酒池肉林




 食い物に対するこだわりは、生き物が進化すればするほど強まる。と思う。
 動物の進化とグルメ度とは比例するのだ。と思う。
(あまり自信がないので弱気な一文がくっついてしまう)

 たまにうちに遊びに来るスズメなどを見ていると、「もっとうまいもの食え」と言いたくなる。虫を食べたり、なんだかゴミのようなものまでついばんでいて、それで人生、いや鳥生、楽しいんだろうかと思ってしまう(何度か偶然に虫を食った僕の経験から言わせもらうと、あれは苦い)。
 生きていくために腹が減ったら食べるだけなのだろうが、それだけじゃ虚しいと人間である僕は思う。ウナギや寿司でも食べさせてあげたい。でも、スズメにとってはきっと大きなお世話であろう。よしんば、大枚はたいて大トロ寿司などをベランダに置き、スズメを歓待しようとしても、ネタとご飯の間にちっちゃなくちばしを差し込んで、よりによってわさびをべろりとなめるかもしれない。そうなったら、僕を恨んで二度と遊びに来なくなるだろう。それはあまりにも寂しいので、そのような真似は決してしない。
 虫の食生活は、もっとみじめなものではないだろうか。いや、実際、何を食べているのか僕はよく分からないが、あまりおいしいものを食べているとは思えない。
 金魚なんて、水槽のコケを食べて暮らしているが、どんな味がするのだろうか。
 苦い? 甘酸っぱい?
 食べてみれば分かるのだろうが、コケをなめる気はしない。本当は、まったりとして舌の上でとろけるような、この世のものとは思えぬ味かもしれないが‥‥‥。違うと思うけれど。
 一番味気ないのは、植物達だ。何が悲しくて土を食わねばならんのだろうか。とはいうものの、一度たんぽぽになってみたいと昔から思っている。のどかな生活が送れるに違いない。

 僕は高校三年まで、母の手作り料理を主食とし、たまにラーメンやお好み焼き、コロッケパンなどの好物を外で食べる程度だった。
 それが、大学入学と共に上京して一人暮らしを始めるようになり、一変した。
 朝は食べなかったが、昼、夜、夜中ともに外食である。そして、十八年間抑圧され続けていた我が「いやしい心」は、日頃嫌いだった魚の煮付けや芋の煮っ転がし、グリンピースご飯などから解放されたのだった。
 下宿の近所に、学生向けの良心的な定食屋があり、そこで好きなものばかり食べ始めた。フライ盛り合わせマヨネーズたっぷり付け、鳥の唐揚げマヨネーズこってり乗せ、しょうが焼き定食マヨネーズひたひたづけ、豚焼き肉乗せ大盛りカツカレー・・・。一日三食豪華ディナーである。それにしてもよく食った。
 高校までは、スリムな肢体だったが、こうして一日に5000Kcalほど摂取していると当然太ってしまう。上京して半年あまりで、十キロ近くも肥え太った。深夜、定食屋で満腹状態になり、その勢いで寝ると、体全体がぷるんと震えて脂肪がまとわりついていくのが分かった(本当に、ぶるんと震えていた。多分、力士たちはみな寝ていて体がぶるんぶるんと震えていると思う)。
 上京して最初の夏休みに熊本へ帰省した際に、あまりの変わりように周囲の者から眼を丸くされた。もちろんこっちは顔を丸くしておこたえした。
「ただいま!」と実家の敷居をまたぐと、顔を出した母がぎょっとした。
「おかえり・・・」
「久しぶーり! 元気だった!」
 野太い声を出し、靴を蹴るようにして脱ぎ捨て、荷物を床に投げやり、どすんどすんと歩いていく。太ると、なぜか態度もでかくなった。そして、行動も粗野になっていた。
「たくましくなったね」
 母はとりあえずはそう言ったが、明らかに扱いに困っているようだった。
「あっ、おばちゃん。元気だったね!」とちょうど遊びに来ていた親戚のおばさんに挨拶をした。高校の時まで、ガリガリに痩せていた僕に向かって「もっと食べて、太りなっせ(太りなさい)」とよく言ってた叔母である。
「はい、太りましたよ」
 ダボ腹をぽーんと叩いてみせると、叔母は口からまんじゅうを吹き出して驚いていた。

 夏休みが終わり、東京に戻った僕は、汚い下宿を引き払い、高円寺というところに引っ越しをした。そこがまた貧乏学生にはパラダイスのようなところだった。
 四百円ぐらいでハンバーガー二枚付き定食が食えるところや、三百五十円でご飯お変わり自由の焼き肉定食が食える二十四時間営業(あいてて太った)の定食屋などがあった。
 後者は、ごま塩ふりかけや漬け物が取り放題なので、一回に二合ほどはメシを食っていた。それも、寝がけ、深夜二時頃である。
 食った、食った。また食った。
 どの店に行っても、必ず「大盛りね」と叫んでいた。大盛りがなければ、二つ頼んでいた。
 カレーライス・ライス(カレーライスとごはん)やチャーハン・ライス(チャーハンとごはん)なるものがあると聞き、わざわざ埼玉にまで出掛けたのはその頃だった。
 空腹感も満腹感もなくなっていた。常に食べ続けていてお腹がすく暇がなく、また食っても食っても腹一杯にならなかったのだ。
 それに、食べ物だけではなかった。アルコールという、高カロリー液体を毎晩のように摂取していたのだ。
 ビールをがばがば飲んでポテトチップスを食べ、焼酎をぐいぐい飲んで揚げ物を食べていた。しかも岩のように動かない。
 昼飯食ったら眠くなり、目が覚めたらもう夕方で、晩飯食べたらまた眠くなり、目が覚めたら夜中でそれから酒飲んでラーメン食べてまた寝ていた。ブロイラー状態である。
 余談だが、知り合いにこんな人がいた。
 仕事で車を運転しているうちに腹がへり、郊外のドライブインでランチを食べた。そして車に戻ると、猛烈な眠気が襲った。このまま運転しては危ないと判断し、車の中で仮眠したのだ。そして起きると仮眠のはずが、もう夜であった。今日はこのまま帰らせてもらうと会社に電話をして、そのドライブインで晩飯を済ませた。するとまたもや猛烈な眠気が。仕方なく、またもや車で仮眠して目を覚ますと、夜中。おまけにお腹が空いている。このまま、一生、そのドライブインから出られないかと思ったそうだ。
 僕もそれに近い状態だった。
 翌年の夏休みに帰省する時は、前回よりもさらに二回りほど太っていた。
「た゛た゛い゛ま゛」
 声帯にも肉が付き、声が変わってしまっていた。
「いったいおまえは誰だ」
「僕゛て゛す゛。 あ゛な゛た゛の゛息゛子゛て゛す゛」
「なんだその太りようは」と親から呆れられた。
 縦だが横だか分からない体型になり、顔はパンパンに膨れ上がり、あごも首もなくなり、メガロザウルスのようになっていたのだった。
「よ゛お゛。ひ゛さ゛し゛ふ゛り゛」と街で旧友に出会うと、いきなり笑われていた。
「あ゛っ゛、け゛ん゛き゛?゛ お゛れ゛お゛れ゛」と昔好きだった女の子に挨拶すると「ぎゃっ」と逃げられた。
「ホルモン異常か?」とか、「なにかの呪い?」などと会う人みんなから馬鹿にされ、それから少しは自分の体重を考えるようになった。

 四、五年前に、内蔵に脂肪がついていると医者から言われてしまった。そして脂肪肝と診断された僕は、生まれて初めてダイエットを行い、かなり痩せることができた。最近、また太り始めてはいるが、昔のような大食いはもうやらないし、できもしない。
 今思えば、大食漢だった当時は、頭ではなくお腹でものを考えていたように感じる。
 むかし聞いた話でこんなのがある。
 ある男が大きなくしゃみをしたら、脳みそが口から飛び出した。あわてて口に入れると、それからお腹でものを考えるようになったという話だ。
 おそらく、僕も、唐揚げやコロッケと一緒に、自分の脳もいつしか食ってしまったのだろう。どうりでこのところ頭痛に見舞われたことがない。



 



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