寝る子は育つ




 高校時代は、ラジオの深夜放送をよく聞いていた。

 中でも、所ジョージのオールナイトニッポンで、ことわざ言葉遊びをやっていたのが楽しみだった。

『犬も歩けば、猫も歩く』とか『地震・雷・家事手伝い』などといったリスナーからの葉書を紹介するのだ。

『脳あるタコは味噌煮がうまい』のような突拍子もないものもあり、布団の中で枕を抱いてニマリニマリと笑っていた。

 そのころの平均睡眠時間は、おそらく四〜五時間ほどだっただろう。

 よくそれで体がもっていたものだと思う。

 若かったせいもあるが、寝る間を惜しんで楽しみたい年ごろだったのだ。

 大学に入ると、高校時代の反動が出たのか、とにかく寝た。

 月ノ輪熊の冬眠か、寝たきり老人みたいに寝ていた。

 僕の寝ているところを見た友人は、『世界一、見苦しい死体』のようだったと語っていた。

 寝ても寝ても眠くてしょうがなく、体がどろどろに溶けてしまうほど眠った。

 しかし、寝すぎると頭がずきずきと痛くなってしまう。

 その頭痛に耐えられずに、また寝た。するとますます頭が痛くなり、枕を噛みながらまた寝た。

 まるで魔女に眠りの魔法をかけられたようだった。美しいお姫様のキスで、ぱちっと目を覚ますのかもしれなかったが、そんな人はいなかった。

 当時は、ひょっとすると赤ん坊以上に寝ていたかも知れない。

 当然、眠りは浅く、いろんな夢を見た。

 悪夢あり、楽しい夢あり、そして奇妙な夢もあった。中でも、字幕スーパー付きの夢(みんなの会話が字幕となって夢の画面の下に現われる)を見た時はなんだか得した気になった。

 マンガの吹き出し付きの夢(しゃべるときに、みんなの口から巨大風船ガムのような吹き出しがぷうっとふくらみ、その中に言葉が文字として現われる)を見た時は、あまりにおかしくて、しばらく人に自慢していた。

 周りの友人達も、けっこうよく寝ていた。

 むかし、毎夕五時から『巨人の星』の再放送をやっていたが、ある友人はそのエンディングテーマを聞きながら眠りにつき、目が覚めたら、また始まっていたという伝説を残している。

 また、ある先輩などは一人でドライブに出かけ、ドライブインで昼飯を食べたら眠くなり、そこの駐車場で車に入ったまま寝てしまったらしい。

 目が覚めたら、もう夕方だったので、そのドライブインでまた食事をし、さて帰ろうとすると、お腹がふくれて眠くなり、また寝てしまった。

 結局、朝までその駐車場で寝ていたそうだ。

「目に見えない不思議な力に捕えられてしまったようだった」とその先輩は後日感想を述べ、「一生、そのドライブインから抜け出せないかと思った」と恐怖を語っていた。

 そのころは睡眠時間も長かったが、昼と夜とが逆転した生活だった。

 たいてい、毎日、午前三時か四時くらいまで酒を飲んで騒ぎ、起きるのは昼過ぎである。

 へたをすると、夜明けとともに寝て、日が暮れてから、よっこらしょっと起きた。まるでドラキュラだ。

 惰眠は、いくらでも時間のある大学生ならではの特権だが、社会人になるとそうはいかない。

 みんな会社務めを始めると、仕事を覚えるよりも、まずこの時差ボケを治すのが大変だった。

 大学生のころは、朝の七時など、グースカピーの絶頂時間帯である。

 そんな時間に起きられるわけがない。

 それで、僕はしばらくの間、友人とモーニングコール契約を結んでいた。

「今週は、俺がなんとか起きて、モーニングコールをしてやるから、来週は頼むぞ」という具合に、必死だった。

 一度などは、モーニングコールに出て、「ああ、わかった、わかった‥‥‥」と言ったものの、本当はぜんぜん分かってなくて、受話器を持ったまま寝てしまった。

 それで、心配した友達が、わざわざ自転車に乗って起こしに来たこともあった。

 大学時代にかけられた眠りの魔法は強烈なのである。


 ここで、唐突にアサガオの話。

 アサガオを箱の中に入れて人工照明を使い、一日の長さ(昼夜の時間)を変化させた場合、一日の長さを二十時間にしたときが、一番成育が良いらしい。

 これは、アサガオの遺伝子が、太古の地球の時間を覚えているからだそうだ。

 アサガオの先祖が地球上に現われたのは約四億年も前。その当時、地球の自転は今よりも早く、一日二十時間ぐらいだったらしい。

 この話を聞いたとき、ふと、知り合いのことを思い出した。

 その人はコンピュータのソフト会社にいて、不規則な生活をしているが、「一日が四十八時間だったら、ちょうど良いのに」とよく言っていた。

 三十時間くらい続けて起きて、十八時間くらい寝るのが、一番自分に合うと言うのだ。

 その人の遺伝子が、過去の自転時間を覚えているのだろうか。

 しかし、自転が段々と遅くなっているとすれば、一日四十八時間というのは、この地球ではない。

 と言うことは、ひょっとするとその人の祖先は宇宙人かもしれない。


 ところで、冒頭に書いたラジオのことわざコーナーに、僕も葉書を出したことがある。

 そして、所ジョージに読まれたのだ。

 「次は、熊本の岡崎弘明の作品。寝る子をこたつに入れとけばよく育つと言う意味で、寝る子はこたつ‥‥‥(コメントなし)」

 くだらないことを書いたものだが、冬、こたつにもぐり込んで眠るのは極楽である。


 次回は、安眠の最大の敵である『恐怖・金縛り』と『悶絶・足がつる』の話。乞うご期待。


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