読書感想


言葉の部屋にもどります!


   

リービ英雄『星条旗の聞こえない部屋』


 この作品は、横浜でアメリカ領事をしている父のもとから家出した10代後半のアメリカ人少年が、60年代末の新宿の街で異質の日本人社会にふれ、さまざまな文化的な「見えない境界」に直面しながら、なんとか日本社会にとけ込み、同化しようとする姿を描いた3作からなる連作小説である。そう書くと、何か当時の一種独特の時代的な雰囲気を背景にした、今では書かれ過ぎた感のある青春小説の類に思われるかもしれないが、この作品には、それらと微妙に違う視点がある。それはこの作品がアメリカ人の作者の手になる「日本語で書かれた小説」であるということに関連する。
 現代の日本を物語の舞台にした外国人作家の小説作品なら、これまでに例をみないわけではない(ジェイ・マキナニーの小説『ランサム』など)。しかし、この作品が「異文化との接触」というテーマを扱いながら、それらの翻訳小説と違う印象を与えるのは、作品が欧米的な社会や文化的な規範を暗黙の前提にした外部からの視線で貫かれているのでなく、もう少し低く腰を落とした内面的な倫理(それでも日本的な文化規範にとっての外部には違いないが)からの視線で貫かれていることである。内部が外部をそのままむき出しの直接性として感じざるを得ないために生じているようなそんな境界的な場所を、仮に故郷をもたない亡命者の視線といってもいいが、そんな視線が実は誰にでもありうること、もしかすると、そこに境界を超えた未知の文学の可能性が成立し得るかもしれないことを、この作品を読んで考えさせられた。

 ところで、どうして作者にとってそんな視線が可能だったのだろうか。なぜ日本語で小説を書くのかという問いに対して、自分が日本語で小説を書く「必然性」には、経験や主観的な要素が大きいからとても答えにくいと、作者は「あとがき」で書いている。

 「ぼくの日本語は、十六、七の頃の居候の中で生まれた。ベン・アイザックのように家出少年が生きのびるために町で拾ったものが、ぼくの日本語の出発点だった。日本語が十六歳の肥沃な内面に根を張り、日本語という膜に瀘過されて十六歳の「世界」が何度も生まれ変わった。
 一人の少年が西洋文化からドロップ・アウトして、日本の内と外の見えない境界線をさすらった。アメリカから「家出」をして「しんじゅく」へ逃げこんだベン・アイザックのさすらいは、日本への越境の物語である。
 その物語を、ぼくは日本語でしか書くことはできなかった。」

 この作品が低い確かな内面的な視線を獲得している理由は、作者自身の上記の「あとがき」が言い尽くしているように思える。私なりにふざけていいかえるなら、昨今書かれなくてもいいような小説ばかりが大量に書かれているなかで、珍しく書かれるべくして書かれた小説だったから、ということにつきる。それは、作者が日本語で小説を書く「必然性」に答えた言葉が、むしろ作者がこの自伝的な物語を「書かざるをえなかった」こと自体の「必然性」をも明かしているように思われるからだ。

   1、家族の場所

 主人公ベン・アイザックは、アジア地域に20年以上赴任しているアメリカの外交官ジェイコブ・アイザック(ユダヤ系アメリカ人)とポーランド系アメリカ人の妻の間に生まれ、幼少時代アジア各国を転々として暮らした。主人公が小学生のころ、両親は離婚し、妻子を捨てた父親は20歳も年の離れた元使用人の中国人女性貴蘭と再婚して一子をもうける。母に連れられて帰米した主人公は、以後、離婚後のショックで神経衰弱になり入退院を繰り返すようになった母と共にハイスクール時代をバージニアで暮らす。ハイスクールを卒業した主人公は、家庭裁判所の定める「面接権」という法律により、1年間の条件つきで来日して、今では横浜の領事館に領事として赴任している父親(の家族)と共に過ごすことになる。主人公は父親の承諾を得て日本語学校に通うようになるが、その年の秋に、厳格な父親と冷たい家庭環境になじめない主人公が、意を決して「しんじゅく」に家出する前後から小説は始まる。

 主人公をとりまく複雑な家庭の事情が設定されているが、このあまり幸福とはいえない主人公の家族の離散の物語の周辺には、いつも文化や国籍の差異といった個々の帰属社会をめぐる問題が不幸な影のようにつきまとっていて、そのことが不可避的に主人公の心理の屈折や感受性の陰影を深めているように描かれている。それは家族のなかで父親と貴蘭との親密な会話が中国語で交わされるのに主人公が疎遠感を覚えたり、ユダヤ人である父親が中国人女性と結婚したために、離婚された側の母親や主人公たちまで、アメリカのユダヤ人社会の親戚縁者たちから義絶されるというような民俗的な慣習がらみの寒々としたエピソードからうかがい知れるばかりではない。たとえば、主人公が、日本語学校の日本人学生たちから、ベトナム戦争でのアメリカの無差別爆撃は、広島や長崎に原爆を投下したのと同じ白人優越主義に起因しているのではないかと、流暢な「クイーンズ・イングリッシュ」で詰問されるシーンがある。

 「優越か、とベンは思った。そういえば、領事館の屋上から見下ろした山下公園通りの町並も白人優越の風景に他ならない。父の家が、日本の街に仰々しく君臨している白人優越の館だった。しかし、その父も白人から仲間外れにされてきた存在だった。あの時代の欧州にいたら「アイザック」というユダヤ姓を背おっているだけの理由で殺されたに違いない。しかもその館の女主人である貴蘭には、実際に少女時代の上海で抗日運動で処刑された親戚が何人もいた。上海、南京、そこに住んでいた東洋人の命はどうだ、日本人がアジア人を殺したとき、それはどんな優越だったのか、ベンは反論しようとしたが、やめた。ただ「その二つのケースはちょっと違うと思います」と答えた。」

 こういう内面の言葉が、即座に聞こえてくる場所というものがある。そんな場所に主人公はたたされているのだ。一方が脅迫まがいに「正義」を押し売りするやりきれない情景は、形をかえていまもどこかで演じられているに違いない。ベンが幸福な在日アメリカ領事の息子だったなら、一面当っていなくもない「白人種」や自分の祖国アメリカに対する批判に対して、テレビに出てくる芸能タレントのようにむきになって反論したかもしれない。しかしそんなイメージをやりとりして言葉のうえで持てあそぶことが、人種や文化を超えた他者の理解に無関係なことを、人に貼られる文化的なレッテルのいとわしさや、また歴史文化的な帰属から逃れようとして逃れられない人間のあり様を、身近な現実の家族の姿を通して、主人公は知り尽くしている場所に立っているように思える。
 こういう場所、それを個々がかかえている異質な文化を前提にして、自然に他者を認識するような場所と呼べば、別に特殊な場所と考えることもない。似たような同質の社会があり、似たような同質の家族がそれを構成している、個とか人間などといっても「本音」をいえば似たもの同士に過ぎない。そんな平板な認識は、いつも制度の言葉、流通するマスメディアの言葉として可能なだけだ。かけがえのなさや存在の固有性こそ、他者を他者たらしめ、自己を自己たらしめているという事実は、どんな現実の関係の中でいつも生きられている。ただそのことが忘れられがちなのは、言葉や制度さえ自然なものとして疑わない特殊な文化社会の中で私たちが生きているからだとは言っておいていいことだ。

   2、越境と異文化なるもの

 留学生控え室での、主人公と日本人学生たちとの前記のようなやりとりの場面に、場違いな学生服姿の男がわりこんでくる。男はベンに向かって「日本にきて、どうして英語で喋っておるんですか」とその場をしらけさせるような質問する。さらに、こんなことを言えば失礼かも知れないが、と断ったうえで「あなたは、かれらにとって、舶来のリングとか、ペンダントに過ぎない」と言われる。

 「ベンは黙った。
 遠くなったデモ行進が空に殴りつけるスローガンのこだまが耳についた。
 ベンは木刀で殴られた気持ちだった。
 能弁なクイーンズ・イングリッシュの学生が甲高い日本語で侵入者にどなりつけた。「おたくはここの外人とは関係がないじゃないですか」
 いつも留学生たちにこびへつらっていたその男の、急に人を貶しだしている薄い唇。その唇の端には、学生服の学生とベンに対する侮辱が唾液のように溜っていた。
 ベンはうんざりした。日本語を話さない留学生たちにも、英語しか話さない日本人たちにも、そしてその中にいる自分にも。英語の部屋、英語が貨幣価値をもって支配するこの部屋。この部屋の中で交わされたことばを思い出すほど、うんざりした。うんざりするほど、この部屋の中のすべてが分かった。」

 しょせん自分が「外人」としてしか見做されないような関係、そこで交わされる飾り物のような言葉。その底でうごめいている故のない優越意識や侮蔑や嫉妬。そういうものいっさいにうんざりしながら耐えているような感受性の場所は、ベンの中に確かに用意されていた。そこにはただ外部からの一撃が下されればよかったのだと言えるかもしれない。小説では、この象徴的な出来事がきっかけでベンは学生服の男安藤と友人になり、この「英語が貨幣価値をもって支配する部屋」から、もうひとつ別の「星条旗の聞こえない部屋」に家出を決意することになる。

 注意しておきたいのは、もしかすると日本人学生や同僚の留学生たちと交わされる日常の会話のなかに、ことさら悪意や異和感を過剰に読み取ってしまうような環境や資質がベンの側に宿命のように設定されているということだ。内実は民族的な文化の価値意識にからめとられながら、口先だけの国際交流を演じている者の全てがベンのようになるわけでもないし、そうなることに手放しの人間倫理の根拠があるわけでもない。ただ17才の少年ベンにとっては、事態は選択以前の必然の道筋であったように描かれている。たしかにベンは「西欧社会」からドロップ・アウトして日本に越境する。しかしそれは、「西欧社会」に変わる価値として「日本社会」が選択されたのではない。ベンを行動にかりたてたのはむしろ制度的な言葉の介在しないような直接的な人間関係への飢餓や憧憬であり、偶然、彼の前にその亀裂をかいまみせたものが「日本」でしかなかったのだ。また彼の飢餓感や憧憬が固有の資質の劇に根差していたからこそ、その越境は深く全面的でなければならなかった。偶然を必然にかえることでしか人は生きることができないからだ。

 人間が特定の時代の特定の文化のもとに生まれ、最初それが特定のものでなく決定的なものとして生きるようにしむけられること、やがてそれが特定のものに過ぎないことを知らされ、異質の文化にさまざまな感慨をもつようになること。そういうことは、考え始めると果てもなく奇妙なことに思われてくる。人間は一方で異質の文化の言語やライフスタイルを模倣することを優越性のシンボルのようにみなしながら、一方で自分たちの文化をおしつけて他の文化の言語や習慣さえ根こぎにして恥じない。そういうことの源泉に人間にとって自然性と人為性の入り組んだ文化というものの強いる奇妙な性質があるように思えるからだ。人間にとって生きるということは、外部からみれば特定の文化にすぎないことを、決定された自然のことのように呼吸しながら存在するということだ。何かの事情で外部からの視線をもちながら生きざるを得ないときに、人間はそういう事態の奇妙さ(生きにくさ)にさらされる。それは少数者や孤立者の特権でもなんでもないことだ。ただ、そういう体験が深く生きられて表現されたとき何かが超えられている。そのときの瑞々しい印象だけを持ち帰ってもいい。

 廊下のつきあたりのドアをたたくと、フルートの音がたちまち途切れた。
 「おお」
 安藤がいつも簡潔な挨拶でベンを迎えた。その歯切れの良い声は、夕暮れになりかけたころの、四畳半の部屋の冷気の中でさわやかに響いた。
 「おお」といつの間にか答えるようになったベンは、そう答えながら薄笑いを押さえられなかった。国際研究所で暗記させられた日本語教科書の「挨拶編」にある対話を思い出したのだ。
 「スミストモウシマスガ、タナカサンデイラッシャイマスデショウカ」
 「アアスミスサン、ヨーコソイラッシャイマシタ」
 教科書の中に書かれている「日本」から、この長くて薄暗い廊下のつきあたりの開いたドアの前に立っているベンの目と耳に流れてくる現実はどれほど離れていることか。


92.5.20
言葉の部屋にもどります!