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プロローグ第一章「夏の終わり」-1-



第一章 「夏の終わり」-2-

この休みに入ってから、僕と斉藤は一週間に一度の割合で、大学の就職課へ状況を報告しに行っている。大学は、茨城県の取手駅から更にスクールバスで30分という場所だが、夏休み中はスクールバスも運行していない為、自分達のクルマで通うしか無かった。けれど学生にとってはガソリン代も切実である。そこで僕らは一週間づつ交代でクルマを出す事にした。クルマを出した方が取手駅でもう一人を拾うという方法である。
そして今日は僕の番だ。取手駅前のロータリーの隅にラムダを停めて待っていると、斉藤がやって来た。
「オハヨー。」
「おはよう。」
「どうだね。どっかイイ会社はあったかね。」
「駄目だね。斉藤は?」
「全然。ところでさ、富沢センセーの就職決まったんだって、知ってる?」
「知らない。何処に?」
富沢というのも同じ芸術部。やはりクルマ好きの仲間だ。そして我々は何故かお互いの事を◯◯センセーと呼ぶようになっていたのだった。
「東京トヨペットだってさ。」
「クルマのディーラーか。合ってるかもな。オレにはちょっとクルマのセールスは出来ないと思うけど、アイツなら合ってる感じがするよ。何れにしろウラヤマシイ。」
「だから富沢センセー、もう遊び回ってるらしいぜ。」
「チクショー。」
僕はサイド・ブレーキをリリースして、クルマを発進させた。
「福山、あれから何処か回った?」
「あゝ、例のキャラクター商品のメーカー。」
「どうだった?」
「駄目だよ。全然。だってデザイン部門に行ったら、みんな美大関係ばっかりなんだぜ。」
「そりゃそうだろうな。やっぱり。」
「かなわないよ。でもさ、ちょっと可愛い娘がいたんだ。企業研究に来てた中に。」
「おお、そこに行くしかないじゃん。で、その娘とは話したのか?」
「1時間だけ恋人だったんだ。」
「なんだよ。、それ。」
「あとで説明するって。」

土手沿いの道を走る。快晴の真っ青な空。遠く、地平線近くに入道雲が湧き立っていた。いかにも“夏”を象徴する様な景色だ。
「夏っぽいねぇ。」僕はつぶやいた。
「夏だねぇ……。海に行きたいねぇ。」斉藤も言った。
「行きたいねぇ、海。」
「行っちゃおうか、海に!」
「行こう!行こう!」
「ようし、報告を早めに済ませてそのまま海へ行こう。」
「そうしよう!そうしよう!」
こういう話がまとまるのは異常に早い。
それでもその日、すべての報告を終えて、再びラムダのステアリングを握ったのは、もう11時近かった。
「斉藤、早くしろよ〜。」
「待てよ。今行くよ。ゲ〜、もう11時近いのかヨ。」
「そうだよ。早く行こうぜ。」
道路は混んでいた。けれど、キャンパスを出てからは、もう焦ってはいなかった。今日はもう何も予定は無い。“海”に辿り着ければいんだ……。

中々流れない6号線を抜けて、都内へ入ったのは1時30分頃。
「福山センセー、腹減ったヨ〜。」
「斉藤センセー、又始まっちまいましたか?」
「だって腹減らねェか?もう昼なんかとっくに過ぎてるんだぜ。」
「確かに、腹減った。けど、ここいら辺知らねぇからな。」
「まかせろ。」
「斉藤センセー、よく知ってるナァ。そういう所だけは。」
「何だって?」
「あ、いや何でもございやせん。」

疲れ切った胃袋を抱えて、“デニーズ”の席に着いた。
「で、福山、説明してもらおーか。」
「へ?何を。」
「1時間だけ恋人だった娘!」
「あゝ、別に大した話じゃないよ。」
僕は斉藤にそのいきさつを説明した。
「ふ〜ん。で、名前は?」
「知らない。聞かなかった。」
「どうして〜?」
「いいんだよ。そこ迄の気は無いんだから。」
「“今後の就職活動の為に、連絡取りたいから”とかなんとか言って、名前と電話番号くらい聞けば良かったじゃん。」
「それってあまりにもしらじらしくない?」
「う〜ん。」
「いいんだよ。毎日就職の事考えると憂鬱になっちゃうから、そういう中で“ちょっとイイ時間だったな〜”っていうだけなんだから。」
僕は幸江の事を考えていた。“やっぱり幸江と比べちまうもんな……”
斉藤には以前、幸江の事を話した事がある。だから……多分わかってくれたんだと思う。「しょうがないな、福山は。」そう言って、それ以上その話には触れなかった。

少し急いで食事を終わらせ、外に出ると、斉藤が「ちょっと待て」と言って缶コーヒーを買って来た。
「マァ、あわてずに行こうぜ。」
午後の陽はまだ高く、灼けつくようだった。喉を通る冷たいコーヒーが気持ち良くて、一気に飲み干した。

デニーズを出てからも、道は一向に空かない。渋滞にはまったラムダの水温計は、だんだん上昇し始めた。僕のラムダは中古で購入する際、適当なエアコンを取り付けてもらったのだが、そのエアコンの容量がエンジンに合わないのか、長時間渋滞にはまっていると、オーバー・ヒート気味になってしまう。しばらくは、停車中でもアクセルを踏み、エンジン回転を高めて冷却水とエンジン・オイルの循環を早めてゴマカシていたが、、それだけではだんだん押さえきれなくなって来た。
「悪いけど、ちょっとエアコン止めるよ。オーバー・ヒートしそうなんだ。」
「しょーがねぇな。」
しかし、幸いにも我慢はそう長く続けずに済んだ。都心から離れるにしたがって、クルマは徐々に流れ始めてくれたから……。

「もうすぐ海だぞ〜。」斉藤が叫ぶ。4時を過ぎていた。 「いい時間だな。」僕は本心からそう言った。今からなら丁度夕暮れになる。
「何か別な曲は無いの?」斉藤がカセット・ケースを探っている。
「あった、あったコレがイイや。アレ、福山センセーこのアルバム持ってたっけ?」
「富沢センセーのだよ。斉藤が借りて、その次にオレが借りたんだろ。」
「そうだっけ?マァいいや。」

海辺の三叉路横切って
タクシーだけ待ってたの
あなたは通りの向こう側
霧が低く流れてる
靴の底には砂がつまって
痛いから
逆さに振れば二人だけの夏が
こぼれるわ
 マイアミの午前5時
 ブルー・グレイの海の
 煙るような夜明けを
 あなたも忘れないで
 水色の午前5時
 車の来ない道の
 白いセンター・ライン
 駆けよってサヨナラと
 キスしてね

はじめて出逢った瞬間に
傷つく日を予感した
あなたの腕の缶のビールを
いたずらに
ひと口飲んで遠い船の灯り
数えたわ
 マイアミの午前5時
 街に帰る私を
 やさしく引き止めたら
 鞄を投げ出すのに
 水色の午前5時
 生きる世界が違う
 そう短くつぶやく
 横顔の冷たさが
 憎らしい

 マイアミの午前5時
 ブルー・グレイの海の
 煙るような夜明けを
 あなたも忘れないで
 水色の午前5時
 車の来ない道の
 白いセンター・ライン
 駆けよってサヨナラと
 キスしてね
 

[“マイアミ午前5時”・松田聖子・CBSソニー]


僕達が湘南道路に着いたのは、5時過ぎ。江ノ島近くのカフェ・テラスにラムダを停めた。
大きなガラスの窓から店内に射し込む陽の光は、もうオレンジ色に染まり始めている。
「コーヒーを二つ。」
僕達は海を見ながらコーヒーを飲んだ。
「これがやりたかったんだよな。」
「そうそう、他人から見たらバカげてるかもしれないけどね。ここで夕焼けの海を見ながらコーヒーを飲みたかったんだ。」
「相手か斉藤じゃなくて、女だったら尚良かったけど。」
「悪かったな。お互い様だ。」
それでも、僕達は満足していた。こうしていられるのは今だけかも知れない。そんな気もしていたから……。

陽が翳るのを待って、僕達は店を出た。
斉藤を送って、彼の鶴見の自宅に着いた頃は、もう暗くなっていた。
「それじゃ今日はどうも。又来週。」
「あゝ、何かあったら電話するよ。」
「何も無くても、ヒマだったら電話しろ。」
「わーった。」
「気を付けて帰れよ。」
「あゝ。」
首都高速を走った事の無かった僕は、環七を使う為、1号線を東京方面へ向った。
明日からは又、今迄通り就職活動をしなければならない。何か祭が終わった後の様な気分だった。まだ8月の半ばだというのに、僕にとっての夏はもう終わりの様な気がしていた。
僕はさっきのカセット・テープ、松田聖子の「ユートピア」をカーステレオに押し込んだ。せめて、家に着く迄は、この夏が終わらない様に……。

その夜、僕は幸江に手紙を書いた。
“元気ですか?暑さでバテてはいませんか?仕事はどうですか?もう、すっかり慣れたた事と思います。短大を出て、先に就職した君の事、今、少しうらやましい気がしています……。”

to be continued