あの頃、僕達の部室は、美術室の横の、
人がすれ違うのもやっと、という
細くて小さな美術準備室でしたね。
絵を描く為には、隣の美術室を借りていたけれど、
僕達の城は、ささやかで雑多な空間でした。

あなたは後輩として、僕の1年後に入部して来ました。
細くて、もの静かで寂し気に見えるあなたは、
あなたと同じ学年の男子生徒の間でも、憧れている者が多いと聞きました。
下駄箱には毎日の様にラヴレターが入っている、なんていう噂話も
まことしやかに流れていたのです。
そんな話を聞いてもあなたは、寂しそうな顔で、微笑むだけでした。
でも、正直僕は、そういう噂を聞きながら少し優越感の様なものを感じていました。
何故って、そんなあなたに憧れるだけの者達よりも、ずっと近い所に居たからです。
そう、僕も素敵な娘だと思っていましたから。

毎日放課後になると、僕達は絵を描く為に集まりました。
先づはその狭い部室に座って、
買っておいた、石の様に固いフランスパンを分け合いながら、 他愛もない話に興じていました。
あなたの絵はどこかいつも甘さが残っていて、
技術としては、今一歩だったけれど、絵を描く時のあなたの横顔を
描いてみたいと思った事もありました。

そして最後の合宿で訪れた軽井沢は、
晴れたかと思うと、突然曇って雨が降り出すという天候でしたね。
雨の止み間を縫ってキャンバスを立てると、又雨粒が落ちて来ました。
だから、重い画財を抱えて行ったのに、ろくに絵を描く事も出来ませんでした。
軽井沢を発つ日の朝、あなたは僕に一枚の写真を撮って欲しいと言いました。
それはあなたが雨を縫って描きかけた場所の写真だったのです。
描きかけた絵を完成させる為に、モチーフを残しておく為の写真だったのです。
あなたの絵は、甘くても真剣である事を知りました。

あなたは卒業してから絵はやめてしまったのでしょうか。
でも僕は、
あの時あなたが描きかけていた、
木々の緑色の濃過ぎるあの曲がりくねった道の絵を覚えています。
油絵の具で描いた絵は、雨の雫で流れてしまう事などない様に。