(2) 2001.1.3~2001.8.23
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2
3
4
5
ピー、2代目の雌のオカメインコ
ピー、いつもの洗濯干しの上で
ピー、チーの大きな鳴き声にびっくり
右顎下化膿のため通院中のミミ、元気がない
アン、3代目の雄のオカメインコ
メガネをかじっているアン
クロ、ミーと姉妹(レッキス種、雌)
ツィター、オーストリアから持ち帰る
下部5弦がメロディー、上部は伴奏、むずかしい楽器
右側の弦を止める部分、32弦ある
サイレントヴァイオリン、MD録音、室内練習用
僕の愛器、イタリア製、ウイーンで修理を受ける
郡山では居住の関係で、金曜オケでのみ使用
オケ用譜面台鉛筆置き(自作、チーの写真付き)
部屋中を飛べるようになったチー、でも甘えん坊
ただ今、ランプの上で見繕い中
仕上げにブルブル
大人っぽくなったチー
時々こんなポーズも
シンセサイザーの上、チーの昼寝場所
14階北通路より(相模大野)
我が家の春(ベランダ、相模大野)
カメラの前の小さな光を嫌うので撮影は大変
やむなく、ベランダへから鳴き叫ぶチーを撮り続ける

2001年1月3日(水)
このところ、ミミもピーもチーもとても元気である。チーの足は右指4本の内2本が、ミルワームを多量に取り続けたため、肝臓を悪くし、壊死してとれてしまった。一時はダメかと思ったが、動物病院へ連れて行き、ミルワームからドッグフードへ切り替え、飲み薬を続けた結果、今は以前のようにすっくと立ち上がり、元気に飛び回っている。勿論、右足の指は2本だけ。薬は月に2回受け取っている。1回約5千円の出費であるが、チーの命には代えられない。チーの昼の居場所は南洋間のテーブルの上だったが、2週間前より、突然変わってしまった。これまでの南洋間へは決して近づかず、これまで自分から喜んで入っていた巣箱へも何か恐ろしいものがいるかのように、避けている。今はこれまで居たこともない、中央洋間のじゅーたんの上か、シンセサイザーの上(テーブルクロスでおおってある)が居場所となっている。しかも、上より下を好むようになってしまった。いつも私を追いかけている。しかし、今は中央洋間より他へは行こうとしない。トイレは、私の姿が見える所まで来て、ピーピー鳴いている。台所へ行くと、一緒に飛んで来る。しかし、台所では止まらない。いつかはピーと同じく、どこでもついてくるようになるだろう。今日の夕方、チーが私の腕に留まりながら、コンピューターの上に居るピーをめがけていつものように飛んでいたが、とうとう、今日はピーに飛びかかり、ピーは不意をくらってバタバタと下へ落とされてしまった。仲がよいのか、悪いのか分からない。今日は風呂に入れず寝かせる。

*ピー2歳のオカメインコ(黄)

2001年2月7日(水)
朝、チーを踏みそうになる。危機一髪。

2001年3月3日(土)
ミミ、肺炎、体重が900gから720gと減り、体温37.2と低く点滴、注射、腸運動活性の為の液薬、腸内の空気を減らす粉薬、鼻のカビを殺す粉薬をもらう。

2001年3月31日(土)
明け方4時頃、起きてミミを見ると、足を上に上げ、呼吸も少し、目は瞳孔が開き閉じない状態、危篤状態、ミミを膝にできるだけ暖めてやり。5時30分頃、ほとんど望みなしの状態。せめて水だけでもと思い、危ないのを承知で注射器(もちろん針は付いていない)で少しずつ飲ませる。喜んで飲む。大丈夫なのを知り、万が一にもと思い、餌をミキサーで粉にし、暖めたヨーグルトに溶かし、注射器を使って飲ませる。飲んだ。7時過ぎより、少しずつ容態が良くなる。奇跡が起きた。神に感謝!外は雪。少し太めの注射器をもらいに動物病院へ行く。

2001年4月1日(日)
ミミに注射器を使い、3時間おきに餌をあげる。水は自分で飲むようになる。夕方より、餌を6時頃、12時頃、朝の7時頃、昼の12時頃の4回に減らす。いつもの状態に戻す。体調が良くなり、少し動きも良くなる。でも、これからが正念場。2日間睡眠不足の状態、でもミミがまだ生きていてくれる。僕ががんばらなきゃ。神に祈る。外は真冬の状態。新聞で自分の退職の欄の名前を見る。

2001年4月2日(月)
だいぶ良くなる。タオルをかけてやるといやがるようになる。でも鼻は前よりは良くなっているが少し苦しそう。2時に薬、注射器を取りに行く。今日は寒さも遠のき晴。夕方、町田へビタミン液&餌を買いに行く。夜になり、また症状が悪くなる。夜10時頃、鼻がほとんど息ができない状態になり、気が遠くなり、そのまま倒れ、急いで体をたたき息を吹き返させる。危機一髪。4時頃まで付きっきりになる。4時頃少し症状が良くなったので1時間ほど寝る。

2001年4月3日(火)
ピーがうるさく鳴く。

2001年4月8日(日)
自分の不注意のため、元気なピー、産卵(無精卵)前のピーを死なせてしまう。自分の存在を呪う。

2001年4月9日(月)
チーはピーがいなくなり、やはり寂しそう。

2001年4月10日(火)
午前、ピーを埋葬する。ピーがいなくなり、気が抜けたような状態になる。町田の小田急ペットショップの鳥たちをしばらく眺めていたが、思わず、オカメインコを購入し帰宅。しかし、一日中、水・餌をとらず、心配になり、夕方7時ペットショップへ電話をする。明日朝の状態を見ることにする。チーはピーの分まで元気にさえずり、僕に甘えている。

2001年4月11日(水)
オカメインコ、7時頃起こすが元気がない。何も食べようともしない。水も飲もうとしない。このままでは死んでしまう。10時に電話をし、返す準備をする。9時半、餌を少し食べ始める。粟玉を熱湯で浸し、さまして食べさせる。嬉しいことに食べ始める。10時半、ペットショップに状態を電話で伝え、このまま飼うことにする。まだ、名前は考えていない。ピーがいないのが本当に悔しく、寂しい。6時過ぎチーを寝かせ、オカメインコも寝かせる。

2001年4月12日(木)
オカメインコ、朝、夕方と2回粟玉をあげる。喜んで食べる。しかし、あまり大きな声は出さない。声を出すのは、甘えと、お腹が空いた時がほとんど。足の色がピンクでないのがやや気になる。ミミはやや呼吸が苦しいのか、顔を上に向けている。食欲はあり、注射器で6本分たいらげてしまう。食事は6時間ごと1日4回にしている。1時間前頃、待ちきれないのか、自分で注射器をかじるようにして餌を食べている。最近、あまり手が掛からず、自分も夜、安心して寝れるようになった。

2001年4月13日(金)
オカメインコ、食事を1日3回与えることにする。朝7時半、昼の12時、夕方6時、外に出してやると、少し飛ぶ練習を始める。ミミ、午後、部屋に日の光が入ってきたので、外に出してやる。喜んで日光浴をしている。ミミは日光浴が大好きだ。ミミの姿が、闘病のせいでみすぼらしく見え、かわいそうに感じた。2時間ほどして自分の部屋に戻してやる。少しいやがる。食事は相変わらず旺盛、ひとまず安心。しかし、タオルを高くして、上を向いて座ったままの状態で過ごす。やはり苦しいようだ。

2001年4月14日(土)
ミミ、同じく朝7時少し前、食事を喜んでたくさん食べる。安心して10時頃、自転車で運動も兼ね、北里病院方面へ散歩へ出かける。伊勢丹へより12時少し前、帰宅する。ミミ、少し餌を食べている。急いで食事の準備をし、食べさせるがほとんど食べない。口に入れてやるが、全部出してしまう。具合が悪いようだ。無理しないで、目薬をつけ、顔を暖かいタオルで拭いてやる。気持ちよさそうだ。その後、高いタオルの所に寝そべっているので、上から別のタオルをかけてやる。その後、台所で洗濯のハミングの詰め替えをしていると、「ギャー」と言う声がし、あわてて行ってみると、ミミが倒れている。餌入れ、水入れに入り少し体が濡れているので、急いで拭いてやる。しかし、苦しそうなので寝かせず、自分のお腹にのせ、だっこしてやる。ミミにはこれが一番楽で、安心した姿勢である。しかし、息が詰まったのか2回立ち上がるようにし、その後、息絶える。見る見るからだが柔らかくなり、2回鼻をピクピクさせる。苦しみ続けたミミ、やっと楽になったミミ、でもミミの魂はこの体から去ってしまった。体はまだ暖かい。そのまましばらくだっこしてやり、その後、自分のベッドに枕を頭に、ピーターラビットのタオルケットをかけてやる。夕方、東急ハンズへ行き、ミミの墓用の箱を購入、家にあった板で、十字架を作ってやる。自分はベッドの側に寝、一晩だけ添い寝をしてやる。4時頃、動物病院へ電話をしたが、涙が次から次へこみ上げてきて、満足な連絡ができなかった。ピーとミミが「アッ」という間に一緒に行ってしまった。明日、用意したお墓に埋葬してやる。神様、ピーとミミをよろしくお願い致します。私がそちらへ行く時まで・・・。

2001年4月15日(日)
1時半より、日の光がさして来たので、ミミの埋葬準備をする。箱の底にドリルでたくさん穴を開け、水が溜まらないようにし、底にタオルをひき、中半分まで赤土を入れ、その上に十字架を頭にタオルを2枚折りにしてその間にミミが寝ているような状態で置いて、土をかけてやった。自分の心は、寂しいけど、何かホッした気持ちになった。ミミも、もう苦しむことなく、神様のもとに旅だった。自分も、ミミが見せてくれたように頑張らなきゃあ。

2001年4月28日(土)
ピーターラビット(ミミと同じく「黒のピーターラビット」と、ペットショップへお願いしてあったのだが、後日、本で調べたら、中型の「レッキス」と言う種類と分かった。ピーターラビットとは違うとは感じていたが、あまりの人なっっこさと可愛らしさに、このまま飼うことにした)午後家に来る。全身黒なので、メガネをかけても、どのようなウサギなのか全然分からない。

2001年4月29日(日)
黒ウサギ(「ミー」と名付ける)に初めて小松菜3枚をあげる。喜んで食べる。ベッドの上を駆けている。元気だ。体だけでなく目の色も真っ黒。午後運動も兼ね、町田まで歩く。ウサギの牧草を買って帰る。

2001年5月1日(火)
ミーの体重を初めて測定する。224g

2001年5月2日(水)
ミーの体重262g

2001年5月3日(木)
ミーの体重286g

2001年5月4日(金)
チーが手の指をつつく。くぼみを作り差し出すと左手のひらで寝始める。足、腕、手のひらと、どこでも留まる。姿を見せないと、気が違ったように探す。自分がいると安心して眠り続ける。しかし、中央洋間からは離れようとはしない。

2001年5月5日(土)
ミーが、これまで餌を、寝る時間も分からないほどよく食べ、ベッドの上を駆けずり回っていたのに、今朝から様子が変、餌も少ししか食べなくなり、元気がない。タオルにくるまり寝ている。お腹の調子が良くない。便が軟らかい。1〜2日様子を見ることにする。チーが昨日同様、3時頃手の中でしばらく寝る。

2001年5月6日(日)
ミーの様子がいっこうに良くならない。水は時々飲むが、餌はほんの少しだけ、便もほとんど出なくなる。お腹もふくらみ始めている。明日病院へ連れて行くことにする。チー、3時頃手の中で寝る。オカメインコ、少しずつ飛ぶことを覚える。でも、まだまだ雛である。餌を3回要求する。

2001年5月7日(月)
11時、ミーを病院へ連れて行く。点滴、抗生物質の注射、薬を2種類と、チーの肝臓の薬を受け取り帰宅する。帰宅して腸のガスを少なくする液薬(1日3回)と腸内の細菌を殺す粉薬(一袋1日2回に分け)こちらはヨーグルトに溶かし注射器を使い与える。ミミとは違い、いやがる。液薬は容器のまま一滴なめさせる。ミミでかなりの出費があったので、金銭的にやや不安。これからは皆、健康に気をつけなくては・・・。

2001年5月8日(火)
9時30分、ミーを動物病院へ連れて行く。点滴、注射、腸のガスを少なくする液薬が効いてないので粉薬(1日2回2袋)を追加、便もこれまでに全然出ていないので、浣腸ををする。帰宅後、前の元気な時と同じくらい、餌を食べ始める。便が出ていないだけに心配。夜8時頃、柔らかい便をする。思わず「やった!」と叫んでしまう。深夜より柔らかい便を繰り返す。浣腸の薬が効いてきている。餌を真夜中でも食べ続けている。でも、水の中に、時々両手を突っ込んでいる。心配。

2001年5月9日(水)
10時30分、ミーを病院へ連れていく。朝から下痢のためか元気がなく、餌も食べない。体温が37度とかなり低め、下痢が続いている。危険な状態とのことで、入院させる。餌、牧草を届け、夕方「6時に会いに来る」ことを確認し、12時前にひとり帰宅する。1時に電話あり、「ミーが死んだ」との連絡を受ける。「そんな馬鹿な。」、急いでミーを引き取りに行く。ミーの体を撫でてみると、もうすでに冷たく、堅くなっている。今、死んだばかりではなく、今朝、点滴を受け、注射をし、入院した直前に死んでしまったようだ。悔しい!

2001年5月10日(木)
ベランダの植木の枝切りをやる。太陽光線が驚くほどまぶしく部屋に入って来るようになる。植木も我に返ったよう。午後2時頃、ミーをミミと同じ墓へ埋めてやる。ミーの写真はない。約1週間のつき合い。体は目まで真っ黒(よく見ると瞳は茶色)、ちっちゃな体で、初から私から離れようとはしなかった。お腹に乗ったり、手をペロペロなめてくれたり、ツィターのケースの取ってを少しかじったり、ベッドの上を突然飛び跳ねしたり、食べた後は、丸めたタオルの中ですやすや。きらきらした目で私をじっと見ていた。神様、小さな命をよろしくお願い致します。

2001年5月22日(火)
チー、今日より雛用餌は朝と夕方の2回にする。昼は与えず、自分で食べるようにさせる。

2001年5月23日(水)
梅雨のような雨、午前10時30分、うさぎ(ミーを死なせてしまった原因は、「親から離すのが早すぎたため」とペットショップの人の説明、そのため、お金は受け取らず、同じ種類の黒うさぎを取り寄せてくれた)を受け取る。かごに入れて帰宅。ミーと姉妹、頭と口が少し白く、その他は真っ黒、真っ黒な目の中の瞳がきらきら輝いているのが、ミーと全く同じ、人なつっこさも同じ、ただ、ミーと違うのは「馬鹿」が付くほど元気がよいこと。手作りの箱(縦約60センチ、横約1メートル、高さ約60センチ)の中を駆けずり回っている。その後、餌を食べ、水を飲み、ごろんと横になり、両足を伸ばして腹這い。一年前からここに住んでいるような態度。箱、その他すべて消毒済み。とにかくこの住まいが気に入っているようなのでひと安心。

2001年5月25日(金)
11時、歩いて町田へ買い物へ行く。帰りも歩く。左足が相変わらず痛い。東急ハンズへ寄り、湿度計と万歩計を購入する。町田の小田急ストア・ペットショップへ行き「うさぎが元気である」報告をする。今日は夏日のため帽子をかぶって行く。オカメインコを「ジー」、うさぎを「クロ」と呼ぶことにする。今日からクロの体重を測定する。今日の測定の結果は412g。チー、今日夕方、台所へ飛んで来てそのまま腕に留まる。これは初めてである。

2001年5月29日(火)
クロ、ベッドより降りる。
チー、このところ、左腕に止まり、その後、手の中でよく寝ている。手をつついて催促までする。左手の小さなほくろをつつかれ赤くされた。午後、水浴びをする。

2001年5月30日(水)
クロ、南和室、洋間と走り回る。ベッドの下も占領下へ。
チー、時々、今までと違ったきれいな声で鳴いている。じゅうたんの上に降りたのは今日は1回だけ。行動の転機かも。洋間のテーブルにも前のように降りる気配あり。


2001年5月31日(木)
今日は曇り。梅雨空で、朝から、南と北の部屋のエアコンを2台動かす。チーは一日中僕にべったり。ジーは朝食を拒否、自分でついばみ始める。少し、自分で行動し始める。クロ、今日3〜4回外出させてやる。家に来てからまだ10日、たくましく生きている。でも、安心は禁物。

2001年6月1日(金)朝から太陽が照る。ツィターを、初めて練習する。ジーがツィターにびっくりして飛び跳ねる。クロは外の偵察は一応終了の様子、自分の縄張りを確認して、落ち着いた様子。ベッドへ自分で乗る。夜、アルファルファの牧草と乾燥人参を買って与える。牧草を喜んで食べる。

ツィター(Zither)オーストリア、スイス、ドイツ等で使われている民族楽器、映画「第三の男」で使われ、世界的に有名になった。ウイーン在住1年目、家主の親戚の家へ招待され、その家のおじいさんがツィターを演奏してくれ、その柔らかい音色に、自分も弾けるようになりたいと思った。左指で弦を押さえ、右手親指にピックをはめてメロディーを、他の指で伴奏を奏する。楽器、教則本ともウイーンで購入する。帰国後、独語辞書を片手に練習を始める。弦を張り調弦するのに半年、何とか弾けるようになったのは3年後。ヴァイオリンもそうだが、独学なので、10〜20年後を目標に、少しずつ練習している。

2001年6月2日(土)
夜、クロが中央洋間まで進出、ブロッコリーとチー達の餌をむさぼり食う。

2001年6月3日(日)
ジーが寝る前に飛んで着地する時に、譜面台にあたり羽を痛める。そのまま寝かす。

2001年6月4日(月)
クロ、中央洋間の食器棚の下に入り込み、ティッシュに糞を3個する。その後、北和室を占領、押入に入り込む。残されたのはあと風呂場。トイレは自分の部屋へ戻ってする。

チー、今日も行水をする。このところ毎日である。チュンもそうだった。クロには平気である。まだ面と向かっての対面はないが・・・。ジーは昨日、クロの鼻をつついた。

2001年6月5日(火)
クロの戸を一日中開けたまま。トイレを右奥に移動する。それ以外の場所ではほとんどしない。名前が少し分かるようになった。僕の近くに居ることが多くなった。ジーが羽ばたきの練習をする。

チーとジーの激しい争いはない。ジーがシンセサイザー(テーブルクロスでおおってある)の上に来ても、あまり文句を言わない。今日は行水なし。

2001年6月6日(水)
チーはこの所、腕、手のひらですやすや、それ以外に、膝の上にも乗っかり、小さなほくろを見つけてつつく。これが痛い。とにかく僕から離れようとはしない。僕も離れられないでいる。僕が玄関から外へ出かける時は分かっているようだ。それ以外はとにかく激しく僕を呼ぶ。クロは、どこでも、いい場所を見つけると腹這いになり、両足を伸ばして寝ている。でもベッドの下が一番気に入っている。

チーのことを考え、火を使う時は、台所の入り口(扉はない)にカーテンをしている。

2001年6月7日(木)
クロがチー達の餌を食べる。このところ、あまりチーの相手をしてやれなかったので少し寂しそうにしている。明日からチーを第一に考える。クロ、今日は北和室で午前中寝そべっている。テレビの裏へ行き、そこでも寝そべっている。夕方、外が真っ暗になり、雷を伴ってどしゃ降りの雨。昨日から梅雨に入っている。

2001年6月8日(金)
今日は朝からチーの相手をしてやる。喜んでいる。人間と全く変わりはない。
クロがチー達の餌を食べてしまうので、今日から下へは餌を置かなくしたが、チーがやや勝手が違ってとまどっている。慣れるまで心配。今日から夜もクロの扉を開けておく。

2001年6月9日(土)
チーは、僕がコンピューターの場所に居る時は、ほとんど下には行かず、上で餌を食べているが、僕が席を離れると餌がなくても下に降りて、餌を探している。夕方が心配。これまでいつも下で餌を食べていたので。明日から夕方だけ、クロの食べられるのを覚悟で下にも餌を置こう。夜、クロがじゅーたんのシールをとめるプラスチックの部分をコリコリと食べてしまった。背伸びをしてゴムの木に届くこともこれから心配。今日もクロは元気一杯。部屋中を文字道理、飛び跳ねている。明日はチーを少し早く起こしてやる。餌対策をしっかり考えよう。チーは神さまの子、チュンの生き返り、大切にしなければ・・・。

2001年6月10日(日)
6時近くに起床、朝の散歩はなし。日中、ヴアイオリンとツィターの練習をする。チー、ジーも眠っているのか、静かだった。一昨日、2個目のクジャクサボテンがきれいに咲く。ジーが少し自分で飛び、ひとりで遊び始める。

チー、床に少しだけ前と同じく餌がまいてあるのでご機嫌、クロも午後になって食べに来たが、全部は食べないので、大丈夫。そろそろチーの足(右足、肝臓を悪くし、4本の指の内2本を壊死、失ってしまう)の爪を少し切らねば。

2001年6月11日(月)
チーが僕のジャンプ体操に合わせて歌いながら踊り始める。クロはこのところ、夕方になると、家中すごい勢いで駆けずり回っている。昨日は僕に勢い余って衝突した。嬉しそうだ。ジーが自分で餌を探して食べるようになった。また自分の意志で飛び始めた。チー、朝から行水をする。

昨日、ツィターを演奏している時、チーは一緒に歌っていたが、ヴアイオリンが始まると、皆シーンとして寝てしまった。チーの声を録音、録画をしなければ・・・。

2001年6月12日(火)
クロがアルファルファ牧草に飽きてきたのか、普通の牧草を食べ始める。水(南アルプス天然水、ビッテル)の値段が店によって大分違いが分かるようになった。

昨日より、チーが僕の右腕上部の小さなほくろをつつき始める。かなり痛い。今日は風呂なし。

2001年6月13日(水)
午前中、コンピューターでMIDI伴奏の整理をする。5時よりジー、チーを寝かせてからクロの餌と水を取り替え、7時頃から9時までヴアイオリン、ツィターの演奏をする。明日下水掃除人が来る。チーが心配。

午後、ブロッコリーの色が茶褐色に変わり始めたので捨てる。りんごはよく食べる。食べ方も慣れてきたようだ。明日、下水掃除人が来てもチーをかごに入れない予定。

2001年6月14日(木)
午前中、下水掃除人が来るため、チーをどうするか迷った。かごに入れるかそのままでいるか。結局は来る10分前に、寝るための運搬用ケージに入れて押入に置いた。3分ほどで終わったのでホッとして放してやった。チーは「何があったの?」とキョトンとしていた。2時に、チーの強肝剤を受け取りに行ったが、念のためクロの検便もしてもらった。異常なし。動物病院はやはり高い。病気をさせないようにしよう。

2001年6月15日(金)
午後、ヴアイオリン、ツィターの演奏をする。ジーがヴアイオリンケースを開けたとたん、驚き飛ぶ。チーがヴアイオリンと一緒に歌い出す。演奏が終わるとチーの歌も終わる。チー、寝る前に風呂に入る。今日は程良い湯加減だったのか、特に長湯である。クロは顔が入る所なら、どこでも進入できることが分かった。テレビの裏は進入禁止にする。昨日も雨、今日も雨。梅雨は始まったばかり。

チュンと同じく、チーも僕にとって大切な家族。それは間違いないこと。

2001年6月16日(土)
ジーの名前を「アン」と改名する。夕方、夕食を催促するのに「アン、アン」と犬のような鳴き方をするため。クロはもう1キロ近く、体型もほとんど大人になっている。今日も夕方、部屋中をすごい勢いで走り回って、僕の所へ到着。夜、ベッドの下へ入り込み、なかなか出てこない。今日はどうかな。チーはクロが走り回っていても平気。ミミと長い間一緒に生活していたためだ。

2001年6月17日(日)
夕方、必ず我が家族が中央洋間に顔をそろえる。クロも必ずやって来る。今日も一日、皆元気。神に感謝する。ピーをよろしく・・・。

今日は家計簿ソフト作り直しのため、あまりチーの相手をすることができず、夕方、中央洋間で居眠りをしていると、激しく鳴き、顔の上に乗っかる。仕方なく、手の中でしばらく寝かせてやる。

2001年6月18日(月)
今日は午前中、血圧高く中央洋間で横になっていたが、チーが僕から離れず、膝に乗ったり、腕に乗ったり。寝る前に、アンが水を浴びようとしている。チーもそのあと就寝前の入浴。午後、アンにいつもの居場所を乗っ取られ、狂ったように鳴きながら飛び回る。今までにない鳴き方だ。今日からクロの箱の扉は、夜も開けたままにしておく。ヴアイオリン、ツィター共、波に乗ってきた。音楽を楽しむ。毎日の演奏会を楽しむ。人に指示されて演奏するのではなく、自分の意志で、自分流の演奏会を確立しよう。それが人のためにもなれば言うことはない。

*演奏会コンピューターで作ったMIDIの伴奏でヴアイオリン演奏をする。2年ほど前から、コンピューターで"Overture"と言うソフトを使って、ヴアイオリン伴奏用の譜面(MIDI)を作り始めた。それを「音源」に接続し、オーディオ機器につなぎ、自分のヴアイオリン演奏の伴奏に使っている。オーケストラ、ピアノ、ハープ、ギターと色々ある。ピアノ、ギターは一般の音よりずっと良い音が出る。音質は「音源」の性能に影響されるが、弦の音が良いこともあり、今の「音源」が気にいっている。

2001年6月19日(火)
5時半、クロの食器の音で目を覚ます。外は典型的な梅雨。換気せず、一日中、除湿をする。クロ、午前中、北和室のコンピューターの下にいる。午後、ヴアイオリン、ツィターを演奏する。クロ、南洋間のPower Bookの電話線を食いちぎる。「クロ」と名前を呼ぶと急いで跳んで来た。なめてくれる。チーは、僕のヴアイオリン演奏に合わせて一緒に歌う。Midi音と僕のヴアイオリンの音をはっきり区別できるようだ。Midi音だけでは歌わない。

午後、僕が入浴中にアンの声が聞こえてきたが、どうもチーが真似をして鳴いているようだ。最近、チーとアンがお互いに真似をし合っている。

2001年6月20日(水)
昼、クロに千切られたインターネットコードを買うため、町田へ出かける。夜、コード取り替え。思っていたより接続は簡単に済む。夜遅く、ツィターの演奏、11時に就寝。クロは戸を開けたまま。夜中の2時に起こされる。ベッドへ来て、手をペロペロ、お腹に乗り、ベッドで遊ぶ。おかげで寝不足。

2001年6月21日(木)
昨夜、クロのせいでほとんど眠れなかったため、今日は、夜は戸を閉めた。ヴアイオリン、ツィター共、夜演奏する。左指先が、ツィター練習のために堅くなってきた。少しずつ、自分のツィターになりつつある。誰のためでもない、自分のための演奏。自分が生きるための演奏。人の真似をする必要もない。人の優秀さをうらやむ必要もない。人に見せるための演奏でもない。たとえオーケストラへ所属したとしても、演奏はいつも同じ。オーケストラへ入団するのは場所に慣れるため。それ以外は、自分の演奏形態を作り上げること。自分にしかできない演奏をすること。ヴアイオリンとツィターを友に、故郷を目指し歩む。自分に必要なものはすべて神から与えられている。それをただひたすら活用するのみ。食べ物は少しでよい。適度な運動(自転車)をする。チーの足の爪が両方とも少し伸びてきた。明日、寝る前に切ってやろう。

2001年6月22日(金)
クロ、中央洋間の椅子に乗る。アンが南洋間から玄関入口まで飛ぶ。チー、午後入浴。寝る前に右足の後ろ指の爪を少し切ってやる。今日初めて、南洋間のテーブルに、瞬間的に乗る。

2001年6月23日(土)
アンがチーの鳴き声を真似る。夜、クロを箱に入れず、そのまま就寝。明け方に箱に入れる。チー、両脚のうろこのよろいのような部分がなくなれば、普通の脚に戻る。前よりは良くなっているようだ。

2001年6月24日(日)
クロ、ヴアイオリンケースをビリビリかじる。チー、朝、テレビの自然の番組を見、鳥たちの鳴き声を聞いてびっくり、部屋を飛び回る。しばらくして、テレビに映る鳥を見ていた。

2001年6月25日(月)
アンが水遊びをしていると、チーが来て水浴びを始める。アンは始め驚いたが、そばでおこぼれ水浴(アンは自分では水の中に入れないので、チーが激しく飛ばす水しぶきの下にいて、体をふくらまし、羽を広げ、パタパタさせている)をする。少し、水を浴びることができたようだ。クロが側にいたがお構いなし、チーは平気でいつもの通り、気持ちよさそうにパチャパチャ、行水を済ませる。クロを箱に入れずに就寝。夜中3時頃、クロの「ペロペロ」で起こされる。その後箱に入れ寝る。

2001年6月26日(火)
チーはヘリコプターのように、短い間なら、一カ所で停止して飛んでいることができる。驚きである。台所で僕の周りを旋回することもやってのける。

2001年6月27日(水)
夕方、右足(2本の方)の前指の爪を切ってやる。ガスコンロ使用中、コンロの周りを低空旋回するようになり、危険を感じ、カーテンを引き、来ないようにする。

2001年7月3日(火)
夏日が続く。クロを箱に閉じこめることを止める。Bunny Selectionの餌を食べるようになる。アンがチーの場所を占領し始める。チーが僕の顔にも乗っかる。夕方、必ず、我が家全員が中央洋間へ集まる。本当に仲が良い。最近、チーとアンが一緒に行動している。アンが豆苗(とうみょう)を千切っているのを見て、チーがその千切ったのを食べている。

2001年7月4日(水)
猛暑、39度を超えた地方もある。チーが一日僕の側で付きっきり。クロも離れない。

2001年7月5日(木)
朝、起こすのを7時20分と遅かったため、チーが初めて鳴いて催促をする。血圧を測定し、低くかったので薬を飲まないで過ごす。ヴアイオリン・ツィター演奏、昨日に続き休む。独語も休みの電話をする。チー、アン、クロ元気。

*独語ウイーンから帰国後しばらくして、町田のベルリッツ・スクールで英語と独語をプライベート・コースで週1回(90分)、約7年間、勉強していた。プライベートなので、かなりの出費になった。

2001年7月6日(金)
コンピューターのマウスを使用中、チーが僕の左手の袂に入ったり出たりして遊んでいる。

2001年7月7日(土)
アンがキーボードの上を占領しているため、チーが不満で鳴き叫んでいる。

2001年7月8日(日)
チーが、コンピューターの使用中、初めて左肩に乗っているのを知る。昨日、クロに、ヴアイオリン演奏用のイヤホンを食いちぎられる、そのため新しいものを買いに相模大野駅前のサトウムセンへ出かける。クロがチー用食卓台に乗り、餌を食べていたので、しかったら、ベッドの近くで穴掘りを始める。叱られたのが分かったようだ。後で撫でてやった。アンは最近色々な所へ行き、いたずらを始める。でも、まだ自由には飛べない。サイレントヴアイオリンで色々な便利な接続法が分かる。クロのお陰かな。夜遅くヴアイオリン、ツィターを演奏する。

2001年8月6日(月)
午前中、東林間駅近くにある森下病院へ行く。「鼠径(そけい)ヘルニア」と診断される。7〜10日の手術・入院が必要とのこと。夜、郡山の久美子(妹)へ電話する。チーが今日一日、台所の窓のブラインドのレールの上に行ったり来たり、落ち着きがなかった。

*鼠径(そけい)ヘルニア数ヶ月前から、左の足の付け根が痛み出し、さわると、液体が移動するような音がした。「リンパ腺が腫れているのかな」と思い、しばらく様子を見ることにしたが、普通の歩行が困難になってきたので、病院で見てもらうことにした。

2001年8月10日(金)
右耳が、突然聞こえなくなり、ぼう然とする。

2001年8月11日(土)
アンが自由に飛べるようになる。

2001年8月17日(金)
午前、北里大病院(耳鼻科)へ行き、検査を受け、薬をもらう。治ると分かり、ホッとする。聞こえなくなった原因は、汚れた耳栓を、長い間使用し、菌が耳の中で繁殖した為と分かった。何も聞こえない世界を覗いたような気がした。ベートーベンの気持ちが少し分かった。

*北里大学病院だいぶ前から、血圧が高いため、月に1回通院し、薬をもらっていた。

2001年8月20日(月)
耳が前のように聞こえるようになる。

2001年8月23日(木)
夕方、クロが風呂の浴槽に入り込み出られなくなり、出してやる。

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