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プロローグ第一章「夏の終わり」-1-第一章「夏の終わり」-2-



第二章 「大黒埠頭」

8月の下旬、スカイライン・シリーズがマイナー・チェンジを受けた。斉藤の憧れるRSターボは、超薄型ヘッド・ランプとグリルレスのフロント・マスクで、今迄より更にスタイリッシュになった。早速、斉藤から電話がかかって来る。
「もしもし、福山さんのお宅ですか?」
「あ〜、斉藤。オレオレ。」
「お〜、福山。雑誌見たか?」
週に一度は会っているのに、こういう話となると待っていられない。
「お〜、見た、見た。いいじゃん、アレ。前のよりイイよ。」
実は当時、世間一般ではこの新型のスタイルは評判が悪かった。でも、僕と斉藤は非常に気に入っていたのだ。
いいナァ、アレ。ますます欲しくなっちゃったよ。」
そう言う斉藤の顔が浮ぶ様だった。

それでも、僕達が初めてその新型スカイラインRSターボを見たのは、9月の半ば、大学の講議が始まる頃だった。

斉藤からの「遊びに来いよ」という電話で鶴見迄出向いたのは、見るからに憂鬱そうな曇り空の日。親父と共同使用だったラムダは、その日は使えず、電車を利用して、鶴見駅で待ち合わせた。しかし、駅前へ出ても見覚えのあるスカイラインGT-Xはいない。
「福山〜。」
斉藤の呼ぶ声がした。
「アリャ?クルマは?」
「アレ。」
斉藤の指す方を見ると……。
「ヘッ?サニーのバン?」
見るからにオンボロのサニー・バンが停まっている。
「スカイラインは?」
「整備に出してんだ。だから代車。」
僕はサニー・バンの助手席に乗り込んだ。
「もう一台、もっと綺麗なサニーのセダンがあったんだけどさぁ、面白そうだからこっちを借りて来た。」
「で、面白い?」
「面白い、面白い。カーヴをちょっと攻めると息つきするんだぜ。」
「おお、良いナァ〜、それ。遠心力でキャブの中のガソリンが片寄っちゃうんだな。」
「そうそう、面白いぞ〜。スリル満点だよ。試してみる?」
「あゝ。」
「よ〜し、それじゃ大黒埠頭へ行こうか。」

大黒埠頭は、僕とクルマの関わり合いの原点の様な場所である。クルマそのものは中学時代から好きだった。けれど、初めてクルマを運転したのは、この大黒埠頭。斉藤のスカイラインなのだ。ステアリングをどの位切れば、クルマがどの位曲がるかも判らず、随分とヨタヨタした運転だった。何度やってもうまく曲がれないS字カーヴがあって、「福山カーヴ」等と異名(?)をつけられた場所もある。教習所へ通う前の話だ。
その後も僕達は、よくこの埠頭へやって来て、用も無いのに埠頭内をグルグル走り回った。夜になると、この埠頭にかかる大黒大橋上から見る夜景が最高に綺麗だったし、この埠頭には輸出入・移送のクルマのプールがあって、色々なクルマを見る事が出来た。運が良ければ、まだ発表前の新型車が無造作に置いてあったりもする。

大黒埠頭で、僕は斉藤と運転を交代した。オンボロのサニー・バンは、さすがに力が無い。
「マァ、でも走るじゃん。」
カーヴを曲がっていると、突然エンジンが息をつき、前につんのめる様な形で一瞬内側に切れ込んだ。タック・インである。
「おっと!お〜、これか〜。」
「な、面白いだろ?」
「お〜、面白い、面白い。」
埠頭内を何周かして、僕は斉藤にステアリングを返した。斉藤も埠頭をグルグル走り回っていたが、急にサニー・バンを停めた。
「どした?」
「スカイラインだ……。RSターボだよ。」
道路の横、金網の向こうの自動車運搬船積み込み場に、新型のスカイラインRSターボが停まっていた。クルマを降りて外へ出た。
「新型、初めて見た。」斉藤は金網の向こう30m程に停まっているRSターボを見つめている。
「おれも初めて見た。」
と、そのRSターボは積み込みの為に動き出した。他のGTシリーズのスカイラインの列からバックでノロノロと動き出したRSターボは、広い場所へ出ると突然方向を変え、ダッシュをかけた。FJ20エンジンの音が響く。
「速い!!」
思わず顔を見合わせる。 僕達はそのRSターボが自動車運搬船の中に消えてしまう迄、金網にしがみついて見ていた。斉藤は、自分の手でRSターボを運転する日を夢見ていたに違いない。僕は思っていた。斉藤がスカイラインのRSターボで、僕がスタリオンのGSR-IIターボで、一緒に走れる日がやって来るだろうかと……。

幸江からの返事は来ないままだった……。

大学の講議が始まった。僕は週に1度のゼミを受けに大学へ行く。週休6日制という訳だ。ゼミの専攻は西洋経済史。富沢と同じゼミである。
「富沢センセー、就職決まったんだって?」
富沢は人の苦労を知りめに、真っ黒に日焼けしている。
「お〜、福山センセー元気でしたか?もうバッチリですぜ。泳ぎに行っちまいましたよ。海に!」
なんて奴だ……。ウラヤマシイ。
「コノヤロウ!人が苦労してるのになんて奴だ。」
「あ、福山センセー、磯山と下山センセーも就職決まったの知ってる?」
「エッ!知らない。ゲ〜、決まってないのオレだけじゃないの?」
磯山、下山、2人ともやはり芸術部の写真科だ。
「磯山はマツダのディーラー。下山は先物取引の会社だって。」
「先物取引〜?大丈夫なのか?そこ。」
「大丈夫らしいですぜ。下山センセーの決めた所は。」
「マァ、下山だって調べただろうからな。ところで、富沢センセー、就職決まったら卒論は?」
「ボチボチですよ。マァ、福山センセーも頑張って下さいよ。」
そう言われて笑っていたけど、内心は焦っていた……。

10月……“企業研究”と呼ばれていた就職活動が、正式に“会社訪問”と名前を変える。この頃になっても、僕は何処からも色良い返事をもらっていなかった。もう回った会社は10社を軽く超えている。勿論幾度か押しかけた所もある。でも、駄目だった。もう事前の根回しは意味が無くなった。通常の活動に切り替えるしかない。
10月の始め、あるオーディオ・メーカーと例のキャラクター商品の会社説明会の日が重なった。迷っていた。そのオーディオ・メーカーは、夏の間に3度も押しかけた所だ。キャラクター商品のメーカーは……あの娘も来るかも知れない……。
当日、僕はオーディオ・メーカーの門をくぐった。でも、それは失敗だった。いや、どちらに行っても失敗だったに違いない。

数日後、今度は地元のオーディオ用スピーカー・メーカーを受けた。規模は小さいが、僕自身愛用しているスピーカーのメーカーで、僕はその音が国産の中では一番気に入っている。
通知は更に数日後に届いた。“内定。当社に決定の場合は、◯月◯日迄に書類を提出して下さい”。
提出期限後に都内のコンピュータ・ソフト会社を受ける事になっていた僕は、ギリギリ迄悩んだ挙げ句、書類を提出し、就職活動にピリオドを打った。

僕は鎌倉へ向った。就職先を決定してしまった今になっても、心の何処かでまだ迷っている。苦労して歩き回った割には、あっけない終わり方だった。あの会社で良かったのか……。本当にこんな就職活動で良かったのか……。そんな気持ちを鎮めたくて、この街にやって来た。
鎌倉……なんと優しい香りのする街か。スケッチブックを抱えてはいたが、何処もスケッチをせず、唯々あちこちを歩いた。極楽寺、桜橋、極楽寺坂、星月夜の井、由比ヶ浜、高徳院、裏大仏、佐助稲荷、化粧坂、亀ヶ谷坂、明月院、浄智寺……。そして北鎌倉から鎌倉へ戻って、IZA……。薄暗い店内で独りでコーヒーを飲みながら、アルテックのA7から流れるジャズを聴いて、僕はふと気が付いた。“そうだ、オレはこの業界に足を踏み入れたんだ”。迷いか消えてゆく……。
「いい音ですね。」僕はそう言って店を出た。それはお世辞でも何でもなく、本心から出た言葉だった。
今迄の就職活動が夢の様に思える。一生懸命説得してくれたクルマのディーラーも、つれなくされた画材の会社や放送局も、そしてキャラクター商品メーカーで出逢ったあの娘も……。帰りの横須賀線に揺られて、僕は目を閉じた。
“明日からは卒論に没頭しなくちゃ……”。

幸江に手紙を書いた。
“就職先が決まりました。オーディオ用のスピーカー・メーカーです。小さな会社だけど一応業界じゃ有名だし、何より私の希望だった創造性のある製造元という点が気に入っています。慣れる迄大変かも知れないけど、いずれは私が"口出し"した製品を世の中に出してやろうと考えています。
久し振りに鎌倉へ行って来ました。今回は何処も描かずに帰って来てしまったけれど、あの街も相変わらずで、落ち着いた雰囲気に浸って来ました。……
君の仕事はどうですか?だいぶ涼しくなって来たけれど、風邪などひいていませんか?身体を大切に。”

大学へ出て就職先決定の報告を済ませる

「富沢センセー、オレも就職決まったぜ。」ゼミで富沢に声をかける。
「え?何処に?」
「オーディオのスピーカー・メーカー。オレの持ってるスピーカーのメーカー。」
「そりゃおめでとうございます。」
「ありがとう。お祝いになんかくれ。」
「バッカヤロゥ!何言ってんだよ、オメ〜は。」
「マァ、マァ。で、富沢センセー、卒論の進み具合はどうだね?」
「もうバッチリですぜ、センセー。完璧。」
「ゲッ、本当に?」
「ウソに決まってんじゃん。」ジョークと大笑いの連発。
楽しかった。大学生活が心底楽しいと感じたのは、随分と久し振りの様な気がしている。あとは……この楽しい大学生活が、あと半年足らずで終わってしまう事を、今は忘れてしまおう。

10月の下旬、幸江から手紙が届いた。
“御無沙汰していてすいません。就職内定おめでとうございます。オーディオのスピーカーのメーカーなんて、あなたにぴったりではないですか。本当におめでとう。頑張って下さい。
私の方は毎日忙しくて大変です。でも、やりがいはあります。きちんと戦力になれるという所が嬉しいです。私か商社を選んだのはその為だもの。
とにかくおめでとう。残りの学生生活を思いきりエンジョイして下さい。

Sincerely yours Sachie”

最高に嬉しかった。何もかもがうまく行き始めている。そんな気持ちだった。


Coffee Cupにゆれる陽ざしうけて 細い指が話している
ななめにかぶって頬に薄い影 浅い春の帽子

こんなふうに逢っては語る それぞれの出来事や物語
そして彼女らしさ感じて ほっとするんだいつもボクは……

She is being herself, Love the way she is
She is being herself, Yes she is
Yes she is ……, Yes she is ……, Yes she is ……
She is being herself, Love the way she is
She is being herself, Yes she is
Yes she is ……, Yes she is ……, Yes she is ……
 

黒い瞳はいつまでも少女のようでも 風が運ぶ香りはLady
はじめて言葉交わした日から いくつ季節かさねただろう?

やさしい時を過ごしたあとは いつまでもつきない Pillow talk
やがて明ける空を背に きれいになったよ Um……キミは……

She is being herself, Love the way she is
She is being herself, Yes she is
Yes she is ……, Yes she is ……, Yes she is ……
She is being herself, Love the way she is
She is being herself, Yes she is
Yes she is ……, Yes she is ……, Yes she is ……
 
 

[“彼女はモデラート”・石川ひとみ・キャニオンレコード]

しばらく後、斉藤も物流関係の会社に就職が決まった。
「お〜、良かったナァ、斉藤。」
「あゝ、でも就職してからが大変そうだ。」そう言いながらも、斉藤はやはり嬉しそうだ。
「他に誰か決まったかナァ。斉藤センセー、誰か聞いてない?」
「サァ?聞いてないな。」
「細井はどうだろ?あいつ成績良いし、なんか何処かの会社で社長面接迄行ったって話も聞いたけど……。」
「アイツはまだみたいだよ。成績良過ぎてダメだったらしいし……。」
「なんだ、それ?」
「あんまり成績良過ぎるんで、固い奴だと思われたらしい。」
「そんなのってあるのか!」
そんな事が本当にあるのなら理不尽な話だ。本気で腹が立った。
細井はやはり芸術部で、僕と同じ絵画科。学生会の役員も兼ねている。絵画論では、先輩達と対立する時でも、僕の良き理解者だった。彼も相当悔しい思いを重ねて来たに違いない。就職が決まって明るくなった心に、影が落ちた感じがした。
「福山、又遊びに来ないか?横浜行こうぜ。」
「行く、行く。内定祝いだ。」斉藤の言葉で、僕は憤りを振払った。細井には頑張ってもらうしかない。手助け出来る事ではないのが悔しいが……。

斉藤の所へ遊びに行った日、横浜・山手を走り回った夜、僕達は再び大黒埠頭へ向った。大黒大橋を渡る。埠頭の向こう側に夜景がオレンジ色に瞬いていた。
「綺麗だナァ。」
「あゝ、でも福山センセー何度も見てるじゃん。」
「就職も決まったし、今日は特に!」
「なぁ、福山。あと半年でこんな事してられなくなるなぁ。」
「そうでもないんじゃないかな。結構変わんないと思うけどな。」
「マァ、変わんないか。」
「変わんない、変わんない。」
僕達はお互い自分自身に言い聞かせていた。変わりたくはないと……。

to be continued