第九話


 
バッテン人 タイに行く

その3「酒池肉林!」


「屋台にでも行きますか?」
 と、ミセス親切さんがとても魅力的な提案をしてくれた。
 タイでお世話をしてくれた上河さんを、あえてミセス親切さんと呼ぶことにする。
 それほどまでに親切であった。
 もちろん、今回の旅の最大の目的は『食うこと』であり、全身を胃袋にしてその素敵な申し出に、ホイホイと乗ってしまうのである。
 屋台と聞いただけで、頭の芯がボオッとなり、胃酸と唾液がじゅわっとにじみだした。パブロフスドッグだ。
 最近のTVコマーシャルで、迷子になった女の子が、人混みの中にいる母のかばんに入れられたお菓子に気付き、にっこりして救われるというのがあったけれど、あれはなんですなあ、もし見知らぬ変態おじさんが同じお菓子を持っていてもたぶんついていくんでしょうなあ。そんなことを連想させるCMであった。
 僕も同様で、世の中でコロッケが一番好きであり、もし見知らぬ宇宙人が円盤の扉の陰からあげたてのコロッケをちらちらと見せたら、ホイホイと乗ってしまい、さらわれてしまうだろう。(クリームコロッケではダメですよ。イモとひき肉とタマネギの正統派コロッケでしか、僕は誘われません。地球人類の標本が欲しくて、宇宙の彼方でこのホームページを見ている宇宙人のあなた、くれぐれもお間違えなきよう)
 コロッケの話はどうでも良いのである。ここは、タイだ。

 
 初日

 朝‥‥ホテルのバイキング料理、もちろんタイ風のおかずをどっさりと皿に盛る
 昼‥‥デパートの庶民的なレストランでタイ料理
 晩‥‥親切さんご夫妻から、タイしゃぶ料理のご接待(お化け生カキとご対面

 二日目

 朝‥‥ホテルのバイキング料理、同上
 昼‥‥船の上でタイ料理
 晩‥‥親切さんご夫妻から、高級中華料理のご接待

 三日目

 朝‥‥同上。この日はヌードルに挑戦
 昼‥‥市内のレストランでタイ料理三昧。タイの餅米はおいしいです
 夜‥‥屋台


 と、たっぷりと満喫した。(いやしい僕は、ほとんどの食い物の写真を撮ってますので、ご希望の方にはお見せします‥‥?)
 高級中華料理店では、鳩の丸焼きが出てきてびっくりしたが、意外とうまかった(謎の女は、鳩の頭を食べようとした)。
 脂がのっていて、味が濃い。バッテン国私設親善大使の僕は、平和のシンボルをぱくぱくと食べてしまった。
 そのへんにいる鳩と違い、きっと食用のものなのだろう。とは言え、ふと、ソウルオリンピックの聖火台で丸焼きにされた鳩を思い出したりした。

【平和の使者ハトの丸焼き】

 しかし、快楽の陰には、必ずや苦しみが存在する。野球というものが、打つだけでなく守りもあるように(変なたとえであるが他に思いつかない)。
 初日、タイしゃぶを料理を食べる前に、僕と謎の女とは、一つの試練に挑戦したのである。それは、ミセス親切さんお勧めのタイ式マッサージであった。
 一時間コースで頼むと、僕のかかりのおばちゃんが、執拗に「二時間、二時間」と言ってくる。けっこう押しの強い、怖いおばちゃんだった。それを何とか振り切り、怪しげな小部屋へと連れられていった。
 まるで風俗のお店のようである。薄暗い部屋で、おばちゃんはいきなり僕の足をつかみあげ、ぐりっと回してボキボキッと骨を鳴らした。
「いてててて〜」と情けない声を上げる。
「ボキボキッ」
「ひい〜」
 続いて、太股。
「ボキボキボキッ」
「ひゃあ〜」
 今度は、腰。しかも、僕の華奢な肉体をひっくり返して、その上に全身の体重を乗せて踏みつけてきたのである。
「ボキリッ」
「うぎゃおえ〜」
 阿鼻叫喚、地獄絵巻が続く。ちっとも気持ちよくない。しかし、隣の部屋の謎の女は、気持ちよさそうなうっとりとした声を上げている。
 なぜ?
 元々、僕は肩こりも知らないし、マッサージは苦手なのだ。痛みしか感じないのである。それと、もう一つ苦手なのは‥‥。
 おばちゃんは今度は攻撃を変えた。脇腹あたりに手をやり、そこに攻撃を加えてきたのである。
「うひゃひゃひゃ、やめて〜」
 たまらなくくすぐったい。
 そう、僕はお腹を攻撃されるのが大の苦手なのである。
「ひゃあ、ひゃあ」と声を出していると、さすがにおばちゃんは呆れ、僕のお尻をぽんとはたいた。
 こんなんじゃ、仕事にならんわい。おばちゃんはタイ語でそう言った。ように思った。
 一時間経って店の外に出ると、謎の女は「あー気持ちよかった」と満足げ。一方の僕は、悲鳴と笑いとで顔の形が変わっていた。

 といった数々の試練を乗り越えての三日目、タイ最後の夜に、親切ご夫妻の案内で、バンコク中心部の屋台へと行った。
 そして、酒池肉林が始まるのであった!
 

【地元のビールを飲みながら、料理を待つ面々。なぜか僕は腕半分だけ】
 

 

 屋台である。
 本格的な屋台群は、福岡の長浜とソウルとで体験して、そのすごさは十分に知っているつもりだ。そして、ここはタイ。いったいどんな料理が出てくるのか。期待はいやがうえにも高まる。
 と、出てきたのは、まずは蛙であった。
 蛙である。
 ケロケロ蛙が丸焼きにされ、刻まれて出てきた。
 蛙といえば思い出す。数年前、バリに行ったときのことを。
 バリ島では蛙は神聖なものであり、コテージ風ホテルでも多くの蛙が放し飼い(?)にされていた。夜になると、通路いっぱいに蛙が現れ、ゲロゲロゲコゲコと鳴き出すのである。謎の女と夜の海に散歩に出掛けた時、その謎の女はたくさんの蛙を踏み殺したのであった。僕は、踏まないように、サンダルをすりすりと地面を滑らせて歩くのだが、謎の女は、運動会の行進のように大きく足をあげて歩いたのである。蛙キラーと呼ばれ、バリで恐れられていた。
 バリのことはどうでもいい。ここはタイである。

 その他、お約束のトムヤムクンスープに蟹、そして白身魚の丸煮など、おいしいものが次々と出てきた。
 とくに、白身魚の丸煮は、タイ料理特有の『甘すっぱ辛い味』が極めつけで、とてもおいしかった。スープをスプーンですくい、ちゅうちゅうと吸うと、天国に昇るような至福感が口の中いっぱいに広がった。

【白身魚の丸煮に箸をつける蛙キラー女】
 
【右の男性は、ミスター親切さん。その腕の下あたりには蛙料理】

 そして、極めつけは、かぶとがにであった。
「こんなもの、食っていいの?」
 僕は罪悪感にチョットだけかられた。
「たくさん取れるからいいんですよ」と言われ、ほっとする。
 しかし、日本では食べられないですね、これは。生きた化石ですよ。
 かぶとがには、その身を食べずに、殻の中の卵を食べる。
 ゆであがったかぶとがにの殻をこじ開け、その中にスプーンを突っ込んで食べるのである。黄色い卵の粒々はけっこう大きくて歯ごたえがある。大味であるが、酒のつまみになる。
 てなわけで、親切さんご夫婦と良い酒を飲み、うまいものを食い、「生きている化石」まで食べて、まさに酒池肉林。ばちが当たりそうであった。

 屋台料理を楽しみ、この旅の目的である「食うこと」は120%達成された。
 翌日、朝早くの飛行機に乗り、後ろ髪を引かれる思いで、日本へと帰国した。
 いろんな意味で、『びっくりカントリー』であった。
 いやあ、楽しかったですタイ。親切な上河さんご夫妻には本当にお世話になりました。この場をお借りして、御礼申し上げます。
 後日談があり、この三週間後、上河さんご夫妻が帰国してディズニーランドにいらっしゃった。
 今度はこちらが接待を、と思い、ホテルで日本食、日本酒の酒池肉林。ところが、僕は飲み過ぎてしまい、へろへろになって、帰りの東京駅のトイレで吐いてしまった。
 情けない‥‥。
 トホホである。

 というわけで、三回にわたる「タイ旅行記」は幕を下ろすわけだが、バッテン国私設親善大使として、うれしいことがあった。
 複数のバッテン人観光客がタイにいたのである。
 ホテルのレストランで、隣の席から「こらぁ、うまかぁ〜(こりゃうまい)」と聞こえてきたかと思えば、観光地アユタヤの寺院で、「あんま、はよ、歩きなすな〜(あんまり、早く、歩かないで〜)」と、ネイティブなバッテン語、なにものにも毒されていない純粋培養バッテン語、僕のような肩ひじ張ったものでなく自然体としてのバッテン語が聞こえてきたのである。
 そして、ついに、極めつけの「バッテンタイ(だけどね)」を聞いてしまった。
「もうフィルムのなかよ(もう、フィルムがないよ)」
バッテンタイあの寝とらす仏像の写真ば撮らんといかんよ(だけどね、あの寝ている仏像の写真を撮らないといけないざますよ)」

 やはり、バッテン国とタイ国とは、良い関係なのである。


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