老うさぎを飼っている方へ To the person who is keeping an old rabbit.
(1) 1999.5.20~1999.9.12
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我が家へ来たばかりのチー。手の中でウトウト
怪我も治ってベッドの上をお散歩
カメラを向けると近づいて来て、「何してるの?」
チャップさんへあずける直前のチー
教頭からあずかったばかりのチュン。校長室にて
1年後、我が家でのチュン
若くて元気な時のミミ(ピーターラビット)
1999年5月20日(木)
チーが我が家へやって来る。
昨日朝8時20分頃、コピーをするため、一階の事務室へ入ろうとしたところへ、1年4組の女生徒が4〜5人やって来て、「学校へ来る途中、すずめが落ちていたので、よろしくお願いします。」とのこと。
昨年、学校が空調機の設備が整ったと同時に、学校内の煙突が消えた。当然、すす落としの穴もふさがれてしまった。と言うことは、すずめが巣を作る場所がなくなったので、今年から、巣から落ちるすずめがいないため、「自分の所へひなが運ばれて来て、育てる必要はなくなった」と感じていたのである。でもそれが、また復活したのである。ハンカチに包んであったので、それごと受け取り、のぞいて見た。まだ口の両側が黄色である。羽もまだ十分に生えそろってはいない。でも朝、すぐ生徒たちが見つけて連れて来たためか、衰弱はしていない。まだ、巣から落ちたばかりである。体は小さい。とにかく引き取って、更衣室の自分のロッカーから、運搬用のかご、ティッシュ、餌皿、へらを取り出した。運良くホカロンも入っていた。牛乳は職員室の冷蔵庫にあった。あと残るは主食のパンである。職員室の後ろのテーブルに黒パンはあったが、念のため、誰か白いパンを持っていないか聞いたところ、ひとりいた。時間は8時25分、急いで準備を始める。いつものように餌を作り、へらで食べさせたが、意外と手がかからず、すぐに食べてくれた。右足を痛めているようで、歩くこともできない。昨日は、かわいそうなので、無理をさせてはいけないと思い、すぐかごへ戻した。今朝、外へ出し、様子を見ると、目は開いており、足も使えるようである。しかし、羽はまだ痛めたままのようである。でも昨日よりは回復しているようだ。日数はかかるが、きっと治ると思う。神に祈る。昨日ホカロンが残り一つとなってしまい、スーパーを数軒探してみたが、冬でないためかどこにも売っていない。やむなく、今日夜、東急ハンズへ行ってみると、キャンプ用具売場に別の名前のものが売っていたので、とりあえず2袋購入して帰って来た。帰宅は9時、すずめを起こし、餌を与え、再度寝かせた。明日は6時に起こす予定。今日一日で、雀は僕を親と思い始めていることが分かった。生徒は「スー」と名前を付けたが、「チーチー」と鳴いているので、家では「チー」と呼ぶことにする。    
神奈川県大和市で中学英語教員(音楽も担当)をしていた。

1999年5月22日(土)
チーのビデオを撮る。

1999年5月23日(日)
チー、体全快する。チーのビデオを撮る。

1999年5月24日(月)
チー、餌(粟玉)を少し自分で食べる。チーが我が家の一員になってから、今日で5日、右目、右足、右の翼もすっかり治り、活発に動き回るようになった。昨日は、日中、ベッドの上で、私から離れ少し遠出をしたが、またすぐに戻って来て、ピーピー鳴いていた。チュン(前の学校で、チーと同じように、生徒ではないが、教務に「朝、外の水たまりに落ちていた。助けてやってくれ。」と頼まれ、その後2年間、我が家の一員だったすずめ)の時の後悔(写真を数枚しか撮ってなかった)から、ビデオと日記を付けることにした。
チュンと同じく、私から決して離れようとはしない。チュンが生まれ変わって来てくれた。何か当然のように、お互い振る舞っている。今日夕方、6時頃、寝る前に、卵の粟玉を小さな容器に入れ、「もしかして」と思い、チーの目の前に置いたら、しばらくして、つつき始めた。つつくのは今日からの行為である。「つつくだけかな。」と思ったら、少し食べ始めた。嬉しかった。神に感謝した。あと10日程で修学旅行である。修学旅行には連れて行けない。その前にひとり立ちし、餌と水を自分でとってくれなければ・・・。明日は小田原へ出張の予定だが、電話をし、欠席することにする。とにかくチーの命を守らなければ・・・。
今日、昼食時にいやなことがあった。教頭から「すずめを職員室で飼うのはまずい。すずめの嫌いな職員もいるのだから。」そういえば、この学校の職員は冷たい。すずめの様子を見に来たのは数人、あとは迷惑顔である。みな言葉では「命の大切さ」を言うが、心の中は違う。それが今日の教頭の言葉に表れている。でも、もともと分かっていたことでもあるので、気にせず行こう。昼休み、音楽室(この学校では英語の他に1年の音楽も担当している)へ移動した。結果、誰も「すずめはどうしたの。」の一言もない。皆がいやな感じで見ていたのだろう。
今日はチーのことですばらしいことが多かったが、職員の心の中を見たようで、愕然とし疲れて帰宅したが、これから数日のチーの保温のことが気になり、頑張って歩いて東急ハンズまで出かけ、この前と同じ品を3パック購入し、ついでに餌入れに良いと思い、小さい桐箱を買って相模大野駅まで戻った。今日は夕食を自分で作る予定でカツオのたたき、野菜を少々買ってあったが、あまりにも疲れていたので、定食屋に寄り、さば定食、おひたし、しらすおろし、納豆、豆腐とビールを注文し帰宅した。9時過ぎ、チーを起こし、うんちをさせ(夜は一回は巣の中でやってしまっているが)餌を二口与え、再度寝かせた。明日は6時少し前に起こしてやる予定。

1999年5月29日(土)
このところ、左腕に留まり、その後、手の中でよく寝ている。つついて餌の催促までする。左手の小さなほくろをつつき赤くされた。午後、水浴びをする。

1999年5月30日(日)
時々、今までと違ったきれいな声で鳴いている。じゅうたんの上に降りたのは今日は1回だけ。行動の転機かも。洋間のテーブルにも前のように降りる気配あり。鳥かごの中では、止まり木に留まってみずくろいしているだけ。声が大きくなってきている。金網に向かい飛び始める。餌・水には反応なし。お腹が空くと飛び回る状態、自分で探す意識なし。

1999年5月31日(月)
寝る前に右足2本の爪を切ってやる。これで当分一安心。一日中僕にべったり、姿が見えないと、いつまでも呼び続けている。

1999年6月1日(火)
僕が体を上下にジャンプの動作をすると、チーもピピピピー、ピピピピーと強い調子で鳴きながら、腰を低くし、羽を少し後ろにして、一緒に踊り出す。

1999年6月2日(水)
南洋間までしきりに飛んで来るが、降りようとはしない。元々、こちらが本来の場所、そのうち戻ってくる。太陽に近づけないと・・・。

1999年6月3日(木)
今日も一日チーとほとんど一緒。僕が姿を消すと、気違いのように鳴いている。台所へ行くと台所まで飛んで来て、僕の周りを旋回する。だんだん激しくなる。

夕方、4日から6日まで修学旅行のため、南林間駅近くにある「チャンプさん(ペットショップ)ヘ行き、チーをあずかってもらう。

1999年6月7日(月)
午前、チーを引き取りに行く。当然のことだが、狭い鳥かごに入ったままでの5日間、少しやつれていた。僕の姿を見ると、よほど嬉しかったらしく、「チーチー」「チーチー」と激しく鳴いて、羽をバタバタさせていた。修学旅行のおみやげ(八つ橋)を渡し、お礼を言って、急いで小田急で帰宅。すぐかごから出してやる。我が家に帰り、チー、僕とも生き返った。チーは狂ったように、家の中を飛び回っていた。チャンプさんへはとても感謝している。チーの世話を頼める人を探すのは大変だったからだ。チャンプさんは1000円しかお金を受け取らなかった。

1999年7月8日(木)
コンピューター使用中、ふと見ると、チーが左肩に乗っている。初めてのことである。

1999年7月31日(土)
台所の棚の台の前に留まる。やや心配。チュンがこの台の下の棚の横板にぶつかって即死しているからだ。いつもは棚の台に何事もなく飛んでいって台から私の仕事を見ていたが、この日は着地に失敗してしまった。原因は前日に羽が数枚抜け落ちていたからだ。

*チュン1992〜1994 前の中学校の教務が、雨上がりの朝、「すずめのひなが水たまり落ちていた。助けてやってくれ。」と僕の所へ、紙箱に入れて持って来た。2年間、我が家の家族の一員だった。

1999年8月6日(金)
台所のカーテンレールの上に留まるのを覚える。やや不安。暗い所、暗い所を求めている。南の方へ行ってほしい。

1999年9月12日(日)
チー、夕方、自分からかごに入る。
ミミ、この半年、激しいくしゃみをする。目から涙、右顎下化膿、元気なく、毛並みも良くない。今日2時から3時、近くの動物病院へ連れて行く。治療を受ける。

*ミミ9歳のピーターラビット(黒)、餌の食べる量が減ったのには気がついていたが、獣医の話では、「老年による虫歯が原因で歯を失い、歯茎で餌を食べていた。その結果、歯茎からばい菌が入り込み、右顎下を化膿させてしまった」とのこと。飼い主の僕の無知がミミに辛い思いをさせてしまった。

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