やぶれ正月

 

 今回はバイリンガルエッセイ。
 前回のエッセイに対し、「もっと、方言を使え」とメールが届き、試しにぜんぶ熊本語(完全に方言の域を出てひとつの言語体系となった)で書きました。
 しかし、ここはインターネットの世界。
 ケビン・コスナーやリチャード皇太子がここにアクセスしてくるかも知れず、英語の翻訳を載せようとしましたが、手持ちの和英翻訳ソフトでは熊本語はまったく受け付けず、とりあえず日本語の訳をつけました。
 どなたか、『こりゃ熊和』『こりゃ英熊』などの翻訳ソフトを開発しくれないでしょうか。
 ちなみに、熊本語で文章を書くと、ワープロがちっとも変換してくれないので、あくしゃうち(注)ました。

※あくしゃうつ = 呆れて舌打ちをしてがっかりしてなおかつ腹を立てること。標準語では、ズバリの言葉が見あたらない。あくしゃなものとすれば、形容動詞にもなる。このように熊本語の表現は豊富で、以下のエッセイをお読みになった方は驚かれることでしょう。
 
 
 
 
 
【熊本語】   
    
    
    

 こん正月は、ひさしかぶりに熊本に帰省ばした。飛行機から見下ろす阿蘇のすごか景色に見とれとったら、ヒョローッと金峰山の方さん回って、もう着陸。   
    
「あいた、こら、東京よりか寒かばいた」と独り言ばつぶやきながら、嫁ごの実家さんいく。そすとさがにゃ、義理の母上殿は風邪ばひいて、ずーっと寝とらしたていうじゃなかな。   
    
    

「やぶれ正月ばい」と義理の父上殿がつぶやくとば聞いて、なつかしゅうなった。   
 やぶれ正月‥‥‥。   
 家族が病気ばしたり、金がのうして思ったごつ年が越せん状態ば、こぎゃん言う。または、おんぼろ正月とも。   
 ばってんが、娘(おっが妻)が、晦日、大晦日、バーッて働きまわり、なんとかよか正月ば迎えることができたごたっ。母上殿もどぎゃんかこぎゃんかして、正月には治んなはった。   
    

 ひさしかぶりの熊本は、たいぎゃな良かった。なんちゅうたっちゃ、くいもんがうまか。   

 霜降りの馬刺ば、バリバリ一頭分ぐらい食うてから、カラシレンコンば、ハウゴツ食うた。   
    
    
    
    
    
    
    
 してから、焼酎のお湯割り。これも、マウゴツ飲んだ。    
    

 あいたた、こら、食いすぎたばいた。毎日、毎晩、食うて飲んで、腹ん、いーとなった。ばってんが、一年ぶりの熊本。まあだ、食わにゃいかん。やっぱ、熊本はラーメンたい。目標の『帰省期間中ラーメン7杯食い』には遠く及ばんだったばってんが、なんさま食うた。   
    

「うみゃー、うみゃー」て言いながら、ナバンゴツ食うた。   
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
 逆流して、胃からひっと出るごつ食うたたい、ああた。ばってん、まだまだ。   
    

 酒飲みのバッテン人にとって、心のオアシス。そうたい、焼鳥屋に行かんといかん。そこには、あの、『酢キャベツ』があっじゃにゃーや。生キャベツをざくざくときざんだ上に、その店特有の酢だれが、ピラーッとかけてあってから、こっが、ほんなこつうまか。   
    

 ちゅうこっで、上通りからチョロッと曲がったとこの焼鳥屋さん行った。      
    
    

「ばー、ひさしかぶりねえ」と目ん前の酢キャベツとご対面ば果たしてから、メニューば見っと、なんと『バラ』て書いてあっじゃなかや。   
    

「ばっ、バラ!」と、うすとろかごつはしゃいだ。そぎゃんたい、東京で頼むと「おう、なに言ってやがんでえ。ここは焼鳥屋だ。べらぼうめ」と怒らるっ、あの『豚バラ』たい。   
    

「さしより、ビールば、はいよ。そっと、バラば2本。あっ、すんまっせん、焼酎も一杯もらえんどか」と注文ばして待つ。   
    
 すると、どぎゃんしたもんか、店んドアの立て付けが悪かとかんしれんばってんが、すきま風の入って、すーすーすっ。   
    
    
    
    
    
 だっか、あとぜきばしらとらっさん。   
    
    
    
    
    
    

 もう、のさん。   
    

 ばってんが、たいぎゃなうまかったね。親友の都々逸(どどいつ)君と飲んで、ええくろうてしまい、そん奥さんに向かってわきゃわからんこつばっかり言うて、ひちゃかちゃになった。   
    
 酒と食いもんの話はこんくらいにしとって、次は熊本の正月風景ば、いっちょ、書きまっしょかね。   
    

 元旦、雷がやりばなしバリバリと鳴る中、藤崎宮に初詣ばした。風雨が強くて、ほんなこつ、やぶれ正月。   
    
    
    
    
 ばってん、大勢の客でにぎわっとって、ナマの熊本弁があっちゃんこっちゃんから聞こえてきた。   
    

「こら、ひどか正月ばいた。ほうっ、見てん。晴れ着ば着とらす人はかわいそかな。ばっ、あん子は、裾のぞろびきよっ」   
    
    
    

「ばっ、あん女は、ホウッ、むぞらしかな。軟派ばしょうか」   
    
    
    
    
    
    
    
「しよう、しよう」と、わきゃあ男たちが騒げば、別んところでは、父親が息子に向かってはらかきよる。   
    

「こら、そっちゃんいったらでけん。こら、とごゆんな。お年玉ばやらんぞ」   

「ねえねえ、あんおもちゃば、こうて」   

「あら、ちゃんから」   
    
    
「んなら、イカばこうて」   
    

「でけん。いっぺん、父ちゃんな、屋台のイカば食うて腹こわした」   
    

 そんうち、また別のとこっから怒鳴り声の聞こえてくる。   
    

「あんパチンコん台は、おっがとっとったと。そっば、ぬしゃ、おっとってから、たいぎゃな出したね」   
    

「よう言うぞ。あら、おっがとっとったと」   
    

「勝った分、おっに、くれ」   
    

「じゅんな、なんばいいよっとや。どうし、せこかなあ。だっがやっか。あまかだごじゅる」   
    
    
    
    
    
    
    
    
「ばー。ぬしゃ、ちょっとおうちゃっかぞ。うちころすぞ」   
    
    
    
    
    
 と、ののしり合う声。ばってんが二人とも笑いよった。言葉が荒かけんが、殺し合いでも始まっかと思うと、そぎゃんじゃなか。単なる口げんか。こっば、東京の人の聞いたら、すったまがって、うったまがらすばい。   
    
    
    
    
    
 そっから、お参りばして、おみくじば引いたら、大吉。   
    

「わいちゃー、こら、良か正月」て思たら、東京に帰ってから、案の定、腹はこわすし、うちん奥さんな風邪ばひいて、うったおるっしで、やぶれ正月明けとなってしもうた。トホホホ。   
    

 今回はどぎゃんでんして熊本語ば使おうとしたけんが、話もやぶれてしもうた。   

 んなら、また。

【日本語訳】   
    
    
    

 この正月は、ひさしぶりに熊本に帰省をした。飛行機から見下ろす阿蘇のすごい景色に見とれていると、ヒョローッ(熊本語はこういう擬音が多い)と金峰山の方へ回って、もう着陸。   
    
「おいおい、これは、東京より寒いな」と独り言をつぶやきながら、妻の実家へと向かう。すると、義理の母上殿(元々、古い武家の言葉を基調とした熊本語はこういった表現が似合う)は風邪をひいて、ずっと寝ていたというではないか。   

「やぶれ正月だな」と義父がつぶやくのを聞き、なつかしくなった。   
    
 やぶれ正月‥‥‥。   
 家族が病気したり、金がなくて思うように年が越せない状態をこう言う。おんぼろ(ぼろぼろ状態)正月とも。   
    
 しかし、娘(僕の妻)が晦日、大晦日とバーッ(これも擬音、すごーくという表現。バーッはよく使う)と働き回り、なんとかいい正月を迎えたようだ。義母もどうにかこうにか正月には治られたようだった。   

 ひさしぶりの熊本は、大変良かった。なんといっても、食べ物がうまい。   
    

 霜降りの馬刺(熊本の馬刺は天下一。東京にもあるけれど、霜降りではない)を、バリバリ(これも擬音。標準語で使うバリバリと似ているが、もっと広く使われる。強調する場合は、バーリバリと伸びる)と一頭分ほど食べ、カラシレンコン(ご存じ熊本名産品。レンコンの穴にカラシをつめ、卵の衣で揚げてある)を、ハウゴツ(1)食った。   
    

 それから、焼酎のお湯割り。これも、マウゴツ(2)飲んだ。   
    

 あれあれ、これは、ちょっと食べ過ぎかも。毎日、毎晩、食べて飲んで、お腹が痛くなったことだよ。しかし、一年ぶりの熊本。まだまだ食べなければだめだ。やっぱり、熊本はラーメンである。目標の『帰省期間中ラーメン7杯食い』には遠く及ばなかったが、とにかく食べた。   
    

「うまい、うまい(うみゃーと名古屋弁みたいに使う)」と言いながら、ナバンゴツ(3)食べた。   

※1ハウゴツ=地を這うように   

※2マウゴツ=空を舞うように   

※3ナバンゴツ=ナバのように   

 いずれも、すごいという意味。地を這うように、そして空を舞うようにすごいのだ。どうです、熊本語は優雅でしょ。ただし、3番目の『ナバ』というものがいったい何なのか、正体不明。伝説の怪獣なのか、それとも神に近い存在なのか。いずれにしても、とにかくすごそう。(その後、ある熊本在住の読者からメールが来て、判明した。ナバとは椎茸のことだそうである。ナバのようにとは、椎茸がたくさんはえている状態とのこと)   

 逆流して、胃から飛び出すほど食べたことだよ、みなさん。しかし、まだまだである。   
    
 酒飲みのバッテン人(造語、詳しくは次号で述べる)にとって、そこは心のオアシスである。そう、焼鳥屋に行かなければならない。そこには、あの『酢キャベツ』があるではないか。生キャベツをざくざくときざんだ上に、その店特有の酢だれが、ピラーッ(これも擬音)とかけてあり、これが本当にうまいのだ。   
    
 というわけで、上通り(下通りと並ぶ熊本のメインストリート)から、チョロッ(またまた擬音)と曲がったところにある焼鳥屋へと向かった。   
    

「うわー、ひさしぶりだなあ」と目の前の酢キャベツとご対面を果たし、メニューを見やると、なんと『バラ』と書いてあるではないか。   
    

「うわわわっ、バラ!」と、こっぱずかしいほど、はしゃいだ。そう、東京で頼むと「おう、なに言ってやがんでえ。ここは焼鳥屋だ。べらぼうめ」と怒られてしまう、あの『豚バラ』だ。   
    

「とりあえず、ビールを下さい。それから、バラを2本。あっ、すいません、焼酎も一杯もらえませんか」と注文をして待つ。   
    

 すると、どうしたことか、店のドアの立て付けが悪いのかもしれないけど、すきま風がスーッと入ってきて寒い。(スースースッ=スースーとすること。変な言葉だけど、熊本県人は、ひと冬に千回ぐらいこれを言う。寒いと口の形がスーッとつぼまり、しらずしらずのうちに出てしまう言葉)   
    

 だれか、ドアを閉めていないのだ。(あとぜきとはドアをあけたら閉めること。僕は東京に出てしばらくたってからも、これを標準語と思い、使い続けていた。熊本では、学校・店・会社・役所、いたるところのドアに『あとぜきして下さい』と印刷された紙が貼ってあったからだ)   
    

 もう、いやになるなあ。   
    

 しかし、たいそうおいしかった。親友の都々逸(どどいつ)君と飲んで、ひどく酔っぱらってしまい、彼の奥さんに向かって、訳の分からないことばかり言って、めちゃくちゃになった。   
    
 酒と食い物の話はこの程度にして、次は熊本の正月風景をひとつ、書いてみることにしよう。   
    

 元旦、雷が猛烈な勢いでゴロゴロとなる中、藤崎宮(市内の大きな神社。ここに行くと、たいてい知人に会えるという縁結びの神でもある)に初詣をした。風雨が強くて、これぞまさしくやぶれ正月。   
    

 しかし、大勢の客でにぎわっていて、ナマの熊本弁があちこちから聞こえてきた。   
    

「これは、ひどい正月になったな。ほらっ、見ろよ。晴れ着を着ている人はかわいそうだ。あっ、あの子なんか、裾が地面にくっついたまま引きずっている(ぞろびく=裾をぞろぞろと引きずること。そのまんまの言葉)」   
    
「おおおっ、あの女は、ホウッ(ホウッ、とか、ホッ、とか、意味もなく言葉の中に入ってくる。言葉に勢いを付ける感嘆詞である。標準語で使う、ほーっすごいなあの、ほーっとはまったく別物。もっと短く、ろうそくの火を吹き消すように言う)、かわいいな。軟派しようか」   
    

「やろう、やろう」と、若い男たちが騒げば、別のところでは父親が子供に向かってはらをたてている。   
    

「こら、そっちへ行ったらだめ。こら、悪ふざけするな。お年玉をあげないぞ」   
    
「ねえねえ、あのおもちゃ、買って」   
    

「あんなもの、すぐにこわれる(ちゃんからには、安物という意味あいもある)」   

「それじゃ、イカを買ってよ」   
    

「だめ。一度、父さんはな、屋台のイカを食べてお腹をこわした」   
    

 そのうちに、また別のところから怒鳴り声が聞こえてくる。   
    

「あのパチンコの台は、おれがとっていたんだ。それを、おまえ(ぬしゃ=おぬし。本当に武家言葉が多い)は取り上げて、いっぱい玉を出したな」   

「よく言うよ。あれは、おれが取っていたんだ」   
    

「勝った分、おれに、くれよ」   
    

「おまえ(じゅん=御仁。またもや武家言葉である。しかし、自分のことを拙者とは決して言わない)は、なにを寝ぼけたことを言ってるんだ。もう、しみったれたやつだなあ。だれがやるものか。あまかだごじゅる(甘い団子汁から来ているが、意味不明の言葉。しかし、君は甘いなあと言う時によく使われる。その手は桑名の焼きハマグリと同じく、語呂合わせ)」   
    

「うわっ。おまえ、ちょっと生意気だぞ。なぐっちゃうぞ(うち殺す=なぐっちゃうぞ程度の軽い言葉。熊本県人からこの言葉を使われても、まず殴り殺されることはない。ちなみに、『うち』は強調の接頭語。熊本語は接頭語が多い)」   
    
 と、ののしり合う声。しかし、二人とも笑っている。言葉が荒いから、殺し合いでも始まるかと思うと、そうではない。単なる口げんか。これを、東京の人が聞けば、驚いてびっくりするだろう。(すったまがる、うったまがる=ひどく驚くこと。すっ、うっ、は強調の接頭語。中学の体育の教師から、『驚くと○玉が上にあがるから、たまがると言うのだ』と教えられた)   
    

 それから、お参りをして、おみくじを引いたら、大吉が出た。   
    

「わーい。これは、本当に良い正月になったなあ」と思ったら、東京に帰ると、案の定、腹はこわすし、妻は風邪をひいてたおれるしで、やぶれ正月明けとなってしまった。トホホホ。   
    

 今回は、強引に熊本語を使おうとしたので、話自体もやぶれてしまった。   
    

 それでは、またお会いしましょう。   
    

(『んなら、また』は別れ際によく使われる言葉。略して『なら』とか『ならば』と使う場合も多い。『んなら、ごろっと』と訳の分からないことを言う人もいる)

 
 
 
 

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