Previous Page

IV. もっと膜蛋白質の研究を!(1998.05.17作成)

 農水省の「バイテク研究」の枕詞(まくらことば)は「有用な遺伝子を云々」で、当然のごとく、ほとんど「遺伝子」「DNA」を扱うことに人材を集中させているようです。「蛋白質」をきちんと扱える人が減っているとしたら...そして、もし、こういう傾向が研究者全体(特に若手)に広がっているとしたら少々困るな、と感じています。そこでちょっと agitation (煽動)を試みることにしました。


  1. 膜蛋白質は宝の山
     膜蛋白質はこれまで精製が困難と言われてきました。そして今も、可溶性の蛋白質にくらべれば取り扱いが難しいことには変わりありません。その上、多くのものは存在量が少ないことが精製のためのネックになっています。一方で、生物(細胞)は、外部と情報・物質・エネルギーのやりとりを細胞膜を介しておこなっていることから、膜蛋白質のほとんどのものが「生物に必須」である可能性があります。また、膜を介した「情報・物質・エネルギーのやりとり」という「機能」は、通常の「化学反応を触媒する」という酵素反応に比べて測定困難である、ということは容易に想像がつくでしょう。従って、膜蛋白質(遺伝子)の機能は演繹的(補足1)にも帰納的(参照:I-4)にも解析が進んでおらず、「未知の機能」を探っている人にとっては「宝の山」あることが予想されます。いままでに「多くの遺伝子がクローニングされた」(参考1)といっても、年末の福引きの「三角くじ」ようにランダムに遺伝子を探しているのではなく、やりやすいものからやっているのですから。
     「生物に必須の機能」に関わる遺伝子は「蛋白質側から攻めていく」必要があります。生命科学の進歩のためには「物質として」蛋白質を扱うことに習熟した人が増えてほしいと思います。

    補足1:蛋白質の担う反応から蛋白質の機能を特定して、そのアミノ酸配列から遺伝子をクローニングするという意味です。これには蛋白質が精製できること、また、反応(機能)を試験管内で測定できることが必要条件です。

    参考1:「蛋白質核酸酵素1997年12月増刊・ゲノムサイエンス」に生物を構成する遺伝子の数に関する記載があります(このことに関してはいずれ掲載します)。

  2. 蛋白質の一番「蛋白質らしい」ところは...
     化学物質としての蛋白質は DNA に比べてずっと多様です。DNA はたった4種類の塩基からなるポリマーであるのに対して、蛋白質は20種類のアミノ酸から成り立っています。そのうえ、DNAの「本質」 は「1次元の配列が遺伝情報を決めている」ことであるのに対して、蛋白質の「本質」は「特定の立体構造をとることにより、はじめて機能する分子として働く」ことです。蛋白質の一番「蛋白質らしい」ところは「特有の立体構造があり、機能がある」ということでしょう。
     ここで DNA シークエンス(配列決定)と SDS-PAGE(蛋白質の分子量推定)技術を思い出して下さい。どちらも電気泳動に依っているのに、蛋白質の分子量推定は、それほど信頼性は高くありません。その理由については、ここでは省略します。もしも DNA の重合度と電荷が正確に比例しなければ、そして分子量の順に移動度が異ならなければ、配列決定できません。
     また、最近注目されている「プロテオーム解析」の中心技術の一つは、蛋白質の種類ごとの分解能がもっとも高いと言われている2次元電気泳動です。それは通常、汎用性を高める(マニュアル化する)ために尿素や SDS などの変性剤存在下(つまり立体構造をこわして)で行っています(補足2)。つまり、蛋白質の一番蛋白質らしい情報を犠牲にして扱いやすくしているのです。「完全にマニュアル化されていない」という意味で、蛋白質を扱う「生化学的技術」は「未熟な技術」といえます。

    補足2:「汎用性が高い」といってもマニュアル通りの2次元電気泳動で分離困難な蛋白質も存在することを意識する必要があります。丁寧な実験書では「目的と対象に応じて各自条件検討すべし」と書かれているはずです。

  3. 蛋白質研究に必要なもの
     すでに確立された蛋白質調製法や活性測定法を使って蛋白質をブラックボックスのまま取り扱い、「品種間差」「栽培条件で比較し、」「○○酵素の生理的意義」云々という議論をして論文を量産することはそれほど困難ではないでしょう。また、DNA という物質を取り扱うのも簡単です。増やせますし、その本質である1次元の情報はなかなか壊れません。しかし、 DNA にくらべて、機能・構造を保持したまま「物質として」蛋白質を扱うにはそれなりの物理・化学の知識と経験・訓練が必要です(特に対象が未知の場合)。極端なたとえをすれば、「3目並べ」(DNA)には先手必勝のアルゴリズムが存在するのに対して、「囲碁」(蛋白質)には(現在のところ)必勝法は存在しません。そして、どんなに論理的思考の優れた人でもルールを覚えただけ(物理・化学)で経験を積むことなしに囲碁の名人には勝てるとは思えません。「物質として」DNA を扱うことと、蛋白質を扱うことにはそのくらいの差があります。
     「放射光設備」「高性能 NMR 」などの高価な設備と機械だけでは蛋白質の研究を進めることはできません。人材こそが必要です。「○○に関与する遺伝子が見つかった」「××の性質を導入して」というような、「景気のいい話」(この件についてはまたの機会に)につながらないからといって、携わる人が減るとしたら残念なことです。

  4. 少ない膜蛋白質をあつかうには
     蛋白質の機能と構造を調べるには「量」が必要です。そのため、大腸菌などによる大量発現系が必要になります。それができなければ、直接対象とする生物から採らなければなりません。「微量でも扱える技術」と同じくらいに「大量に得ること」は重要です。
     ちょっと「思い出話」におつきあい下さい。学生時代、少々気むずかしい微生物を培養していました。目的は、ある代謝経路の中間体となる物質と反応を担う酵素の探索です。当初、培養液1Pあたり 0.1〜1 g 程度しか菌体が得られませんでしたが、その後、100P規模の培養法の改良と高性能な連続遠心機の導入により、 1 kg 近く菌体が得られるようになりました。大量の菌体のペレットを手にしたとき「これでやりたい放題できる」と感じたものです。
     超遠心機で分離して遠沈管にへばりついた細胞膜のペレットを見ると考えます。これが kg 単位で得られたら膜蛋白質の研究に質的変化があるのではないか、と。現在のところ、蛋白質の細胞内の機能を調べるためにオルガネラ(細胞内器官・組織)ごとに分離するのが一般的方法です。しかし、いったんターゲットにする蛋白質を決めたのなら、その機能と構造を調べるためには別の方法をとってもよいのではないかと考えています。そして牛肉を 1 t(トン)採るよりも、葉っぱを 10 t 採る方が簡単です。問題は細胞膜だけに絞り込むステップです。まだ具体的アイデアはありませんが、「植物を材料にする」というのはまんざら悪くないと考えています。

Next Page
目次