[TOP]

ROAD TO BRAZIL !!

<<PREV | INDEX | NEXT>>
2000/10/23 振り返れば奴がいる
 チケット変更後は、もうこれで終わりなんだなぁと感慨に浸っていました。そして、情けない奴だなぁ、おめおめと逃げ帰るなんて、試合にも出ないなんて、本当に臆病で愚か者だなぁと、思いました。でも反面、明後日になれば日本に帰れるんだ、と思うと嬉しくて安堵感で一杯でした。何も考えないように努めました。しかし一つ気になる事がありました。もし自分の脳に疾患があった場合、フライトの気圧の変化がそれに悪い影響を与えないだろうかということです。一度それを考え出すと、また止まらなくなりました。

 飛行中に脳に何か起こったら、完全にアウトだな。どうしよう。でも精密検査はこんな国で受けられない。受けたくない。だから帰るしかない。でも日本にたどり着けないかもしれない。「うおおお!どうすればいいんだぁ!」と、もう僕はこの時半分死を覚悟していました。そしてやはり、現地で何らかの検査を受けるしかないんだなと悟りました。健康保険もきかず、旅行保険にも入っていないので、おそらく高額なお金が請求されると思いました。でも命には代えられないなと。万一に備えて、兄貴が即座にお金を振り込んでくれました。そして僕は北村先生に電話しました。

 「どこか頭の検査を出来る病院はご存知でしょうか?」

 北村先生は僕の訴えかけを一笑にふす事は無く、マジメに悩みを聞いて下さりました。本当に親身に。そして自分が長く勤めていた、ボタフォゴの総合病院、そして脳外科の先生を紹介して下さいました。僕はCTスキャンで脳の検査をすることにしました。

 試合前日の朝、僕はその病院へ向かいました。北村先生が予約を入れて下さっていたので、行けばすぐに検査出来る段取りは出来ています。この時僕のめまいは、ボタフォゴまですらたどり着けないのでは?と思うほど悪化していたので、タクシーで家の前から行ってもらいました。病院につき、北村先生から指示された言葉を書いた紙を受付で見せると、すぐに検査室に案内されました。検査する人は英語も全く通じず、先生の姿も見えませんでした。しかしその人は僕のそんな不安もシカトし、僕を台に乗せ、次々と拘束衣を付けて、頭を固定しました。そしてどこかへ行ってしまいました。

 「おい君、待ちたまえ!」とも言えず、誰もいない部屋で僕とCTスキャンだけ取り残されました。拘束衣をはめられ、頭の上にはイビツな輪があります。なぜこんな事になってしまったんだろう、そんな事を真剣に考えていました。そして写真撮影が始まり、10分後くらいに隣りの部屋から人が出てきました。今度は脳外科の先生です。僕にしゃべりかけていますが、何一つ分かりません。そのまま受付に舞い戻らされ、お金の支払いをさせられました。そして帰らされそうになりました。「おい、ちょっと待たんかい!結局どうなったんじゃ!」と言わんばかりに、僕は病院の受付に北村先生の病院へ電話させました。そして電話口に出た北村先生は言いました。

 「今脳外科の先生と話したよ。大丈夫。脳には何もないよ。とりあえず、後でまた僕の診療所によりなさい。」

 この時の北村先生の声はまさに神の声のようでした。頭からすっと頭痛が取れました。「ん?これはもしや・・・」と思い、歩き出しました。するとめまいがかなり軽減されているのです。今まで注射を打ってもどんな薬を飲んでも、1ミリも回復しなかったあのめまいが、この時初めて良くなった事を感じたのです。信じられませんでした。大袈裟なようですが、奇跡だと思いました(笑)。

 すぐに北村先生の診療所へ行きました。色々と詳しくお話を聞き、本当に自分は何ともないんだなぁと確信出来ました。ブラジルでの3ヶ月に及ぶ生活、試合へのプレッシャー。やはり目に見えないストレスが原因だったんだと。人間の精神と体の関係を身を持って知りました。しばらくすると、検査結果を認識した僕の心が、ストレスから体を解放し始めました。診療所の帰り道、一歩足を踏み出すごとに、めまいが軽減されていくのです。こんな不思議な事が本当にあるとは。

 その時、その瞬間まで考えもしていなかった一つの選択肢が、当然の事のように僕の頭に浮かび上がりました。「試合に出られるんじゃないか・・・出よう!」と。家に戻り、家族やみんなに連絡をして、それからアレシャンドリに電話しました。

 「アレシャンドリ、やはり僕は試合に出たい。検査したがどこも異常はなかった。気持ちの問題であると分かった以上、出なければと思ったんだ」

 僕はさらに続けました。そして問い掛けました。

 「しかし僕は全く練習をしていない。めまいもしびれも完全に治ったわけではない。ウエイトもレーヴィをはるかに下回ってしまった。もう良い結果は出せないかもしれない。アリアンシの代表で出る資格はないと思う。もし僕が負けたとしても、あなたは許してくれますか?」

 するとアレシャンドリはこう答えてくれました。

 「YOSHI、何を言ってるんだ。勝ち負けなどは問題ではない。これは私の戦いでもアリアンシの戦いでもない。お前の戦いなんだ。お前はお前の為に試合に出て戦えばそれで良い。きっと良い経験になるだろう」

 電話の受話器を置いた後、僕はすぐに航空会社へ駆け込みました。もう一度航空券の変更をするために。前日にそれが可能であるのか不安でしたが、航空会社のお姉さんは、「またあなたか」という顔をしたものの、すぐに手続きをしてくれました(笑)。散々心配させた人達には勝手な奴だと思われてしまうかもしれませんが、ここで逃げ帰ったら一生後悔してしまうなと思い、試合に出ることに決めました。北村先生にも「やり残したことをしっかりとやっていきなさい」と言われました。無料で僕の診察を続けて下さった先生のためにも。応援してくれていた人達のためにも。悲しませた人のためにも。そして自分自身のためにも。新たに決意を固めました。
<<PREV | INDEX | NEXT>>


HP banner
TAIRA Naoyuki
http://www.grappler-taira.cx