国宝の鬼瓦

国宝の鬼瓦シリーズ

国宝の鬼瓦シリーズは、国宝建造物の屋根を対象にそこにいる鬼瓦を見ていきます。
国宝に指定されている建造物は全国に131ケ所。寺院が97ケ所、神社が25ケ所、城が5ケ所、その他4ケ所となっています。

当日本鬼面瓦保存会の調査によればその中で鬼瓦がいる国宝建造物は寺院で50ケ所、神社で3ケ所、その他で1ケ所。

鬼瓦は撮影する角度によって大きくその顔かたちは変わってきます。
もちろん季節によっても時間帯によってもかなり受ける感じが違います。
皆様も国宝寺院にお参りした時は是非カメラを屋根の上の鬼瓦に向けてみて下さい。


3 国宝 善水寺本堂 の鬼瓦

善水寺本堂
 善水寺は滋賀県甲賀郡甲西町岩根という、JR草津線三雲駅から北西2.7Kのところにあります。

 本堂は正面七間、側面5間、一重、入母屋造り、檜皮葺の建物で国宝指定です。天台宗の寺で、岩根山医王院と号します。本尊は薬師如来座像(重文)。

 伝教大師最澄(767〜822)が比叡山中堂で行を営んでいた頃の或年、旱魃で河の水が干上がり木材の運搬が出来ず人々は苦しんでいました。最澄はこの山に登り、百伝池という池に梶葉が湧き出ているのを見てその葉を手に取ると良薬金留の四字がありました。すぐに池の中を探ると金銅一寸八分の薬師仏がでてきました。これを本尊として晴雨法を修したところ河には水が満々と流れて、良材は皆坂本の当麻浦に運ぶことが出来たということです。

 最澄はここに寺を創し勅を奉じて三尺の薬師如来像を造り金像を体中に収めたのです。
桓武天皇(781〜802)病気の際、最澄が当寺で修法の香水を献じて平癒したので比叡最初の別院とし善水寺と改号したと云われています。

 爾来歴世の勅願所となり、源頼朝以来代々将軍家の祈願寺となりました。
元亀2年(1571)、織田信長の比叡山延暦寺焼き打ちの際に被害を受けましたが、奇しくも本堂のみが焼失を免れたのです。

 この国宝の本堂は檜皮葺の屋根なので瓦はありません。しかし屋根の大棟の両端にしっかりと阿吽の鬼瓦が睨みをきかせています。

善水寺本堂鬼瓦 善水寺本堂鬼瓦

正面から見た鬼瓦の顔と斜めから見た鬼瓦の顔を比べてみて下さい。かなり感じが違います。

善水寺本堂鬼瓦 善水寺本堂鬼瓦