて出たくなかった。

 しかし、いつまでも鳴り続けた。

 結局、朝まで一睡もできずに、震えていた。

 昼過ぎ、友人に電話をすると、彼のところにもベルの間隔の長い変な電話が夜中鳴り続けたと言う。

 あの電話に出たらいったいどうなっただろうか、と考えるたびに恐くなる。

 もう一つ、安眠妨害の大魔王がいる。

 『悶絶・足がつる』だ。

 金縛りも恐いが、これも恐い。

 いや、苦しみ・痛みはこっちの方が大きいかも知れない。

 僕は足がつるたびに、枕を涙で濡らすほどだ。

 それにこれは、治ったと思って油断するとまたもや連チャンで襲ってくるから恐い。

 しかも後遺症もある。(全くの余談だが、物理の授業中、『フレミングの左手の法則』をやって、指がつった者がいた)

『恐怖・金縛り』と『悶絶・足がつる』とが同時に起こったらどうなるだろう。

 想像もできないが、このおきて破りのウルトラC級複合技だけには死ぬまで会いたくない。

 いや、会ったらきっと死ぬだろう。


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