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第二章「大黒埠頭」第三章「真夜中の匂い」



第四章 「卒業」

年が変わって、僕達は卒業を待つだけだ。正月に届いた年賀状の中には、去年と同じ様に幸江からの葉書もあった。
2月……、斉藤のクルマ選びはここ数カ月の間に一転した。家族で使うという事で、サニーより大きめのスカイラインが候補になったのである。斉藤の憧れのRSターボになるかどうかは判らないが、とりあえずスカイラインである事は間違い無さそうだ。斉藤の喜びようは大変なものだった。
「いやぁ、福山センセー、あとはRSターボにしようって両親を説得するだけですよ。ま、ダメでもスカイラインなんだから………。ウチは4ドアしかダメだけど、サニーじゃやっぱり面白くないもんね。スカイラインの4ドア。コレしか無いよ。」
「イイなぁ。でね斉藤センセー、色は?」
「ウチはコレも白じゃなきゃダメだって事になってるからさ。」
斉藤は夢のひとつを叶えつつある。

そしてある日、斉藤から1枚の葉書が届いた。葉書の裏には、サインペンで大きく“RS-X”と書かれていた。そしてはじっこの方には小さな文字で、「今度のクルマはスカイラインのターボRS-Xに決まりました。最高に嬉しいです!」と付け加えてある。彼はとうとう夢を叶えてしまった。
早速、斉藤に電話をする。
「よかったなぁ、斉藤。」
「いやぁ、ウレシイ。ありがとう。」
「まさか、本当に手に入れちまうとは思わなかったよ。」
「ウ〜ン、オレも本当に手に入れられるとは思わなかった。あきらめずにいるもんだよな。」
「就職したらオレもランタボ買うからさ。」
「そしたら白い4ドアセダン2台で走ろうぜ。」
「あゝ。そうしよう。」

3月、卒業式の日。曇り空の中、ボクはラムダを大学に向けて走らせていた。
取手駅からの裏道、大学の近くで、僕のラムダの後ろに白いスカイラインRSターボがついた。斉藤だった。キャンパスへの道で、ラムダとスカイラインRSターボがランデブー走行をするのも、今日が最初で最後……。時間を申し合わせていた訳ではないのに、偶然にも最後の日に2台が並んだ。クルマ中心だったキャンパス・ライフを終えるのに、随分とふさわしいシチュエーションだと思った。

卒業式………苦労した卒論も期限迄には無事提出し、もう評価ももらった。細井も就職が決まった。もう心残りになる事等無い筈だ。でも、何か………何かが足りない気がする。それが何かは判らない。でも、このキャンパスを離れる前に何かを………。けれど………その何かは最後迄判らないままだった。それでいいのかも知れない。多分………何も無いのだろう。自分の庭の様な気持ちでいたキャンパスを、手放してしまうのが惜しくて仕方が無いだけなのかもしれない。
卒業式を終えて、写真を撮った。
部室で少し騒いだ後、皆、それぞれキャンパスを後にした。斉藤も、富沢も、細井も、下山も……。
「福山、又電話しろよ。」
「あゝ、斉藤も。………富沢センセーも。」 「あゝ。するよ。」

僕と斉藤、富沢の3台のクルマはキャンパスを出て6号線を東京方面へ走る。柏で僕だけは16号線に曲がるのだ。分岐点で鳴らし合ったクラクションの音が、いつまでも耳に残っていた。

それから数日後の夕方、斉藤から電話がかかって来た。
「おぅ、福山センセー元気か?」
「おかげさんで。」
「そいでさぁ、明日富沢センセーとRSで箱根に行こうって話になってるんだけど、、福山センセーも行かないか?」
「行く、行く! 絶対行く!」
「そう。じゃさ、富沢センセーとも話したんだけど、明日早く行きたいんだよね。で、今日これから、福山センセーが電車で富沢センセーの家に行ってさ、で、一晩泊まって明日の朝早く富沢センセーのクルマに乗ってウチに来る―っていうのでどう?」
「OK、OK!」
「じゃ、富沢センセーに電話させるから。じゃ明日。」
「あゝ、どうも。」
風邪気味で少し喉が痛かったが、そんな事は関係無かった。

午後6時過ぎに家を出て、恵比須駅で富沢と待ち合わせた。
「悪いね〜、富沢センセー。」
「いえ、いえ。」
「明日何時だって?」
「斉藤センセーが朝7時か7時半頃迄には来てくれって言うから、こっちを6時半頃には出るつもり。」
「OK。」
「福山センセー、ついでにウチのステレオ、ちょっと音質調整してよ。」
「いいよ。」
「今日は明日早いから早めに寝なくちゃ。」
「そうしよう。明日の力を貯える為に。」

それでも思いで話に花が咲いた僕達が寝込んだのは、もう午前1時を過ぎた頃だった。
朝、目覚ましの音に重い頭を無理矢理上げる。
「くそ〜、眠いナァ。」
「ホレ、センセー急いで行くぞ〜。」
良い天気だ。昨日からの喉の痛みがとれないのが、しごく残念な事に思える。

斉藤の家には予定通り。
「オハヨー。」
「オハヨー。予定通りだろ?」
「あゝ、行こうか。」

その日は、真新しいスカイラインのターボRS-Xで目一杯走った。湘南、西湘バイパスを通って、まだ路肩に雪の残る箱根へ。そこから河口湖、富士スバルライン、帰り道はコレ又買ったばかりのパーソナル無線で、大騒ぎだ。
「誰かつかまんないかなぁ。どっかの交信に割り込んじゃおうぜ。」
「女の子話してない?女の子。」
「斉藤センセーちょっと貸して。」
「富沢センセーちょっとだけですぜ。」
「モォシ、モォシ、どなたかメリットありませんかぁ。」
―『ハイ、こちらドナルドと申します。ドナルド・ダックのドナルドです。』
「オッ、出た、出た。ハイハイ、こちら……エーット、こちらバルタン星人のバルちゃんデ〜ス。」
「なぁんだよ。それ。」
「あっ、富沢センセー信じらんねぇ。人のコールネーム、勝手に付けやがって。バルタン星人のバルちゃんはヒデェなぁ。」
「どっから出て来たんだ?バルタン星人のバルちゃんなんて……。」
3人で笑い疲れる程笑った。

その夜、駅迄送ってもらって乗った電車の中、疲れて閉じた瞼の裏に映ったのは、今日の出来事では無く、夏の夕暮れの湘南の風景だった。
もうすぐ会社が始まる。今日の一日が本当の意味でのキャンパス・ライフからの卒業だったのかも知れない。でも、もしそうなら……僕は卒業出来なかったんだと思う。僕の頭の中は、まだキャンパスからつながるこんな生活で一杯だったから……。

to be continued