黒田 誠 の授業


平成18年度シラバス内容

卒業論文
指導担当者の研究分野
 ファンタシー文学研究。形而上学や宇宙論等との関連からファンタシー文学の思想的特質についての考察を行っている。


卒業論文作成指導の概要
 神話・伝説・おとぎ話などにあらわれた主題となる出来事や存在(妖精、神、妖怪、あるいは怪獣など超自然的現象及び存在物)について、人間の内面心理並びに物理的客観世界の本質的な姿との関連という両側面を意識して、多面的な解釈のあり方を模索している。考察対象としてはゲームやアニメやマンガなど幅広く論考の範囲を広げながら、主題に対する理解の手法を探っていく。

以下に示した「ゼミ指導予定」に従って卒業論文作成指導を行っていくので、内容を良く理解し、疑問点があればそれを明確にして確認を行う用意を整えておいて欲しい。
 僕の指導を受けて卒論作成を行いたいという人があったらまず確認したいことは、その人がどのような問題意識なり関心なりを持って毎日を生きているかということでしょう。英文学科の学生として書く論文ですから、英米文学あるいはその他の英語圏で発表された文学作品について、あるいはその作者である作家について、あるいはこれらに関わる文化的問題について何らかの論を展開してもらうことになるのは当然ですが、単に機械的に「論文」の体裁を備えた書きものをまとめあげるだけでは事は済まされない筈だと思います。
 何故その作品なり作家なりについて調べてみたいと思ったか、どうして自分がこのような主題に対して興味を覚えるのか、そこのところを自分なりの言葉で語ってもらわなければなりません。どのような作品をテキストとして読みこなし、どのような資料を検討して卒論作成の準備を進めているかに付け加えて、むしろより重大になるのがこの点でしょう。何故ならば「指導」を行うことの意義がもしあるとするならば、おそらく学生である君達の意識の表面にあがっていなかったであろう哲学的・文化論的発想について適切な紹介・解説を行い、より進んだ洞察の糸口を見つける手がかりを与えてあげるのが卒論指導教官の仕事であると考えるからです。
 「指導」として卒論ゼミの場を活用していくことを目的とするならば、君達の意識の前面にあがっていなかった潜在的な論点を掬いとり、思想史的展望上のよりはっきりとした輪郭の許に自分達の関心を惹き付けていた主題の秘めている問題性を自覚させるところに指導教官の役目があると考えます。勿論そのためにはまず自分なりに自分の調べ、研究し、書きあげたいものがどのようなものであるかを語る言葉を用意しておいてもらわなければなりません。このような問題意識に従って交される対話を基にして、自己の思考を概念抽象化し、客観的に記述するための表現技巧のトレーニングの場として卒論ゼミの時間が利用されて行くことになるでしょう。
 前もってよく確かめておいてもらいたいのは、この僕からどのような事柄に関する助言なり指導なりを得られるか、という事でしょう。文学と哲学とその他わずかの事にしか興味が無く、知識も無い僕にとって語り得る話題は限られているので、専門外の分野については適切な指導を行う自信がありません。その意味で改めて僕の専門とし、関心を持ち、ある程度の知識の蓄えがある主題を明らかにするならば、それは講義、演習等の専門科目のみならず、その他のどの科目の授業を行う場合でも僕がテーマとして挙げていた筈の、ファンタシーと呼ばれる文学の一ジャンルですが、その研究のアプローチの仕方に対して補足するならば、僕の関心はこの主題を社会現象として自立的な構造理論に基づいて処理し、解析していこうとすることにあるのではなく、この現実世界において我々がより良く生きていこうとする上で判断の基準とせねばならない筈の倫理の問題がどのような必然性があってフィクションという形の裡で語られてきたか、という問いかけの許に、神話や伝説や宗教が生まれ、展開していく途上において、これらの豊かな、場合においては不毛な思考と発想に肉付けを与える記述行為として文学という存在がいかに機能してきたかを検証することであります。

過去における卒論指導演習の運用例 1
 文学研究の実際例として、研究テキストの確定・注釈の付与の作業を演習として行う。
 現代アメリカファンタシー作家Peter S. Beagleの The Last Unicorn(1968)を対象として、読解・論考の手引きとなるべき注釈テキストを作成する。
 上記作品のテーマを解析するための指標としてold; immortal, eternal; early days, time; true, false; magic; choice; reality; story; metafiction; anti-fantasy; animal image; poetic phrases等のキーワードを設定し、これらのキーワードを軸とした注釈・テキスト間のクロスレファレンスを可能にするHTML文書の作成を行うことによって、ファンタシー文学研究資料の充実を図る。

過去における卒論指導演習の運用例 2
 創世記において人間を楽園から追放したとされる神が、その後どのように人間とコミュニケーションを結んだのかについて考察する。旧約聖書における神の人間の行動に対する干渉のあり方を、アブラハムについての叙述を中心に検証していき、キリスト教の神の概念と世界観の全体像を模索していく。

平成13年度における卒論指導演習の運用例
 ゼミ受講生の共通テーマとして「自我の分裂と影の生成の諸相」という研究課題を掲げ、George MacDonald, Oscar Wilde, William Blake等の作家達を中心に、随時参考作品として漫画「攻殻機動隊」、「風の谷のナウシカ」、映画「フェアリーテイル」、ミヒャエル・エンデの「モモ」等を討議対象として設定し、これらに対して提出された各自のレポートをコンピュータ・データとして共有することにより、その添削指導と意見交換を行いながらファンタシー文学の思想的特質に対する文化論的、哲学的見地を模索しつつ、各自の卒業論文作成テーマ構築の指導にあたった。

平成14年度における卒論指導演習の運用例
 ファンタシー文学の特質を再確認するために、J. R. R. Tolkien のThe Lord of the Rings、Ursula le GuinのA Wizard of Earthseaの2作品まず参考作品として紹介し、その作品世界提示の手法及び主題設定の視点のあり方についての論考を行った。
 次にドイツロマン主義に至る哲学、文化論の中心課題となる問題意識のいくつかについて思想の変転及び芸術運動の展開という観点からの概観を試み、ファンタシー文学の世界論的特質を把握するための基礎知識の点検を行い、20世紀以降のファンタシー文学の変容の実態を理解するための足掛かりとした。
 しかる後漫画作品「ファイブスター物語」、あるいはゲーム作品「ファイナル・ファンタジー」等の作品世界に内在する世界観的透視図と仮構世界構築の手法に潜伏するであろう現代的な問題意識の再吟味を通して、文学研究の主題を形成すべき論点構築の可能性を様々に模索し、最終的な卒論テーマの確定と採用すべき主張の立脚点の確認を行い、卒論作成作業へと繋げた。

参考卒業論文題目:
 天邪鬼の発見と宇宙論と心理学の合体―ポー理解の視点構築としての形而上学再考

平成15年度における卒論指導演習の運用例
 ファンタシー文学の提示する宇宙論的思弁の展開手法と内面心理の形象化作業という両極の特質を意識しつつ、主としてGeorge MacDonald、Oscar Wilde、Peter Beagle、Ursula le Guin、E. T. A. Hoffmann等の作品を共通テキストとして利用して、哲学と科学における思想的見解の変化がいかに仮構作品世界構築の動機となっていたかを確認しつつ、個々の卒論の主題構築に関する討議を行った。
 結果的に哲学的反省の実例として、文部省教育の欺瞞や英語教育における矛盾点等の現代社会の現象的具体例に対する批判と洞察もまた、ゼミの基幹的主題として採用されることとなっている。
 ゼミ生全体の共通研究テーマとして"ファンタシー文学における分裂と統合の宇宙論"という主題を掲げ、以下に示すような各自の個別的研究テーマの追求を通して、全体と部分の相関関係についての論考と実証のあり方の具体例を示した。

参考卒業論文題目:
 "A Wizard of Earthseaにおける名前と魔法―実在と真の名を結ぶ法則性"、
 "『トムは真夜中の庭で』における庭と時間:時・空・精神連続体の宇宙論としてのファンタシー"、
 "『4ゾア』の世界解式―分裂と統合の宇宙法則"、
 "世界の根本原理としての魔法:アースシー世界における魔法の存在意義"
 "天の邪鬼と霊的存在性―『ドリアン・グレイの肖像』における'魂'"
 "誤解された神秘思想: George MacDonald の'The Day Boy and the Night Girl'における翻訳上の問題点"

平成16年度における卒論指導演習の運用例
 ゼミ生全体の共通研究テーマとして、"ファンタシーの源流と現代文化における様々な派生形"という主題を掲げ、現代において文学作品のみならず、映画やゲームなどにも様々な形で反映されているファンタシーの特質について研究した。
 ファンタシー文学を生み出すこととなった神秘思想やロマン主義等の思想的源流から、ファンタシーの影響下に生み出された様々の周辺的文化現象に至るまで、現代ではあらゆる分野にファンタシーと関連する主題が展開し、定着するに至っている。本来ファンタシーの示唆する世界観は、宗教・思想・科学の根本に関わるものであったが、娯楽や個別の芸術表現様式等様々の文化的作物に応用された結果、コンピュータや情報処理システム等の各種の応用技術とも密接に関連して、多様性に富むと同時に特有の共通の枠組みを形成する広大な地盤を形成しているのである。
 平成16年度黒田ゼミにおいては、ゼミ生各人に個別の特殊研究分野を配分して分担研究を行った結果、ファンタシーの全体像を欠けることなく概観するべくその成果を統括して編集し、ファンタシーの思想的源流から末端的テクノロジーに反映された瑣末的現象の側面に至るまでを網羅した、総括的用語集を作成し、個々の特殊研究への足掛かりとした。

参考卒業論文題目
 ファンタジー文学を形成する思想的基盤―哲学史的位相についての考察
 ファンタシーにおけるフェティシズム―"眼鏡属性"
 "ファイナルファンタジー"の思想的特質と宗教的要素
 『十二国記』と影の主題―天邪鬼と蒼猿と麒麟
 『ハリー・ポッター』シリーズにおける魔法の要素:ファンタシー世界の背景と設定条件
 脳内空間の崇高性―フェティシズムと"萌え"
      等

平成17年度における卒論指導演習の運用例
 ゼミ生全体の共通課題として、"空想上生物生態図鑑"の作成を課し、現代において文学作品のみならず、映画やゲームなどにも様々な形で反映されているファンタシーの特質について研究を行った。
 ファンタシー世界を構築している様々な要素の範疇区分設定を行う作業を通して、ボロウィングの相関関係や、共有する思想的地盤についての理解を深めていった。具体的な考察対象としては、『鋼の錬金術師』、『ハリー・ポッター』シリーズ、錬金術と魔法等の主題があげられる。

参考卒業論文題目:
 カニバリズムと悪魔狩りとグリム童話
 "ハリー・ポッター"における妖精像とボロウィングの関係
 "鋼の錬金術師"における錬金術と魔法
                            等


文学演習IVd
 講座題目:影の生成と自意識の呪縛

 ファンタシー文学一般の潜伏的な主題である「自我の分裂と影の生成」のアンチ・ファンタシー的適用例について考察する。
 Peter and Wendy (1911)においてピーター・パンの敵役として登場する海賊船の船長キャプテン・フックは、実は裏返しのファンタシーである本作品の影の主人公とも呼ぶべき存在である。フックは英国の有名なパブリック・スクール出身のエリートである。作者は訳あってその正体をあかすことは出来ないらしいが、彼がかつては立派な現実社会の人間であったことは紛れもない事実だ。そんな彼がどうして今は海賊となっているかが問題となる。身をやつして海賊に成り下がったのでは決してない。むしろ海賊という稼業を選んだところにこそ、彼の出自の正しさを窺い知ることが出来る。何故ならば一所懸命努力して地位や財産を勝ち取るなんてはしたない行為は、彼の生まれと育ちが許さないからである。彼は自分の社会的地位や成功などに満足を味わうことが出来るような野卑な男ではない。フックは感性の人であり、その本質は芸術家である。彼は花を愛するし、音楽を好み、ハープ・シコードの腕前はなかなかのものであるという。海賊とは、美学に生を捧げた審美主義者のたどり着いた最後の姿なのである。このような芸術家的感性が、卑俗な現実社会に反発を試みずにはいられない反省的自意識を呼び起こし、彼を海賊稼業へと駆り立ててしまうに至った、その心的メカニズムを探っていくこととする。

テキスト
 ◆Annotated Peter and Wendy, (近代文芸社)
 ◆「グッド・フォームと内省―キャプテン・フックの憂鬱」
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/anti/9_hook.htm

参考資料
◆ブログ:"Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ"、以下のアドレスにて公開中
http://antifantasy2.blog01.linkclub.jp
◆ホームページ:"Fantasy as Antifantasy"、以下のアドレスにて公開中
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/
◆『アンチ・ファンタシーというファンタシー』(近代文芸社)

本講座は常時コンピュータ室において開講される。


基礎セミナーh
講座題目:『ピーターとウェンディ』におけるピーターの二律背反的属性

 アンチ・ファンタシーというファンタシーである『ピーターとウェンディ』を観念小説として成立させている形而上的属性記述について考察する。

 Peter and Wendy(1911)の主人公ピーター・パンは、大人になることを拒否した永遠の子供として、社会的常識や世俗的知識などとは無縁の存在である。しかしこの少年はあからさまな無知の部分を持つと同時に、空を飛ぶ不思議な方法や妖精の誕生についてなど、宇宙の根源と結びついたような不可思議な知恵を持ち合わせてもいる。ピーターの保持する矛盾した能力と属性そのものが、このお話の独特の主題を形成する重要な要素となっているのである。
 テキストに忠実に従い、主題を反映する該当箇所を指摘し、コメントを賦与していく作業を通して、文学研究における論考の展開を図り、得られた理解をレポート・論文作成に繋げて行く具体例を示す。
 テキストの講読とインターネット上に公開した研究参考資料の活用を連動させた、文献読解と文化・文学研究の双方に寄与することを眼目においた講座運営を行って行くつもりである。双方向的な意見伝達を可能にするネット環境を用意しておくので、受講生は個々の理解と質問を随時講座担当者に対して発信し、このメッセージと返答を他の受講生達と共有しつつ、理解内容の確認を図ると共に、個人としての主体的な主題把握を行って頂きたいと考える。

テキスト
 Annotated Peter and Wendy, (近代文芸社)

参考資料
◆ブログ:"Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ"、以下のアドレスにて公開中
http://antifantasy2.blog01.linkclub.jp
◆ホームページ:"Fantasy as Antifantasy"、以下のアドレスにて公開中
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/
◆『アンチ・ファンタシーというファンタシー』(近代文芸社)

本講座は常時コンピュータ室において開講される。


講読II
現代アメリカのファンタシー小説The Last Unicorn(1968)を読む
 文学作品を対象にして、記述に対して意味を読み込み、仮構世界の内実を主体的に構築して行く講読の作業を行う。講座におけるテキストの講読と、インターネット上に公開した研究参考資料の活用を連動させた、英語の文献の読解と文化・文学研究の双方に寄与することを眼目においた講座運営が図られることとなる。双方向的な意見伝達を可能にするネット環境を用意しておくので、受講生は個々の理解と質問を随時講座担当者に対し発信し、このメッセージと返答を他の受講生達と共有しつつ、個人としての積極的な主題把握と問題意識を反映した意味構築を図って頂くことを期待したい。
 本講座はThe Last Unicornを基盤に作成した、読解・論考の手引きとなるべき注釈テキストを利用しつつ授業を進めるものである。上記テキストにおいては本作品のテーマを解析するための指標として "old; immortal, eternal; early days, time; true, false; magic; choice; reality; story; metafiction; antifantasy; animal image; poetic phrases"等のキーワードが設定されており、これらのキーワードを軸とした注釈・テキスト間のクロスレファレンスが可能となっている。これらのキーワードが本作品の根幹的主題との関わりにおいて他のキーワードとの間にどのような相関関係を構築するものであるかを確認しつつ、関連諸資料の示す教養の総体としての文化的・思想的世界認識と本作品の主題との相関について理解を深めて頂きたい。

テキスト
 Annotated Last Unicorn, (近代文芸社)

参考資料
◆ブログ:"The Last Unicorn 『最後のユニコーン』読解メモ"、以下のアドレスにて公開中
http://antifantasy2.blog01.linkclub.jp
◆ホームページ:"Fantasy as Antifantasy"、以下のアドレスにて公開中
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/
◆コミュニティ:"アンチ・ファンタシー"、以下のアドレスにて公開中
http://mixi.jp/view_community.pl?id=427647

本講座は常時コンピュータ室において開講される。


英作文
  書記行為を意識した異言語による作文
 基本は自由英作文のコツを把握することである。語るべき内容が自覚されていなければ、本来の記述も、それを異言語に翻訳する術もあり得ない。
 卒業論文に付加することが義務づけられている「アウトライン」のように、英文を実際に書いて提出する場合には、英語の文法や慣例的用法に関する知識に付け加えて、書式や表記上の約束事を満足させている事も要求される。現在ではタイプライターを用いて英文を作成する事は滅多に無いので、このような書式上の制約はコンピュータのワード・プロセッサ・ソフト上の機能の応用として反映されることになる。本講座ではコンピュータ機能の効率的利用を図りながら英文作成の実習指導が展開される予定である。
 英文入力を行うだけなら煩雑な漢字変換の作業を必要とすることも無いので、コンピュータ初学者のためにも英文を書くことからワード・プロセッサの操作を覚えることは理に適った学習法であると思われる。課題・参考資料等のデータはすべてコンピュータを介して提供され、コンピュータ上の操作を通して参考資料の参照、そして又習得成果の提出も行われることとなる。
英作文とは何らかの概念構造を備えた情報を英語という言語を用いて記述する手段であろうとの理解から、決まり切った例文を暗記させるような指導は行わない。文法に関する基本的な理解を確立することを主眼に講座運営がなされる予定である。
 最終目標としては、客観的な意味性を保持した文語表現の様々な展開例を工夫することにしたい。場合によっては音声データとして与えられた資料をもとにして、パンクチュエーション・引用符等の付加の有無について考える、表記の手法を主眼とした英文作成を課すこともあるだろう。基本としては課題文と模範例のいくつかを電算化データとして提示するので、受講者は以下に示すような英作文の問題点となるべき概念を抽出して理解すべく英文作成の演習を進める。
 演習は原則として個々の受講生が自己の端末の表示画面を対象に進めるものとし、課題を個々に割り振り、発表された結果を講座担当者が一括して添削するような授業形態はとらない。巡回する講座担当者に対し受講生各々が質疑を行い、個々の習得内容と応用結果の確認をしていくことが望まれる。

受講生が習得すべき課題項目は以下の通りである。
 翻訳対象となる和文の潜勢的論理構造を掴み直し、品詞・文形を変換させて様々な表現を工夫する"パラフレーズ"の試みを理解する。
類義語の使い分け・翻訳の核となる語句から文全体を導き出す実際的工夫として、英和・和英辞典の合理的な活用、コロケーション辞典の特質を生かした創造的利用法を習得する。
 随時インターネット接続環境を最大限に活用して、ネット上に提供されている辞書機能、翻訳機能、あるいは百科事典等種々の検索可能なデータ及びサービスを駆使し、作文に利用すべき語彙、言い回し等を収集し適合した形に加工する実践的感覚を身に付けたい。
 純正の理解と洞察を適切な表現を用いて記述したもの以外は評価の対象として認められない。

 本講座は常時コンピュータ室において開講される。


英語b-II(1)
 言語表現の知的理解に基づく鑑賞。
 文学作品の主題を読み取る作業を通して、実践的な意味構築を可能足らしめる思考を身に付ける。対象批判を知らない惰性の学習と暗記は、最も悪辣な精神的堕落である。
 James E. BarrieのファンタシーPeter and Wendy(1911)を読む。本作品は「ピーター・パン」のお話として知られているものの原作である。作者という語り手が読者を対象として物語るナレーションの仕組みが、独特の作品世界を構築していく興味深い機構を読みほどいていく。
 テキストとしては、読解上の要点を注釈で示した注釈書を用いる。また、ネット上に公開してある諸参考資料を参照することにより、テキストの検討と主題に対する考察の双方において、受講者による主体的なアプローチが可能となる環境が用意されている。さらにネット上のインタラクティブな情報交換により、よりフレキシブルな受講内容の確認が行われる体制を準備中である。

テキスト
 Annotated Peter and Wendy, (近代文芸社)

参考資料
◆ブログ:"Peter and Wendy 『ピーターとウェンディ』読解メモ"、以下のアドレスにて公開中
http://antifantasy2.blog01.linkclub.jp
◆ホームページ:"Fantasy as Antifantasy"、以下のアドレスにて公開中
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/
◆『アンチ・ファンタシーというファンタシー』(近代文芸社)

本講座は常時コンピュータ室において開講される。


英語b-II(3)
 言語表現の知的理解に基づく鑑賞。
 文学作品の主題を読み取る作業を通して、実践的な意味構築を可能足らしめる思考を身に付ける。対象批判を知らない惰性の学習と暗記は、最も悪辣な精神的堕落である。
 Peter S. BeagleのファンタシーThe Last Unicorn(1968)を読む。映像作品やシナリオ等も参照しながら、原作の小説としての語りの手法を検証する。独特の意味を担っているいくつかのキー・ワードや造語等が、特有の思想的概念操作を成し遂げている機構を理解する。
 テキストとしては、読解上の要点を注釈で示した注釈書を用いる。また、ネット上に公開してある諸参考資料を参照することにより、テキストの検討と主題に対する考察の双方において、受講者による主体的なアプローチが可能となる環境が用意されている。これらの補助資料を活用して、テキストの流れを体感的に掴んで内容を総体的に理解して行く速読の方式で講座を運営していく。さらにネット上のインタラクティブな情報交換により、よりフレキシブルな受講内容の確認が行われる環境を準備中である。

テキスト
 Annotated Last Unicorn, (近代文芸社)

参考資料
◆ブログ:"The Last Unicorn 『最後のユニコーン』読解メモ"、以下のアドレスにて公開中
http://antifantasy2.blog01.linkclub.jp
◆ホームページ:"Fantasy as Antifantasy"、以下のアドレスにて公開中
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/
◆『アンチ・ファンタシーというファンタシー』(近代文芸社)

本講座は常時コンピュータ室において開講される。


基礎ゼミ
講座題目:文学研究のための種々の情報取得方法と論文・レポート作成手順
―コンピュータ環境を活用したデータ編集と各種機能の活用法

  固有の主題に基づいた文学研究リサーチの模範例として、ファンタシー文学研究における主題関連情報の検索及び効率的取得方法、さらに各種アプリケーションソフトの特性を活用したデータ編集、そしてこれらを題材としてまとめあげられたレポート作成へと導いていく過程を示す。

 特に以下の細目について詳細に教授することとする。
◆論文・レポートに付す引用・参照文献の出典の記載法
◆表題・テキスト等の表記上の約束事と、応用すべきワープロソフトの機能

具体的な研究主題としては、以下のような内容を用いることとする。
◆ロマンスーアンチ・ロマンスーアンチ・ファンタシー
 アンチ・ファンタシーの特質を"ロマンス"との対照から考察する。

 Peter S. Beagleの極めて自省的なアンチ・ファンタシー『最後のユニコーン』(The Last Unicorn, 1968)には、ロマンスの世界の中で中心的な役割を占める典型的な"英雄"(hero)が一人登場する。勿論それは、ユニコーンが変身したアマルシア姫に騎士道的な求愛(courtship)を捧げるリア王子(Prince Lir)である。しかしファンタシーの常道を裏返したアンチ・ファンタシーであるこのお話においては、heroは"英雄"としての役割を果たす重要な登場人物の一人ではあっても、物語世界の求心的な存在となる真の主人公ではない。リア王子は、父ハガード王の劇的な破滅の後に彼の呪われた王国を継ぎ、"リア王"となる訳だが、シェイクスピアの劇作品に対するアリュージョンも多い本作品において、"リア王子"というその名前に決定的な諧謔性を背負わされたヒーローが示すコミカルな様態は、この物語の基調音となっているアンチ・ロマンス的感覚を見事に焙り出すものとなっているのである。
 ロマンス的ヒーローLirの行動に関する描写に焦点を当て、典型的な騎士道ロマンスと類型的なファンタシーとの際立った対照を勝ち得ているこの物語のアンチ・ファンタシー的戦略を考察していく。

上記の主題に対する具体的なアプローチとして、
◆"ロマン"、"ロマンス"、"ファンタシー"等の語の字義的な意味について調べる
◆文学史上の"ロマンス"と呼ばれる分野の特色と代表的な作品について調べる
◆ファンタシーとロマンスの関連について調べる
◆ナンセンス、アナクロニズム等の用語の意味について調べる
◆"アンチ・ロマンス"及び"アンチ・ファンタシー"と呼び得るカテゴリーの概念について考察する。

テキスト
 Annotated Last Unicorn, (近代文芸社)

参考資料
◆ホームページ:"Fantasy as Antifantasy"、以下のアドレスにて公開中
http://www.linkclub.or.jp/~mac-kuro/
◆ブログ:"The Last Unicorn 『最後のユニコーン』読解メモ"、以下のアドレスにて公開中
http://antifantasy2.blog01.linkclub.jp
◆コミュニティ:"アンチ・ファンタシー"、以下のアドレスにて公開中
http://mixi.jp/view_community.pl?id=427647
◆『アンチ・ファンタシーというファンタシー』(近代文芸社)

本講座は常時コンピュータ室において開講される。


平成17年度の授業内容

文学演習IVa
講座題目:引用とパロディと集合的無意識と曼陀羅
―ファンタシー文学における参照の効果と非在性の物語世界

 Peter S. BeagleのThe Last Unicornにおいて、無意識と狂気を体現することによって予言者的役割を果たす蝶の存在属性を形成することに役立っている、引用と参照の機構を検証する。インターネットを活用してテキストにちりばめられた引用の出典を確認し、原典の文学史上の位相を照合することにより、文学的主題提示の手法として作品外部テキストの存在が及ぼす関係性について考察を行う。
 演習はThe Last Unicornを基盤に作成した、読解・論考の手引きとなるべき注釈テキストを利用しつつ論考を進める。上記テキストにおいては本作品のテーマを解析するための指標として "old; immortal, eternal; early days, time; true, false; magic; choice; reality; story; metafiction; antifantasy; animal image; poetic phrases"等のキーワードが設定されており、これらのキーワードを軸とした注釈・テキスト間のクロスレファレンスが可能となっている。これらのキーワードが本作品の根幹的主題との関わりにおいて他のキーワードとの間にどのような相関関係を構築するものであるかを確認しつつ、参照された外部テキストの示す教養の総体としての文化的・思想的世界認識と本作品の主題との相関について検証していく。


文学講義IIIF

講座題目:意味消失による意味性賦与の試み
―『最後のユニコーン』における矛盾撞着と曖昧性

 Peter S. BeagleのThe Last Unicornの物語世界記述にあたって意図的に語られた矛盾と物語世界像の曖昧性の示すファンタシーの主題について考察する。
 極めて自省的な要素を保持したファンタシー作品『最後のユニコーン』においては、作品世界の潜伏的極性決定の中心的役割を果たしている象徴的人物達の属性・来歴と、さらにまた作品世界の骨組みを形成するストーリーの描写そのものにおいても、全方位的に記述の確定的意味包含性を拡散せ、記述対象の輪郭の不定性を強調しようとする試みが行われている。
 例えば時間の支配から無縁な"eternal"な存在であるユニコーンが、運命に弄ばれる時間の奴隷たる人間、"mortal"になってしまうことにより、その記憶あるいは認識のどちらの言葉で呼ぶことも不可能な筈の意識機構内部における虚と実、夢と現実等、真正なるものとその影に相当するものとの間の逆転現象が生起する様が描かれている。例外的な運命を享受することとなったユニコーンの心中に生起した時間性を超越した記憶としてここに表出しているものは、視点を変換させてみればあるいは極性不在の崩壊過程にある、現代世界そのものに対する写像の一つであると看做すこともできるものなのである。
 この作品世界中に現出する出来事は、いずれも一般の現実世界における時間的・空間的関係性を逸脱する、ナンセンスの領域に近いものでもある。そこに語られる時間は、"意識"という新規の次元軸を加えた際に得られる、時・空・精神連続体理論における修正版の時間論として主張される。このようにして得られた宇宙構造理解においては、記述様式の変換により、意識の内部機構として時間、空間の連続体が存在する、との解式を導くこともまた当然の前提とされている。
 迷路のイメージは空間的においてのみならず、時間的、精神的にも意味性と関係性失墜の状況を現出し、そして迷路をくぐり抜けるという行為自体に対しても、行く先に待つ筈の目的物の素性に対しても、迷宮の迷宮として現出する構造性そのものに対しても同等に、悪夢のイメージとして主観と客観的事象の融合と混淆、並びに絶えざる全方位的意味消失の感覚が語られている。
 さらに物語世界の中に描かれた状況の与える心的印象のみならず、物語世界の記載事項として描かれる筈の事実そのものに対しても、この不確定性という属性はむしろ積極的な新たな属性決定要素としての機能を強調して、記述される結果となっているのである。


基礎セミナーd
講座題目:ファンタシーにおける非在性のレトリック
―『最後のユニコーン』のあり得ない比喩と想像不能の情景

 Peter S. Beagle の長篇ファンタシー作品The Last Unicornにおいては、独創的な造語や動物イメージ等を活用した新機軸の詩的表現と、英語世界の伝統を生かした古典的な言語表現の双方が駆使されており、"非在性の物語世界の構築"と"崇高性の奪還"というファンタシーの中心的主題を効果的に導き出すことに成功している。
 本講座においてはファンタシー文学におけるこれらの独特の主題を提示するために活用されている、詩的表現を生み出すレトリック(修辞法)についての分析と鑑賞を、劇作手法研究的演習作業として行っていく予定である。
 英語における詩的表現の具体例を、比喩を中心としたレトリックの範例と共に示し、その意味の内実と表現効果としての分析を試みると共に、文学鑑賞の演習としての側面と、語学的理解の実践的方策の開拓という側面の双方を意識しながら、文章表現の言語的特性に対する多面的理解を深めていく作業を行っていく予定である。
 演習はThe Last Unicornを基盤に作成した、読解・論考の手引きとなるべき注釈テキストを利用しつつ論考を進める。

 上記テキストにおいては本作品のテーマを解析するための指標として "old; immortal, eternal; early days, time; true, false; magic; choice; reality; story; metafiction; antifantasy; animal image; poetic phrases"

等のキーワードが設定されており、これらのキーワードを軸とした注釈・テキスト間のクロスレファレンスが可能となっているので、本講座の指標として選択された「詩的表現」という主題を、これらのキーワードのうちの "poetic phrases"をたどることにより考究し、このキーワードが本作品の根幹的主題との関わりにおいて他のキーワードとの間にどのような相関関係を構築するものであるかについての検証を進めていくこととなる。
 上記の関係性を示すための新たなキーワードとしては、"非在性のレトリック"、及び"不可能性の比喩"を挙げることができる。


講読IC
 Peter S. Beagleのファンタシー小説The Last Unicorn(1968)を原作とするアニメーション映画 "The Last Unicorn"(1982)を観てセリフの聴き取りを行い、シナリオの作成を試みることによって、原作の小説の語りの手法と映画における映像表現の工夫との比較を試みる。講座はコンピュータ室にて行われ、対象とする動画データ、参考テキストの双方共電算化資料として配布し、これらを各自がコンピュータファイルとして操作し、聴き取りと書き取りの作業を独力で行って頂くこととする。
 聴き取った内容をシナリオとして書式を整えて編集し、これをコンピュータを活用して研究資料として利用することができるよう、テキストデータとしてファイルに出力するにあたっての留意点をも指導する予定である。得られた理解と把握した内容を、保存と受け渡し可能なデータとして加工する応用科学的な基本技術を身に付けると共に、そのようなデータ加工を行うにあたっての対象となるデータ属性そのものに対する文化、思想的な柔軟な理解の重要性を再確認することが本講座の眼目となる。
 文学研究の出発点となるべきテキスト読解と鑑賞的対象把握を試みるために、利用される素材の内実に対して、常識に捕らわれることなく独自の洞察を構築することができるような、研究対象に対するより深い興味と関心を導き出す視点を身に付けることが、本講座のもう一方の眼目となる。


英作文
 卒業論文に付加することが義務づけられている「アウトライン」のように、英文を実際に書いて提出する場合には、英語の文法や慣例的用法に関する知識に付け加えて、書式や表記上の約束事を満足させている事も要求される。現在ではタイプライターを用いて英文を作成する事は滅多に無いので、このような書式上の制約はコンピュータのワード・プロセッサ・ソフト上の機能の応用として反映されることになる。本講座ではコンピュータ機能の効率的利用を図りながら英文作成の実習指導が展開される予定である。
 英文入力を行うだけなら煩雑な漢字変換の作業を必要とすることも無いので、コンピュータ初学者のためにも英文を書くことからワード・プロセッサの操作を覚えることは理に適った学習法であると思われる。課題・参考資料等のデータはすべてコンピュータを介して提供され、コンピュータ上の操作を通して参考資料の参照、そして又習得成果の提出も行われることとなる。
 英作文とは何らかの概念構造を備えた情報を英語という言語を用いて記述する手段であろうとの理解から、決まり切った例文を暗記させるような指導は行わない。文法に関する基本的な理解を確立することを主眼に講座運営がなされる予定である。
 最終目標としては、客観的な意味性を保持した文語表現の様々な展開例を工夫することにしたい。場合によっては音声データとして与えられた資料をもとにして、パンクチュエーション・引用符等の付加の有無について考える、表記の手法を主眼とした英文作成を課すこともあるだろう。基本としては課題文と模範例のいくつかを電算化データとして提示するので、受講者は以下に示すような英作文の問題点となるべき概念を抽出して理解すべく英文作成の演習を進める。
 演習は原則として個々の受講生が自己の端末の表示画面を対象に進めるものとし、課題を個々に割り振り、発表された結果を講座担当者が一括して添削するような授業形態はとらない。巡回する講座担当者に対し受講生各々が質疑を行い、個々の習得内容と応用結果の確認をしていくことが望まれる。

 受講生が習得すべき課題項目は以下の通りである。
◆翻訳対象となる和文の潜勢的論理構造を掴み直し、品詞・文形を変換させて様々な表現を工夫する"パラフレーズ"の試みを理解する。
◆類義語の使い分け・翻訳の核となる語句から文全体を導き出す実際的工夫として、英和・和英辞典の合理的な活用、コロケーション辞典の特質を生かした創造的利用法を習得する。

 随時インターネット接続環境を最大限に活用して、ネット上に提供されている辞書機能、翻訳機能、あるいは百科事典等種々の検索可能なデータ及びサービスを駆使し、作文に利用すべき語彙、言い回し等を収集し適合した形に加工する実践的感覚を身に付けたい。

純正の理解と洞察を適切な表現を用いて記述したもの以外は評価の対象として認められない。

本講座は常時コンピュータ室において開講される。


平成16年度の授業

文学講義IIIB
 講座題目: Riddle, Enigma, Mystery:ピーター・パンの謎とキャプテン・フックの謎とPeter and Wendyの謎

 "謎"という言葉をキーワードにして、あまりにも有名なピーター・パンの物語Peter and Wendyの背後に巧みに隠された裏の主題について解明していく。
 劇Peter Pan(1904)の作者James Barrieによって1911年に出版された小説Peter and Wendyは、実はファンタシー文学一般に共通して潜伏していると思われる"影"の主題を巧妙に反転し、ファンタシー文学の生成の原因となる現代的自我の内部に潜む心理的要因と、この文学ジャンルの勃興という現象そのものを、作品の主題を形成すべき積極的な素材として意図的に用いている。
 19世紀から20世紀初頭に至る近代西洋における哲学・思想・文芸思潮の変遷を見事に総括しながら、本作品独特の自己反射的発話機構の許に展開する特有の観念遊戯の世界を形成する機構の基軸として機能している"謎"の要素に注目し、この言葉をキーワードにしてファンタシー文学全般の根幹的特質と異端的なファンタシー作品であるPeter and Wendyの間に示される特異な位相を読み解いていく予定である。
 あり得ないことを語るファンタシーの言説行為とは、実現不可能な事実を語るという点では紛れもなく嘘を語る技ではあるが、文字通りのナンセンスと欺瞞に堕することなくその虚偽が弁解可能な意味を持ち得るのは、いかなる公理系においても決して成り立つことのない命題として、公理の存在そのものの立脚点を根源的な部分から脅かすアポーリアとして機能する点においてである。
 "謎"とはいかなる解析手法をもってしても、またどのようなシステム変換を施したとしても、決して解読することが出来ないという不可解さを原理的に備えた言説であるからこそ正しく謎で在り続けるのだが、「謎」という形で観念空間上に顕在化してもいれば、「謎」という言葉で呼び、思念の中に取り込んで論考の手順に組み込み得るものでもまたある。
 大と小の位相空間的関係性を超越するかのように、互いを呑み込み合う大蛇の文様を用いて象徴されたウロボロスの図像のような神秘性が、ダーリング夫人のロマンティックな心の特徴であるとされている。その彼女の口許に見えるキスは、ウェンディが望んでもどうしても手に入れることのできないものだった。それは目の前にありながら、同時に果てし無く遠いところにあるものなのだ。矛盾撞着の具現化であると同時に、最高級の存在属性としての手放しの称賛を与えられているのがダーリング夫人の口許に見えるキスである。
 "謎"とは因果関係の倒置を通して語られた超越的属性の記述というレトリックでもある。
 ピーターは自己認識のあり方において正に何も知らないというそのことのおかげで、いかなる罪の意識からも、自己の存在理由に対するどのような疑念からも自由であり続けることができる。ピーターにおいては「名無しの森」に紛れ込んだアリスと同様に、個体として存在する上で誰もが抱え込まなければならない筈の、執拗な縛鎖のような自意識からの解放が暗示されている。
 しかしピーターは母なる大地の中に憩う、溢れるばかりの祝福を受けた特権の享受者であると同時に、自分を生み出した造物主たる母と決定的に離反せざるを得ないという、永劫の呪いを背負った追放者でもある。このことの理由がこのファンタシー作品の謎として結晶化した形で示されている。

テキスト:アンチファンタシーというファンタシー(8):"キスと謎々"
 本ホームページにて公開中
参考文献:
Annotated Peter and Wendy 
 本ホームページにて公開中


文学演習IVd
 講座題目: ファンタシー文学における詩的表現:あり得ない比喩と想像不能な情景と非在性の世界

Peter Beagle の長篇ファンタシー作品The Last Unicornにおいては、独創的な造語や動物イメージ等を活用した新機軸の詩的表現と、英語世界の伝統を生かした古典的な言語表現の双方が駆使されており、"非在性の物語世界の構築"と"崇高性の奪還"というファンタシーの中心的主題を効果的に導き出すことに成功している。
 文学作品のテキスト読解を通しての、ストーリーの背後に隠れた観念的主題の把握と、構築されたオブジェとしての作品世界像の即物的な鑑賞という両側面の興趣について、これらそれぞれを存分に楽しみながら、読み手として仮構世界の受容並びに構築作業に関与していく文学的実践のあり方を模索していくこととする。
 本講座においてはファンタシー文学における哲学的主題形成に関する考察を分析的論考として行うばかりでなく、詩的表現を生み出すレトリック(修辞法)についての劇作手法研究的演習作業もまた平行して意識的に展開されていくことになる。
 演習はThe Last Unicornを基盤に作成した、読解・論考の手引きとなるべき注釈テキストを利用しつつ論考を進める。

 上記テキストにおいては本作品のテーマを解析するための指標として
"old; immortal, eternal; early days, time; true, false; magic; choice; reality; story; metafiction; antifantasy; animal image; poetic phrases"

等のキーワードが設定されており、これらのキーワードを軸とした注釈・テキスト間のクロスレファレンスが可能となっているので、本講座の指標として選択された「詩的表現」という主題を、これらのキーワードのうちの"animal image"及び"poetic phrases"をたどることにより考究し、これらのキーワードが本作品の根幹的主題との関わりにおいて他のキーワードとの間にどのような相関関係を構築するものであるかについての検証を進めていくこととなる。
 上記の関係性を示すための新たなキーワードとしては、"論理矛盾の論理と非在性の存在物"を挙げることができる。

テキスト
 
Annotated Last Unicorn(近代文芸社)
参考文献
 
"アンチファンタシーというファンタシー"
 
本ホームページにて公開中


基礎セミナーh
 
本講座は文学研究における論文作成の実践的例証として展開される。卒業論文作成のシミュレーションとして、ファンタシー文学に関する小論を構築すべき主題の検証と論点の抽出の実際例をテキストの講読とともに示す。
小論文の表題は
The Last Unicornにおけるアンチファンタシー的要素:"universal"な存在としてのユニコーンの示す二つの属性 "real"と"old"の示すもの
とする。
 上記の表題のもとに、20世紀後半のアメリカにおいてファンタシー文学の隆盛を導くきっかけとなった、現代アメリカファンタシー作家Peter BeagleのThe Last Unicorn(1968)が内包する疑似宇宙論的仮構世界構築機構が、根底においては一般の社会的価値観に対する破壊的要素を内包しており、これらの要素が作品世界に"本物性"、"old性"及び"アンチファンタシー"という切迫した独自の概念として具現化していることを指摘しつつ、仮構世界描述行為の裡に顕現したファンタシー文学特有の思想的背景についての論考を進めていく予定である。
 演習はThe Last Unicornを基盤に作成した、読解・論考の手引きとなるべき注釈テキストを利用しつつ考察を進める。
上記テキストにおいては本作品のテーマを解析するための指標として


"old; immortal, eternal; early days, time; true, false; magic; choice; reality; story; metafiction; antifantasy; animal image; poetic phrases"


等のキーワードが設定されており、これらのキーワードを軸とした注釈・テキスト間のクロスレファレンスが可能となっているので、本講座の主題である"本物性"と"old性"及びこれらの観念に対する先鋭な意識を反映した"アンチファンタシー"という概念が上に挙げたキーワードとの間にどのような相関関係を構築するものであるかについての考察を進めていくこととなる。関連的主題としてはその他に "metafiction"及び "story"という語がキーワードとして指摘され得るだろう。

テキスト
 
Annotated Last Unicorn(近代文芸社)
参考文献
 "アンチファンタシーというファンタシー"
 本ホームページにて公開中


英作文
 卒業論文に付加することが義務づけられている「アウトライン」のように、英文を実際に書いて提出する場合には、英語の文法や慣例的用法に関する知識に付け加えて、書式や表記上の約束事を満足させている事も要求される。現在ではタイプライターを用いて英文を作成する事は滅多に無いので、このような書式上の制約はコンピュータのワード・プロセッサ・ソフト上の機能の応用として反映されることになる。本講座ではコンピュータ機能の効率的利用を図りながら英文作成の実習指導が展開される予定である。
 英文入力を行うだけなら煩雑な漢字変換の作業を必要とすることも無いので、コンピュータ初学者のためにも英文を書くことからワード・プロセッサの操作を覚えることは理に適った学習法であると思われる。課題・参考資料等のデータはすべてコンピュータを介して提供され、コンピュータ上の操作を通して参考資料の参照、そして又習得成果の提出も行われることとなる。
 英作文とは何らかの概念構造を備えた情報を英語という言語を用いて記述する手段であろうとの理解から、決まり切った例文を暗記させるような指導は行わない。文法に関する基本的な理解を確立することを主眼に講座運営がなされる予定である。
 最終目標としては、客観的な意味性を保持した文語表現の様々な展開例を工夫することにしたい。場合によっては音声データとして与えられた資料をもとにして、パンクチュエーション・引用符等の付加の有無について考える、表記の手法を主眼とした英文作成を課すこともあるだろう。基本としては課題文と模範例のいくつかを電算化データとして提示するので、受講者は以下に示すような英作文の問題点となるべき概念を抽出して理解すべく英文作成の演習を進める。
 演習は原則として個々の受講生が自己の端末の表示画面を対象に進めるものとし、課題を個々に割り振り、発表された結果を講座担当者が一括して添削するような授業形態はとらない。巡回する講座担当者に対し受講生各々が質疑を行い、個々の習得内容と応用結果の確認をしていくことが望まれる。

受講生が習得すべき課題項目は以下の通りである。
 翻訳対象となる和文の潜勢的論理構造を掴み直し、品詞・文形を変換させて様々な表現を工夫するパラフレーズの試みを理解する。
 類義語の使い分け・翻訳の核となる語句から文全体を導き出す実際的工夫として、英和・和英辞典の合理的な活用、コロケーション辞典の特質を生かした創造的利用法を習得する。

 随時インターネット接続環境を最大限に活用して、ネット上に提供されている辞書機能、翻訳機能、あるいは百科事典等種々の検索可能なデータ及びサービスを駆使し、作文に利用すべき語彙、言い回し等を収集し適合した形に加工する実践的感覚を身に付けたい。


講読
 
現代アメリカのファンタシー作家Peter Beagleの長篇The Last Unicorn の第5章を、独立した一編の短編小説として読んでみることにする。本作品は現代ファンタシー文学の保持する根幹的要素を凝縮した極めて完成度の高い傑作であるが、本章においては無能な魔法使いが山賊の一味に連れ去られて引き起こすエピソードが戯画的に綴られている。
 英国の国境地方に伝わる"ロビン・フッド伝説"を下敷きにして、国境地方独特の方言やバラッドという独特の詩形を用いた物語詩のパロディが巧みに導入される一方、これらが特有の諧謔的な処置を施して本作品の"アンチファンタシー"の要素を際立たせることに一役買っている。
 物語詩、英語方言、韻律法、パロディ等の題材と"時代錯誤"、"アンチファンタシー"等の概念をキーワードにして、優れた英語の文章表現とファンタシー文学独特の作品世界構築手法についての検証を行っていくこととする。
 また随時インターネットを利用して、web上の各種検索機能を活用しての関連事項に関する調査・確認を行うものとする。一貫したテーマに関する種々の形態をとった文章を読むことにより、英語の特性に対する幅広い理解を深めるとともに、文学研究という目的を持った情報収集のための英語の読み方を身につけることが本講座のもう一つの狙いである。
 すべてのテキスト及び参考資料はコンピュータ・データとしてコンピュータ室のサーバーを介して与えられる。試験もまた同様にコンピュータ室を利用して実施され、サーバーを経由しての試験問題配布、電子メールを利用しての試験答案送付が行われるものとする。

テキスト
 
Annotated Last Unicorn, (近代文芸社)



これまで行ってきた授業内容過去のシラバスより

文学講議IVF(平成15年)
講座題目:
「アンチ・ファンタシーと非在性の存在論―20世紀的ファンタシーの特質としての"漫画的要素"と"荒唐無稽"」

 ピータービーグル(Peter S. Beagle)のファンタシー作品『最後のユニコーン』(The Last Unicorn, 1968)を対象にして、20世紀におけるアイロニーとファンタシー文学の特徴的な融合の例として、「漫画的要素」と呼べるものを含んだ作品世界提示行為があることを指摘し、そこからファンタシー文学一般が等しく内包している「アンチ・ファンタシー」的要素の本質を考察していくことにする。この視点を設定することによって、本作品のうち最も難解であると思われる部分、すなわち一見したところ極まりなく不可解なもののように思われる悪漢ハガード王と怪獣レッド・ブルとの間の矛盾に満ちた存在属性上の関係の裡に示された、作品宇宙の内包する独特な構造性についての謎解きが達成される筈である。
 そこには20世紀後半において我々現代人に深く意識されることとなった、すべてを含む全体としての宇宙像と意識の主体である個別的存在との間の関係性についての再解釈における微妙な偏差が反映されていることが理解されるだろう。この心理的様態は同時に又ファンタシー文学全般の主題的共通項である「影」と「分身」のテーマの20世紀的変化形として解釈することもできる。すなわち、聖と邪の連星的関係性の解体と整然としたコスモス的宇宙像のほころびを自覚した、はなはだ内省的な記述行為としてのファンタシー世界提示行為の選択である。
 講義はテキストとして用いる論文を読み進めながら展開していくことになるが、受講者はあらかじめ主題となる作品を各自読了しておくと同時に、参考資料として用意しておいたもう一方の参考論文テキストを読んで、"アンチ・ファンタシー"並びに"漫画的要素"という概念のあらましと、ファンタシー文学の思想的特質についての基本的理解を得ているものとする。

テキスト
 アンチ・ファンタシーというファンタシー(12):
「不毛の王国の貪欲なストイスト―『最後のユニコーン』のフック的アンチ・ヒーローと神格化された無知」

参考論文テキスト
  アンチ・ファンタシーというファンタシー(11):
 
アンチ・ファンタシーのポストモダニズム的戦略―ビーグルの『最後のユニコーン』と"漫画性"


文学演習IVa(平成15年)

講座題目:
 「詩と形而上学と宇宙論―ポーの哲学的瞑想詩"ユリイカ"から思弁的記述とファンタシーとの関連を探る」

 Edgar Allan Poeの長詩 "Eureka" をめぐって、20世紀において急速に発展を遂げた宇宙物理学の成果として受け入れられている量子論的宇宙像と、ポーの展開した「形而上学」の類似点、あるいは両者のシステムとしての位相の差異について考えていく。
 ポーの『ユリイカ』は形而上学的瞑想詩としてミルトンの『失楽園』、ブレイクの『4ゾア』等と並んで文学史上に独特の地位を築いている文学作品であるが、今日では現代宇宙物理学の様々な成果と照らし合わせて、ポーの本作品における主張の科学的妥当性を弁護しようとする論議が活発になってきてもいる。
 ポーが言説の背後に仮定されている前提と、論理展開の依存している背後の規則性自体に対する自覚が極めて高い、極端に内省的な書き手であったことを考慮に入れつつ、「科学」、「哲学」、「形而上学」等の述語の時に見過ごされがちな本質的要素に改めて焦点を当てながら、我々が日常的に格別の反省を伴うこともなく思考過程において用いている「世界」・「事象」・「存在」等の概念が、哲学・自然科学・文学それぞれの系においてはいかなる意味の変容を強いられるかについての考察を行い、ひいては詩の機能とファンタシーの特質に対する再検証の試行が行われていく予定である。
 論考の一方の対象となる主題は、バロック的統合の世界観、すなわち主体と客体の区別の解消、存在と現象の癒合等の、全体が個々のそれぞれを反映し、個々の各々がまた全体性をそれぞれのうちに凝縮しているとする有機的関連性を意識したロマン主義的世界描像であるが、この発想の基盤にある仮説の全体像を再確認していく論考の過程として、「影」と呼ばれるものの秘めている心理学的透視図と、「自然」と「精神」を有機的に結び付けるべく全一的宇宙観の許に想起された、神話的・形而上学的原理機構との関連性が改めて指摘されることになる。その一方、影と分身、潜在意識と集合的無意識、精神と物質の関連に対する理解のシステム等の哲学的主題が、作品世界提示の手法とどのように関わっているかについての文芸批評的考察がなされていくことにもなるだろう。
 受講者は「黒猫」、「天の邪鬼」、「告げ口心臓」、「ウィリアム・ウィルソン」等の代表的なポーの短編にあらかじめ目を通しておくことが期待される。さらに、論考の軸となるキーワードとなるであろう言葉を次に挙げておくので、インターネット等で個々に資料収集を行い、これらの用語に対する基本的理解を得ておくことが望まれる。

 ビッグ・バン、流出、事象の地平線、特異点、フラクタル、マンデルブロ集合、エントロピー、繰り込み理論、共軛性、真空分極、対消滅、多元宇宙論、エーテル説、引力―斥力、相互作用、潜在意識、集合的無意識、影、分身、我全主義、曼陀羅、観照、内観、六道、思弁哲学、形而上学、演繹、帰納、歴史哲学、汎神論、唯心論、ソクラテスのダイモニオン、クリナメン

 その他、テキストの読解の過程で様々な物理学上、哲学思想史上の専門用語が参照されることになると思われるので、受講者にはその都度インターネット等を利用してこれらの用語の背景を確認して頂くことにより、本講座の演習の作業を進行していく予定である。

参考テキスト
 アンチ・ファンタシーというファンタシー(6):「汎宗教とパン」
 アンチ・ファンタシーというファンタシー(10):「おしゃべりな語り手と擬装
アンチ・ファンタシーにおけるディコンストラクション」


基礎セミナーd(平成15年)
 講座題目:
「20世紀アメリカのファンタシー文学における"魔法" ―The Last Unicorn
A Wizard of Earthseaの場合」

 ファンタシー文学においてしばしば題材として用いられる"妖精"と"魔法"は、実はこの文学ジャンルの思想的特質を考慮してみれば、全く同等の意義性を担った主題であると考えることができるものである。
 すなわち、ファンタシーの世界においては、世界の機軸があたかも陰と陽の原理にも似た対称性から成り立ち、玄妙な相補性という関連のもとに、妖精と人間がそれぞれ互いの影あるいは実体として機能しているのである。実体たる人間にとっては自分自身の中に潜む未知なる領域が影であり、さらに自分自身を除いた世界の全ての領域が影でもありうる。つまり全ての部分が全体を補完するために欠かせない要素であり、無数に存在する全ての部分の補完物として一つの全体がある。
 絶えざる断片化の果てに崩壊しつつある近代西洋的自我の存在原理を保障すべき、統合的な説得力を備えた超宗教的方位磁針が、このように全体性を支える影の原理の再評価として切実に模索されていたのであった。自分自身の一部をなしていながら、本体と分離した途端、人間界も自然界も含めて世界の全ての秘密を知り、森羅万象をわが物のように操る魔術的能力を発揮する不可解な"影"は、アンデルセンの短編「影」("Shadow")やワイルドの童話「漁師とその魂」("The Fisherman and his Soul")において描かれている影の場合にとどまらず、19世紀において様々な国において書かれた分身を題材にする物語群と等質の主題を共有していたものであり、同時にそれは"魔法"という知のシステムとしての概念の暗示する世界解式的原理機構とも密接に重なり合うものであったのである。意義有るものとして存在するかけがえの無い宇宙と、その中で確固たる守備領域を任じられている筈の唯一の自我を包括すべき普遍的原理を示す具象的存在物として、人の影たる妖精があり、その原理を考究するべき真の知識とされるものが"魔法"なのであった。
 20世紀後半のアメリカにおいてファンタシー文学の隆盛を導くきっかけとなった現代アメリカファンタシー作家Peter BeagleのThe Last Unicorn(1968)とUrsula le Guin のA Wizard of Earthsea(1969)を対象にして、"魔法"という概念がいかなる思想的背景を担っているものであり、また新たなる現代的変容を遂げたかについて考察する予定である。
 
参考資料
 アンチ・ファンタシーというファンタシー(6):「汎宗教とパン」


講読Ic(平成15年)
 
映画『ハリー・ポッター』を観て登場人物達の会話を聞き取り、会話と映像を用いて作品世界の提示を行う映画の劇作手法と、原作の小説として描かれた作品世界との相違について比較検証を行う。会話とト書きを用いて場面の進行を記述する脚本としての表記の様式のあり方について考えると共に、研究対象としての映画作品と関連する各種情報、参考資料等をコンピュータの機能を活用して入手し、編集することにより自分自身の研究資料を作成していき、これらをレポート作成用データとして後に有効な活用が行われるよう蓄積していく手法を教授する。
 授業は受講生各自がコンピュータ画面上でビデオ・クリップを再生して映画の内容を確認すると共に、画面上に平行してワード・プロセッサ・ソフトを起動して、セリフの書き取りと脚本としての打ち込みという編集作業も合わせて行うものとする。また随時インターネットを経由しての辞書の利用、各種検索機能を活用しての関連事項の調査・確認を行うものとする。一貫したテーマに関する種々の形態をとった文章を読むことにより、英語の特性に対する幅広い理解を深めるとともに、文学研究という目的を持った情報収集のための英語の読み方を身につけることが本講座の狙いである。
 模範解答等すべてのテキスト及び参考資料はコンピュータ・データとしてコンピュータ室のサーバーを介して与えられる。試験もまた同様にコンピュータ室を利用して実施され、サーバを経由しての試験問題配布、電子メールを利用しての試験答案送付が行われるものとする。


講読IIb(平成15年)
 ハリー・ポッターシリーズの第4巻Goblet of Fireを読む。
テキストは音声データとして与えることとする。受講生は各自、自分の操作するコンピュータ端末で音声データを再生し、作品の文章の内容を確認する。しかる後ワード・プロセッサ・ソフトを起動して、聞き取ったテキスト内容を自分自身のファイルとして入力し、テキスト・データ作成を行う。単語のスペリング等不明の部分がある場合には、辞書ソフトあるいはインターネットを利用した各種検索機能を利用して、聞き取りあるいは内容の特定の出来ない音声データ部分を内容あるテキストとして確定していく作業を進める。
 このようにして講座テキストを自らの手で作成して頂いた後に初めて、作品内容の読解としての解説に移行することとする。ここでも単語の意味、文章の内容、作品中に描かれた各種関連事項等についてインターネット等コンピュータの活用によって得られる様々な機能を利用することによって資料収集を行い、作品世界を支えているバック・グラウンドについて確認して頂くこととする。
 模範解答等すべてのテキスト及び参考資料もまた、コンピュータ・データとしてコンピュータ室のサーバを介して与えられる。試験もまた同様にコンピュータ室を利用して実施され、サーバを経由しての試験問題配布、電子メールを利用しての試験答案送付が行われるものとする。


文学講議IVB(平成14年)
講座題目:
「神、精霊、人間―時・空・精神連続体としての宇宙論とロマン主義」

 文学作品と伝承知識の裡で妖精(精霊)の担っていた存在論的意義をJames Matthew Barrieの小説Peter and Wendy(1911)の主題との関連から考察する。
 妖精とは、キリスト教が侵入してくる以前に様々の国々で人々の信仰の対象となっていた古代の神々の変化した姿に他ならない。他の神の存在を認めない排他的な宗教であるキリスト教は、布教を拡大した地域でこれまで崇拝の対象となっていた土着の神々を魑魅魍魎の類いへと堕落させてしまった。しかし贖罪と契約という教義で人々の心を拘束した、教会によって制度化されたキリスト教は、人類の犯した始源的な罪という発想を前提とし、世界の破滅を予兆する極めてペシミスティックな教えであった。この頑迷な新体制は周囲を取り巻く自然と、その自然と一体である土着の妖精達と日々共に暮らしている民衆には言い難い軋轢を強いることとなる。彼らは唯一の公認された神に対する帰依と、幾多もの非公式の神的存在である妖精達との共存という二重構造の信仰生活を送ることとなってしまったのである。しかしルネサンス以降の近代の合理的・科学精神の発達と共に、この宗教の強いるファンダメンタルな部分の矛盾性が次第に暴かれていくこととなった。
 科学の発展と思想の近代化の流れの中で、形骸化したキリスト教的呪縛から精神を解き放って、より合理的で自由な自然観を記述するために近代の人々が選んだのが、世界の構成要素である地・水・火・風の四つのエレメントの具現化であるとされていた精霊であり、その文学的な表現形が妖精達であった。
 ドイツ・ロマン派以降、「妖精」という文学作品中の存在は西洋の世界観を根底から揺さぶるファクターとして機能し続けてきた。妖精とは物質としての外界の構成原理を記述するメタファーであるとともに、精神としての内界を記述する心理学的記号でもあったのである。
 論考のキーワードとなると思われる言葉はホウリズム、バロック、万物照応、無意識、投影、ミクロコスモス等である。

テキスト
 「アンチファンタシーというファンタシー
() 汎宗教とパン」


文学演習IVd(平成14年)

講座題目:
 "The Imp of the Perverse"と「天の邪鬼」という存在、あるいは現象

 Edgar Allan Poeの "The Imp of the Perverse" をテキストにして、影と分身、潜在意識と集合的無意識、精神と物質の関連に対する理解のシステム等の哲学的主題が作品世界提示の手法とどのように関わっているかについて考察する。
 ポーは独特の雰囲気を持った怪奇小説作家として日本でもよく知られた人物だが、本国アメリカでは大衆向けの低級な俗悪作家との認識が強いようで、必ずしも高い評価を受けているとは言えない。フランスではボードレール等によって紹介され、象徴派やシュール・レアリズムの芸術家達の問で高い注目を集めてきたが、それがポーに対する正当な評価としてどこまで妥当なものであるかは、まだ疑問の余地もあるとされている。本講座ではドイツ・ロマン派の影響の許にありながら、より現代的でアイロニカルな、戯画化された怪奇・恐怖の表現(flawed gothicと呼ばれている)の世界を展開した独自の個性を持った作家としてのポーが提示した精神と外界の関連についての洞察を、ドッベルゲンガーのテーマの変奏あるいは発展として理解することができる「天の邪鬼」を通して読み解いていく。
 近代的な自然科学の知識を身に付けた教養人の想念の裡で一個人としての自我が統一状態を保たれることが困難なものとなり、人格の崩壊・分裂という危機的状況に直面することとなった過程を、生の意義の根幹を脅かす悪霊のような「分身」の出現、あるいは常に自分自身の暗黒面を見せつけるように付きまとう「影」との柏剋という主題との関連の許に検証していく一方、我々が日常的に格別の反省を伴うこともなく思考過程において用いている「世界」・「事象」・「存在」等の概念が、哲学・自然科学・文学それぞれの系においてはいかなる意味の変容を強いられるかについての指摘を行いつつ本講座は進行する予定である。
 論考の結果として「影」と呼ばれるものの秘めている心理学的透視図と、「自然」と「精神」を有機的に結び付けるべく全一的宇宙観の許に想起された、神話的・形而上学的原理機構との関連性が指摘されていくことになるだろう。
 キーワードとなる言葉を次に挙げておくので、インターネット等で個々に資料収集をしておくことが望まれる。


真空分極、フラクタル、マンデルブロ集合、繰り込み理論、共軛性、投影、集合的無意識、我全主義、内観、曼陀羅、思弁哲学、形而上学、フレノロジー、Lavater、ドイツ・ロマン派、flawed Gothic


 また以下の諸作品に言及しつつ講座を展開するので、受講生各自が独力で参考文献のテキストのそれぞれを検討し、内容を把握しておくことが望まれる。

シャミッソー(Adelbert von Chamisso)、
「影を売った男」("Peter Schlemihls Wundersame Geschite",1814)
ポー(Edgar Allan Poe)、
  「ウィリアム・ウィルソン」("William Wilson",1839)
ドストエフスキー
  「分身」
アンデルセン(Hans Christian Andersen)、
  「影」("The Shadow",1847)
スティーブンスン(Robert Louis Stevenson)、
  「ジキル博士とハイド氏」
  ("The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde",1886)
ワイルド(Oscar Wilde)、
  『ドリアン・グレイの肖像』(The Picture of Dorian Gray,1891)
ル・グィン(Ursula K.Le Guin)、
   『影との戦い』A Wizard of Earthsea,1969)

参考テキスト
 「アンチ・ファンタシーというファンタシー(9)
 グッド・フォームと内省―キャプテン・フックの憂鬱」


基礎セミナーh(平成14年)
 本講座は文学研究における論文作成の実践的例証として展開される。卒業論文作成のシミュレーションとして、ファンタシー文学に関する小論を構築すべき主題の検証と論点の抽出の実際例をテキストの講読とともに示す。
小論文の表題は
 「本物と偽物The Last Unicornにおける超自然的存在の属性に現れたファンタシー文学の思想的特質」
とする。
 上記の表題のもとに、20世紀後半のアメリカにおいてファンタシー文学の隆盛を導くきっかけとなった現代アメリカファンタシー作家Peter BeagleのThe Last Unicorn(1968)が内包する精神的救済の機構が、社会的価値観に対する破壊的要素を必要条件としており、これらの要素が作品世界に「本物性、偽物性」という概念として具現化していることを指摘しつつ、仮構世界描述行為の裡に顕現した思想的背景についての論考を行う。
 演習はThe Last Unicornを基盤に作成した、読解・論考の手引きとなるべき注釈テキストを利用しつつ論考を進める。
上記テキストにおいては本作品のテーマを解析するための指標として


"old; immortal, eternal; early days, time; true, false; magic; choice; reality; story; metafiction; anti-fantasy"


等のキーワードが設定されており、これらのキーワードを軸とした注釈・テキスト間のクロスレファレンスが可能となっているので、本講座の主題である「本物と偽物」の対比という意識がこれらのキーワードとどのように関わるものであるかについて考察して頂くこととなる。

 テキストは電算化データとしてコンピュータ室サーバから提供される。


講読Ic(平成14年)

 妖精を主題にして語ってあるいくつかの文章を読む。素材は辞書、百科事典、解説書、見聞記等様々なものを利用する。一貫したテーマに関する種々の形態をとった説明文を読むことにより、英語の特性に対する幅広い理解を深めるとともに、文学研究という目的を持った情報収集のための英語の読み方を身につける。
 「妖精」とは、ファンタシー文学の指標的特質として捉えるならば、世界の中に実存的生を送る主体とその世界の原理を保証すべく意義づけられている神的存在の中間に位置する異教の神であるとも、あるいは世界構築の原理に無関心な異世界的原理に基づく、コスモスとカオスの中間的存在としての属性を秘めた自由で気ままな生物であるとも理解し得るものである。これらの論点を抽出するための源素材のいくつかをテキストとして選び、複数の参考文献から有機的主題を読み取る手法の実践例を提供する予定である。
 
テキスト
 
テキストは全てコンピュータ・データとして与える。教科書・プリントの類は用いない。

 


文学講義IVB(平成13年)

講座題目
「近代的自我の直面した疎外状況と自我の分裂及び分身の生成―ファンタシー文学の形而上学的思想背景を考察する」

論考される主題のあらまし
 有機的連関の許に存在する全一的世界観の崩壊の結果もたらされた宇宙秩序再構築の企図という図式を通してファンタシ一文学のメカニズムを探る。
 近代西洋文学において自然科学の発達に伴って生じたキリスト教信仰に対する疑念の拡大の結果として、世界と個人の関係を整合的に取り持つべき形而上学的原理に対する悲観的展望が生起し、個人の存在意義に対する疑念が社会に対しては倫理規範の崩壊という破綻を招き、自我の内面に於いては理性に対する確信の喪失と野獣的本能に対する畏怖という絶望的状況を招いた。
 その結果近代的な自然科学の知識を身に付けた教養人の想念の裡で一個人としての自我が統一状態を保たれることが困難なものとなり、人格の崩壊・分裂という危機的状況に直面することとなった過程を、生の意義の根幹を脅かす悪霊のような「分身」の出現、あるいは常に自分自身の暗黒面を見せつけるように付きまとう「影」との柏剋という主題の許に考察していく予定である。
 その他、論考のキーワードとなると思われる言葉はバロック、万物照応、無意識、投影、ミクロコスモス等である。

 以下の諸作品に言及しつつ講座を展開するので、受講生各自が独力で参考文献のテキストのそれぞれを検討し、内容を把握しておくことが望まれる。

ブレイク(William Blake)、
  「四ゾア」("The Four Zoas",1795−1804)
シャミッソー(Adelbert von Chamisso)、
「影を売った男」("Peter Schlemihls Wundersame Geschite",1814)
ポー(Edgar Allan Poe)、
  「ウィリアム・ウィルソン」("William Wilson",1839)
ドストエフスキー
  「分身」
アンデルセン(Hans Christian Andersen)、
  「影」("The Shadow",1847)
マクドナルド(George MacDonald)
『ファンタステス』(Phantastes, 1858)
スティーブンスン(Robert Louis Stevenson)、
  「ジキル博士とハイド氏」
  ("The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde",1886)
ワイルド(Oscar Wilde)、
  『ドリアン・グレイの肖像』(The Picture of Dorian Gray,1891)
バリ(James Barrie)、
  『ピーターとウェンディ』(Peter and Wendy,1911)
ル・グィン(Ursula K.Le Guin)、
   『影との戦い』A Wizard of Earthsea,1969)

参考テキスト
 「アンチ・ファンタシーというファンタシー」
参考テキストの内容
 James Barrieの長篇Peter and Wendyを対象にして、ファンタシー文学の占める思想的・哲学的位置について考察したもの。本テキストにおいてはまず典型的なファンタシー文学とされるものの特質を「有機的連関を備えた全一的宇宙の意識内における再構築の企図」と定義づけ、近代西洋における自我と自然との間の軋轢とその超克の試みの軌跡の検証を通してファンタシー文学の本質を論じた。
 Peter and Wendyにおいてはファンタシー文学の本質が極めて脱構築的に捉えられ、ファンタシー文学の中心的な主題を形成している「自我の分裂と再統合」という題材が、潜伏した裏のストーリーとして戯画的に描かれているところに着目し、本作品をファンタシー文学そのものに対する批評行為、あるいはパロディとして読み解く視点を提出するとともに、ニヒリズムとファンタシーという本質的に相容れない要素をファンタシーの枠組みの側から統括させたダイナミックな試みとして評価し、ファンタシー文学の規範を否定し、逸脱するという形式を備えたアイロニカルなファンタシー文学の発展形としてアンチ・ファンタシーというサブカテゴリーを定義づけ、その意義をモダニズム対ポストモダニズムという対立概念を軸に考察を行った。

 テキスト及び参考文献は全てコンピュータ・データとして与える。教科書・プリントの類は用いない。


文学演習IVd(平成13年)

講座題目
 「アンチ・ファンタシーにおける漫画的要素―ファンタシー文学を読み解くための新たな指標」

論考される主題のあらまし
 ファンタシー文学の特質を吟味してみれば、古代世界においてはかつて普遍的に受容されていた全一的宇宙観が近代の科学主義の洗礼を受けて崩壊した後に、喪われた個と世界との一体感を再確認し、宇宿と自我の存在意義を神秘抑な世界解式を用いて再構築しようと企図したロマン主義的な思想が底流にあることが分かる。
 例えばファンタシー文学において特徴的な主題である魔法は、自然の事物を支配する因果関係と意識の主体である人間の意思との問の未知なる連関の存在を暗示するものであり、予言はこの世界の存在を意味あるものとして認知する力として過去と未来を繋いで神秘的に作用する原理を示唆するものであり、神や妖精や魔物などの超自然的存在はその存在自体が自ずから崇高さと権威を体現することによって世界構成軸としての潜勢力となりうることを示すものである。
 これらのファンタシー文学に不可欠な諸要素は、この世界はただ偶然の結果生成し、根本的意義などを秘めることも無く無意味に存在しているだけであるとする現代の科学主義が標榜するニヒリズムに対するアンチ・テーゼとして真理の実在を訴え、実存の不安に対する慰撫効果として現代人の心理の裡で機能している筈である。
 しかしながら興味深いのは、この様な主題が思想や宗教としてではなくフィクションとして表現されるに至った場合には、揶揄的で妙に醒めた虚無的な自意識が作品世界の前面に表れる場合もあるという点である。一見したところ理想耶な架空世界に没入する心理を戯画化して描くことによってこれを批判しているらしく思われるという点で、ファンタシー文学のパロディーとして描かれたようにも見傲され得るこのような物語世界のプレゼンテーションの手法も、実はロマン主義という思想の持つ反転的な裏の容貌の所産であるということが指摘することが出来る。このようなタイプのファンタシー文学をアンチ・ファンタシーと呼ぶことにし、これもまた一つのファンクシーの発現形態であることをピークー・ビーグル(Peter S. Beagle)の「最後のユニコーン」(The Last Unicorn) (1968)をサンプルとして指摘していく予定である。
 The Last Unicornは1970年代のアメリカにおけるファンタシー文学再興の口火を切る存在となった作品として、Ursula le GuinのA Wizard of Earthsea(1969)と並んでことに重要であると思われるが、一つ気になることがある。文化的辺境国アメリカでようやくファンタシーが受容されるようになってから、SF・ファンタシー作家le Guinの評価は高く、多くの研究書において言及されているが、Beagleの存在は学術研究の場においては何故か無視されることが多いのである。ファンタシー文学に対して寛容な立場を取っているばかりでなく、アメリカ文化における「伝統」を形成する積極的な要素として、最も包括的にファンタシーという題材を取り上げたBrian Attebery (The Fantasy Tradition in America, 1980)さえもが、The Last Unicornに対して極端に否定的な態度を取っていることはむしろ興味深い事実であるといえる程である。
 本講座においてはA Wizard of Earthseaを評価するファンタシー愛好家の人々が見落としたファンタシー文学のもう一つの側面について、現代の思想的状況の再点検を行いつつ、フィクション世界創成の心的メカニズムを探っていくことになる。
 この作品の読みの過程においては典型的なファンタシーの要素とアンチ・ファンタシーの要素のそれぞれを抽出し、これらの問のアイロニカルで微妙な関係を押さえていく作業が行われると共に、ファンタシー文学の本質を正しく理解するための新しい視点を構築すると思われる「漫画性」という概念が"フィクション"という概念とどのように関わっているかが問題とされることになるだろう。

テキスト
 アンチ・ファンタシーというファンタシー(
11
 「アンチ・ファンタシーのポストモダニズム的戦略―ビーグルの『最後のユニコーン』と"漫画性"」
 

 テキストは全てコンピュータ・データとして与える。教科書・プリントの類は用いない。


基礎セミナーh(平成13年)
講座題目:
「ファンタシー文学の思想的特質の具体的反映としてのfairyとFairyland―作品世界における質と形の変容と中間的属性の発現」

 George MacDonaldの著した Phantastes(1958)をテキストとして上記のテーマに沿って読解していく。
 古くからの民間伝承における妖精(fairy)とは、様々な妖怪や魑魅魍魎の類いであった。また「妖精」とは、かつてはキリスト教信仰によって統合される以前に人々によって信仰の対象とされていた土着の神々が姿を変えて生き残ったものであると考えられていた。そしてその「妖精」は、世界の構成要素である地・水・火・風の四つのエレメントの具現化である精霊として、外的宇宙の実体をなすものとして捉えられる存在ともなった。
 近代において「妖精」とは、世界の本質である自然そのものを指すあらたな言葉となったが、この場合の自然とは身の回りを取り巻く外界のことではなく、むしろ自身の精神の内奥に潜む、無意識と先験的叡知を意識したものであり、この内的宇宙への回帰の必要性という自覚が文学的表象の手段の過程において「妖精」という存在を生み出したのであった。
 「妖精」の存在を、ファンタシー文学の指標的特質として捉えるならば、世界の中に実存的生を送る主体とその世界の原理を保証すべく意義づけられている神的存在の中間に位置する異教の神であるとも、あるいは世界構築の原理に無関心な異世界的原理に基づく、コスモスとカオスの中間的存在としての属性を秘めた生物であるとも理解し得るものである。
Phantastesにおいては Fairylandという異世界が描かれ、fairyという異世界の住民達が登場するが、Fairylandと現実世界の境界は必ずしも歴然としたものではなく、またfairyにも人間の血が混じっているものがあるとされ、人間にもfairyの要素が色濃い者があるとされる。さらにまた作品の進行途上で描かれる事物は夢の中の体験における場合と近似して不可解な変形あるいは変身を行う。これらの特徴が単なる思いつきの結果描き出されたされたものではなく、実はファンタシー文学の根幹にある、ある特有の思想的特質を忠実に具現化したものであることを確証していくのが本講座の目論見である。

テキスト
 George MacDonald, Phantastes

 
(インターネットを用いたデータの取得方法を教授する。)

 テキスト、参考文献等は全てコンピュータ・データとして与える。教科書・プリントの類を配布することは行わない。


講読(平成13年)

 James Thurber のおとぎ話 The White Deer を読む。本編は現代アメリカの漫画家でもあり作家でもあるサーバーが書いたアイロニカルにソフィスティケートされたおとぎ話であるが、ヨーロッパ各国で語り継がれてきた民間伝承のおとぎ話と、その影響の許にロマン主義の詩人・作家達が作り出し、ファンタシー文学の母体となったおとぎ話との類似点と相違点の双方に注目しながら、アイロニーと諧謔の表現を味わっていくことにする。欧米文学における基本的レトリックと鑑賞の要点を理解するとともに、写実的文学・非写実的文学という対照を意識した上での総合的な文学観の再確認が企図されることになろう。

テキスト
 James Thurber, The White Deer

プリント、テキスト等の配布は行わない。インターネットを利用した書籍の購入の方法を指導するので、テキストは受講生各自に独力で用意してもらうこととする。


文学講義IVB(平成12年)
講座題目:
おしゃべりな語り手と仮構性操作―『ピーターとウェンディ』におけるメタフィクションとディコンストラクションの構図

 『ピーターとウェンディ』では語り手が頻繁に読者の前に姿を現して語りかける。作中における作者の読者に対する語りかけという手法自体は格段目新しいものではない。お伽話の多くに見られる語り口のように、作者は言わば登場人物の一人として物語の進行に加わっているのである。民間伝承のお伽話が物語られる際は、聞き手の多くがあらかじめその物語の内容を知っていることが多かった。語り手はすでに神話・伝説として聞き手に受容されている既成の事実について語りの作業を進めているという自覚を持っていた筈である。語られつつある事実は語り手、聞き手双方の暗黙の了承事項であった。このような情報の共有意識の機構は『ピーターとウェンディ』が物語られる際にも随所に指摘出来る。読者の多くは7年前に上演されて好評を博した『ピーター・パン』のストーリーを熟知していた。作者バリも当時のこの小説の読者も、劇『ピーター・パン』の度重なる上演を経験してきたせいなのか、『ピーターとウェンディ』で物語られる出来事は、作者と読者の互いの間で、すでに了承済の事柄として扱われることが多い。民衆に受け継がれたメルヘンと一種相似た、再話(retelling)という状況設定の中で読みの行為が行われていくという構図がおのずから出来上がっているのである。しかし良くある再話の機構を越えた、作者が登場人物の一人の実況報告者としての権限を越えて、さらに積極的に物語の進行に関与する仕掛けが『ピーターとウェンディ』の中に窺われるのももう一つの事実なのである。語られつつある虚構として物語世界の非在性を自覚し、読者の想像力と論理遊戯への参加を条件にして可能態としての疑似リアリティを構築していく機構は、『ピーターとウェンディ』の随所に見られるものである。『ピーターとウェンディ』の世界はこのような仮構性そのものを操作する遊戯性が強調されている点で、既にメタフィクション的な要素が目立って強いものとなっている。本講座ではテクストの進行に忠実に従って、このメタフィクションの操作の実例を、ディコンストラクションという概念との関わりから検証していくことにする。


文学演習IVd(平成12年)
講座題目:
ファンタシー文学と世界解式としての魔法―Ursula le GuinのA Wizard of EarthseaとPeter BeagleのThe Last Unicornにおける魔法の機能を比較検証する

 ファンタシー文学の特質を吟味してみれば、古代世界においてはかつて普遍的に受容されていた全一的宇宙観が近代の科学主義の洗礼を受けて崩壊した後に、喪われた個と世界との一体感を再確認し、宇宙と自我の存在意義を神秘的な世界解式を用いて再構築しようと企図したロマン主義的な思想が底流にあることが分かる。
 例えばファンタシー文学において特徴的な主題である魔術は、自然の事物を支配する因果関係と意識の主体である人間の意思との問の未知なる連関の存在を暗示するものであり、予言はこの世界の存在を意味あるものとして認知する力として過去と未来を繋いで神秘的に作用する潜在的な原理を示唆するものであり、神や妖精や魔物などの超自然的存在は、その存在自体が自ずから崇高さと権威を体現することによって世界構成軸としての潜勢力となりうることを示すものである。これらのファンタシー文学に不可欠な諸要素は、この世界はただ偶然の結果生成し、根本的存在意義などを秘めることも無く無意味に存在しているだけであるとする、現代の科学主義が標榜するニヒリズムに対するアンチ・テーゼとして、真理の実在を訴え実在の不安に対する慰撫効果として現代人の心理の裡で機能している。
 これらの諸要素を倫理規範と世界存立原理の両面から統括すべき究極の知識体系として、また表現を変えるならば、詩と科学と宗教の複合体となることを企図した総合理論体系として、魔法がファンタシー文学世界において捉えられるに至ったことを証する顕著な例として、1960年代アメリカにおいて高い完成度に達した二つのファンタシー作品である、Ursula le GuinのA Wizard of EarthseaとPeter BeagleのThe Last Unicornにおける魔法の機能を比較検証する。


基礎セミナーh(平成12年)
講座題目:
"fairy"像の変貌―土俗的信仰の対象であった「堕ちた神」から汎神論的宇宙観に基づいた心理的機能、あるいは内的宇宙を表わす記号としての"fairy"へ

 古くからの民間伝承における妖精(fairy)とは、様々な妖怪や魑魅魍魎の類いであった。
 「妖精」とは、かつてはキリスト教信仰によって統合される以前に人々によって信仰の対象とされていた土着の神々が姿を変えて生き残ったものであると考えられていた。
「妖精」とは、世界の構成要素である地・水・火・風の四つのエレメントの具現化である精霊として、外的宇宙の実体をなすものとして捉えられる存在であった。
 近代において「妖精」とは、世界の本質である自然そのものを指すあらたな言葉となったが、この場合の自然とは身の回りを取り巻く外界のことではなく、むしろ自身の精神の内奥に潜む、無意識と先験的叡知を意識したものであり、この内的宇宙への回帰の必要性という自覚が文学的表象の手段の過程として「妖精」という存在を生み出したのであった。
 「妖精」とは、ファンタシー文学の指標的特質として捉えるならば、世界の中に実存的生を送る主体とその世界の原理を保証すべく意義づけられている神的存在の中間に位置する異教の神であるとも、あるいは世界構築の原理に無関心な異世界的原理に基づく、コスモスとカオスの中間的存在としての属性を秘めた生物であるとも理解し得るものである。


講読IIc(平成12年)

講座題目:
アメリカ文学におけるファンタシー文学の自立と完成

 Brian Atteberyのファンタシー文学研究書 The Fantasy Tradition of AmericaからUrsula le Guinに関する記述を読む。

 20世紀も終盤になってようやく、ファンタシーという文学ジャンルが文学研究の場において正当な市民権を獲得したように思われる。例えばブライアン・アテベリー(Brian Attebery)は『アメリカ文学におけるファンタシーの伝統』(The Fantasy Tradition in American Literature: From Irving to Le Guin,1980)において、確立され、完成された文学表現の手法の一つとしてファンタシー文学の存在を積極的に評価したからこそ、「アメリカにおけるファンタシーの伝統」などというものの航跡をたどろうとしている訳である。この研究書の副題の示す通り、本書の対象とする「伝統」の範囲はアーヴィング(Washington Irving)にまでさかのぼり、ホーソーン(Nathaniel Hawthorne)やメルヴィル(Herman Melville)を経た後、1900年に発刊されたボーム(L. Frank Baum) の『オズの魔法使い』(The Wizard of Oz) を転回点として捉え、オズ以降のレイ・ブラドベリー(Ray Bradbury)等の存在を「ボームの伝統」(Baum tradition)という流れの中に見ていくことになる。そして、現代におけるファンタシーの完成された姿の一つの典型としてル・グィン(Ursula K. Le Guin) の存在を認めることにより、1980年に至るまでのアメリカにおけるファンタシー文学の発展の軌跡を検証するという趣向が完遂されているのである。
 1980年以降、ポストモダニズムと呼ばれる風潮の許にファンタシー文学は変容を遂げ、かつてファンタシーの根づかない国とされていたアメリカにおいて隆盛を極めるに至ったが、「変容以前」の「準古典的」ファンタシー文学作品の作者としてのUrsula le Guinの評価のあり方を読みとることにする。


文学講議IVF(平成11年)

講座題目:
「アンチ・ファンタシーというファンタシー―ファンタシー文学のアイロニカルな可能性」

 James Barrieの長篇Peter and Wendyを対象にして、ファンタシー文学の占める思想的・哲学的位置について考察する。本講座においてはまず典型的なファンタシー文学とされるものの特質を「有機的連関を備えた全一的宇宙の意識内における再構築の企図」と定義づけ、近代西洋における自我と自然との間の軋轢とその超克の試みの軌跡を検証する。
 Peter and Wendyにおいてはファンタシー文学の本質が極めて脱構築的に捉えられ、ファンタシー文学の中心的な主題を形成している「自我の分裂と再統合」という題材が、潜伏した裏のストーリーとして戯画的に描かれているところに着目し、本作品をファンタシー文学そのものに対する批評行為、あるいはパロディとして読み解く視点を提出するとともに、ニヒリズムとファンタシーという本質的に相容れない要素をファンタシーの枠組みの側から統括させたダイナミックな試みとして評価し、ファンタシー文学の規範を否定し、逸脱するという形式を備えたアイロニカルなファンタシー文学の発展形としてアンチ・ファンタシーというサブカテゴリーを定義づけ、その意義をモダニズム対ポストモダニズムという対立概念を軸に考察していく。



文学演習IVa(平成11年)

講座題目:
「ファンタシー文学の思想的特質とその具体的反映としての作品世界における質と形の変容と中間的属性の発現」

 George MacDonaldの著した Phantastesをテキストとして上記のテーマに沿って読解していく。
 本作品においてはfairylandという異世界が描かれ、fairyという異世界の住民達が登場するが、fairylandと現実世界の境界は必ずしも歴然としたものではなく、またfairyにも人間の血が混じっているものがあるとされ、人間にもfairyの要素が色濃い者があるとされる。さらにまた作品の進行途上で描かれる事物は夢の中の体験における場合と近似して不可解な変形あるいは変身を行う。これらの主題が単なる思いつきで構想されたものではなく、実はファンタシー文学の根幹にある、ある特有の思想的特質を具現化したものであることを確証していくのが本講座の目論見である。


基礎セミナーd(平成11年)

 本講座は文学研究における論文作成の実践的例証として展開される。卒業論文作成のシミュレーションとして、ファンタシー文学に関する小論を構築すべき主題の検証と論点の抽出の実際例をテキストの講読とともに示す。
 小論文の表題は「極楽トンボの蝶と予言を語る猫―The Last Unicornにおける動物イメージの展開の中に織り込まれたファンタシー文学の思想的特質とアンチファンタシー的戦略」とする。
 上記の表題のもとに、20世紀後半のアメリカにおいてファンタシー文学の隆盛を導くきっかけとなったPeter BeagleのThe Last Unicornが内包する精神的救済の機構と、社会的価値観に対する破壊的要素に指摘を加えつつ、これらの要素の作品世界における視覚的イメージの顕現の例証として、不可解な超常的能力を備えた動物の存在について考察の手を加えていく予定である。
 これらは世界の中に実存的生を送る主体とその世界の原理を保証すべく意義づけられている神的存在の中間に位置する異教の神、あるいは世界構築の原理に無関心な異世界的原理に基づく存在者の発現として理解し得る、いわばファンタシー文学の指標的特質とも呼ぶべきコスモスとカオスの中間的存在としての属性を秘めているのである。


講読IIb(平成11年)

 Oscar Wildeの短編小説 "The Fisherman and his Soul"を読む。講座の中心的指標としては、ファンタシー文学の根幹に普遍的に存在すると思われる「自我の分裂と分身の生成」という主題の一変化形としてこの作品の占める地位を見定めることがあげられるが、近代文学の主題性に対する基本的理解を導くための予備知識として、とりわけ伝統的価値観の崩壊と個人の存在原理の喪失という危機的状況に直面した19世紀イギリスの時代相を、作者Wildeの趣向に従って、個人の内面におけるヘレニズムとヘブライズムの拮抗状態と、そこに及ぼされたモダニズムの影響との連関という図式から読みほどいていくことになろう。
 この作品においては「影」と呼ばれるものの秘めている心理学的透視図と、「人生」と「芸術」と「精神」を有機的に結び付けるべく全一的宇宙観の許に想起された形而上学的原理機構との関連性が指摘されていくことになる。その過程で審美主義という概念が宗教代替物としてのその機能を時には弁護され、また時には批判の手を加えられていくことになろう。


講読IIc(平成11年)

 Brian Atteberyの著した、アメリカにおけるファンタシー文学の影響と伝統に関する研究書The Fantasy Tradition in American Literature (1980)から、その最終章 "After Tolkien"を選んで、読んでいくことにする。
 講読の講座の眼目としては、小説や詩とは異なる、論文として書かれた英文における独特の語法と語彙、論理の展開のあり方等を検証していくことになるが、同時に英文学科の専門科目として念頭に置いておくべき主題はJ.R.R. Tolkienの三部作The Lord of the Rings (1954-5)の文学史上に占める位置とその特質を見定め、文学の上に反映された現代の思想的・文化的特徴を中世、あるいは古代世界のそれと比較・検討することによって、文学の果たすべき心理的機能についての再検証を行うことの裡に見出される筈である。
 本講座においては、ファンタシー文学の担ってきた心的慰撫効果に対して時には批判の手を加えながら、現代に生きる我々の生のあり方そのものに対する反省の契機をも模索していきたい。


文学講義IVB(平成10年)

「近代」とファンタシー―ポストモダニズムという風潮を生み出した精神風土としての「近代」とファンタシー文学の思想的特質の関係について再検証を試みる。
 近代西洋世界においては、自然科学の発達に伴って生じたキリスト教信仰に対する疑念の拡大の結果として、世界と個人の関係を整合的に取り持つべき形而上学的原理に対する悲観的展望が成起し、個人の存在意義に対する疑念が社会に対しては倫理規範の崩壊という破綻をもたらし、自我の内面においては理性に対する確信の喪失と、野獣的本能に対する畏怖という絶望的状況をもたらした過程を、近代的自我の形成の途上における、自我の分裂という現象の許に捉え、分身と本体との軋轢・あるいは影との相克という主題の発現の諸相として考察していく。
 様々な様相を伴って現われる「影」と、これに対侍する自我の織り成す心理的透視図がいかに社会状況の反映として、かつまたファンタシー文学の独自の主題として展開されているかを検証していくこととなる。
 論考の対象となる作品は以下の通り。受講生は各自それぞれ独力で以下の文献を検討し、内容を把握していることを前提として講義は進められる。

 ポー(Edgar Allan Poe) 「ウィリアム・ウィルソン」("William Wilson", 1839)
 アンデルセン(Hans Christian Andersen) 「影」("The Shadow", 1847)
 ジョージ・マクドナルド(George MacDonald) 『ファンタステス』 (Phantastes, 1858)
 スティーヴンスン(Robert Louis Stevenson) 「ジキル博士とハイド氏」
("The strange Case of Dr Jekyll and Mr Hyde", 1886)
 オスカー・ワイルド (Oscar Wilde) 「漁師と彼の魂」("Fisherman and his Soul, 1891")
 ジェイムズ・バリ(James Barrie) 『ピーターとウェンディ』 (Peter and Wendy, 1911)
 ル・グインUrsula K. le Guin『影との戦い』( A Wizard of Earthsea, 1969)
(参考作品)
ウィリアム・ブレイク (William Blake) 「四ゾア」("The Four Zoas",1795-1804)
 シャミッソ−(Adelbert von Chamisso) 「影を売った男」("Peter Schlemihls wundersame Geschite", 1814)
 オスカー・ワイルド(Oscar Wilde) 『ドリアン・グレイの肖像』(The Picture of Dorian Gray, 1891)
ドストエフスキー 「分身」

 テキストはすべてコンピュータ・データとして与える。教科書・プリントの類は用いない。


文学演習IVd(平成10年)

 1970年代のアメリカにおけるファンタシー文学再興の口火を切る存在となった作品として、Ursula le GuinのA Wizard of Earthsea(1969)と並んでことに重要であると思われる、Peter S. BeagleのThe Last Unicorn(1968)を読む。

 文化的辺境国アメリカでようやくファンタシーが受容されるようになってから、SF・ファンタシー作家le Guinの評価は高く、多くの研究書において言及されている。しかしBeagleの存在は学術研究の場においては何故か無視されることが多い。ファンタシー文学に対して寛容な立場を取っているばかりでなく、アメリカ文化における「伝統」を形成する積極的な要素として、最も包括的にファンタシーという題材を取り上げたBrianAttebery (The Fantasy Tradition in America)さえもが、The Last Unicornに対して極端に否定的な態度を取っていることはむしろ興味深い事実であるといえる。
 本講座においてはA Wizard of Earthseaを評価するファンタシー愛好家の人々が見落としたファンタシー文学のもう一つの側面(アンチ・ファンタシーと呼ぶことにする)について、現代の思想的状況の再点検を行いつつ、フィクション世界創成の心的メカニズムを探っていくことになる。
 テキストはコンピュータ・データとして与える。教科書・プリントの類は用いない。


基礎演習h(平成10年)

 「ファンタシー文学」と呼ばれるジャンルを対象に考察を行うに際して、主軸となるであろう基本的な概念及び発想のいくつかを紹介し、認識と論考の基本モデルを読みほどいていく過程から、「論文」と呼ばれる表現行為の立脚点を探る。

 一般に「ファンタシー文学」とは、「現実世界において実際には起こり得ないとされる事柄が物語世界の中に展開されているような文学作品」として定義づけられることが多いが、厳密な対象措定の手段として、この定義を用いるには様々の問題点がある。我々が日常的に格別の反省を伴うこともなく思考過程において用いている「世界」・「事象」・「存在」等の概念が、哲学・自然科学・文学それぞれの系においてはいかなる意味の変容を強いられるかについての実例を、ファンタシー文学と物理学の発想について比較検討した論文(Arlen J. Hansen, "The Meeting of Parallel Lines: Sciende, Fiction, and Science Fiction"in Bridges to Fantasy, 1982)の中に見ていくことにする。
 教科書、プリントの類は用いない。資料はすべてコンピュータのデータとして渡す。電算化データの処理の仕方とともに、基本的な論文及び注釈・参考資料の読み解き方を教示する。


講読Ic(平成10年)

 Hans Christian Andersen の短編"The Shadow"をErik Christian Haugaardの英訳版を用いて読む。翻訳をテキストに用いるのは、講読の講座として、なるべく癖の無い標準的な英語を題材にすることにより、英語という言語の現象的些末性を離れたところで、普遍的主題として言語そのものに対する理解を深めるべく講義を行いたいと考えるからである。
 自分とそっくりの姿をして現われ、自己同一性に対する認識の危機をもたらす不気味な妖怪としてドイツに伝わる"doppelgager"という民俗的主題と、ドイツ・ロマン派の抱いていた、近代人の精神的疎外状況と自我の分裂という哲学的問題意識を、「分身」あるいは「影」という象徴的図式を用いて現代の心理学的主題とからめて展開していると考えられる本作品は、アンデルセン特有の寓話的表現の許で、現代に生きる人間一般の心理と想念の実像を象徴的に語ることに成功していると評価し得るものである。
 文学作品の鑑賞と解釈の実践を通じて、英語という言語の裡にある概念的普遍性について検証の作業を進めていくことになるが、講読の講座として掲げるべき当初の素朴な目標としては、通常日本語において厳密な自覚の無いままに「自我」とか「理性」とか「良心」とか「倫理」とか「意識」等の語彙を用いて理解されている諸概念を収束させる統合的な透視図の存在を、英語の文脈の中に見い出していく文学作品の読みの行為を通じて、言語のみならず世界の思想と文化の全体像を視野においた上で現代人の直面している精神的状況を理解しようと臨む際に、わきまえておくことが不可欠であると思われる基礎的な教養の手掛かりとなるべきものを与えることであると言えよう。

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