錦秋二年越し
洛 西 その壱



高 山 寺

なぜだろう?撮ったはずの高山寺の写真が見当たらない。
しかしここもお気に入りの場所なので、文章のみでご紹介。

鳥獣戯画の所蔵で知られる高山寺は、名前のとおり、山深い栂尾の地にある。 清滝が、川というより谷として流れる周山街道沿いに、かなり急な斜面に貼りつくようにして、 堂宇が点在している。
ここも♪きょ〜と〜とがのお こう・ざん・じ と歌われたが、その後も大原三千院ほどの賑わいは見せていない。 多分交通の便と、急斜面の登りと、女性的伝承の少なさが、その理由だろうと思っている。 私は実をいうと、空いているからという理由だけでなく、昔から高山寺の方が好みではあるのだが。

周山行きのJRバスを下り、清滝の流れに被さるように枝を伸ばす紅葉を見下ろしながら、 裏参道を登る。 境内は、空を覆って屹立する北山杉の巨樹を縦糸に、楓を斜めに絡ませた独特の光景をしていて、 昼なお暗い深山幽谷の雰囲気が濃く漂う。 特定の庭とか建物ではなく、山に溶け込んでしまう程度に施された、控えめな人工の景観を、 全体として味わうべき場所なのであろう。
帰路は表参道を下り、そのまま槙尾・高雄へと、清滝川に沿って下る。 この散歩コースは、紅葉期はもちろん、新緑の時季にも、心洗われるものがある。
もう一度実をいうと、私は新緑の時季の方を、より好んでいる。 楓の新緑の美しさを、私はここで知ったような気がする。

だからといって、紅葉期の写真を捨ててしまったはずはないのだが・・・・




西 明 寺

栂尾・高山寺、高雄・神護寺とあわせて、三尾と称される槙尾・西明寺だが、 寺の規模は格段に小さい。
清滝にかかる朱塗りの指月橋を、谷に手を広げる紅葉を見ながら渡った対岸に、 つつましやかな堂宇を並べている。

小さな寺ではあるが、紅葉の密度は格段に高い。 晩春にはみつばつつじの群落が紅紫色の花を一斉につける裏山も、この時季は紅葉一色である。
鐘楼の鐘は寸志でつかせてもらえるので、紅葉の山にこだまする鐘の音を楽しむという、 ささやかで子供っぽい行動も、私のここでの楽しみのひとつである。

ここでまた実をいうと、私はみつばつつじの時季の方をより好んでいる。 もちろん紅葉も実に見事であるのだが、ここのみつばつつじの群落が、山一面に咲き乱れる光景は、 他ではちょっと見られない心華やぐものであるのだ。
ただし、前述の楓の新緑の最も美しい時季とは微妙なずれがあって、 両者をベストで楽しむことは難しい。
できることなら、4月、5月、11月と、3回この三尾を歩いていただくと、 その素晴らしさを分かってもらえると思うのだが・・・・

あ、いや、断定するのはやめておこう。 私の見ていないもっと素晴らしい光景が、ないとは言えない。
くり返し京都を訪れるのも、そういう見落とした光景がもっとあるかもしれないという、 脅迫観念オーラを、京都が発し続けているからでもあるのだから。

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神 護 寺

構えの大きな寺である。
弘法大師の時代に、あるいは再興者の文覚上人の鎌倉時代にしても、 こんな山深くにこんな大きな構えの寺を造ったことに、ある意味驚かされる。
その驚きが、技術は時代と共に進化するという、傲慢な前提によっていることは、 承知しているつもりなのだが・・・

紅葉の名所としては、全国有数の知名度で、大勢の観光客が押しかけるが、 その多くが、神護寺への上り下りでへたばって、槙尾、栂尾に足が伸びないのは、 もったいないことである。
そう、この寺に行くには、清滝川のほとりから、相当な登りを強要される。 もちろん登っただけの価値はあるのだが、運動不足の足にはけっこう辛いものがあるので、 まちがってもハイヒールで来たりしないようにご注意を。

大勢の観光客が押しかけても、境内は広いので、人口密度はそれほど高くはならないのだが、 洛中からの交通は、大いに遅延する。
満員バスでへたをすると2時間立ったまま、という過酷な体験をしたくなければ、 車の混まない朝のうちに栂尾まで行き、三尾を昼頃までに終えて、 嵐山-高雄線の行楽期限定バスを帰路に使うとよい。
途中鳥居本で降りて、嵯峨野をゆるゆると下り、夕刻までに嵐山に着くというのが、 大変能率的で贅沢なおすすめコースである。

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祇 王 寺

嵐山〜嵯峨野は、実際の美しさに加え、女性的な伝承やネーミングイメージが大いに作用して、 女性観光客が集中するエリアである。
たしかに紅葉も美しいのだが、デジカメに残った画像を見ると、人ヒトひとになってしまって、 どうも自分の見ていたはずの光景とちがってしまう。
そんな中で、偶然人の少ない瞬間の画像が残っている、祇王寺からご紹介。

嵯峨野情緒がこの寺で一層深まるのは、ひとつには、深い竹林の奥に息を潜めるようにひっそりと立つ佇まいによる。 小庵のまわりを囲む、弱々しいほどに華奢な楓の木々も、ここでは風情のひとつである。

もうひとつは平家物語の伝承による。
平清盛の寵愛を、同じ白拍子の仏御前に奪われた祇王が、21才の若さで、 母、妹と共に尼になり、この地に庵を結んだ。
後に世の無常をはかなんだ仏御前も、祇王のもとをたずねて出家し、 4人共に念仏三昧の静かな生涯を終えたというのである。

祇王たちの住んだ時代には、都との往来も一日がかりの、さぞかし寂しい野の里であったろう。 そんな場所で、怨執を超えて共に仏に使えた女性たち。
今は紅葉の美しい観光地として、怨執なんぞかっとばす勢いの女性たちが、 大勢この小さな庵を訪れている。

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宝 筐 院

ほうきょういん、と読む。
嵯峨野散策のメインストリートから少し外れて、清涼寺の脇にひっそりとたつ小院である。
清涼寺の方は大きな寺で、門前の豆腐屋「森嘉」の人気もあって、ある程度の人の出入りがあるのだが、 その一角に静かに開いている宝筐院の門をくぐる人は少ない。

ガイドブックで紹介されることも少ないし、門の開き方がいかにも遠慮気味なせいもあるのだろう。
背の高い人なら、ちょっと首筋をすくめながらくぐる通用門の外からは、 中の庭園の濃密な紅葉ぶりが見えにくくなっている。 しかし、門をくぐって2〜3歩進むうちに、その濃密さに嘆声がもれること必定。
決して広くはない庭が一面の紅葉で、散り紅葉の頃には足の踏み場に戸惑うであろう風情なのである。

塀に囲まれた箱庭のような錦秋空間が、嵐山〜嵯峨野の喧噪から、素知らぬ顔で隔離されて存在している。
ちょっと秘密の宝石箱を手に入れたような気になれる、その名のとおりの宝筐院なのである。

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