TITANIC
タイタニックとアビス

「タイタニック」(原題 TITANIC )
1912年4月10日、乗員乗客2200名余りを乗せて、ニューヨークに向けて英国のサウサンプトン港を出航した超豪華客船タイタニック号は、ニューファウンドランド沖合で、氷山と衝突、1500名を越える犠牲者とともに、4月15日午前2時20分過ぎに沈没した。映画はこの歴史的な海難事故に見舞われた航海の様子を再現し、船上を舞台にした若い男女の悲劇的なラブストーリーをからめて、壮大なスケールで描く。。
映画の冒頭は現代。3773メートルの海底に水没しているタイタニック号から、ソ連からチャーターした潜水艇を使って宝飾品を引き上げようという作業が行われている。船室の金庫の中から、宝石を身につけた若い女性のデッサンが発見され、その映像がテレビでも放映されたが、探索チームのリーダーのラベットは、そのデッサンのモデルで、タイタニック号に乗船していたという老婦人ローズ(グロリア・スチュアート)から電話を受け、彼女を付き添いの孫娘リジー(スージー・エイミス)とともに作業現場に招聘する。覚えているかぎり、当時の航海のことを話してほしい、という要求に応えてローズが話しはじめたのは、長い間秘めていた劇的な悲恋の物語だった。
フィラデルフィアの上流階級育ちの母ルース(フランシス・フィッシャー)と共にタイタニックに乗船したローズ(ケイト・ウィンスレット)は、同伴している婚約者で大資産家の息子ホックリー(ビリー・ゼーン)と上手くいっていない。実はルース母子の家計の実状は破産状態で、家柄だけが取り柄。この婚約は経済的な破滅に怯える母ルースが、娘に押しつけた理不尽なものだった。婚約者ホックリーもローズを都合の良い道具のように所有したいだけの、気持ちの通じない利己的な坊ちゃん人間。未来への失望のあまり船尾から身を投げようとした彼女を、三等船室の乗客だった貧乏絵描きのジャック(レオナルド・ディカプリオ)が助けたことから、二人に身分違いの恋がうまれる。嫉妬に狂うホックリーは召使いラブジョイ(デビッド・ワーナー)に命じて彼女を監視させるが、二人はますます離れがたくなるばかり。そうこうするうちに船の正面に突然氷山が。。
パンフレットによれば監督は、企画の段階で「タイタニックの船上で、ロメオとジュリエットをやる」と言ったそうだが、まさしくそういう映画。後には「ヒューマン・ドラマとハイ・テクノロジーの両立が僕のやりたかったことだ」とも。ハイテクがSFXのことだとすれば、それもまさに実現されております。すごい映画。なにがといえば、セットや映像効果が凄いとしか言いようがない。そのなかでも特に印象に残ったのは、船尾が滑り台みたいに傾いていく所の全景描写と、船尾が垂直に立つ場面を、船尾の先端から海面に向かって眺める映像。ラストの現代の海底に沈む船室のドアから過去の船内にくぐり抜けていく老婦人の夢の描写。まだまだありますが。これらはリアル過ぎる夢そのもの。
実際のタイタニック号の建造費は750万ドル(現在日本円で約9億円)といいます。この映画の制作費は2億ドル。どうなっているのか。。
97年アカデミー賞11部門受賞(最優秀作品賞、監督賞、撮影賞、編集賞、美術賞、衣装デザイン賞、作曲賞、主題歌賞、音響賞、音響効果編集賞、特殊視覚効果賞)
「タイタニック」(監督 ジェームズ・キャメロン 出演 レオナルド・ディカプリオ ケイト・ウィンスレット ビリー・ゼーン キャシー・ベイツ ビル・パクストン フランシス・フィッシャー バーナード・ヒル ジョナサン・ハイド97年アメリカ)
98.10.20
映画の部屋にもどります! ページのトップへ
「アビス 完全版」(原題 THE ABYSS SPECIAL EDITION )
海底で座礁した米国原子力潜水艦の乗員救助と探索のために、近くの海底で油田の探査活動をしていた民間の石油採掘会社のクルーが協力要請を受ける。民間クルーのリーダーのバド、探索基地の設計者でバドの妻だったリンジーを中心にした一行は、コフィー大尉率いる軍の特殊部隊員数名と共に、自前の潜水艇を駆使して調査に乗り出すが、おりしもハリケーンが到来。海上のリグのクレーンが倒壊したためロープに引きずられて、探査基地もろとも一行は深い海溝に落ちて行く。。。
SF深海スペクタクル映画。お弁当に喩えるなら幕の内弁当だろう。深海を舞台に、近未来SFに出てくるようなメカニカルな潜水艇が走り回る。前半は、その母船である探査基地を舞台に軍人と民間クルーたちの緊張を孕んだ敵対関係が展開されるのだが、密封された空間のなかのドラマは、エイリアンなど宇宙船もののSF映画のような感じ。アクションも演出も小道具も小技あり大技ありで、なによりも工夫を凝らしたセットや深海の映像がストーリーを何倍にも盛り上げています。水と照明というのは相性がいいというか、これほど幻想的で美しい効果をあげるとは。前半は原発に搭載されていた核弾頭を巡っての争いで、これだけで充分一本分の冒険活劇ですが、後半は宇宙人コンタクトものという別テーマが。その二度楽しめる構成の間を、バドのスリリングな「自己犠牲」の道行きが、きれいに繋いでいます。
89年に公開されたオリジナル版に、削除されていた津波のシーンなど30分を加えたのが完全版。そのために2時間51分という長大作になった。海の神さまポセイドンがいたとして、大津波を止められるなら、これまでの海関係の災害は、やはり人間を無視していたってことなのか。。。オリジナル版でアカデミー視覚効果賞受賞。
「アビス」(監督 ジェームズ・キャメロン 出演 エド・ハリス メアリー・エリザベス・マストラントニオ マイケル・ビーン 93年アメリカ)
98.10.20
映画の部屋にもどります! ページのトップへ
映画のあれこれ
タイタニックとアビス
先日、ジェームズ・キャメロン監督の海底SF映画「アビス 完全版」(91)を偶然テレビで見て、とても面白かったので、ビデオ化されるまで待っているつもりだった同監督による昨年の超話題作「タイタニック」(97)も見たくなった。どうせなら大画面で見てみたい。相当時期はずれだが、もしやと思って、多摩地区にある立川市の映画館、シネマ・シティのホームページを検索してみたら、まだ上映していたので、久しぶりに映画館に足を運ぶことに。そんな経緯も手伝ってか、映画の出だしは「アビス」の続編かというのが第一印象。沈んだ原潜がタイタニック号に変わっただけ。タイタニック船内の5つのボイラー室が次々に浸水してゆくパニック状態もアビスの中の探査基地の浸水シーンに似ている。ちょっとこじつけだが、タイタニックの煙突が折れるシーンはアビスのリグのクレーンが倒壊するシーンに似ている。そういうふうに思うと、監督は「アビス」のシチュエーションの再現に相当なこだわりがあったことが伺える(ちなみに、この二作の間につくられた「トゥルーライズ」は、SFXを使ったアクション娯楽映画で、当然ながら、似てません)。
このやや強引かもしれない比較を、もうすこしつっこんでみよう。「アビス」に登場するのは、石油探索基地の設計者で気の強いリンジーと、そこで働く現場クルーのリーダーであるバドというカップル。かって夫婦だったが、リンジーに恋人が出来て別れたらしいふたりは、原発の探索という作業のために再会するが、バドのほうはまだ未練があって結婚指輪を捨てられずにいる。リンジーは実は恋人とは上手くいっていないが、かといって元の夫と、よりを戻すには気位が高すぎるというところ。そんな二人が、緊迫した海底の探査基地内部で、極限状況に遭遇して、軍の特殊部隊の連中と闘いながら、再び愛情を取りもどすのだが、よく考えると、このラブロマンスは、リンジーが元夫バドの一途な愛情に目覚める(惚れ直す)という話。そういう意味の不自然さはないのだが、もともと二人とも責任感が強くて人間の鑑みたいな善男善女に描かれているので、絵に描いたような出来具合とは言える。潜水艇の中に取り残された二人が、潜水基地に戻るために、一つしかない潜水服を譲り合う、というシーンが象徴的。この危機を、リンジーの機転で解決するのだが、それは、仮死状態になった彼女を、バドが伴って基地に辿り着いた後で、人工呼吸で蘇生させるというものだった。もうひとつの自己犠牲のエピソードは、バドが、酸素が片道分しかないのを知りながら、核弾頭のスイッチを止めるために海溝深く降りて行くシーン。
さて、「タイタニック」のローズとジャックはどうだろう。ローズは上流階級のうわべだけの生き方に飽き足りないものを感じている女性で、気が強くて、自殺までしようとするくらい感情の起伏が激しい。一方のジャックは、一目惚れという感じで、偶然が二人を知り合わせてからは、一途にローズを思う。ローズは母親に説得されて、一時はジャックを諦めるが、思い直してジャックのもとへ。ということで、やはり利発な女性と一途な男性という取り合わせや、女性の側の恋心の揺動が中心に描かれているところが似ているとはいえる。ローズには、嫌な婚約者や哀れな母親に象徴される自分の現実を捨てて、恋人のもとに走るというドラマがあるのに対して、失うもののないジャックには、何の葛藤もないからだ。それでも二人の恋を邪魔するホックリーやその召使いのラブジョイという絵に描いたような古典的悪役の登場で、このラブロマンスに活劇風の味わいが添えられているので、「アビス」よりも、ずっと成功している。
ところで、「アビス」の一つしかない潜水服を譲り合って、バドが仮死状態のリンジーを連れて基地に戻るシーンは、タイタニック号が沈没した後で、ローズを板きれに乗せて、その縁にジャックが寄り添っているシーンに重ね合わせられそうな気がする。身体が冷え切ってきたら交代しようとは考えなかったようだが(それで二人とも助かったらお話にならないが)、この板きれは、おさらく二者択一の自己犠牲の象徴なのだ。もうひとついえば、ローズが船底近くの乗務員室の柱に手錠で縛られているジャックを救出にゆく場面がある。これも我が身の危険を顧みない感動場面で、そのイメージが、「アビス」の中でバドが海溝深くに降りて行く場面を想起させる。もちろん細部は全然違っているのだが、わかりやすい英雄的な行動に伴う「自己犠牲」のメッセージが共通しているのだ。ただし、ローズの場合は恋人を思う一心の感情的な無謀さ、バドの場合は核戦争の危機を思う判断故の冷静な行動で、やはりタイタニックのほうが、人間思いつめたらなにをするかわからないという感じで良くできていると思う(「アビス」には、海溝に降りて行くプロセスに、別種の映像美があるが)。
「アビス」では、原発に積まれた核弾頭が、象徴的な意味を持っている。最初は、それをソ連側に渡したくないという軍の意向から始まって、最後には潜水病と緊張のあまり狂気に陥ったコフィー大尉が爆発の時限スイッチを入れて深海に放ってしまう。「タイタニック」では、それは「碧洋のハート」と呼ばれる大型のダイヤモンドにあたる。いずれも、ある価値を象徴する物体で、物語の発端と、その半ばでの争奪戦の標的になっている。だが小道具として似ているのはここまでで、「アビス」では、核弾頭なんてちゃっちなものをつくって戦争を繰り返している人類よ、そんなことやってると、大津波で滅ぼしちゃうぞ、という海底宇宙人の恫喝の前に、意味として無化されてしまうという、おめでたい結末に導かれるのだが、「タイタニック」では、莫大な富やステータスの象徴を意味する「碧洋のハート」は、死期の近い老婦人の秘められた青春の思い出と共に海底に捨てられてしまう。その行為の暗示するのは、老いたローズのこの世への執着からの解放で、そうすることで彼女は、みかえりのように人生の至上の瞬間だったジャックの待つタイタニックの船室(他界)に誘われることになる。(老いたりとは言えローズの無謀な性格ぶりは変わらないなあ、恋の顛末をみんなに話して楽になったのだから、宝石は、車椅子を押して世話してくれた孫娘リジーにでもあげればよいのに、というのは外野の感想)。。
映画の部屋にもどります! ページのトップへ
映画パンフレットからあれこれ
船が沈没するのにボートは乗員乗客の半数を収容する分しかない。誰を優先するのか、という究極の選択のデータを映画パンフレットで見ると、女子供、一等乗客の男、二等、三等乗客という順(生存率の表をみると一等60%、二等44%、三等25%ときれいに別れている)になったようで、そもそも三等乗客たちはゲートの鍵が解放されなくて、一部の人々しか甲板にも出られなかったらしい(ボートに殺到した人々は射殺されたという)。また、なくなった50名の子供のうち1人だけ一等乗客で、残り49人は三等乗客の子供だったという。それだけとれば差別明白の凄い数字だが、こういうことになるのは、見方を変えれば、極限状態のさなかに、当時の乗員乗客の共同の秩序意識(類としての歴史的な文化意識)が、どんな選択をしたかという結果とも言える(もし性別も年齢も社会階層も無差別に、乗客が同じ比率で死んでいたら、なんの選択が働かなかったということになる。そのほうが本当に平等といえるのだろうか?)。三等乗客の女子供の生存率は47%、一等乗客の男性で31%という数字は、とにもかくにも女子供を優先するルールが、乗っていた等級差より貫徹されたのを示している。一等乗客の女子供の場合の生存率94%、三等乗客の男性の場合14%という数字はどうみるべきか。お金持ちの女子供がほとんど助かって、貧乏人の成人男子は。。。
映画館で600円で買ったパンフレットは、情報が多くて楽しめました(上記のデータを書くのにも役立っています)。ただタイタニックのセットについて、「ほぼ原寸大で完璧に再現された」とあるのは大げさでは。ニューズウィーク誌によると、実際に造られたのは、全長237メートル(90%大)のレプリカで、右舷側だけだったそうで、左舷側のシーンは右舷で撮影したフィルムを裏焼きして使用したという。そのため、実際には読めないトランクの名札に至るまで、文字を反転させた小物が用意されたというから、凝っていることに違いはないですが。ちなみに映画に登場する絵画は監督が描いたといいいます。凝っているなあ。
タイタニックの事故は、二十世紀初頭の人類のテクノロジー過信への警告とか、社会階層差別とか、極限状況における倫理の問題とか、様々な象徴的な問題を読みとれる宝庫みたいなところがあるようで、アメリカでは以前からずっと関心が持続しているという。ウェブでも沢山のマニアックな専門サイトもあり、凝ったところでは、当時の乗客乗員の名前のデータベースなどもあるというから相当深いです。ついでなので、パンフレットで大場正明氏が紹介しているものを、あげておきます。"A Tribute to the TITANIC"。ちょと見ましたが、一等船室の写真など充実!
映画の部屋にもどります! ページのトップへ
俳優あれこれ
ジャック役のレオナルド・ディカプリオは、表情が豊か。これまで4作品しか見ていませんが、激した感情をこらえているときの、むくれたり、ふくれっ面をするシーンが、なぜか印象に残ります。「ボーイズ・ライフ」で、母の恋人デ・ニーロの真似をするシーンは、即席で演じたとは思えないほどで、似すぎるほど似ていた印象が。。
ケイト・ウィンスレットは、「いつか晴れた日に」しか見ていませんが、その映画では、大人しい長女エレノア(エマ・トンプソン)と対照的に情熱的な恋をする勝ち気な次女マリアンヌの役で、ほとんどローズに性格も似ていました(花がある人だなあと思っていたら、こういう作品の主演とは)。ジャックとのカップルは、ローズの方が大人びていて不釣り合いという評もあるようですが、しょせん恋とはそんなもの。
彼女の婚約者ホックリーを演じたのはビリー・ゼーンで、どこかで見た顔だと思っていたら、「デッド・カーム 戦慄の航海」で、若きニコール・キッドマンを脅かした不気味青年でした。その映画も海洋もので、ヨットで航海中の夫婦が、遭難したヨットに遭遇して、ただ一人生き残っていた青年を船に乗せるが、そいつが実は、、というかなり恐いサスペンスもの。「タイタニック」でも絵に描いたような悪役ですが、もう少し深みがでていれば、と思うのは演技のせいか、脚本のせいか。
なんともプライドに凝り固まったローズの母親ルース・デウット・ブカターを演じているフランシス・フィッシャーと、好対照なのは、成金ブルジョワで性根の座ったところみせるモリー・ブラウン(実在の億万長者)を演じるキャシー・ベイツ。
フランシス・フィッシャーは、娘ローズに家計の実状を訴えて諫めるシーン(映画としてはとても重要なシーンだと思う)に説得力がありましたが、貧民ジャックに対する侮蔑的な眼差しの方が印象に残りそう。ところで、彼女は事故から生還したのでしょうか(思い出せない)。
キャシー・ベイツは、今更ながら存在感があるなあと。じろりと一目で真実を見通すような眼差しは、この映画でも一級品。ストーリーでも、ジャックのディナー用の服も貸してくれたりして、この人に相談すれば二人の恋も実ったのでは、などと思わせてしまうのだから凄い。
101歳の老いたローズを演じたグロリア・スチュアートについては、知りませんでしたが、30年代のブロンド美人スターだったとパンフレットにありました。「タイタニック」の中には若いローズの目と老いたローズの目が重ね合うようにして切り替わる凄いショットがありますが、なんとも。
映画の部屋にもどります! ページのトップへ
おわりに
映画パンフレットを見ていて、ああ、それそれ、と思い当たった箇所があった。引用すると「1898年にモーガン・ロバートソンが書いた小説「Futility(愚行)」は、豪華船が処女航海で氷山に激突して沈没するというタイタニック遭難を予言したような話だった。事故現場も北大西洋上で、乗客数、速力も似ていた。そして偶然にも船名は”タイタン”だった。」という一節だ。子供の頃に、世界の怪奇現象とか、そういう類の話題を集めた本で、タイタニック号の遭難にまつわるこのエピソードを読んだことを思い出したのだった。誰々が虫の知らせを受けて乗船せずに命拾いしたとかいう記載もあったと思う。子供ながらに、タイタニックが沈没して人々が暗い海面に投げ出された情景(挿し絵があったと思う)を想像して恐かった記憶があるが、それも今となっては、おぼろげなイメージ。
映画「タイタニック」は、そんな子供の頃の空想の細部を、つまり船がどんなふうに傾いて、船体が二つに折れて、最後に船尾の部分が水没していったのか、人々にとってそれはどんな経験だったのか、という遭難の推移を克明に伝えてくれる。それはまた現実には体験できない神の目から見たような驚くべき映像だった(水没した直後の海面に生じたであろう巨大な渦の描写が無かったのが惜しい気がするが)。どこまでが実写でどこまでがSFXなのか全く分からない、とは良く聞くこの映画の感想だが、特殊映像技術が、いよいよ、そういうレベルに入って、技術の高度さを見せつけて、そのことで観客を面白がらせる付加価値としてでなく、実現したい映像表現のための本当の意味の補助効果的な道具として使われていくであろう近未来の映画を予感させる出来映えだった。
映画の部屋にもどります! ページのトップへ