一誹二笑三惚四風邪
(いちそしり、にわらい、さんほれ、しかぜ)



 すごいタイトルである。

 フリガナがなくては、まず読めないだろう。

 だが、これは、れっきとしたことわざであり、辞書にも載っている。

『一富士、二鷹、三なすび』のように、一、二、三、を使ったことわざがいくつかある。

『一押し、二金、三男』

 これは女性を口説くのに必要なものの順番として使われることわざ。

 三の男というのは、男前のことだ。

 とにかく押しが一番なのである。

 中には『一押し、二押し、三に押し』という、年中押しまくりの関取のようなやからもいるけれど。

『一引き、二運、三器量』

 これは出世するのに必要なものの順番だそうである。

 同じ意味として、『一引き、二才、三学問』と言うのもあるが、とにかく、引き(コネ)が一番だと言うのがポイントである。

 粗品でもらったことわざ辞典によれば、元は江戸時代の大奥で使われていたらしい。
 
 現代でも通用すると思われるので、勉強嫌いで運にも見放されている人は、とにかく人脈を広げて、引きを得るようにしましょう。

 押したり引いたりと色々忙しいが、いろんなことわざが世の中にある。

 タイトルの『一誹二笑三惚四風邪』もそのひとつ。

 一、二、三、どころか、これには四までもある。

 だいたい察しがつくであろうが、これはくしゃみ判断だ。

『一回くしゃみしたら、誰かが悪口を言ってるよ。二回やったら、どこかで笑われているよ。そして、三回したら、おめでとう。誰かがあなたに惚れている。でも四回もしたら、ただの風邪だよ。お大事に』と言う意味だ。

 ことわざを信じるとすれば、くしゃみを一回したら無理してでも続け様にあと二回やった方が良い。

 そこでルルを三錠飲んで、四回目は我慢しなければいけないのだ。

 でも、これは果たしてことわざと呼べるのであろうか。

 小学校の時、だいたいこれと似たようなことを、みんなまことしやかに話していた。

「それで、十二回くしゃみしたら、誰かがおまえの秘密を先生にバラそうとしてるんだぞ。十三回したら、誰かがおまえの命を狙っとるんだぞ。そして、十四回したら‥‥‥」と二十も三十もデタラメを作り出す者がいた。

 聞き返すと、たいてい言うことが違ってくるが、みんな必ず最後に『風邪』で終わるのがみそだった。

 現代では、これに『花粉症』がつきそうである。

 僕は何でも信じやすいタチなので、何の疑問も持たず、すぐにそういったことを盲信していた。

 ノートに二十も三十もそのデタラメを一生懸命書き写し、くしゃみのたびに数をかぞえた。

 そして、良いことが起きると言われる回数まで、無理矢理くしゃみをしていた。

 手の平をひらひらとして、鼻の中に風を送り込んだり、三角定規の角で鼻の穴をつついたりした。

 でも、一、二、と数えていて、誰かが惚れているという大切な次の三回めがなかなか出ない時、五分くらいしてやっと出たら、それは有効なのかどうなのか良く分からなかった。

 しかし、たいていクラスに一人は、「くしゃみとくしゃみの間隔は、一分二十秒が限度。それを過ぎたら、また一から数え直し」と、こういったことにあっさりと結論を出す『俺がルールだ男』がいたので助かった。

 このくしゃみ判断は、有名な『思い思われ、ふりふられニキビ』に似ている。

 有名と書いたけど、こけは熊本ローカルなのかどうか分からないので、とりあえず説明をする。

 これは、ニキビ判断であり、ひたいにできたら「思い」である。

 誰かのことを好きになると、そこにニキビができるというのだ。

 逆に、あごは「思われ」であり、誰かが思いを寄せているらしい。

 左のほおは「ふり」であり、右のほおが「ふられ」である。

 すなわち、誰かをふったり、誰かにふられたりすると、そこにニキビができるというのだ。

 そこには何の根拠もないが、それはそれでけっこう面白かった。

 中学一年のある日、おでこにニキビを作って学校に行くと、みんなから「思い、思い、イエーッ、思い!」と額を指さされて、からかわれた。

 その時には何のことかさっぱり分からず、思いを重いと勘違いし、そんなに重たいニキビじゃないけどなあ、と心の中でつぶやいていた。(その頃から僕は鈍かった)

 あとで、それがニキビ判断だと知り、僕は素直にそれを信じた。

 そして、何とか、『思われニキビ』と言われるアゴの部分に、ニキビを出したかったが、自分の意思ではどうにもならなかった。

 へたするとおでこにばかり三つも四つもニキビが出て、そのたびに「お前は誰と誰と誰が好きなんだ、白状せい」と言われた。

 今度は右のほっぺたに、いわゆる『ふられニキビ』を作っていくと、それはそれで、またからかわれた。

 ニキビ判断は、応用もきいた。北東とか南南西という方角と同じ様に、顔の上下左右方向をもっと細分するのだ。

 たとえば右のこめかみにニキビができたら、『思い』と『ふられ』の間なので、『好きな人にふられた』と解釈できる。

 これもクラスに一人くらい鑑定士(たいてい女性)がいて、ニキビの微妙な位置で、色々とカウンセリングしていた。

 ある日、鼻の上に巨大なニキビができたので、これは『思い』と『思われ』の中間地点だから『両思いだ』と勝手に判断した。(ふりとふられの中間地点だから、両ふりだとは考えなかった)

 しかも、大きなニキビである。

 それで、あこがれていた人を意識して授業中ずっとちらちら見ていた。

 ところがその特大ニキビは噴火を始めていて、じゅるじゅると溶岩まで流れていたので、汚いものを見るようないやな目つきで彼女ににらまれてしまった。

 ニキビの位置一つで、一喜一憂していたころであるが、なんとも懐かしい。

 みんな顔中ニキビだらけになり、何が『思い』で、何が『ふられ』なのか訳が分からなくなるまで、このニキビ判断は続いていくのである。

 一、二、三のことわざから大きく話がそれたので、軌道修正をする。

 と言っても枚数がない。

 最後に僕向けのことわざを一つ。

『一杯は人、酒を飲む。 二杯は酒、酒を飲む。 三杯は酒、人を飲む』

 

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