いい1日を!

(1)

 内科外来で午前の診療時間が終わる頃に、定期的に通院中の老齢の患者から電話がかかってきた。「1週間前から腰痛が生じているが、どうしたらいいのか分からない。どこへ行ったらいいのか分からない。もう動けなくなったので助けて下さい」とのこと。話を聞くと、整形外科的な病状のようだ。「何故もっと早くこの病院にかからなかったの? 整形外科もありますよ。」と聞くと、「内科しかかかっていないから、どうやって頼んだらいいのか分からない。」とのこと。それで、こちらに電話したようだ。「何か困った病状が出たら、いつでもすぐに来るように。」と、彼女には話していた。すぐに院内の整形外科外来に連絡をして、その患者の診療をお願いした。整形外科医は待機していてくれるという。折り返し、その患者に連絡すると、今度は「腰が痛いのでバスに乗れず、そこまで行けない。」と泣き声である。タクシーで来るよう指示したところ、それなら来れるとのこと。まもなく彼女は家族と来院し、昼食も食べずに待っていてくれた医師の診察と治療を受け、無事に帰宅した。大事に至らずよかった。しかし、家族も毎日一緒にいるのに、どうして病院に受診する方法が分からないのだろう。すぐに来て、診察を頼んでよかったのに。なんの遠慮も要らないはずだ。病院も医者も24時間病人のために存在しているのだ。
 病気に関することで困った時は、気がねなく医療機関に何でも聞いてよいと私は考えているが、まだまだ患者と医師・病院との間には大きなしきいがあるのか。それとも、医療サービスの情報公開が少なすぎるのか。患者はもっと医療側に歩み寄っていいし、私たち医師はもっと患者の近くにいるようにしなくてはいけないな、と思わされた1日であった。

(2)

 新しい患者の初診の際には、病気の既往歴や、他院に通院していた場合は病名や治療薬・検査成績(結果)についてもお聞きする。意外にも、これらの自分自身の病歴・治療歴・検査歴についておおまかにでも説明できない人が少なくない。「前に入院したことがある。何の病気だったかよく知らないけど、よくなったので退院した」、「肝臓が何とか言っていたけどーーー」、「血液検査も受けたけど、たいしたことはないと言われただけだった」、「胸のレントゲン写真も何回か撮ったが、1度も見せてもらったことはない。心配ないよと言われた」、「何の薬かは説明されなかったけど、これを飲んで下さいと言われたので飲んでいます」、「血圧の薬らしいが、薬の名前も量も知らない。副作用の注意は聞いたことがない」、「そんなこと、先生に聞いていいんですか?」などなどの返事がよく返ってくる。驚くべき医療の実態である。
 私は診察時には、病名(疑い病名・鑑別すべき病名を含む)、必要な検査の目的・計画・方法・安全性、治療薬の名前・量・薬理作用・副作用・使用方法、検査の結果、家庭での注意事項、今後の治療方針などについては患者やその家族に可能な限り説明するよう努めている(診察時間の制限、特殊な疾患の場合などにより100%説明できない場合もある)。外来では、検査結果は検査結果報告伝票を直接お見せして解説し、異常値についてはその医学的意味と正常値を説明する。レントゲン写真は机の前のシャーカステンに乗せて「これは胸を前からみた写真です。この白いところが心臓ですが大きさは正常です。この左右にある黒いところが肺です。空気に近いものは黒く写るようになっています。炎症などの病変があるところは白っぽくなります。この右の肺の下の少し白くなっているところには肺炎の疑いがあります」などと説明している。内服薬は、分かりにくいものや重要な薬は、医薬品の説明書を開いて読んで聞かせたり、紙に書いて渡したりする。ーーーこれぐらいは、医療を担当する者としては当然の姿勢であろう。ごく普通のことと思ってよい。そんなに長い時間もかからない。
 治療を受ける方は、自分の病名、検査の内容と結果、薬の名前や注意事項などについて、担当医や主治医に遠慮なく聞いて、説明を受け、自分の身体に起こっている事態をよく理解して欲しい。具体的な検査結果の数字を見せてもらってよい。それらを知ることは、患者の当然の疑問や不安であり、希望であり、権利である。医療情報は患者のためにこそある。それを患者に伝え、還元するのは医師の義務と私は考える。
 もっと自分の病気を知ろう! いい1日を!

(3)

 脳梗塞や外傷などの後遺症で、身体機能の障害を残す場合がある。こうした身体障害者は、公的なさまざまな補助が受けられるが、このシステムが案外よく知られていない。医師にも、この認定申請の方法すら知らない人がいる。医師から、「そろそろ障害認定の申請をしましょう」と言ってもらわない限り、いつまでも縁のない患者でいてしまう。市役所などに知人がいて、身体障害者手帳の存在を教えてもらえる人もいるが、稀である。
 最近のことだが、他の病院で何年も脳梗塞後遺症の片麻痺(片方の上下肢の運動麻痺のことです)でほぼ寝たきり状態であった患者が転院してきたので、「身体障害者手帳は何級をもっていますか?」とお聞きすると、「そんなものは持っていないし、前の医者からも聞いたことがない」との家族の返事であつた。診察してみると、2級相当の障害である。早速、身体障害の認定を受ける申請書を作成し、提出してもらった。この方は現在、身体障害者手帳を交付されている。
 ちなみに、身体障害の種類には、「視覚障害」、「聴覚又は平衡機能の障害」、「音声機能、言語機能又はそしゃく機能の障害」、および「肢体不自由」などがあり、身体障害者の等級は、1級から7級まである。他に、「心臓、じん臓、ぼうこう又は直腸、小腸の機能の障害」があり、1級から4級まである。公的な援助を受けられ、JR、航空旅客機、タクシーなどに乗る時の料金の補助もある。所得税の確定申告をする際には控除の対象となる。等級については、例えば、「肢体不自由」の1級には「両上肢の機能を全廃したもの」などと細かい認定基準規定がある。障害申請は、まず患者本人又は家族が市町村の福祉事務所に行き、申請書類をもらって来て、担当医に提出する。担当医は申請書類を、障害認定の認定医(資格が要ります)に作成してもらい、それを患者本人又は家族が市町村の福祉事務所に提出するのが手順である。早ければ1カ月後には身体障害者手帳が交付される。この福祉制度はもっと利用されてよい。(詳細は、かかりつけの病院に問い合わせして下さい)

(4)

 日本で生活する外国人が増加してきているので、病院を訪れる外国人も増加している。しかし、最近は多国語の診療案内書を窓口に置いてある病院もあるが、まだ多くの病院では(特にそのような患者がまれである所では)外国人の受診者に対する対応は十分には出来ないと思われる。
 今日も病棟にいたところ、「日本語の話せない人が来たので外来に来て下さい」と呼ばれた。外来看護婦は、あわてた声である。私は、こうした呼び出しには少し慣れているので、じっくりとその患者と話をして診察をすることにしている。英語の話せる医師が来てくれて、彼も安心した様子で良かった。外国にいて、病気の時に言葉のわかる医療関係者がそこにいてくれることほど安心できることはないと思う。こうした際には、十分ではない私の英会話力ではあるが、出来る限りの助けになりたいと願っている。別の勤務病院の外国語ボランティアにも登録している。日系の南米人が多くなったので、彼等の母国語の一つであるスペイン語会話を習得しようと独学を始めたが、これはまだ使い物になっていない。
 ちなみに、私の外来には現在、オーストラリア人、ガーナ人、ケニア人、韓国人、中国人、イギリス人、バングラディッシュ人、フィリッピン人、ペルー人、ブラジル人、ネパール人などの患者が通院している。この人達の多くは日本語もある程度理解出来るが、本当の気持ちは日本語会話だけでは伝え切れな過ぎるに違いない。母国語で話せたら一番いい。日本にいて日本語がまだ不自由な人にとって、共通国際語としての英語での会話は最低限の安全線である。もちろん、その英語も不自由な外国人もいる。今後、日本では(全国全てではないが)医療サービスの国際化は重要な医療課題になると思っている。医療英会話力を高めることは、私にとっての自己課題の一つと密かに心している。

(5)

 昼間の外来で、多数の患者さんと診療のために会話をし、診察し、説明し、検査の予約や指示を出すことを繰り返し続けると、終わった頃には疲労こんぱいしている。一生懸命やっているつもりだが、長く診察まで待たされた患者さんは不満で一杯だったろう。「今日も全力を出し切ったなぁ」と自然と思ったりもする。飲まず食わずで働いて、昼食は2時、3時になることもしばしばある。それからまた次の仕事があれこれと待っている。帰宅するのは夜の10時、11時で、それからやっと夕食だ。しかし、多忙を天の恵みと考えるべきか。これが医者の生活というものだろう。
日本語ホームページの最初へ
電子メール