川端康成生誕100年記念

川端康成の書きかけの未発表草稿6編が公表されたのは、新潮6月号の川端康成生誕100年記念号だった。
「その草稿に続編を書いてみたら?」と言ってくれたのは、ネット上で知り合った人達だった。
その言葉に甘えて続編を書く企画を立てた。このホームページなりの川端康成生誕100年記念でもある。
今回公表される事になった書きかけの未発表草稿6編のうち、どの草稿に続けて物語を書くか、という事について新潮を読んだのだが、6編のうち3編は川端自らが体験した事に基づくエッセイであり、書き継ぐ事は不可能だった。小説としての体裁を成しているのは残り3編だが、うち「幸福の谷」と題された1編は、戦後の軽井沢を舞台とした実話に基づく物語らしく、その実話、ましてや戦後の一時期を知らぬ私にとっては、これも書き継ぐ事は出来ないものだった。
残りの2編は「目」、「木木はみどり」と題されたもので、共に同じ出来事をモチーフにしていると思われる(オリジナルは下段参照)。
「目」と題された方は、400字詰め原稿用紙1枚分、「木木はみどり」と題された方は400字詰め原稿用紙に僅か4行に過ぎない。「目」の方は「私」を主人公とする一人称の記述となっており、「木木はみどり」の方は「有島」という人物を主人公とする三人称となっている。
モチーフはどちらも初めて逢った娘とじっと見つめあったという事柄を軸にしている。
小説として書き継ぐ場合には「有島」という名前の三人称の「木木はみどり」に魅力があり、物語としては原稿用紙1枚分ある「目」の方に魅力がある。
考えた末、この両方を合わせて「有島」を主人公とし、「目」を基軸として、題名は逆に「木々は緑」で書き継ぐこととした。
幸いにして、この僅か1枚の「目」の中に、川端は重要な物語のヒントを残してくれていた。“椿の花が一輪、小川を流れて来る”という描写である。これはまさしく「落花流水」をそのまま表しており、物語の中に男女の思慕がある事が連想される。
文体は基本的に川端調を崩さぬ様、留意した。登場人物の台詞等も思う限り川端の文調となる様にした。尚、細かい表記は現代語に直してある。
書き継いだ物語のコンセプト、展開(ストーリー)、表現、前述した文体も含め、異論は多い事と思うが、所詮は、敬愛する川端文学の(素人の)軽薄なモノマネに過ぎず、お遊び事としてお許し願いたい。
上記の事を御承知頂いた上で、下のリンクをクリックしてお読み頂ければと思う。
(本文中、川端康成未発表草稿から引用改変した冒頭部分は、赤色表示とした)






「木木はみどり」

 有島があっと息をのむやうに、娘を見つめたのは、これは必然だったが、娘がなぜ彼を見つめたのだらう。はじめて会ふ有島を、いきなり、あんな風に……。



「目」

 旅の町で、その少女に会った。会ったとは言っても、路ですれちがっただけである。すれちがっただけであるが、その時、目を見合った。ただのゆきずりの人であれば、そのやうに目を見合ふことはあるまいやうに目を見合った。少女の目から私の目を通して、少女のたましひかいのちかが私のうちにはいった。
 それは山の町の小路であった。山に近い空の裾はもう夕映えの来る静かな色で、路の片側は小川に沿っていた。その空から小川に目を移すと、椿の落花が一輪浮んで流れて来た。なにを思っていたのかおぼえていないが、もの思ひしながらの私の足は、水の流れよりもおそかった。
 私は椿の花の流れてゆくのを見送ることになった。椿の花は花の形のまま上向きであった。ほとんど半ばは水につかっているのに、

(引用 : 新潮社「新潮」1999年6月号)





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