(4) 2003.1.6~2003.12.19
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ベランダのヒヨドリの姿を見て驚いている
ヒヨドリの姿を見て僕に知らせようとしている
シンセサイザーの上で
チー専用のアームチェアーでお昼寝
テーブルのツィター用譜面台の上で
ヴアイオリン用譜面台の上で身繕い終了
ツィター用譜面台の裏で。譜面台のアンを眺めている
譜面台とかごの間が好きな場所。かごの中で育った。
かご(アンが縁をかじってしまった)の前で身繕い
これからアームチェアのくぼみの中でお昼寝
2003年1月6日(月)
クロ、固形の餌をあまり食べなくなる。野菜を少し与える。糞は異常なし。できるだけ早くクロの爪を切ってやらなければならない。チーも左後ろ足の爪を少し切ってやらなければならない。アンも元気、数日続いた怒りの状態も、前の穏やかな状態に戻った。自分のアンへの対応が変わったためだ。

*怒りの状態これまで、僕を独占していたアンが、チーの迫力に押され、逃げ回ることが多くなった。独占権がチーに移ったのである。それから、アンはチーの代わりに、僕に怒りを向けるようになった。

2003年1月7日(火)
昨夜から北和室で寝る。クロが夜中にベッドにやって来て、起こされてしまうため。

2003年1月9日(木)
一昨日夜、南北の窓を全部開け、しばらく空気の入れ換えをした為か、昨日朝、クロが柔らかい糞をする。しばらくして、いつもの糞に戻ったので、ひと安心。昨日は窓の上の小窓を開け、台所の換気扇を回し、10分程度、空気の入れ換えを行う。今朝も少し柔らかい糞をする。このところ外の温度は0度、夜になると、クロは寒い方へ移動するため、これが原因と思われる。昨日は南ベッドのヒーター近くに居たようだ。

2003年1月10日(金)
朝、ポストを見ると住宅公団から手紙が入っていた。引っ越しの準備をしなければならない。郡山に帰ることも考えよう。チーを優先して対応しなければ・・・・。引っ越しの準備、書類の整理をしなければ・・・。

2003年1月11日(土)
朝、「日帰り手術」で、テレビでも紹介された執行(しぎょう)クリニックにファックスを送ったところ、直ぐに返事が届く。来週中に新宿へ診察を受けに行く。

2003年1月15日(水)
ヘルニアの手術(日帰り)を受けるため、新宿にある執行クリニックへ行く、手術は22日と決定。

2003年1月22日(水)
午後2時より手術を開始、35分で終了する。4時半、病院が予約していてくれたタクシーで新宿駅へ。5時10分のロマンスカーに乗り、途中小田急ストアへ寄り、帰宅する。チーとアンが鳴き声をあげて迎えてくれた。5時に新宿で、第1回目の薬を飲んでおり、8時間後の午前1時に2回目の薬を正確に飲まなければならない。チー達を寝かせた後、ドッと疲れが出て、2時間程度寝る、1時に薬を飲んでからは、局部を冷やしながら、うつらうつらと朝まで過ごす。

2003年1月23日(木)
外は雪。朝から、手術後の痛みが有り、横になって、局部を冷やすことを第一に夜まで過ごす。夕方、痛み止めの座薬を使用する。夜11時頃、頑張って小田急ストアまで、ゆっくりゆっくり歩き、買い出しに出かける。独り身の自分を思い、涙が出る。

2003年2月21日(金)
引っ越しコンポ。チー、アンはそれぞれ大きめの鳥かごに入れ、クロは犬用のケージを購入し、風呂場へ避難させる。皆、しばらくの辛抱である。

2003年2月22日(土)
引っ越し積み出し。 チー、アン、クロを風呂場へ。3時、管理所へ行き、使い慣れた鍵を返却し、大きなバックへ、チーとアンの入った、小型の鳥かご2個を入れ、もう一つのバッグにはクロの入った猫用のケージを入れて、小田急ロマンスカー、山手線、東北新幹線と乗り継いで郡山へ向かう。新居で、先に送ってあった大きめのケージへ移す。

2003年2月23日(日)
引っ越し搬入。チー、アン、クロを再び、新居の風呂場へ。

2003年2月24日(月)
チー、アン、クロ、風呂場にそのまま。

2003年2月25日(火)
チー、アン、クロを、朝、(郡山の)新しい部屋へ放す。初めはパニック状態。チーはしばらくして6畳和室のカーテンレールの上に止まる。その後、思い出したのか、シンセサイザーの上に移動する。餌、水をその場でとる。しかし、チー、アン、クロ共、僕から離れようとはしない。よく、これまで元気で頑張ってくれた。神に感謝する。夜、北洋間に、下にサーモスタット付き電気座布団を敷き、その上に数枚のバスタオル、かごの順で、かごはタオルケットとオーストリアで使用していた毛皮のコートでおおい寝かせる。かなり寒い部屋である。外はマイナス3度、北風がビュービュー吹き、部屋は隙間風も入り、窓も激しく音を立てている。

2003年2月26日(水)
朝、植木(相模大野から運んだ沢山の大きな木の鉢、全部はベランダに置けず、数個を近くに住む妹の家に引き取ってもらった)に水をやる。しばらくして、杉の水滴が凍っているのが分かった。チーがシンセサイザーの上に常駐し、餌、水を自分で取り始めたので、午後、鳴き叫ぶのを後に、郡山駅の近くの建物(後日、その建物の名がビッグ・アイと分かる)へ行き、転入届けを済ませる。

2003年2月27日(木)
アンが夜、保温のセットの仕方がうまくいかず、熱かったため、かごの側面に留まっていた。タオル枚数を重ねて温度調整をする。今日も、風は弱いが寒くマイナス3度。とにかく部屋の温度調整が大変。南向きの建物のため、太陽がある日は、12時頃から部屋の暖房は必要なくなる。照明もほとんどつける必要はなくなった。

2003年11月17日(月)
朝、アンを南部屋へ連れて来るのに、素手では噛まれてしまうので、初めて軍手を使ったが、左手親指をかまれ出血してしまう。軍手はダメ、ゴムサックを数枚重ね、手のひらにガムテープを巻いて対応する。朝以外は、これまでと同じく穏やかな状態になる。情けない気持ちになるが、長いこの先のことを考えるとやむを得ない。
 
2003年11月20日(木)
朝、夕共、アンの僕への攻撃有り。

2003年11月23日(日)
朝の気温が4度、8時30分、風呂に入る。9時に日光が射し込んで来たのでエアコンを切り、オイルヒーターに切り替える。チー、アン、クロとも、このところすこぶる元気。自分も今日は体調良好である。

2003年12月3日(水)
朝、起こすと直ぐに、アンとチーの空中での激しい争いが有る。チーがアンに左足の脚の部分を噛まれ、出血し、うずくまる。直ぐ、メンソレータムをつけ血を止める。チーは朝食前だったので、僕の肩の上で餌と水を取らせる。肩以外は留まろうとせず、一日中寝るまで、雛鳥を育てるように約45分毎に餌と水、りんごを与えながら、行動を共にし、看病をする。僕が座っている時は肩の上、僕が疲れてベッドで寝ている時は右内肩の上で座っている。僕がトイレ、その他でいなくなると、枕の上で2本の足で、痛さの為か不安定な状態で立ち続け、僕が来るのを待っている。0Kの合図をすると直ぐに肩の上。この細い足、アンの口にかかったら簡単に食いちぎられてしまう。アンは今日はこのままでも、明日からはかごに入れなければ・・・。もっと早く、アンが僕を攻撃し始めて直ぐにかごに入れていれば、チーに危害はなしで済んだのに、甘い自分の態度が悔やまれる。チー、アンを寝かせると直ぐに、押入からクロ用のケージを取り出し、明日からのアンの準備をする。イオン・タウンでケージをおおうための敷布を買い、11時にすべての準備を終了し、11時半に寝る。チーの看病と明日の準備でかなり疲れる。

2003年12月4日(木)
チーの肝機能の薬を15本を、電話で神奈川県相模大野の動物病院へ注文する。朝5時に起床、珍しくトイレへ一度も起きなかった。しかし、昨日の看病疲れはかなり残っていたが、「今日が勝負」と起きあがり、まず、餌作りから開始する。チーは昨日と同じく左足を動かすことができず、今日も一日中、昨日と同じく、看病生活をする。今日は、雛用の餌を3回作りかえて与える。嬉しいことによく食べ、よく飲んでくれる。チーのこの生命力に今更ながら、驚かされ、チーの生き様に、涙が止まらなく出てきた。神さまに感謝する。昨日、アンに噛まれた脚の部分は黒くなっていた。今にも折れそうな細い脚なので、血管、神経が働かず、足全体が壊死してしまうのではと心配をしているが、足の部分が赤みを帯びているので、少しホッとしている。立つことも、座ることもできるようである。アンは朝から、昨日作ったケージに入れる。初めは驚いて暴れていたが、意外と気に入ったようである。かわいそうだが、今までのようにはできない。時々、チーとは別に、ケージから出してやる方法を考えてやることにする。看病疲れもまだまだ残っている。明日から、チーと一緒に長期戦だ。頑張らなければ・・・。僕が倒れたらチーの看病は誰もできない。今日も早く寝ることにする。

2003年12月5日(金)
8時にアン、チーを起こす。チーは起こすとすぐ、ベッドの上に立ち、昨日より良くなっていることを感じたが、まだ痛みがあるようで、直ぐに僕の肩へ乗り、夕方まで僕から離れようとはしない。かなりショックを受けているようである。僕から離れるのが恐ろしいのである。昨日同様、3時半頃まで餌と水、りんごを与える。午後、雛用の餌から普段の餌に切り替える。4時近くになって、すっかり元気を取り戻し僕から離れ、ベッドの近くに置いてある水浴び用の皿に入ろうとする。まだ、完全に治ってはいないので、皿を取り去ったところ、飲み水の容器で頭だけ水をつけている。3日目で回復したのである。チーの「生きようとする力」に脱帽する。神に感謝する。すべてに感謝する。寝る時から、いつものテーブルの上で待って居て、いつもの通り「ジジジジ、ジジジジ」と僕をせかせている。まるで何もなかったかのように・・・。今日、かなり疲れたが、途中からは改善の兆しもあり、チーに「ありがとう」と言ったら、キョトンとしていた。

2003年12月6日(土)
少し遅れたが8時5分にチー、アンを起こす。チーは足は回復しつつあるが、まだショックが残っているため、アンがテーブルの上にもどこにもいないので、いつもとは違うと感じ、引っ越して来た初日と同様、下には降りようとせず、上を飛び回り、飾り棚の上に居座ろうとしていたので、バスタオルで棚の上をおおい、棚には乗れないようにした。その結果、今日はベッドの上に居て、テレビ台の前の水浴び兼餌場で餌を食べ水を飲み、寝る前は昨日同様、テーブルの上に居て、僕が寝室へ運んでくれるのを待っていた。足は前と同じく使えるまでに完治したが、心の面はまだまだ治っていない。人間と同じである。昼過ぎに、水浴びをしたが、今までになく長い水浴びであった。アンが水の音を聞いて、飛んで来て、チーの水浴びのおこぼれを頂戴したい様子で、少しかわいそうに思った。アンを外に出す方法を考えることにする。チーは、少しは前のように行動範囲を広げようとはしているが、僕にベッタリの一日だった。餌と水はほとんど自分で摂るようになったことは進歩である。4時45分頃寝かせる。

2003年12月7日(日)
チー、今日は朝から、前と同じく自分で餌・水を摂る。午後、僕がアンの相手をし、テーブルに居た関係で、ようやく日中でも(寝る直前にはいつもの通りテーブルにやって来た)前のようにテーブルに来るようになった。しかし、アンはケージの中、競争相手が居ないと寂しいようで、何か「勝手が違う」と言った感じである。アンとチーは喧嘩をしながらも、やはり仲間なのである。自分もアンがケージに居ることに、すまなさを感じると同時に、寂しさも感じている。できるだけ早くアンを出してあげる方法を考える。しかし、チーを死なせることはできない。もう、一緒に部屋に放すことはできない。今年初めての雪が降る。北海道、日本海側ではかなり雪が降っているようである。

2003年12月9日(火)
チー、すっかり部屋に慣れる。すべて自分の居場所と分かったようだ。

2003年12月10日(水)
朝の気温がマイナス2度。安達太良山はもうすっかり雪景色。チーは台所入口付近で飛行訓練をし、一日を過ごしている。おかげで台所入口は糞だらけ。

2003年12月13日(土)
朝の気温は4度、朝から太陽が姿を現す。でも、チー達を起こし、餌をあげ、北和室で両親と姉に線香をあげ、ホッとしてベッドで横になったところ、8時半から11時まで寝てしまった。夢を見た。チー達のことが心配になり、11時で起きた。みんなと一緒に昼食を取り、その後、クロが寝ているところを撫でながら、後ろ足の爪を2本切る。少しずつ切ってやることにする。動物病院へは行かなくて済みそう。

2003年12月19日(金)
このところ、チーが人間と同じに見えてくる。全く自分と同じ存在である。「生きている」とは「存在する」ことである。「存在する」ことには体が小さい、大きいは全く関係がない。また、人間の言葉も全く影響しない。存在する者同士に共通する神から与えられた言葉がある。すべてに伝わる言葉がある。チーも私も、アンもクロも、そしてチュンも、チビも、ピピもピーも、ミミもミーも、リーも、父、母、姉、兄、祖母、すべての先祖達も、永遠に存在する。死はその一過程にすぎない。

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