五月は何色?



「もし熊本に来るならですね、四月か五月が一番ヨカですよ」

 上京したばかりのころ、僕は東京の人に向かって、さかんにそんなことを言っていた。

「NHKのつつじがですね、咲き乱れるとですよ。そのつつじがですね、そりゃあもう、奇麗でですね」

(この〜でですねと言うのは、上京したての熊本県人が標準語だと思って良く使う。でも、東京の人が聞いたら、ちょっと変)

「阿蘇も緑に萌えてですね。いやあ、こんど五月の阿蘇山ば連れて来まっしょかね。いっちょ」

 当時、標準語が長くはもたなかったため、たいてい最後はメロメロになっていた。

 しかしそれでも、あれやこれやと熊本の話をし続ける。

 聞いている方は、だんだんと引き込まれてうっとりとした目になる、

 などということはほとんどなく、たいていは風邪をひいた猿のような顔になり、うんざりとしていた。

 今でも僕はその季節の熊本が一番いいと思っている。

 暑くもなく寒くもなく、夕暮れになると郷愁を帯びたなんとも言えない良い香りが大気の中に混じり、とにかく何でもかんでも(空や山は言うまでもなく、電信柱や屋根がわらさえもが)色鮮やかになるような気がする。

 と言っても上京して十数年、ほとんど五月に熊本へ帰ったことがないので、昔の思い出だけで話を進めている。

 ひょっとするとなんらかの事情で、NHKのつつじはチューリップに植え替えられているかも知れないし、なんらかの都合で阿蘇も今ではグンジョウ色に萌えているかも知れないけれど。

 前置きが長くなったが、今回のテーマは『色』である。

 小さいころ、自分が青色と思って見ているその色が、他人も同じような色に見えているのだろうかといつも疑問に思っていた。

「どれが青色か?」と尋ねればたぶんみんな同じ色を指さすであろうが、だからといって同じ色に見えているとは限らない。

 ひょっとしたら僕にとっての赤色が、ある人にとっては青色なのかも知れない。

 結局、他人がどんな色で見ているのかと言うのは、その人の目玉と脳とを借りないことには分からないのである。

 くだらない疑問であるが、そんな考えにとりつかれると、子供の時分は次から次へと疑問がわいてくる。

 塩辛い味というのは、他人も同じ味なのだろうかとか、スネをぶつけたときの痛みはみんな同じような痛さなのだろうかとか‥‥‥。

 際限なく疑問が生じ、だんだんと何でも疑うようになる。

 あげくの果てに、ひょっとしたら自分の親は人間じゃないかも知れないなどと考え、夕飯を食べながら親の顔を上目づかいでちらちらと見たりする。

 すると、何か隠し事でもしているんじゃないかと親にかんぐられ、追求される。

 そうなると、何も悪いことはしていないのに、なんとなく後ろめたさを覚えて顔色が変わってしまう。

 そして、なんだかよく分からないが怒られてしまい、やっぱりこの人達は人間じゃないと思ったりする。

 話を『色』に戻す。

 なんでも、日本人は欧米人より色の識別能力がすぐれているそうだ。

 この話は、某舞台照明屋のおやじさんに聞いたものだが、空の虹を見た場合、欧米人より日本人の方が七色の区分けがはっきりとしているらしい。(このタンクマが何かのひょうしでアメリカのタカ派議員の目にとまり、新たな日米摩擦の火種になったら困るけれど、とにかく、照明屋のおやじがそう言っていた)

 しかし、ピンク色に関しては、日本人の方が色覚が劣るらしく、我々が平気で身に付けたり、使ったりするピンク色が、彼らにとってはかなりまぶしく見えているそうだ。

 ましてや、我々でさえ派手だと思うショッキングピンクの色などは、彼らはサングラスなしでは目がつぶれるかも知れない。

 『色』について、日本と外国の比較をもう一つ。

 日本人の場合、緑と言えば、「落ち着く色」とか「遠くの緑を見てあなたも視力回復」とか「ロッテ・グリーンガム」などを連想して、悪く言う人はあまりいないだろう。

 中には「毛虫を潰したときの色」とか「昔、みどりと言う女にふられた」などと言って嫌う人もいるかも知れないけれど、おおむね、評判は良い方だと思われる。

 しかしヨーロッパに行くと、緑色の評判はガタ落ちで、忌み嫌う人がけっこういるらしい。

 我々としてはちょっと理解に苦しむところであるが、宗教や文化の違いなんだろうけど、緑色と聞くと、「悪霊」とか「魔物」などを連想するそうだ。

 これも、照明屋のおやじの話だが、向こうのお芝居では悪役が舞台に登場する時、緑色のスポットライトを浴びせるらしい。

 おとなり中国の演劇も不思議なことにそれと同じで、悪者や亡霊などが登場する時はやはり緑の光をあてるという話である。

 舞台と観客との間にそういう暗黙の了解ができていて、役者に緑の光が当たれば、「ははーん、あいつは悪い奴なんだな」と見ている方は分かるそうである。

 そんなこと、我々には分からないが、他にも国によって色々と『色の意味』があるらしい。

 日本ではエッチな色=ピンクだが、他の国ではどうなのだろう。

 それに、すけべなことを色に置き換えて、色情狂とか好色家とか言うが、外国でもやはりそんな感じなのだろうか。

 もし、「五月は何色?」と聞かれたら、五月の熊本を思い出して「緑」と答えるだろう。

 僕にとっての『緑』は遠く懐かしい故郷の色なのである。

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