(5) 2004.1.9~2004.6.30
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只今、グッスリ昼寝中
僕の話を真剣に聞いているチー
初めてのツーショット
いつもはベッタリなのだが、今日は少し離れて
僕のホクロを見つめているのかも
いつもの土俵入りのポーズ
只今身繕い中
足をグルグル回し耳の後ろをかいている
お腹に顔を埋め、身繕い中
「あれ、何かあるぞ。」
5歳のチー、右足の指は2本だけ。でも、元気。
いつも僕から離れないチー、本当にかわいい。
2004.5.23 夕方、チー息をひきとる
後日、桐の小箱に入れ替えてやる
ゴマダラ蝶がベランダで一夜を過ごす
ベランダにきれいに咲いたれんげの花
左がチーの就寝用ケージ、右がチーの桐小箱
テレビ前のチーの水浴び、食事をする所
シンセサイザーの上、ここもチーの食事をする所
チーの遊び場所、Win & Mac コンピューター
5月下旬きれいに咲いたアイビーゼラニューム
1年目のチーの姿
初めの4年間チーが過ごした相模大野の部屋
僕が一番好きなチーの後ろ姿
2004年1月9日(金)
昨日の風はおさまり、太陽も出てくれた。でも日中の気温は4度。4,5日前、チーが風邪を引き、声も出せずに体をふくらませて、元気がなかったが、昨日、今日と元気を取り戻し、以前のように大きな声を張り上げていた。回復しても、しばらく声が全然出せなかった。全く人間と同じ。「歌を忘れたカナリヤ」の歌を思い出していたが、カナリヤはきっと風邪を引いていたのだと思う。

2004年1月14日(水)
朝、外を見ると、家々の屋根が雪に覆われていた。道は凍っているようだ。車が通るとパリパリ音がしている。チュンの水(ベランダにあるチュン達のお墓の水)もすっかり凍っている。太陽は一日中出ているが、風が風速20メートルと大型台風並にビュウービュウー吹いている。換気扇から風が入り込むため外も内も、戸がガタガタ音をたてている。家全体が動いている感じだ。風の音には慣れたとは言え、今日のは凄すぎて、チーも驚いている。明日まで続くらしい。2時半頃、突然、チーが水浴びを始め、コンピューターを一時中断する。水浴び後、チーの体をティッシュで包み水気を拭き取り、保温してやらなければならないからだ。

2004年1月22日(木)
明日は記録的な寒波が福島県にも押し寄せ、大雪になるとのこと。買い物から帰宅後、急いでベランダの植木に覆いをする。すでに強い風が吹き始めていた。夜になり、気温がどんどん下がり、マイナス5度を記録。エアコンも室温20度をキープするのがやっと。でも、クロも自分もこの室温に順応してきている。

2004年1月23日(金)
朝、ブラインドを開けてびっくり。ベランダが植木と共にすべて雪で覆われている。こんな雪は初めてだ。午後、水道代と部屋代を支払いに行ったが、管理人もビックリしていた。太陽は数分顔を見せたが、外は一日中どんよりしており、雪が降り続き、最高気温も1度。夕方6時頃大地震がある。初め縦に揺れ、直ぐに横揺れが始まり、家具類がガタガタ音を立て始める。台所のテレビが落ちそうになるのを手で押さえて防ぐのが精一杯であった。我が家の被害は南和室の額縁が1枚落ち、ガラスが割れ、ドイツのロマンティック街道のローテンブルグで手に入れたクリスマス用の回り灯籠を、昨年の地震に続いて2回落とし、壊してしまう。前回は修理がきいたが、今回は天使の腕の部分の破片が見つからず、修復困難。後日、自分で紛失した部分を作って修復しよう。(「5時に来る」と言ったのだが)9時頃管理人が部屋代の釣り銭を届けに来る。地震で6,7階がかなり揺れ、石油ストーブは自動ストップ、エレベーターもストップしたらしい。我が家の被害は2つ、それ以外は何とか無事だった。後日、飾り棚の人形の置く位置をかえることにする。地震情報では、震源地は福島県沖、郡山は震度3とのことだったが、今住んでいる建物は1階部分が駐車場で吹き抜けになっており、7階の建物をたった8本の柱だけで支えている。500メートル離れた新幹線が通過しただけで、室内の鉢類が大きく動き、震度1の揺れを見せる。相模大野では14階に住んでいたが、公団住宅だけあって震度4でも、「あ、地震だ。」と感じる程度だった。雪はまだ降り続いていた。

2004年1月26日(月)
午後、自転車で買い物に出かける。いつもの自転車道路を通り、阿武隈川へ向かったが、雪がほとんど解けないで残っており、歩きでも不可能の状態だったので、引き返し、市街からベニマル(スーパーマーケット)へ向かった。でも道路が所々、アイスバーンになっており、1/3は歩くことになった。今日は午前10時頃から12時近くまで、ベッドの上でうたた寝をする。テレビはつけたまま。チーがお腹や、肩のところで遊んでいた。チーは僕の気持や言葉が分かる。僕もチーの気持ちや言葉が分かる。僕がチーに話しかけると、ジッと聞いていて返事をする。チーも僕に話しかけ、僕もそれに答える。餌を食べる時以外、時々遊びに出かけるが、ほとんど僕の近くから離れない。肩や腕にいるか、僕の足元で遊んでいる。僕が居る時は、ほとんど鳴かない。時々、嬉しそうに小さな声で、人間が鼻歌を歌うように歌っている。自分にとって、今が一番幸せなのかも知れない。チーは生きることに関しては驚くほどたくましい。また、愛情に関しても、たとえ自分より体が大きな相手でも、死を前にしてでも相手に向かって行く。どんなことがあっても、僕から離れないと心に決めているようだ。僕もチーと同じ。チーと共に生きるために早期退職を決めた。間違っていなかったと思う。

2004年2月15日(日)
予報通り、午前中から大荒れに荒れる。太陽は出ているのだが、雪が大台風並みの風に飛ばされてくる。風は、郡山に来て初めての強さだ。これまで台風が来ても、大丈夫だった目張りも、役に立たない。ビュービュー音を立てて家に入り込んで来る。ベランダの植木もすべて飛ばされてしまうような勢いだった。あまりの風のすごさに、チーも驚いていた。

2004年2月23日(月)
朝、チーを起こしたが体調が悪い様子。体をふくらませていたので心配だったが、しばらくして、いつもの元気な姿に戻り安心する。昨夜、チー・アンの寝室用かごの下に敷いてあるカーペットの温度調整を最低にしたためかも知れない。午前11時半、雪混じりの強風の中、血圧の薬が切れていたので、病院へ自転車で出かける。患者が自分以外一人しかおらず、10分ほどで薬が出る。

2004年3月27日(土)
午前11時半頃、買い出しに出かける。花粉症か風邪か判別が付かないが、体調が良くない。帰宅しても、いつもの元気なチーの声が聞こえてこない。アンの声も聞こえてこない。少し気にはなったが、2時だから、昼寝でもしているのだろうと思い、買ったものを冷蔵庫の中に入れ、着替えをして、チーの様子を見ると、椅子の上で、少し体をふくらませ、元気のない姿で居た。声をかけても、声が出ない様子。口を開け、ゼーゼーしている。何か食べ、のどに詰まらせたようだ。「水を飲みな。」と言ったら一口自分で水入れから水を飲んだがゼーゼーは治らない。これは大変と思ったが、焦ってはダメと思い、とにかく部屋を寒くならないように、静かに見守ることにした。りんごは良いだろうと思い食べさせた。餌もいつもの通り食べた。原因は分からないが、声が出ない。ゼーゼーは時間と共に少しなくなったが、要注意の状態だ。餌はいつもの通りよく食べる。しかし、水はあまり飲まないようなので、りんごを数回あげた。5時にいつもの通り寝かせたが、寝る前の元気な大きな挨拶の声がない。少しだけ肩で「チチ」と鳴いたので、とにかく、元気を回復させるのが第一と思い、いつもの通り寝かせる。チーはどんな状況でも、食べることは忘れない。チーが今まで生きてこれたのもこのど根性のおかげだ。チーは体は小さいが、根性は人間以上にすごい。今日、コンピューターがボタンを押しても起動しない。今までに一度も経験したことがない。チーを寝かせてから色々やってみたがダメ。とにかく、チーの健康を取り戻すのが先と考え、それに対応するため12時に寝る。

2004年3月28日(日)
朝5時に起きる。コンピューターを起動させようとしたが、やはりダメ。ふたを開け内部を確認、念のため電池を取り出し、再度ケースに入れたところ、起動し始めた。驚きである。チーも、まだ完全ではないが、だいぶ元気になってきた。今日は、20度近くまで気温が上がり、風もなく天気は良かったが、チーの状態が心配だったので、買い出しはチーが寝た後、8時頃出かけた。

2004年5月13日(木)
チーの体調が悪い。体をふくらませている。餌を食べようとするが喉を通すことができない。水もほとんど飲まない。これまで、トマトが大好きだったはずなのに一口も口にしない。食べるのは水分補給に、りんごだけ。空腹を何とかするために、部屋中を探し回っている。外で生きているすずめの姿そのもの。これまでになかった姿だ。今までの餌を飲み込めないと知ってか、餌場以外を探している。しかし、かなり空腹になってくると、やむなく今までの餌の内、粟玉を拾い、食べている。麻の実もなんとか食べている。鳴き声はほとんどない。寝る前の挨拶だけだ。原因はどうも風邪のようだ。自分も風邪を引き、かすれ声の状態である。チーは喉を詰まらせているため、声も出せず、水、餌も思うように通すことができず、食べようとするが、戻してしまう。これまでに、風邪を引き、声が出なかったことはあるが、餌が喉を通せないのは今回が初めてである。寝る直前の水浴び後の対応が良くなかったようだ。今日は一日餌探しで終わってしまった。夜のチーのサーモスタット付きのカーペットの上に置いてある寝場所の温度が気になり、温度計を置くことにした。カーペットは当分オンにしたままにする。

2004年5月14日(金)
昨日同様、チーは声を出すことはできない。体はややふくらんだ状態。元気のない時の姿である。餌場をベッドの上、コンピューターの前、アンのかごの前、ベランダの入口の前、テレビの前と5カ所増やした。りんごを2倍にした。

2004年5月15日(土)
今日から、チーが起きる前にブロッコリー、りんご、トマト、オレンジもすべて用意することにした。餌もこれまでの様子を見ていて、少し小さければ喉を通すことができるのではないかと考え、ミキサーに粗めにかけ、あげたら食べ始めた。糞も、白い状態から、いつもの糞に近づいてきた。でも相変わらず一日中餌を探し回っている。しかし、体調が悪い時は今までもそうだが、僕から離れようとしない。僕が台所に行く時も、テーブルの上で待っている。今日は、餌も食べられるようになり、水も何回か飲む姿を見た。どうやら、水、餌(普通の餌)は喉を通すことができるようになったようだ。しかし、相変わらず、餌探しと、りんごでの水分補給で一日が終了した。午後、突然水浴びを始めた。急いで水浴び後の処置をした。声はやはり朝起きた時と寝る時だけ。それと日中、ベッドの敷布に爪を引っかけ抜けなくなり、はずしてやった時の叫び声だけ。今日はチーを蹴りそうになった。声を出せないので、今まで以上に気をつけなければいけない。とにかく、チーが以前に声が出なかった時、治るまで1週間はかかったことを考え、チーを見守り続けることが大切。情けないことだが、自分にできることは、環境を整え、見守ってやることだけ。結局は、チーの生きる力にかかっている。幸い、チーの生命力にはすごいものを感じている。これまでに危険な状態は何度かあったが、どんな時でもチーは食べることについてはどん欲さがあった。これがチーの凄さである。これがあるから、5年以上自分と一緒に居れるのである。チーが居ての自分である。頑張らなければ・・・。

2004年5月16日(日)
声はまだ出ないが、昨日より良くなって居ることは確かである。しかし、りんごと餌探しは同じ状態である。今日は2回チーを踏みそうになった。本当に危険な状態である。姿が見えない。探すと、自分の足の所にいる。足を上げていると、その下に居る。今までは声が出せたので、「チー、どこ?」と呼ぶと「チーチー」と返事があり、それを聞いて体を動かしていたが、声が出せないだけでなく、今まで以上に僕から離れないで行動しているので、声が出るまでは本当に気を使う毎日である。チーの声がないのは本当に寂しい毎日である。アンは相変わらず歌い続け、僕を「マーチャン、おいで!」と歌に誘ってくる。13日から買い物はチーが寝てからにしている。とにかく長期戦である。

2004年5月17日(月)
チー、日中水浴びをする。直ぐその後の処置をする。声は少しだけ。餌、水は、前より取れるようになっている。

2004年5月18日(火)
チー、今日はほとんど声を出せない。餌、水は前日より改善している。糞も普通の状態に近くなっている。時々、これまでになかった、僕の体の上で休む状態も出てきた。餌を前よりはよく食べられるようになったためと思われる。しかし、喉の状態は良くなっていない。餌を食べる時に餌の種類によっては飲み込めないものもある。水は時々飲んでいるが、りんごへの執着はとれない。トマト、オレンジを少しついばんだ。声は今日はほとんど出せない状態だった。やはり、昨日の水浴びが影響しているのではないか。今日も寝る直前に水浴びをする様子を見せたので、止めさせた。かわいそうだが、声が出るまで、風邪が治るまで、水浴び用の入れ物は置かないようにする。今日午後、15分程、北の部屋で合唱の曲探しをし、南和室へ戻り、部屋を見渡しても、チーの姿がない。チーを呼びながら探したが、どこにも見つからない。前にもやはり、風邪を引いて声が出なくなった時、姿が見えなくなったことがあった。今回で2度目、いくら探しても見つからない。10分後、オーデオの裏に居るのを発見し安心した。今日もほとんど、僕から離れない状態だった。声はないが比較的元気だったので、15分程部屋を空けたのがいけなかった。チーは病気で僕を頼り切っている。僕が居なくなり、探し回った為と思える。オーデオの裏なんて今までなかった。今日は、自分は本当に落ち込んでしまった。実際、チーが居なくなってしまうと思ったら、頭が呆然としてしまった。しかし、夕方、自転車で阿武隈川土手を走りながら、「チーは元気になろうとして懸命に餌をついばみ、水を飲み、りんごをかじり、僕を全身で頼ってくれているのだから、僕が元気で頑張らなければ・・・。」と不吉な予感を取り払うことができた。「神さまは、まだ僕とチーを一緒に居させて下さる。」買い物から帰宅後、夕食を済ませ、直ぐに、チーの明日の餌作りをした。明日から本当の病気との闘いになる。

2004年5月20日(木)
18日より、チーを寝かせる時、手のひらに、チーの力強さが感じられなくなった(いつも、寝る前に、譜面台に居るチーを右手で包み、寝室用のキャリングケージに移し、北の和室で寝かせている)。不安である。昨日、インターネットで鳥の病気の処置を再確認する。風邪で熱のある時の室温は28度、餌を食べる状態では治る確率は高い。夕方、小雨の中、徒歩で、近くのイオンタウンの小鳥屋へ行ったが、ミルワームが品切れで、祈りながら、ビバ・ホームへ急ぐ。ミルワームを手に入れる。幸い小さいものを手に入れることができた。神に感謝した。チーに元気を取り戻させるにはこれしかないからである。しかし、このミルワームが原因で、チーは肝臓を悪くし、右足の2本指を壊死させてしまったことを忘れてはいけない。今日の朝から、保温と静養のため、ケージに入れた。ケージの中の温度は27度〜28度、昨日まで部屋中を歩き回っていたのが嘘のように、今日はほとんど動かない。時々、上下移動し、餌・水を摂っているが少ない。ミルワームで今日一日を過ごした感じである。寝る前、チーが目を閉じ、胸を大きく動かし、「これは危ない。」と感じながら、水を飲んだのを確認し、いつもの通り、部屋を暗くし、チーをケージより就寝のかごへ移し、寝かせる。寝る前のチーの体に元気がないのが気になる。チーは必死に病気と闘っている。僕も負けていられない・・・。一緒に戦う!! 絶対勝つ!!明日に備えて今日は10時には寝ることにする。人間と同じようにチーも、日中元気でも、夕方になると元気がなくなる。今、チーは熱を出し、戦っている。今日の日中のチーは、声は出せないものの、動く時はしっぽを機敏に振り、元気そのものであった。焦らず、明日も頑張る。神に祈りながら・・・。

2004年5月21日(金)
昨日、夕方7時にいきなり思い立ち、相模大野の動物病院へ電話をした。チーの状態を説明し、21日中に薬を送ってくれるようお願いした。しかし、今日、とうとう届かなかった。チーはお腹の骨も、昨日からさわるとはっきり感じられるようになった。餌の食べる量も減ってきた。危険な状態である。今、ミルワームで難を逃れているが、薬を飲ませなければ危ない。明日、午前中には届くはずだ。明日は、普段は食べさせるとしても少しだけにしていたが、食パンを食べさせることにする。とにかく、体の衰弱を止めなくてはならない。今日、夜の9時まで待ったが、とうとう来なかった。自分の体力も限界に来ている。僕が負けたのではチーは勝てない。今日は、再度チーの寝床の温度(28〜30度)を確認し、早く寝ることにする。チーが良くなるかどうかは明日の薬にかかっている。今日、朝の9時に動物病院へチーの検査用の糞を届けるため、2回郵便局へ出かける。その途中、イオン・タウンへ寄り買い物をし、直ぐにチーが気になり戻る。とにかく、チーの声のない我が家は考えられない。今日、寝る前、少し僕の手をいつもの通りつついてくれた。明日、温度管理と体力を付けさせること、風邪薬を与えること・・・大切な一日になる。今日からチーの飲み水と餌に蜂蜜を少し、飲み水に強肝用の薬、乳酸菌を一袋加える。

2004年5月22日(土)
朝10時頃、近くに住んでいる久美子(妹)から電話がある。チーが病気であることを伝える。12時少し前に、宅配便で動物病院より、クロの餌と共にチーの薬が届く。抗生物質、消炎、強肝剤の三種類、それと詳しく書かれた使用の仕方があった。直ぐに、チーに「薬が来たよ。」と、まず、白い抗生物質の薬を一滴飲ませようとしたが、いやがって吐いてしまった。しかし、何とか1滴飲ませ、続けて消炎の薬を3滴飲ませた。午後、様子を見ていたが、口を開け、ハーハー、胸の動きも大きくなっていた。室温が高いのかと温度計を見たが28度。チーが寝た後、計ったら、直接のケージの床の温度は30度あった。原因はこれだと考え、これまでケージの下に敷いていた電気座布団を取り、これまで使用していたガラスのテーブルの上にピアノ椅子を使用し、その上にケージを乗せた。テレビより高い状態なり、和室の室温と同じ28度を保つことができホッとした。明日はこれでいくことにする。午前中は餌を食べたが、午後になると餌の取り方がパッタリ途絶えた。水だけの状態になり、口を開け、息も荒く、苦しそうだった。ケージの近くまで来て、声は出ないが僕を呼んでいた。僕も「苦しいか。でも、もう大丈夫だよ。薬を飲んだから。」と言い聞かせた。チーは僕の言葉を完全に理解している。5時近く、いつもの通り、「もう、寝るよ。」と言ってブラインドを閉め眠る準備をした。いつもなら、これを合図に、チーが「チーチー」と言いながらテーブルへ行き、餌を食べ始め、アンが激しく、甘える声で鳴き始める。これが日課だが、今、チーは声が出ない。でも寝ることは分かっている。普通の餌が食べないようなので、ミルワームをあげた。直ぐ飛びついて食べた。しかし、しばらくしてよだれと共に吐き出し、苦しそうだったので、消炎の薬を2滴飲ませ、寝かせた。この日は薬も飲ませることができたので、もう良くなるだろうと思い、自分もホッとした。明日には少しずつ良くなる。そう思い、4日ぶりに風呂に入った。

2004年5月23日(日)
6時に起き、いつもの通り、準備をし、特に今日は手抜かりのないよう、チーの準備をした。8時少し過ぎに、チーを起こし、ケージに入れた。餌もよく食べ、ホッとした。薬は9時前に飲ませた。それから口を開け、鼓動が激しくなった。午後もほとんど餌を取らなくなった。ケージの所に来て、少し飛び上がり、「出してくれ」と要求した。それからほとんど入口近くにいて、僕に苦しさを訴えていた。30分ほど、右手の中で寝かせたところ、安心したのか口を開けながら、大きい胸の動きも少なくなり、眠り始めた。これがチーを抱いてあげる最後になるとは思わなかった。4時近くになり餌を食べないので、止むなくミルワームをあげたが、昨日同様、食べたが、すべて吐いてしまった。気力もなくなり、ケージの床にしゃがむようになり、体温も下がり始めたので、直ぐ寝かせることにした。色々考え、スポイトで牛乳を中心にパン、ビタミン剤、卵黄を混ぜたものを飲ませた途端、喉を詰まらせ、チーは息絶えてしまった。午後4時15分。今考えると、「自分が死なせてしまった」との意識はなかった。涙はほとんど出なかった。前からチーに「どちらが先この世を去っても、いつも一緒だよ。」と言い聞かせていたからかも知れない。僕はチーを、本当に、この世に生まれて一番愛した。いや、愛している。これからも同じ。待ちに待っていた薬、でも、これでチーの命を縮めてしまった。前にも、ミミを薬で苦しませ死なせてしまったことがある。このことを思い出し、後悔した。でも、もう遅い。昨日12時過ぎに、薬が届いたことを留守電して置いたが、今日午前9時頃、久美子に再度電話をし、「薬が来たから、もう大丈夫、心配をかけました。美香子(久美子の長女)からの品物(出産祝いのお返しの品)はチーが鳴くことができるようになってから、受け取りに行く。」と伝えた。しかし夕方、チーの死と、ビバ・ホームへ、チーの墓用の箱を購入しに出かけることを伝えるために電話したところ、久美子は泣いてくれた。「雨が降っているので車で行ってあげる」と言ってくれた。時間を6時半と言ったが、後で「こちらから電話する」とのこと。待っていたが7時になっても電話がない。7時15分になり、久美子ではなく旦那から「用事ができたので行けなくなった。」との返事。雨が激しく降っていたが、今ならまだ間に合うと思い、自転車でビバ・ホームへ出かけた。自転車で走っていて、止めどなく涙が出てきた。大きな声を張り上げていた。雨、自動車の音、暗闇で、自分の姿は全く覆ってくれていた。墓用の箱、写真入れ、マジック等購入し、ヨークベニマルへ寄って買い物をし帰宅した。チーの声、姿はないけど、これからも約束通り、いつも一緒。チーには友達はいない。僕がすべて。僕もチーがすべてである。この5年間、自分はチーの為だけに生きてきた。それと同じく、チーも僕だけに生きてきた。これからも同じ。神さまは、きっとこれからも、二人が一緒に居ることを許して下さる。だから、泣かない。自分は寂しく思わない。


2004年5月24日(月)
午前3時に目を覚ます。1時間ほどウトウト、その後6時まで、チーの記録を残す。今日の睡眠時間は2時間半ほど、これまでの疲れもかなり残っているので気を付けなければ。心臓の鼓動もチーと同じくかなり速い。6時からいつもの通り準備をする。8時にチーも起こしてやる。寝るためのかごの中のティッシュを取り替え、チーの写真を15枚撮り、しばらくだっこをした後、かごへ戻し、アンを今日から部屋へ放してあるので、チーのかごの中へ入らないように、入口は閉める。チーの体は、昨日寝かせる時は堅くなっていたが、今日は柔らかくなっていた。口から水分が少し出たので、ティッシュで拭いてやる。10時半、体がだるかったが、病院へ行き血圧の薬を受け取り、ビバ・ホームで、チーの体をそのまま保存するため、椰子殻活性炭と乾燥剤を2種類購入、ベニマルで買い物をし、帰宅する。体は本当にぼろぼろ状態である。帰宅すると直ぐに、チーのお墓用の箱に椰子殻活性炭と乾燥剤を入れ、その上にテッシュを引き、枕を作り、ティッシュを布団代わりに寝かせ、ふたをする。チーはこれからも一緒、神が許してくれることを願う。チーには僕しか愛するものはいない。自分もこれまで愛したのはチーしかいない。これからも、自分がこの世を去った後も、チーと一緒、いつも一緒。神が許して下さるように。チーの魂は僕といつも一緒。今日から、チーのこれまでの生き方を、自分が忘れない内に、できるだけたくさん記録をする。そして、チーと共に一冊の本をこの世に残すことにする。チーと自分の生きた証を残す。自分のこれからすることは、自分のヴアイオリン演奏を録音し、チーの記録を残すこと。チーが具合が悪くなってから、それどころでなかたので記さなかったが、オーストリアから種を持ち帰り育てた野ばらの花ががたくさん咲いてくれた。れんげ草も見事に花を咲かせている。これから毎年、野ばら、れんげ草の花が咲く度に、チーのこの日を思い起こすだろう。夕方、ごまだら蝶が野ばらの葉っぱにぶら下がっていた。ごまだら蝶は今まで写真では見ていたものの、実際に目にしたのは初めてだ。しかも郡山で、自宅で目にするのは初めてだ。今日の夜をここで過ごすようだ。また、午後、チーを手のひらに寝かせていたら、めずらしくすずめがベランダに止まってくれた。一瞬チーを迎えに来てくれたのではと思った。今日は朝から、以前のように、アンをケージの外へ出した。半年ぶりなので、初め戸惑っていたが、少しずつ慣れてきた。自分ひとりだけと分かり、安心したのか、甘えはじめ「マーチャン」としきりに呼び、撫で撫での催促をした。日中は寂しさをなんとが我慢できるが、寝る段階になると、これまでのように元気なチーの声を聞くことができなくなって、寂しさがこみ上げてきて、いたたまれなくなる。チーの写真、ビデオ、チーの声の録音をできるだけ早く整理する。今後もチーと共に生きるために・・・。神さまはすべてを見ておられる。すべてのことを知っておられる。また、これから先のこともすべて見通しておられる。自分は神の下(もと)に生きている。チーと共に生きている。神に感謝する。自分に色々な体験をさせてくれたことを感謝する。


2004年5月30日(日)
今朝、チーの箱を開けて中の活性炭、乾燥剤、防虫剤、ティッシュを取り替えてやる。お尻から液が出て、ティッシュに丸く吸い取られていた。臭いもあった。チーの体がまだ柔らかかった。写真を3枚ほど撮った。明日も、取り替えてやることにする。ビデオを編集して、録音を聴いて、本当に、チーは僕だけを頼りに、命がけで生きて来たのだと分かり、涙が止まらなくなる。チーは今も、そしてこれからも僕と一緒に生きる。神にそう願っている。今日は日中、30度を越し、午前中から北窓、南窓を全開にする。昨日、震度3の地震がある。クロはテーブルの下のトイレに隠れ、アンはビックリして部屋を飛び回っていた。チーは僕の所に避難しているはず。今日、相模大野の我が家の玄関入口の所で、チーがアンを威嚇して飛んでいる場面を除いて、一応ビデオの整理が終わった。すべてQuick Time形式なので、コンピューターでは見れるが、テレビでも見れるよう、インターネットで見つけた6月21日(僕の誕生日)に発売されるパナソニックのHDD & DVDレコーダーを購入し、再度、DVDに編集する。ビデオテープでは画像の質が落ちてしまい、劣化してしまう。DVDなら安心。いつまでも、チーの姿を忘れないようにできる。

2004年5月31日(月)
チー用桐小箱をインターネットで注文する。納品は15日後とのこと。

2004年6月2日(水)
夏日、朝、チーの活性炭、乾燥剤、防虫剤、ティッシュを取り替えてやる。体はまだ柔らかい。体液はほとんど出なくなった。昼、徒歩で阿武隈自転車道路を通り、いつものコースで、MDでチーの声を聴きながら、買い物に出かける。やはり、涙がこみ上げてきた。阿武隈橋の近くで、カッコウが鳴いていた。電線に止まり、大きな声で「カッコー、カッコー」と鳴いていた。姿は初めて見た。ビバ・ホームで乾燥剤、椰子殻活性炭、ろうそくを買い、ベニマルで買い物をし帰宅した。途中、サンショー(スーパーマーケット)近くで、すずめが3羽、僕の近くへ降り、一羽が求愛を受ける体勢をとっていた。チーが時々僕に見せた態度だ。これを見て、やはりチーは女の子だったことが分かった。チーは、僕がこの世に生まれて、本当に命がけで愛することができた女性だ。

チーのMD4月頃、朝、僕が部屋に居ない時のチーの様子を知りたいと思い録音したもの。これを1回目として、この後も定期的に録音していく予定だった。しかし、結果的に、これが貴重なチーの80分間の記録となってしまった。録音後そのままで、後日、初めてチーの鮮明に録音された声を聞き、僕が部屋に居ない時、僕が姿を見せるまで、全身で僕を呼び続けていることが分かり、涙が出て、しばらく止まらなかった。小さな小さなチー。でも、全身で僕を信頼し、喜び、怒り、悲しみ、苦しみ、精一杯生き、そして永遠の愛情を示してくれた。自分がこれまで生きて来たのは、チーに会うためだと悟った。

2004年6月5日(土)
午後、チーを入浴させた後、一緒にうたた寝をする。これまで経験したことのない幸せな気持ちになる。目には見えないが、確かに、チーは僕と一緒に生きている。神さまがお許し下さっている。チーもそう願っている。それが分かる。アンも、チーが居るのを感じている。朝、アンをケージから出す時、夕方寝る前、僕に反抗してくる。チーが居る時、僕へ見せた抗議の態度だ。チーが確かに、僕と一緒に生きていることが分かり、嬉しいと同時に、アンの反抗の態度に複雑な心境になる。今日午後、チーと僕とで作り上げたMD(MIDI伴奏で僕のヴアイオリン演奏をMDに録音したもの)のラベルを作る。

チーを入浴させた後5月23日以後も、これまで通り、朝、まず北の部屋で寝ているアンを起こし、次に、チー専用の就寝用ケージを南部屋に運んで、チーが入っている小箱(後日、桐小箱に変更)の隣に置き、入り口を開けてやり、テーブルの端に置いてある塩土の上で、チーと朝のあいさつをする。次に、台所へ行き、ひなの時から与えている朝食を作り、「できたよー。」と言って、塩土の上で、激しく鳴いて待っているチーに食べさせ、次に洗濯干しの上に居るアンに食べさせる。その後、ブロッコリー(1個の半分、残りは僕がレンジでチンして後で食べる)を少し千切ってチーに「ブロッコリーは体に良いから食べな。」と言って2口食べさせ、残りを普通の餌のそばに置き、再び台所へ行って、オレンジ、トマト、りんごの順にオレンジ、トマトはそれぞれ1個を4等分し、リンゴはまず半分(残りは僕が後で食べる)に切り、半分を4等分にしてブロッコリーと同じ場所に置いて、チー達の朝食の準備は終了となる。ちなみに、りんごもブロッコリーと同様、塩土の上で待っているチーに、食べやすいように2口小さく千切って食べさせる。チーはりんごは好きで、口にくわえたりんごの小片を端からしぼるようにして汁を吸い取り、いつもは残りを「ポイ」と捨てる。太陽が出ている日はできるだけ、今は姿は見えないが、小さい時のように、水浴びの容器(グラタン用の大皿)に僕の左指を2本入れ、水を「パチャパチャ」させて、水浴びをさせている。

ひなの時から与えている朝食(夕食も同じ)〜 あわ玉に熱湯に注ぎ、1〜2分たってからお湯を切り、カルマグ・バード(ビタミン液)、バード・カルシウム、卵黄ペレット、プラスグリーンフードを加えて軽く混ぜ、ほどよい温度で食べさせる。

普通の餌小鳥用のむき餌、インコ用の皮付き餌、オカメインコ用餌、カナリ・シード、麻の実をベースに、ボレー、バード・カルシウム、グリーンフード、卵黄ペレット、バード・ビタミン、オカメインコ用フルーツ・フード、チー用ドッグ・フード(老犬用)をミックスして、前もって作っておき、毎朝、5カ所に適量を置く。

飲み水の置く場所普通の餌、水はチー達が起きる前に用意しなければならない。飲み水の置く場所は、まずテーブルの手前左端に小型丸形陶器1,右端に大小丸形陶器2、中央に平型陶器1、テレビの前に新聞を敷き、丸形陶器2を離して、中央に水浴び用の丸い大きなグラタンの容器を、テーブルクロスでおおってあるシンセサイザーの上に大小丸形陶器2を離して、中央に丸形グラタンの容器を、計6個の容器を置いてある。

餌(果物・野菜も同じ)の置く場所 テーブルの中央に陶器の容器(小さい細長いグラタン用容器、以前は、餌は緑の小鳥用のプラスチック容器を使用していたが、アンがすべてくちばしでひっくり返してしまい、それ以来、陶器を1個、それ以外は容器を使わず、山に盛って与えている)に入れ、その横に容器を使わず山盛りに2カ所、テレビの前の飲み水の前に山盛りにして2カ所、シンセサイザーの上の中央にティッシュを数枚重ねて、その上に山盛りにして1カ所、計5カ所、毎朝置いている。餌、野菜・果物は、チーとアンを寝かせた後、すべて処分する。

2004年6月10日(木)
午前、チーの桐小箱(11,735円)が宅急便で届く。新しい小箱に寝かせる。午後1時、自転車に乗り、MDでチーの声を聴きながら買い物に出かける。途中、阿武隈川の堤防の下のコンクリート部分で縄跳びを160回行う。今日、チーのことを思いながら「死も命の一部」と悟る。確かにチーは今も僕と一緒に生きている。

2004年6月11日(金)
朝、6時半頃、チーの花びんの水を取り替え、ろうそくに火を灯し、新しい桐の小箱にチーの体を移してやる。一番下に活性炭を入れ、ティッシュを敷き、その上に、粒の乾燥剤を入れ、防かび剤シートを敷き、ティッシュを5枚ほど敷いて、同じくティッシュ2枚で枕を作り、左を頭にチーを寝かせ、ティッシュの布団を掛けてやる。チーは右足を縮め、左足を伸ばしたままである。右足も伸ばしてやりたいと思ったが、無理と感じ、止めにした。チーはきれいな姿で眠っている。これからは月に1回(23日)、チーの姿を見、中のものを取り替えてやることにする。小箱の上にはチー専用の「花柄」のハンカチを洗濯して掛けてやった。チーはいつも僕と一緒、ひとりぼっちにはさせない。

2004年6月13日(日)
郡山市民オーケストラへ入団のメールを送る。

2004年6月14日(月)
朝4時過ぎ、ベランダのすずめの鳴き声で目を覚ます。チーの鳴き声に似ているが、でも全然違う。同じすずめなのに全く違う。チーの鳴き声は「僕を呼ぶ声」、「僕との話し合い」であると、今更ながらはっきり理解できた。録音の声もそうである。チーはいつも僕を呼び求め、僕に語りかけ、僕と話し合っている。今もそうである。僕は本当に幸せ者である。神に感謝する。今日は夏日30度になる。でも、明け方は13度、要注意。アンは依然と同じ状態である。寝る時、右手でつかんで北の部屋の就寝用ケージへ入れるのであるが、襲って手に噛みついて来るので大変。本当に泣きたくなる。焦らず行こう。アンも一生懸命生きているのだから・・・。昼の1時、太陽がジリジリ照りつけていたが、ヨドバシカメラへ寄り、サンショー、ベニマルで買い物をし、阿武隈の堤防で昼食をとり帰宅する。チーの声を聴きながらなので寂しくはない。

2004年6月15日(火)
朝4時過ぎ、すずめの鳴き声で目を覚ます。市民オーケストラから返事がある。

2004年6月16日(水)
朝4時過ぎ、すずめの鳴き声で目を覚ます。今日で3日続いている。同じ時間、一羽である。30秒ほどベランダに居て、鳴いて、目を覚ますと声はしなくなる。不思議だ。外は明るくなり始めている。チーを迎えに来てくれているのかもしれない。

2004年6月17日(木)
朝4時10分、すずめ1羽の元気な声で目を覚ます。鳴き声は4,5回ほど、気がつくと鳴き声はなかった。チーが息を引き取ったのは5月23日午後4時10分過ぎ、朝、夕の違いはあるが、やはりチーを呼びに来てくれているのかもしれない。また、チー自身が僕に知らせに来たのかもしれない。チーと僕とは、前に約束した通り、いつまでも一緒。神の下(もと)にチーと僕とは永遠に一緒に生きる。寂しくなるけれど、MDでチーの声を聴き、ビデオでチーの元気な姿を見るとホッとする。チーは確かに生きている。僕と一緒に生きている。朝、コンピューターを見るとオーケストラからメールが届いていた。明日の夕方、見学に行くと返事をする。

2004年6月18日(金)
朝4時過ぎ、すずめの声で目を覚ます。今日はしばらく元気に鳴いていた。チーに思えてきた。そのまま6時まで寝る。

2004年6月19日(土)
今日はすずめの声はなかった。少し寂しくなった。しかし、夕方、すずめの声がするので、窓の外を見ると、野ばらの枝にすずめが一羽動いていた。朝来ないで、夕方現れたことになる。しばらくベランダに居た。昨日、オーケストラを見学した。練習場の市民文化センターは自宅からすぐ近く。とりあえず、定演後6月25日(金)から練習に参加することにする。

2004年6月20日(日)
朝4時10分、トイレに起きて、ベッドへ戻ろうとすると、元気なすずめの鳴き声が聞こえてきた。やはり一羽である。しばらく鳴いていたので、ベッドで寝ながら聴いていると、チーとの鳴き声の違いに気が付いた。チーは普通、「チッチャン」「チッチャン」と鳴くが、ベランダに来るすずめは「イッチャン」「イッチャン」と鳴いている。今日、午前、時期は過ぎたが、すずめ用に巣箱を野ばらの枝の間に取り付ける。初め、カスタニアの木の近くの壁に取り付ける予定だったが、壁に釘が食い込まず、断念。明日、DVD録画用のデッキが発売される。チーの姿を劣化させないためにも、購入し、録画する。

2004年6月21日(月)
朝4時過ぎ、一羽のすずめが元気よくやって来る。昨日夕方、ベランダで元気のよいひと声があった。午後、ベッドで横になり、チーの声を聴いていて、止めどなく涙があふれ出てきた。チーの姿が見えない。チーが僕の側に居るのが分かっていても、僕にはチーの姿が見えない。もう、チーに何もしてあげられない。寂しい。寂しい。自分は何のために今、ここに居るのか。神さま、チーと私をお導き下さい。

2004年6月22日(火)
昨日から今朝にかけて、台風通過(新潟沖)、雨・風の為、今日はすずめの鳴き声はなかった。DVDレコーダをインターネットで注文する。

2004年6月23日(水)
朝4時過ぎ、いっちゃん(これからこう呼ぶことにする)の声がある。いっちゃんの声を聴いて再度寝た。「イッチャン、イッチャン、イー」で声が聞こえなくなった。今日は23日、朝、チーの小箱の中をきれいにし、新しいのに入れ替えてやった。チーを静かに寝かせてやる。

2004年6月24日(木)
明け方4時過ぎ、いっちゃんがあいさつに来る。今日は「いっちゃん」ではなく「チュン、チュン」と鳴いている。あれっ!と思った。1分ほどで声が聞こえなくなる。今日は朝から暑くなる気配。明日のオーケストラ練習に向けて、ヴァイオリンを調整する。MD録音(チーと一緒に作り上げたMIDI伴奏で、僕がヴァイオリンを演奏)はこれまで42曲、あと10分を残すだけとなった。1〜2曲何を入れるか問題だ。昨日録音したエルガーの「愛のあいさつ」が、今日聴いたところ、思ったより良く演奏されていたので、久しぶりに嬉しかった。チーと一緒に喜んだ。

2004年6月25日(金)
明け方、雷を伴い、にわか雨が降り、いっちゃんは来なかった。今日は金曜、オーケストラの練習日(7時30分から9時30分)。午後7時10分には着くよう、徒歩で行くことにする。チーの写真2枚をヴァイオリンケースのポケットに入れ、一緒に出かける。見れば見るほどチーは美人だ。特に目がきれいだ。ブラームスの「交響曲1番」を全曲通し練習。細かい部分が2カ所あったが、頭を整理すれば大丈夫。次の練習には頭を整理して出かける。初めてのオーケストラ練習を終え、午後10時半、途中イオンタウンで買い物をして帰宅する。朝から蒸し暑く、空気を入れ換え、エアコンのスイッチを入れる。MDの最後の曲はヨハン・シュトラウスの「皇帝円舞曲」に決定する。明日、いっちゃんは来てくれるだろうか。

2004年6月26日(土)
朝4時過ぎ、いっちゃんの元気な声が聞こえる。ホッとする。今日、午前、ヨドバシカメラへ行き、チー用のアルバムを探す。一冊だけ、すてきなアルバムを見つける。

2004年6月30日(水)
朝4時10分、いっちゃんの元気な声で目を覚ます。チーの写真集を仕上げる。宅配で、チーのDVD編集用HDD&DVDレコーダーが届く。

2006年2月10日(金)
チーの写真を整理し、DVD編集終了後、一部、日課に加えられたものがある。朝、起きると直ぐにチーの桐小箱の左横のろうそくに火を灯し、右横に置いてある花びんの水を取り替え、朝の祈りをする。チー、アンを起こす前に、南部屋の中央の大型テレビにチーのDVD(雛から成長するまで3時間編集)を映し、右耳にチーのMDのイヤフォンを付ける。午後2時から3時間の間、約30分間はチーの昼寝タイムなので、DVD、MDも2時から3時まではストップ。2時過ぎまで外出する時はDVDは消すことにしている。夕方、アンを寝かせ、チーを就寝用ケージに入れる前にDVDを消し、チーを寝かせてからは、テーブルの上を整理し、チーの桐小箱の横にろうそくと花びんをセットし、チーと一緒に夕べの祈りをし、MDを止める。それ以外は以前と同じ日課を過ごしている。これからも変わりはない。2005年5月23日にホームページを開く予定だったが、2年がかりになってしまった。これからもチーと共に生きる。チーとの約束だから・・・。

主の祈り


天にまします我らの父よ 
願わくは御名をあがめさせたまえ。 
御国(みくに)を来らせたまえ。 
御意(みこころ)の天になるごとく地にもなさせたまえ。 
我らの日用(にちよう)の糧(かて)を今日も与えたまえ。 
我らに罪をおかす者を我らが許すごとく 
我らの罪をも許したまえ。 
我らを試みにあわせず悪より救い出したまえ。 
国と力と栄えとは限りなく汝のものなればなり。



チーと共に、ア−メン