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III. 「地力」について(1998.04.09作成)
  〜現象に名前を付けることは科学ではない〜

 「黒くていい土あるから売れないだろうか?」「庭に土を入れたけど全然植物が育たない」「北海道内ではどこの土がいいんですか?」という問い合わせが、ときどき農業試験場に舞い込みます。農業や園芸に縁がない人は「土さえあれば、あるいは『いい土』をどこかから持って来さえすれば作物を育てることができる」と考えがちのようです。でも、農家の畑や田圃の土は、肥料を入れたりしてちゃんと管理しているから、あれだけの作物ができるのです。山林原野の土をそのまま持ってきて、なにも手を加えることなしに、畑なみに植物が育つことの方がまれでしょう。今回はちょっと趣向を変えて「土」に関した話題です。


  1. 「地力」ってなんだ?
     地力の定義は、広義には「作物を育てる土地の能力」ということになります。これは「気象など土以外の要素が同じである場合に、ある土と別の土とで作物を育てたとき、それぞれ生育の程度(収穫量)に差がある」という観察事実に基づいて定義されるものです。狭義には作物を育てた場合に生育に与える土に関する要因、つまり、物理的性質、化学的性質、生物的性質などで説明できない未知の部分を「地力」と呼んでいます。
    ちなみに

    などです。

  2. 土壌診断技術
     化学分析などに基づく「地力」の評価は「土壌診断技術」として現在では普通に行われています。土に含まれる元素の分析の他に、土の pH や、養分を蓄えたり固定化(植物が利用しにくい化合物に変化すること)する能力を測定して「地力」を判断します。そして篤農家の方たちは「どの肥料をどのくらいやるか」という目安に役立てているようです。
     さて、「土壌診断」が「技術」として確立するための条件はなんでしょうか?

    という条件が揃ったのが20世紀前半のことです。
     ここでのポイントは、ただ闇雲に、「無数に存在する分析法の測定値と植物の生育量の相関をとった」のではなく、ある程度、土と植物を理解した上で「予想に基づいて」「地力」を評価する分析法を開発したことです。それは昔の実験書や論文の記述から分かります。そして、それらの手法が「信頼できる元素の定量技術」に支えられていたことは意外に忘れがちです。
     現在、「○○マニュアル」「××プロトコール」という形式の実験書が花盛りです。そんなご時勢に原著論文や少々古い実験書を読んでみるのも一興です。原理、手法の適用範囲、問題点等に加えて、開発者の思考過程も読みとれておもしろいものです。「古くて役に立たない」「古文書」などと馬鹿にせずに、ゼミで取り上げてみてはいかがですか?

  3. 循環論法にご用心
     「こちらの畑ではあちらの畑より作物の生育がよかった。この原因はこちらの畑の方が地力が高かったためである」。この一見「科学」っぽい論理が「おかしい」ことは、前述「地力って何だ?」の定義をみれば一目瞭然でしょう。「作物の生育に差があった」という現象に「地力」という名前を付けているだけで何も説明していません。単なる自己言及の循環論法です。この手の論法は科学を装ったトンデモ本やインチキ商品によく見受けられます。遺伝子、進化、淘汰、○○物質...、うんざりするほど本屋に並んでいます。
     実は、試験成績書や、レフェリーがついた雑誌の論文を読んでいても似たような「居心地のわるさ」というか、「違和感」を感じることが多々あります。

    他にも「耐冷性」だの「品種間差」だの、観察法の定義を無視したようなものもあります(この件については、またの機会に)。

  4. 養分吸収力について
     「この植物の生育が良かったのは養分吸収力が高かったためである」。これも一種の循環論法です。もちろん、まともな研究では「養分吸収力」や「根活性、根活力」(根の「活きの良さ」のこと)を定義するために様々な工夫がされています(ここでは省略)。でも、私は「何かちょっと違うな〜」と感じています。
     ここで「地力」と「土壌診断技術」を思い出してみましょう。「土と植物構成元素についての予備知識」と「信頼できる分析技術」があるから、実際に作物を育ててみなくても、「化学分析」という別の原理に基づく方法で「地力」の見当がつくのです。
     「養分吸収力」に限らず、本気で「生物の能力」を知りたいならば、まず現象をよく理解し、観察手法を確立することが結局早道だと思います。そして、「別の原理に基づく方法」の鍵はおそらく生化学的手法です。ただし、生化学的手法は無機化学分析に比べて、技術として未熟であることを意識する必要があります。これに関しては、いずれ掲載します。
     ちなみに、「親から子へ伝わる性質」を実際に生き物を育ててみて、その「性質」を調べなくても「DNAの塩基配列を読む」という「純粋に化学的な分析法」でわかる、ということが「遺伝子解析技術」の最大のポイントの一つです。いまでは、当たり前すぎて意識されることさえ少ない、と思いませんか?

  5. 生物をもっと知ろう!
     「生物が環境にどう反応するか」「生物を(遺伝子を)いじったらどうなるか」とうことは、「やってみなければわからない」場合がまだまだ多いでしょう。その理由は、生物に対する知識が不充分なためであり、「生物にとって重要な機能ほど解析が進んでいない」ためである、というのが私の信念です(参照:I-4, II-4)。一見無関係のようでも、私は「土」の例を念頭に置いています。「土」は複雑で、現在でも未知のことはたくさんあります。しかし、「そこそこ」に理解して、「ある程度」観察法が信頼でるために、「悪くない精度」で予想でき、「利用可能な技術」が存在しているのです。生物に対して「そこそこ」の理解がされていると言えるでしょうか?観察される現象に名前を付けただけで解ったような気がしていることの方が恐いと思います。

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