バッテン人についての一考察


 バッテン人なる言葉は世に存在しない。僕が勝手に名付けたものである。
 最初にお断りしておくが、バッテン人とバルタン星人と字面は似ているものの、まったく別物である。
 円谷オタクの方がもし間違ってこのページを読もうとしたら、大いなる失望を味わうであろう。
 また、古代メソポタミヤに、金細工が得意なバッテン人という民族がいたかどうか知らないが、もしいたとしても、それは非なるものである。
 考古学関係の方々が資料探しの際に誤ってここに立ち寄ったとしたら、何も得るものはありません。時間の無駄です。
 
 バッテン人とは何か‥‥‥。
 その前に、『バッテン』とは何かについて少し説明をしたい。
 これは熊本の方言であり、『だけど、しかし』という意味の接続詞である。
「何もせん(しない)て約束したでしょ。もう、すけべ!」
「バッテン、俺も健康な男の子。頼む、洋子!」
「バッテン、心の準備が‥‥‥」
「バッテン、俺は、もう、たまらんばい(たまりませんがな)」
「バッテン、今日は‥‥‥」
 などというときに使う。ペケの×(バッテン)とは全然違うものである。
 前置きはこのくらいにして、『バッテン』とはとにかく熊本の方言を代表する言葉である。
 だからといって、バッテン人とは熊本県人のことと解釈してもらうと困る。
 ここで言う『バッテン人』とは、長らく熊本に住み、熊本が大好きで、熊本にほこりを持ちながら、進学や就職、結婚、その他諸事情で都会に住むことになり、熊本を遠く離れてしまってもなお熊本をいとおしく思っている人々である。
 ただし、これは第一段階バッテン人である。
 たいてい、熊本を離れて都会に住み始めた人たちはこの第一段階へとすぐに突入する。水がまずい、言葉が通じない、焼鳥屋に豚バラ肉や酢キャベツがない(前回、前々回参照)、などの理由で、熊本をいとおしく思い始めるのだ。
 だが、そこから第二段階バッテン人へと進む者は、おそらく三人に一人であろう。
 時が経つにつれ、女性たちの多くは都会に順応していき、「あのさあ、だからさあ、いいじゃん」などという言葉を平気で操り始める。
 たまに、「バッテンがさあ」などと言い、ぼろを出すこともあるがそれはご愛嬌。
 その変貌ぶりは見事であり、バッテン人から見るとなんとなく裏切られたという気がしないでもない。
 とくに、男性がこのように変身してしまうと、「魂を売りやがって」と周りのバッテン人から言われてしまう。
 というわけで、第二段階のバッテン人とはこういう人たちである。
 いや、順応した人ではなく、順応した者たちを見て寂しくなったり、非難したりする人々である。
 第二段階バッテン人は、テレビで全国の天気予報を見る際に、熊本の天候や気温の表示にも目がいく。そして「ほお、まだ五月なのに熊本はもう三十度もあるのか。ううむ、相変わらず気合いが入っとるぞ」などとつぶやく。
 また、このホームページを覗いている人たちにも多くの第二段階バッテン人がいるであろう。(あなたですよ、あなた)
 第二段階バッテン人たちは、聞かれもしないのに熊本出身の芸能人、有名人のことを周囲に話し、またことあるごとに熊本の自慢話ばかりする。
「熊本のお城は天下一ですよ。その石垣は武者返しと言ってですね、こう、上に登るに連れてですね、手前に反っているんですよ。だからですね、武者返しと呼ばれているんですよ。はははっ、すごいでしょ」
(自分がその石垣の設計をしたかのように話す。また、だからですね、とか、それでですね、という『ですね』言葉を妙に多用するのも第二段階バッテン人の特色である)
「熊本の水は世界一おいしいですね。阿蘇山の伏流水でですね、甘くてですね、まったりとしてですね、いっぺんあれを飲んだら、もう他の水は飲めませんよ。不老長寿の水ですよ。熊本の人間はたいてい百三十歳くらいまで生きてますから。あっはははー」
(熊本のことになると見境をなくし、ついつい話を大きくしてしまうのも第二段階バッテン人の特色である)
 このような状態なので、第二段階バッテン人を見破るのは簡単である。
 だが、多くはそこで止まってしまう。次の第三段階へと突き進むのは、おそらくその中の十人に一人程度であろう。
 第三段階になると、さらに過激さを増す。
 第三段階バッテン人は、熊本をバカにされると猛烈に怒り、一生懸命擁護しようとするのだ。
「ちょっ、ちょっと待って下さい。熊本ラーメンはまずいですって? なんば言いよっとですか(何を言ってまんねん)!」となんとか標準語を話そうとしているが、冷静さをなくすと熊本弁になってしまう。
 また、第三段階に入ると、周りの者に無理矢理熊本弁を教え込もうとする。
「今日のようにくそ暑いことを、熊本弁ではノウウッダスゴツ暑いと言いまして、脳味噌が飛び出すように暑いと言うことですね。わはは、すごいでしょ」と自分が熊本にいたときにもそんなに使ったことのなかった強烈な熊本弁まで持ち出す。
 さらにその中からまた十人に一人程度の割合だが、第四段階に入ってしまった者は、『意地でも、俺は熊本魂を捨てないぞ』と全身、とくに眉あたりに力が入り、顔つきが変わり始める。見つけるのはこれまた容易である。そして、第四段階までバッテン度が上がると、都会の中で熊本弁をおおっぴらに使う。したがって飲み屋などで、見知らぬ第四段階バッテン人同士が出会うきっかけともなる。
「さっきから聞きよったバッテン(聞いていましたが)、熊本の人じゃなか(ない)ですか」
「おおおっ、あんたも熊本ね。どこ? どこ? 市内?」
「うんにゃ(いいえ)、玉名です」
「玉名ね。わあ、なつかしか(なつかしいなあ)。俺も小さか(小さい)ころ、玉名に住んどった(住んでた)」と言う具合に、すぐに意気投合してしまう。
 第四段階バッテン人は、一緒にもう一人熊本県人がいると、満員の山手線やデパートのエレベーターの中などの人混みで、これみよがしに大声で熊本弁を使おうとする。しかも、帰省の際に親や祖父母から習った古い熊本弁までもひけらかす。
「お前は、ホウガクニャーやつだな」
「はあ? なんですか、それ」
「方角がない。すなわち何をしでかすか分からん(分からない)ということタイ(だよ)」
「もう、先輩は恥ずかしいなあ。あんまり熊本弁は使わないでくださいよ。みんなジロジロ見てますよ」
「なんば(何を)言うか! ぬしゃ(貴様)、だご打ちする(ぼこぼこだんごになるまで殴る)ぞ!」
 第四段階バッテン人は恐いのである。
 だが、この段階まで来てしまった者でも、やがては都会に順応していくことが多い。やはり、これでは生きていけないのだ。周りから相手にされなくなるし、第一、疲れてしまう。
 ところが、最終段階バッテン人である『キングバッテン』になると、もう後戻りはできない。
 この僕も相当バッテン度は高いが、第三段階から第四段階あたりを行ったり来たりしている程度の人間であり、『キングバッテン』からすれば、まだまだひよっこなのだ。
『キングバッテン』は、すべてを超越した存在であり、自然体としてバッテン人が身についている。
 どこに住んでいようが、そこが熊本の飛び地であるかのごとくいつものように振る舞うのだ。しかも、自分がバッテン人であることをまったく意識せず、自然に超バッテン度で生きているので、疲れることもない。
 僕は、そんな人物を一人二人知っている。
 その中の一人は、学生時代に埼玉出身の男と一緒に住み(変な関係ではありません)、なんとその男から標準語を奪い取り、熊本弁を植え付けてしまったのである。
 その男は、熊本弁しか話すことができないようになり、親がさんざん嘆いたらしい。
 
 と、ここまで百行程度書いて、はっとした。
『バッテン』を熊本の代表的な方言ということで、ずっと『熊本ネタ』を展開してきたが、福岡も佐賀も長崎も『バッテン』を使うではないか。
 ああ、話の土台が崩れてしまった。知らなかったわけではないのだが、無意識にバッテン=熊本といつしか決めつけていた。
 もしや、僕は『キングバッテン』になっているのかもしれない。

 

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