平林寺は関東地方で名高い古刹の一つで、
今から約600年前、岩槻(埼玉県)に岩槻城主太田道真(道灌の父)が創建した。
その後、江戸前期に川越城主、松平信綱・輝綱父子によって
現在の埼玉県新座市野火止の地に移された。
寺域一帯は、野火止塚や松平家の墓所などの文化財をはじめ、
天然記念物の雑木林など、武蔵野の面影を色濃く残している。
山 門
仏 殿
本 堂
二層の楼門。左右に金剛力士を配し、楼上に十六羅漢像を安置する。寛文四年(1664年)の建立。
中に本尊の釈迦如来が安置されている。山門と同時期に建立。
釈迦如来を安置し、初祖達磨大師の像や、松平家の霊牌が奉ってある。
鐘 楼
戴 溪 堂
半 僧 坊
平林寺第21世大老師の発願により再建され、梵鐘は寛延三年(1750年)に鋳造された。
山門を過ぎて右にある小堂。正徳時代(1710年代)の創建。観音菩薩と独立禅師の像を安置する。
半僧坊大権現を奉祭し、例年4月17日に半増坊大祭が行われる。
松平信綱公墓所
野火止用水(平林寺堀)
野火止塚
本堂の裏手にあり、松平信綱公をはじめとした松平家歴代(現大河内家)の墓所が並んでいる。
信綱公が平林寺をこの地に移すおり、生活用水を確保するため玉川上水から分水して水路を引いた。
裏山の松林にあり、野火の見張台に使われたという。この種のものが古くからこの平野の各所にあった。
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