詩の読みとき
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  童謡「七つの子」考








「烏 なぜ啼くの」ではじまる、野口雨情の「七つの子」という童謡がある。

烏 なぜ啼くの
烏は山に
可愛七つの
子があるからよ
可愛 可愛と
烏は啼くの
可愛可愛と
啼くんだよ
山の古巣に
いって見て御覧
丸い眼をした
いい子だよ 

 この作品のなかの、「七つ」という言葉は、七歳を意味しているのか、七羽を意味しているのか、どちらだろう。そういう議論があるのを、萩原健次郎さんが、御自分のホームページ「文屋」の日誌(日々のうたかたの文)のコーナー(2000年3月22日の項)で、紹介されているのを読んだ。そこで、萩原さんは、「あきらかに、「七歳の子」であると考える」と書いておられて、みなさん、どう思う?と問いかけている。

 萩原さんの説は、とても説得力があるのだが、萩原さんの日誌の文章によると、「国文学と鑑賞」誌上の「「七つ」は七羽か七歳か?」で、国文学の先生は、「七羽であろう」と、結論づけている、という。私は、その文章を読んでいないので、確かなことは言えないのだが、そういう極端な解釈の違いがでてくること自体が、とても面白い。そこには、どんな秘密があるのだろう。

 実は、この童謡、私は漠然と、カラスは七羽だと思っていたのだ。しかし、作品を意識して読んでみると、確かに七歳という説は魅力的だ。なるほどねえ、と感心していたのだが、風呂に入ってぼんやり考えているうちに、もしかすると、作者は、カラスが、七歳とも、七羽ともとれるような含みを残していたのではないか、と思いついた。それは、思い返せば、「可愛七つの子があるからよ」というフレーズから、カラスが七羽いる、というふうに人が解釈してしまう道筋について、作者が、意識的でなかったはずがない、という思い入れがあったのだと思う。きっと、作者はそういう解釈(誤解)もありうることを知っていて、それも許容するというか、イメージの含みをもたせて「七つ」という言葉を使ったのではないか、と。そして、そのようなことを、清水麟造さんのホームページの掲示板「編集室・雑記帳」に書き込んだりした。

 しかし、今思うと、これは二つの異なる解釈ができてしまうという矛盾を、我ながら、なんとか合理的に納得しようとした強弁のように思える。やはり、作者は、萩原さんの言うように、「七歳」のつもりで書いたのだと思う。では、なぜ、私自身は、長い間、漠然と、「七羽」だと思い込んでいたのだろうか、その理由のひとつは、おそらく、「童謡」の「調べ」にあるのではないか。

 「七つの子」は、歌として耳から聞いて覚えると、問題のフレーズは、「かーわいーいぃ(息継ぎ)、なーなーつのぉ(息継ぎ)、こがあるかぁーらぁーよぉ」というようになろうか。こういう調べのなかでは、「七つ」という言葉は、前後のフレーズから、相対的に独立していて、数量をあらわす七のように聞こえるということが言えるのではないだろうか。つまり「七つの子」(人間にしてみれば、七つ位の歳のカラスの子供(と、かりにしておく、これは後述で覆される))という、作者の意図した文意は、ここで、「七つの」「子がある」というようにきれていて、読み取りにくくなっている、ということがあるように思える。

 けれど、書かれた文字として、この一節を読み下してみると、「七つ」は、どうも「七歳」という意味ととれそうなことが腑に落ちてくる。童謡「七つの子」は、大正十年『金の船』七月号に掲載されたが、その原形と考えてよいと思える「山烏」という作品が、明治四十年一月に、『朝花夜花』第一輯に掲載されている。

「山烏」

烏なぜ啼く
   烏は山に
可愛いい七つの
   子があれば

 この作品を読むと、七つを七羽と受け取るのは、ますます難しいと思う。つまり、この作品は、童謡として歌うように作られていないので、「七つの」という言い方が、童謡「七つの子」のように、本当は、七羽の子というふうに言いたいのに、まだ、うまく言えない低年齢の子供の、子供らしいいいまわしを再現した工夫のように、読める、という解釈の線(わざわざ「七羽」を「七つ」と表現したのだろうという推測)が、ひとつ、消えているからだ。そうすると、「七つの」には、「七歳の」、という意味しか与えられそうにもない。

 私は、この「山烏」という詩があることを、長島和太郎『詩人 野口雨情』(有峰書店新社)という野口雨情の評伝で知ったのだが、同書には、、明治三十五年に、月刊誌『婦人と子供』(フレーベル会発行・第二巻第六号)に掲載された、「「小蝶物語」◎京ちゃんの巻」と題された、興味深い雨情の創作お伽話が採録されている。

 『婦人と子供』に3回に渡って連載された「小蝶物語」は、蝶と子供の交流を描いたお伽話で、京ちゃんという子供が、羽を傷めて飛べなくなった蝶に、友達になってほしいと声をかけられ、ふたりは仲良しになって遊ぶ。やがて秋になって蝶は死んでしまうが、天国(守り神様の社)に行った蝶は、生前、京ちゃんに自分が親切にしてもらったことを神様に報告し、それを聞いた神様が感動して、京ちゃんにお礼のお使いをやる、というあらすじ(要約の要約)のお話である。最初の章「◎京ちゃんの巻」の冒頭は以下のように始まる。

 「翼(はね)を傷めました蝶々が一疋。お庭の隅の薔薇(ばら)の花片(はな)の上に宿(とま)って一夜(いちよ)を明(あか)しました。その次の日のことでした。
 京ちゃんと言ふ、今年(ことし)七歳(ななつ)になります可愛らしい児が、平常のやうにお裏のお山へ登って遊んで居りますと
『京ちゃん京ちゃん』と聞き慣れない小さな声でもって、呼びますので京ちゃんは屹度(きっと)吃驚(びっくり)いたしましたのでせう? 清(すず)しい眼を真丸(まんまる)くして矢鱈(やたら)に四方(あたり)を見廻しました、が、誰れも四辺(そこえら)に見えませんでした。」

 ところで、この原文にはルビがふってあり、それをここでは括弧にいれて再現してみたのだが、注意してみたいのは、「七歳」という文字の箇所にふられた、「ななつ」というルビである。また、その言葉が埋め込まれている前後の、「京ちゃんと言ふ、今年(ことし)七歳(ななつ)になります可愛らしい児が、平常のやうにお裏のお山へ登って遊んで居りますと」という一文の文脈である。

 子供向けの読み物で、難しい漢字にルビをふる、ということは珍しいことではないだろう。ふつうなら読み過ごしてしまうところだが、この一文を読みながら、一方に、五年後に発表された詩「山烏」をおいてみるとき、不思議なイメージの類似に気がつかないだろうか。それはおくとしても(後述)、「裏のお山(山)」や、「可愛らしい(可愛いい)」、「児(子)」という言葉のイメージの対応のなかで、「七歳」という言葉に「ななつ」とふられているルビ。。

 難しい漢字を、どう読み下すか(どんなルビをあてるか)、ということも、決まりのあることではなく、おりおりの文脈の流れを配慮した、著者の文学的表現(嗜好を反映したもの)だと考えれば、「山烏」という詩作品の「可愛い七つの子があれば」という表現が、「可愛い七歳の子があれば」という文意を意図して書かれたということは大いにありそうなことに思える。その場合、「七歳」と書かずに「七つ」と表記した理由はなにか。唐突なようだが、それは、「山烏」という作品を、7・7・7・5音の口語定型詩として書く、という方法意識がもたらした制約の結果だと考えられるのではないか。

 明治三十九年、『しらぎく』に発表された「二十六字詩」というエッセイは、当時の雨情の二十六字詩形に対しての深い思い入れを伝えている。

 「漢詩よりも新体詩よりも和歌よりも俳句よりも其他統ての謡曲よりも最も広く民間に行はるるものは二十六字詩形の俗謡なり。、、、二十六字詩形を詩としての詩的価値に至りては濃厚なるあり艶麗なるあり優雅なるあり純朴粗野なるあり詩趣津津として情緒纒綿として、漢詩、新体詩、和歌、俳句、其他謡曲等の遠く及ばざるものあり。、、その相や悲哀人を傷ましめ、その調や崇高襟を正さしむ、情趣花の如く純朴枯木の如し熱するに似て熱するに非ず、酔ふるに似て酔ふるに非ず、自然を歌いて遺憾なく恋を歌ひて俗に落ちず他の純文学に譲らざるのみならず却ってそれ以上の特点を有す、二十六字詩形の詩としての価値何ぞ大なるにあらずや。」(『詩人 野口雨情』に収録されているエッセイより抜粋)。

 長島和太郎氏は、このエッセイについて、「雨情は、このエッセイを発表するまでには、各種の俚謡や前記の田植歌や投節その他、あるいは『閑吟集』『梁塵秘抄』なども渉猟研究していた。この7・7・7・5音の口語定型詩概念を基盤として、(雨情は)明治四十年発行の『朝花夜花』を、詩壇に提示するに至るのである」と書いている。

 つまり、「個人月刊民謡集としては、日本最初のもの」といわれる『朝花夜花』に掲載された「山烏」という作品には、7・7・7・5音の口語定型詩として、書かれなくてはならない必然があったというべきだろう。そのため(音数律に制約された口語表現として)に、「七歳の」を意味する箇所は、「七つの」と表記されなくてはならなかった。また、作品が7・7・7・5音の口語定型詩であることを強調するために、「可愛いい七つの子があれば」という意味的に連なっている一文は、「可愛いい七つの」「子があれば」というように行わけして、表記された。その結果、その言葉のリズムの形式を基本的に踏襲した、15年後に発表された童謡「七つの子」においても、歌として聞くと、「七つの」を「七羽の」と解釈してしまう余地が、すでにここに胚胎されていた、と考えられるのではないだろうか。



 ところで、以上のような推測から、童謡「七つの子」の「七つ」が、作者にとっては、「七羽」ではなく、「七歳」を意味しているらしい、ということが、ほぼ確信できたように思えるのだが、そうして改めて「七つの子」を読むと、新しい疑問が湧いてきた。それは「七歳の子」の意味である。

 「七歳」説をとると、「可愛七つの子がある」は、「人間にしてみれば、ちょうど七歳位の年頃の、可愛い盛りのカラスの子供がいる」ということを意味しているように、考えられるし、またそう考えてきた。しかし、それは、「七つ」という人間の年令をさす言葉を、慣用句のように比喩的に使っているとすれば、である(カラスは4、5ヶ月で成鳥になるから、七歳のカラスは字義どうりにとれば、すごい歳だ)。「七つの子」の原形と考えられる「山烏」を読むと、この可愛い七つの子は、人間の子供だというふうに読めないだろうか。

烏なぜ啼く
   烏は山に
可愛いい七つの
   子があれば

 少なくとも、その子供が、カラスの子であるとは断定できないように思える。「七つの子」という言葉を、人間に例えれば七歳位の幼いカラスの子を意味する、というような、もってまわった解釈をせずに、事実そのままに受け取ってみよう。「カラスがなぜ、あんなに啼き騒いでいるのか。それは山の中に、可愛い七歳の人間の子供がいるからだ。」(解釈)、そう読んでも、おかしくないように思える。

 もし、この解釈が正しいとすれば、「山烏」を原形としたと思われる、童謡「七つの子」でも同じように読めないだろうか。童謡「七つの子」の場合、おそらく、そう読むのを妨げているのは、「山の古巣」という、カラスの巣そのものを連想させる言葉である。小枝を集めて作られた高い樹のうえの巣のなかの人間の子供?それは像として、ちょっと変ではないか、と。しかし、注意して読むと、山の古巣の「中」に子供がいるとは書かれていないのだ。「山のカラスの古巣(今は使われていない巣)があるところに、行ってみてごらん、そこには、丸い目をした可愛い七歳の人間の子供がいるのが、わかるよ。」(解釈)。。

 「山の古巣」。この言葉がネックである。三省堂の辞典「大辞林」を繙くと、「古巣」には、「1、古い巣。住み慣れた巣。また、もとの巣。2、以前に住んだり、勤めたりしてなじんだ所。」と、書いてある。

 作者は本当に、そこがカラスにとって、子育ての場所であり、そう言う「住み慣れた巣」(今も住んでいる巣)という意味で、「古巣」という言葉を使ったと、考えるべきだろうか。そうではなくて、カラスが以前住んでいた、もとの巣、という意味で「古巣」(古い巣)、と、丁寧にことわっているのではないのか。

烏 なぜ啼くの
烏は山に
可愛七つの
子があるからよ
可愛 可愛と
烏は啼くの
可愛可愛と
啼くんだよ
山の古巣に
いって見て御覧
丸い眼をした
いい子だよ 

 そういうふうに読むと、この作品は、不思議な味わいのものにかわる。巣に七羽の子ガラスいて、元気に育った様が、嬉しくて、自慢げに可愛い可愛いと、親がラスが啼いているのでもなく、巣に、一羽だけのカラスが残されていて、他の兄弟カラスはみんな病気になったり、風で巣から落ちて死んでしまったりして、そうして、一羽だけ残っているのが、人間でいえば、ちょうど七つ位の年令になるまで、よくぞ、元気に育ってくれたものだ。そういう次第だから、ことさら、愛しい、可愛い。と、啼いているのでもない。

 カラスが啼いているのは、山のなかに、七歳になる人間の子供がいるからだ。なぜその子はそんなところにいるのだろう。その子は、きっと一人で山に遊びにきたのだ。カラスたちは、この小さな訪問客のしぐさや姿形をみて、可愛い可愛い子がいるよ、と啼きさわいでいる。円らな目をした、とても可愛い良い子なんだよ、と啼きさわいでいる。ということになる。つけたし、してみれば、その子は、ちょうどこの童謡を唱っている、君みたいな子だよ、ということになろうか。

 ここまできて、先に引用した、「「小蝶物語」◎京ちゃんの巻」と題された創作お伽話の、出だし近くの一節を思い出してもらえればいいと思う。そこには、「京ちゃんと言ふ、今年七歳(ななつ)になります可愛らしい児が、平常のやうにお裏のお山へ登って遊んで居りますと」と書かれていたはずだ。

 つまり、この解釈では、童謡「七つの子」のシチュエーション(カラスがテリトリーである山に遊びにきた子供を見つけて、可愛い可愛いと啼いている)の原イメージをたどっていくと、この一節にたどりつく、ということになる。「丸い眼をしたいい子」の原像とは、(羽の痛んだ蝶に乞われて、友達になって蝶が死んでしまうまで遊んであげたので、神さまにほめられた、「お裏のお山へ登って遊んで」いるのが好きな)京ちゃん、なのであった。京ちゃんもまた、カラスならぬ蝶に声をかけられて、「清(すず)しい眼を真丸(まんまる)くして」いたのではなかったか。

 すこし、格好つけていうと、生き物(カラスや蝶)との接触を通じて、いきいきと、自然(山)と交歓する子供というイメージ。「七つの子」に描かれているのは、そういう人と動物の区別がまだ緩やかな子供の心の世界を大切に思い、慈しんでいるような、自然からの優しい語りかけの情景なのではないだろうか。。



付記)童謡「七つの子」について、あれこれ想像を巡らしているうちに、思いがけない解釈「七つの子は人間だった・カラスは親じゃなかった」に至りついてしまった。この「七つの子実は京ちゃん(山に遊びに来た子供)説」は正しいのだろうか。もちろん、思いつきの域をでないので、絶対こうだと言いはるつもりはない。春の夜に、童謡「七つの子」とにらめっこしながらひねり出した、ひとつの珍解釈として、御笑覧下されば嬉しい。自分としては、文章を書いているうちにイメージがわいて、大いに楽しかった。最後に、こういう思いがけないことを、考えるきっかけをつくってくれた萩原健次郎さんに感謝。。。

付記の付記)この稿は、何ヶ所かを訂正、加筆したうえで、『「童謡」の摩訶不思議』(2002年12月18日発行・PHP研究所・1300円)に収録していただきました。ウェブ上で拙稿に目をとめ、単行本に収録してくださった出版社・編集者の方々に感謝(2002年12月23日記)


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