あの銀色に煙る海を見たのは、
1982年の夏の初めでした。
空と海との境界線は、柔らかく溶け出して、はっきりしません。
雨の海がこれ程美しく見えたのは、あの時が初めてでした。

雨の津久井浜。
海岸線を走る国道沿いのファミリー・レストランで、
飽きもせず、銀色の海と窓ガラスを流れる雨の滴を見ていました。

そんな時、ふっと心に浮かんだのは、あなただったのです。
「君はこんな景色を見た事があるだろうか。」と、
雨の海の綺麗さを伝えたくなりました。
この海を見る毎に思い出すのは、あなたの事。
晴れの海に、夕景に、月の海に、星灯りに、
この海に美しさを見つける度に、
誰よりもあなたに伝えたいと、思うのです。

あなたの事をいつも想って過ごしたのは、
僕にとっては、辛かったけれど幸せな事でした。

友人の声で、あなたの夢からふと我に還ると、
友人と僕はまた、雨の中へ走り出しました。
ワイパーのタクトの向こう側では、雨に色調を落とした海と、木々の緑が、
水彩画の筆を引いた様に、流れていましたが、
細く、折れ曲がって行く道筋を追いかけながらも、
またあなたの顔が浮かんでいました。

きっと僕は、その時既に、
長くあなたを想い過ぎていたのでしょう。
あなたの笑顔も、声も、仕草も、そして名前すらも、
特別に素敵なものになり過ぎました。

あなたを思い出すきっかけは、
そこかしこに、
色々な場所に消えそうに残っていますが、
中でも、あの1982年の雨の海は、
何故かいつまでも強く消えないまま、今日の僕を責めるのです。
あの時の様な気持ちになれたらと、幾度あの海岸線を走っても、
それは戻って来ません。
戻る筈もありません。
戻ってはいけないのでしょう。
それでもやっぱり僕は、あの海を忘れない。
ずっとずっと、あの海岸線を走り続けているのです。