2000.4.1から始まった映像作家岩井俊二のインターネット企画「リリイ・シュシュのすべて」。過去に例の無いBBSを舞台とした小説。更に読者も小説のBBSに書き込み可能とする事で、インタラクティヴな関係を構築し、架空世界と読者の私生活の現実を交錯、巻き込む形で物語を進行させた。
その上、物語の中のカリスマ的な歌手であるリリイ・シュシュも現実世界に登場させた。
そして開設から三ヶ月、その斬新なインターネット小説もどうやら終焉を迎えた様である。そこで、今迄この「リリイ・シュシュのすべて」に様々な形で参加して来たファンの方々に、このインターネット小説の感想を聞いた。
「リリイホリック」とはなんだったのか?「リリイ」への想い・・・。サティや登場人物達は何処へ行くのか・・・。

あなたにとって「リリイ・シュシュのすべて」とは・・・。







PA
さん

善意と悪意。希望と絶望。信頼と不信。
感じ取った一つ一つがどこか痛く心に残ります。
もう二度とこういった機会はないでしょう。大変貴重な経験をさせていただいたことに、今は心から感謝しています。




Kakky
さん

「リリィ・シュシュの全て」は、これで終わりではない。

何故なら、これは
「サティ(フィリア)の告白の一部」であり
翻弄されてしまった愛すべき全ての人の感情であるからだ。

お話には続きがある。
これから私たちはネットの海をさまよってどこへいくのか。
そしてサティ(フィリア)は「トベナイ」のならこれから先どうしようというのか。

リリホリックが存在する限り、サティの存在はありつづける。




杉原覚士
さん

自分は、サティさんの独白直前に「リリイシュシュのすべて」を見たので、それ以前 のことは、ログでしか見ていないので、そういう人間の感想になります。

正直、ログは強烈なエネルギーみたいなものを感じました。
「自己主張の強い人間同士のやりとりの記録」といった感じでした。
「強烈な言葉に感応して強烈なリアクションをとる」感じが、印象的でした。
やはり、言葉で見て取れる以上に、皆さん強烈に反応したものと思われます。
「自分が強烈な反応をするからこそ、また書きこみしないでいられない。」
夜、睡眠時間を削ってでも書きこむ原理は、そういう心理構図の結果かもしれませ ん。
ただの遊びにはちょっとリスキーなものかもしれませんね。

そして、サティさんの独白。
何ていうか、自分にはリアリティが今一つ感じられなかった。
或いは、自分のまったく知らない世界であるせいかもしれません。
自分の経験的には、星野のああいう行動は、本人達にとってみれば、もっと軽い意味 で行われるものだと思います。
そして、絶望的に被害者であり、救いのない環境にいたサティさん。
最後、あらゆる現実が自分の、救いのない世界と繋がってしまったとき、彼は這い上 がれない絶望の世界しかなくなってしまった。「ふゆ」も「青猫」も、彼の絶望的な 世界の一部に含まれてしまった。
そういうのは、「世界の転換」でしか救いはないと思いました。
別の世界に出会う。
それしかないような気がします。




uz
さん

最初、どこからが小説の本筋でどこからが一般の書き込みなのか全然見当がつかなかった。パルステラさんの件なんて完全に小説の一部だと思い込んでたし、ここの管理人のla_quさんやコルネアさん等、毎晩のようにビシビシ書き込んでいる人たちは「とりあえず全員岩井キャラだ」と勝手に思い込むことにしてました。

現実と小説の境がついたのは犯人推理の部分が済んで、初めてリリィベリィのチャッ トに顔を出してからです。最初リリィホリックのリンクのページでここのことを知っ た時は「ここも小説の一部で、次からはここで事件が起きるんだ」と思ってましたか ら(笑)。

「リリィ・シュシュ」の感想というと小説自体の内容よりも、そういった現実と虚構 の境がわからずに随分と翻弄されたことが一番に思い当たりますね。
「この感じを体験させるのが岩井氏の策略なのか?」とも思いましたが(笑)。




アゲハ@リリホリ
さん

「リリィ・シュシュのすべて」が終了という事で正直寂しさがありました。
生活の一部の様な存在だったわけで、ポッカリと穴でも開いたようでした。
でも今は、この私達が見守ってきた作品を完璧なモノとしてこの世に存在させていきたいという気持ちでいっぱいです。
きっと素晴らしい作品だったと思います。
皆さんお疲れさまです。




ひなこ
さん

リリイときょうめいした
こころをすくってくれる

でもエーテルがにごって
エーテルがあばれだした

そしてエーテルのうみに
おぼれていきができない

もうもとにはもどらない
ナイフのさきはするどく
こころをきりさいていく

つばさじゃにげきれない
おもたいあしかせのせい

えーてるをにごしたのは
あおねこだけじゃない

りりいをじぶんのものと
おもっていたサティ、
あなたもです




ラン丸
さん

書き込んでいたときは、本当に頭が現実と、小説と、ごちゃ混ぜになって、分け解らなかったけど、実際にあったかのような、事件の 謎解き感覚は凄く面白かった。

私は、運良く、いつもパスカルさんが、登場する時に(表の話です)リアルタイム で遭遇することができて、かなりの緊張感と、謎が、一つ一つ明らかになっていく、快感見たいなのを味わうことができて。かなり面白かったと思います。

ただ、それはサティさんが、犯人って、分かったときまでの話で、サティさんの、告白は、確かに面白かったし、犯行の動機もわかったから、形式としては正解だったとおもいますが、もっと、久野陽子が死んでからの、星野=青猫の様子も詳しく知りたかった。

なぜ、いつから、フィリアに出入りしていたのか。とか・・・。フィリアで、ふゆとのメールのやり取りを暴露された時期は、星野が何をしていた時期なのかとか。(例えば、久野陽子を襲っていた時期とか)ふゆとのであいが、どれだけ星野に影響してたとか、本当は細かく知りたかったです。
そしたら、ふゆが男だった時の、星野の哀れさとかが、もっとでてきたりとかするん じゃないでしょうかねー。(まあそんなことしてたら、終わるのが来年ぐらいになってしまいますけどね。(笑))

サティさんの、告白だから、どうしてもサティさんから見た様子しか書けないってのはわかるんですけど・・。
もうちょおっと、背景にあったできごとも、欲しかったですねー。
なんか、すべてのつながりが、はっきりしないまま終わってしまったような気がして。

あ、でも、サティさんの気持ちや、そのときの雰囲気をリリイの歌で表現して、エーテルという物で、雰囲気をか出した所は凄くよかったです。気持ちがすごくなんか、伝わってきた。

って、私の感想はこんな感じですが、ばらばら、思ったこと並べただけなんですが、 いががですか?
今回で、本当になにもかも終わったというならば、私的には なんか、すっきりしないなーっていうのが、素直な感想です。
希望としてこんな終わり方が良かったとかは、ないんですが、なんかすっきり、終わったーーって感じがないんです。
ホリックに書き込みができなくなったときに、前半終わりって時のほうが、なんか、終わったーって感じしたんですよね。
私が、この世界に慣れすぎてしまったのでしょうかねー。

でも、本当に岩井さんには、皆に出会えるチャンスと、この楽しみを与えてくれて、感謝してますねーー。




JUICY
さん

4/1「リリイ・シュシュのすべて」が始まった日 ただ「岩井さんの作品」が始まる それを読める・・・ということしか思っていなかった。こんなに長くなるとも思っていなかったし(終わってしまうとあっという間と言う気もするけど)こんなにハマルとも思っていなかった。そして みんなと出会えるも・・・最初はただ「エーテル」を自分なりに理解しようとしていた。
「みんなの言ってるエーテルってなに?!どーゆーもの?!」と、そればっかり。結局 それは3ヶ月たった今でも よくわからない。
ただこの物語を読んで みんなの話を聞いて(読んで)リリイの曲を聴いて 私の心境と重ねて感じたエーテルが「寂しさ」「空虚感」「寂しさ・空虚感から開放されたいという思い」だった。
初めの頃に感じて それは 今も変わっていない。
たぶんそれは私の心境そのもの。
だから私は勝手にそう理解してしまったんだと思う。
だからみんなの感じたエーテルとは違うのかもしれない。
間違った解釈なのかもしれない。
でも これが私の感じたエーテル。
あっ 「エーテルは羊水みたいなもの」というのもわかるような気がする。

物語の本筋はもちろん みんなのお話もすごく面白かったしいろいろ考えさせられた。ロデムさんのおなかの中の赤ちゃんの話(ロデムさんって岩井キャラじゃないのよね?!)をはじめみんなの言葉に感心させられたり、涙したり。
リリホリには素敵な人がたくさんいた。
そして リリベリができてそんな素敵な人と出会うことができた。

読んでいて「これはホントに小説?!」「どこまでが物語でどこからが現実?!」と悩まされることもよくあった。
自分がなんか不思議な空間に入り込んでしまったような感じ。
「ホントはこーやって書き込みしているみんな岩井キャラで私だけバカみたいにそこに勝手に書き込んじゃってるんじゃないかしら?!」
なんて思うこともしょっちゅう。

物語の終わり方としては 多くの謎が残りすぎて 消化不良って感じもする。
告白後のサティがどうなったかというのももちろん気になるけど、それは「スワロウテイル」のラストシーンのリョウリャンキのようにはっきりしなくてもいい。はっきりしてしまったら、きっと悲しい結末のような気がするから。
でも 星野についてとかいろいろ はっきりしてないことが多すぎる。
これは映画でハッキリするのかしら?!(ほんとエヴァみたい・・・)
それにしても謎解けるまで長すぎる。
小説は小説としてハッキリさせて終わらせて欲しかった。
サティの告白後に書き込みが復活したのに 他のキャラが出てこないのも寂しい。みんながサティを見捨てているよう・・・。

ほんとにあれで「リリイシュシュのすべて」は終わりなのかしら?!

リリホリ&リリベリで出会ったみなさん たくさんの話を聞かせてくれてありがとう。そして これからも よろしくねっ!




yuji
さん

まだ終わってしまったという実感が湧かないなあ。
4月からLilyholicを毎日訪れるのが日常の一部となっていたから、Lilyholicが存在する限り終わりを実感できないのだろうな。
もっとリリイが直接的に関わってくるのを期待していたのだけどそういう方向性じゃなかったのですね。
リリイのすべては小林武史さんの詩で充分語られているということなのでしょうか?
青猫の視点から見た 「リリイ・シュシュのすべて」も読んでみたいな。
Lily Chou-Chouの3rdシングルに収録してもらえないかな。
これからも何か起こりそうな気がしてならないので
「Lilyholic」
見守り続けます。




RUIVSKY
さん

終わって、何かモヤモヤしています。
吐き出したくってたまらないです。

いまだに表BBSには、ひっきりなしに書き込みがされ、
ここのチャットでは物議をかもし・・・
話し合ってる。

これだけの起動力をみんなに与えたという事、
それだけで、
このインターネットノベルは、
大成功なのではないのかしら。

私は、活字が苦手で、
小説なんてめったに読まない。
ましてや、感想を話すとなっても、
「良かった」
と言うだけで終わっちゃう。

そんな私のココロを、
モヤモヤさせちゃうんだから、
吐き出したくってたまらなくさせちゃうんだから。

今は、
「ニンゲンハトベナイ」
という9文字の文章の起動力に
動かざるおえない状態の
私がいます。




detune
さん

リリイシュシュのすべての感想、というより、4月から7月までの実生活の感想を書いたほうが、より的確かしら(爆)。
それだけ僕は、このリリイプロジェクトに縛られていました。あー、気持ちいい。
小説ずっと読みたくてやっと見れたのが、ネットを始めた4月半ば。数日がかりで読んだでちゅ。そしてグライド発売後に書きこみましてん。
キャラクターになって書くこと、ってとても新鮮でした。「僕にとってのエーテルは、」なんて言っちゃってましたねー^^;
あのログは残っているんでしょうかねぇ。いやーん。よくもまぁ、あんなこと書いたなぁって今となっては思いまちゅが^^;
あるとき、キャラ同士の謎解きに参加しようと思ったら、「もうやめませんか探偵ごっこ」的な書きこみがあったので、やめちゃったよ。いやーん。
りりほりでは、いろんな人達(キャラクター達)と絡めたし、勿論岩井キャラとも絡めて、とても充実した夜を過ごせたと思っています。
新りりべりが出来てからのチャット体験も生活に大きな影響を与えていますねぇ。オフもイベントも行っちゃってますし。
ホントにリリイホリックになってしもたわ。あー最初から、こんなにネットの濃い部分を味わってしまった。
ほら、あまぁぁいもの食べた後の甘いジュースって、別に甘くかったりするでしょ?いやしらんけどね。
とにかくみんなありがとー、って何の話や。もーえーわ( -_-)ノ




ぐりこ
さん

僕にとってリリイ・シュシュのすべて とは とても素晴らしいものでした。
この小説を通じていろんな事を知りましたし
いろんな人と知り合うことが出来ました。

リリイ・シュシュのすべてはコレで全てが終わりではなく
これからが始まりなんだと思います。
たとえリリイ・シュシュのすべて
というインターネット小説がコレで終わりだとしても
あの時初めてリリイを見て感激した思い出は
永遠だと思っています。

多分二度とない感動だったでしょう。

4月からはまり続けて長かったような短かったような
少なくともこの3ヶ月半の間
リリイ・シュシュのすべて は全てだった気がします。
徹夜組のみなさんお疲れさまでした。
製作の方々ご苦労様でした。そしてこれからも又頑張って下さい。
そしてみなさん。これからも宜しく。

追伸・・・イワイマニアもよろしく(笑)




いちご
さん

気付いたらこんなにもあたしの生活に入り込んでいた、りりい。
そして、りりいの周りを包む総てのものにどきどきしていた。
途中から読み始めたので、膨大な量を読むのに幾晩か苦労した事も今ではなんだか懐かしい。

そして先日の最終回。
どうもしっくり来ず、納得出来ない部分は残っている。
サティと星野。2人の深層心理の描写を期待しすぎただろうか?
そこは各々で受け止めるべきところなのだろうか?

短い間だったけど、とても3ヶ月ちょっととは思えない、濃い時間を ありがとう。




あげは
さん

初めてちゃんと触れたネットの世界でした。
日頃から映画や音楽や本の世界を
現実に持ち込んでしまう癖がある私にとっては
すごく危ない世界でした。
色んなことを学んで、考えて、知ることができた。
それから・・・何よりも痛かったです。
まだこの痛みは完璧に消えてないのかもしれない。
こんなすごく貴重な場面に私が出会えたこと、
少しだけど参加できたこと、
全てがたいせつな時間でした。




moon
さん

『リリイ・シュシュのすべて』はまだ終わっていない。
リリイのCDはまだリリースされるし、映画もある。
Lilyholicも閉鎖されたわけではない。

しかし、それ以外にも「終わった」と思えない要因がある。
それは、ここのチャットで登場キャラと毎晩会っているからだ(笑)。彼らと関わりを持ち続ける限り、私の中でこの作品は終わりを迎えられないのかも知れない。

『リリイ・シュシュのすべて』は私の現実に侵食してきている。そう、生活すら脅かす程に……(笑)




ポロスケ
さん

岩井作品には、引き込まれるものがある。

スワロウテイルでは、僕は確実に円都にいたし、ウォーレスの人魚では、海中にいる わけではないのにパニックになって息苦しくなった。

4月8日くらいだったと思う。春休みを終え家に帰った僕は「リリィシュシュのすべ て」をはじめて見た。

第一の感想。
「乗り遅れたぁぁぁ!!」

今から考えると馬鹿みたいだが、当時としては岩井ファンとして一挙手一投足、見続 けるつもりだったのである。もちろん「岩井ファンとして」と口にするのもできない ぐらいに、この思いは打ち砕かれたが。第一の感想は「乗り遅れたぁぁぁ!!」と、直後に感じた「なんじゃぁぁぁ!こいつらぁぁぁ!!」という書き込み者への敗北感。

そんな僕でも、いつものように、引き込まれた。
それは、引き込まれたというより、なんというか、実際に僕のもとに「リリィシュ シュのすべて」がやってきて、僕の現実を支配した感じだった。
黒い画面に浮かぶ白字に、僕は震えが止まらなかった。
そもそも僕はパソコンの前に座っていて、BBSに書き込んでいる。レスも帰ってきて いる。紛れもない現実の中にいる。リアルタイムで事件がおきている。なんだなんだ なんだ???そんな怖さ。
同時に、エーテルという媒体に乗って、多くの人と共鳴をした。エーテルを紡ぎ出 す。そんな喜び。

パスカルの登場とともに、いや、もしくはそれ以前から、けれども、そんな体験はも うできなかった。
いまでも、エーテルはあそこにあって、あのときのエーテルこそ本物だ。と思う。

僕にとっては、4月5月のあの濃密な時間が「リリィシュシュのすべて」。どうしても、そこを乗り越えられないうちに、「ニンゲンハ、トベナイ」まで来てしまった。
でもなぁ、なんか納得いかない。岩井俊二は、まだなんか企んでるんじゃないだろうか。

サティの独白も終わり、リリホリは、本当の、サイトになりつつある。暖かな空気も 感じる。そこに、なんだか、希望(これから)を感じてしまう。

虚構の中で出会った人々が、こうして繋がるようになった。始めはなんだかうまくい かなっかたが、最近は順調に時が流れているように思う。

岩井俊二が僕らを巻き込んだ「リリィシュシュのすべて」、それをとりまいてみんな が創った「リリィシュシュのすべて」。今は第二段階を迎えて、円熟期にあるのではないか。第二段階を、もういちど逆手にとって、「リリィシュシュのすべて」が、岩井俊二によって、鮮やかに完結するんではないか。

とにもかくにも終わったらしいインターネットノベルズ「リリィシュシュのすべて」。
もういちど、僕らを驚愕させる「リリィシュシュのすべて」がある。
そこで僕は、昔の思い出を乗り越えられる。
僕は期待を込めて、確信している。
岩井作品には、引き込まれるものがある。のだから。

最後に。
このイベントを通して、たくさんの人に出会い、学んだことが、僕にとっては、一番良かったと思う。




la_qu


リリイホリックに初めて書き込みしたのが、随分遠い事の様に思える。

「リリイ・シュシュのすべて」を知ったのは、まだ企画が始まる前の円都通信だった。
岩井監督の小説に自分も参加出来るとあって、随分ワクワクしたものだった。
実際には、リリイホリック開設の4月1日から注目はしていたものの、2日程様子を見て実際に書き込み始めたのは4月3日からだった。
ストーリーがどう展開して行くのか、全く判らないまま、「エーテル」について語り合った「グライド」発売迄の日々・・・。
経緯として記された、まるで推理小説を読んでいる様な、パスカルによる謎解きの展開。
そして思いもしなかったリリイホリック管理人サティの陰惨な追憶のモノローグ・・・。
終焉の頃は、小説上の展開の方が現実世界よりも、ずっと辛く思えたりもしたものだった。

物語はリリイ・シュシュのCD発売を織り込みながら展開して来た。
"「共鳴(空虚な石)」こそがこの物語上、最も重要な曲"と、某雑誌の記事で読み、時折「共鳴(空虚な石)」を聞きながら物語を読み進んだりもした。そこで展開されたストーリーは「共鳴」によってもつれた糸をほどいて行く様な爽快感では無く、更に自分自身をも、もつれさせてしまう様な「共鳴」に思えた。
今、「リリイ・シュシュのすべて」を思い返して、先ず浮ぶのが「共鳴(空虚な石)」では無く、「グライド」なのは、そんな所為もあるのかも知れない。
様々な事件が前提としてある事から、「いつまでも、こんな安泰な筈は無い・・・」と不安に思いつつも、様々な人達と自分にとってのエーテルについて語り合い、まだ見ぬ"リリイ・シュシュ"という歌手の存在に思いを馳せた頃・・・。物語の展開に期待を感じながら、書き込みを模索した頃・・・あの頃が自分にとって最も印象深い「リリイ・シュシュのすべて」だったかも知れない。

何れにしろ、僕はまんまと岩井俊二という人物の作った"企画の罠"にはまり込み、生活習慣迄変える事になってしまった。
そして、こうしてオフィシャル・ファン・サイト迄作っている・・・。
勿論、感謝こそすれ、後悔等していないが・・・。

サティの辛い過去の独白で(一応?)終焉した「リリイ・シュシュのすべて」だが、リリイは「グライド」のシングルカット盤発売時、こう言っていた。

「去年は“絶望”のエーテル。でも今回は“希望”を感じながら歌えたの」
「絶望は赤のエーテル。希望は青のエーテル。・・・」

これが本当ならば、今は「希望の青いエーテルの時期」である筈。サティの独白は「絶望の赤いエーテルの時期の回顧録」だったに違い無い。
それならば、秋と言われるリリイの新しいシングルとアルバム・・・そして動き出した映画化もきっと"希望の青いエーテル"に包まれているに違い無い。