急進左派

 この原稿を書こうと思ったが、どうもいいネタが思い浮かばず、イライラとした。

 そして、ブチッ、ブチッと眉毛を引っこ抜いた。

 アイデアにつまった時の僕の癖である。

 元々眉毛は濃いほうなので、何本か抜いても大勢に影響はない。

 しかし、調子に乗ってブチブチと抜いていたら、気づくと机の上に二十本以上も落ちていた。

 鏡を見ると、案の定、眉がまだら模様になっている。

 眉毛ハゲになってしまった。

 と言っても、別段あせりはしない。

 実は、よくあることなのだ。

 二週間もすればまた元通りになることを知っている。

 ただし、次に生えてくる眉毛は、前よりも太くて少しねじれが加わっている。

 毛質が変わるのである。それに、枝毛にもなりやすい。←真実。

 眉毛にもトリートメントが必要なのだろうか。

 この癖が身に付いてすでに四、五年がたつ。

 その為、眉はどんどん濃くなってしまい、たまに間引き作業をしないといけない。

 だからイライラした時に引っこ抜く。

 すると、ますます太くてねじれた眉毛が伸びてきて、まぶたの上にたわしがくっついたようになる。

 それでまた引っこ抜く。

 悪循環だ。

 そのうち眉毛の一本一本がロープのような太さになってしまうかも知れない。

 話を戻す。どうしてこんな癖が身に付いたのか。

 それは、一言で言える。「快感」なのだ。

 世の中いろんな癖がある。

 爪をかむ癖、指の骨を鳴らす癖、中にはカッターで身体に傷をつける癖などというのもある。 

 癖とはいったい何か、なぜ人には癖と言うものがあるのか、今回はこのエッセイには珍しく、アカデミックに検証し、癖の正体に迫ってみたいと思ったが、どうせ無理なのでいつもの通り、だらだらと書いていく。

 こういう思わせぶりなのも昔からの僕の悪い癖である。

 過去、僕はいろんな癖を身に付けた。

 初めて自分の癖を自覚したのは、幼稚園の時だった。

 これぞ、四十八種類あると言われる子供の癖の中でも最もポピュラーなものであり、おそらく全人類の七人に一人がこの癖にかぶれたことがあるはずだ。

 その癖とは、「親指しゃぶり」である。

 もちろん足ではなく、手の親指である。

 恥ずかしい話だが幼稚園の時はよく指をくわえていた。

 甘えん坊だったのだ。

 しかし、あの甘美な味をいったん覚えたら、まるで覚醒剤にはまったように、もうやめられなくなるのである。(覚醒剤をシャブと言うのはそのためかどうかは定かではない)

 一日中吸っていた。

 吸わないと落ち着かないのである。

 指をくわえてうっとりとした様は、「恍惚の幼児」と呼ぶにふさわしいものであっただろう。

 特にフロ上がりのふにゃふにゃでしわくちゃになった指は、幸せになるほどおいしかった。

 しかし、その幸せもつかの間、とうとう身体的変化が現われた。吸いダコが左の親指にできたのである。

 僕は「急進左派」だった。

 いつも左の方の親指をくわえ、骨まで溶かすようにしゃぶっていたのだ。ためしに右の親指をくわえたこともあったが、どうもしっくりとこなかったことを覚えている。

 指しゃぶりを癖とする子供のうち、右派と左派とどっちが多いかは分からないが、右も左も関係なく吸うノンポリ族や、両方吸うけれどまあたいていは右だろうと言う、保守中道派などはあまりいないと思われる。

 ましてや人差し指やくすり指を吸うような異端派や、五本まとめてくわえるようなアナキストはいないだろう。(ひじやひざをしゃぶるような超過激テロリストがいたらお目にかかりたい)

 たいてい、右の親指か左かどっちかだと思われる。ひょっとすると右利き左利きと深い関係があるのかも知れない。

「急進左派」のあかしである大きな吸いダコを見て、僕の保護観察者二名(両親)は、なんとかその癖をやめさせようとした。

「指が溶けてなくなるぞ」とか「口の形が変わるぞ」などといって、僕をおどかした。

 しかし、そんなことではまったくひるまず、吸い続けた。そこで保護観察者両名は、とうとう物理的手段にうったえた。

 指にばん創膏が巻かれたのだ。それでも吸った。ガーゼに染み込んだ薬品の苦い味を味わいながら。

 毒かも知れないが、急進左派はその程度ではめげないのだ。

 次にはばん創膏にたっぷりと辛子が塗られた。

 しかし、辛さで涙を流しながらも吸い続けた。

 ばん創膏をはがして吸えば良かったのだろうが、その当時、そんな知恵はなかった。

 しまいには包帯がぐるぐると幾重にも巻かれ、手から白いキノコが伸びているようになった。

 ここでやっと僕はその癖を断念した。

 だが、それからも僕の癖の遍歴は続く。

 小学生になり、今度はシパシパとまばたきを必要以上にするようになった。

 これは他人に伝染する。僕の顔を見ながら話している友人たちはしだいに悪魔に魅入られたようになり、その癖がうつってしまうのだ。

 その癖を人にうつしといて、僕はまた新たな癖の地平へと旅だった。

 次は、鉛筆のお尻の部分をガジガジとかむことだった。

 このように次から次へと癖が続いた。

 かなりストレスのたまった子供時代だったのだろう。

 今でもそれは続いている。

 現在の癖は、最初に述べた眉毛抜き(僕の眉毛がまだらになっているのを見たら、何かの作品が仕上がった直後だと考えて良い)、それともう一つ、髪の毛引っこ抜きというのがある。

 しかし、これはそろそろやめようと真剣に思っている。

 次が生えてこなかったらと考えると恐いのだ。

 おまけに、最近は抜かなくても、抜けてくる。


 

 


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