なんでクーペ・フィアット?(その1)

まず始めに、僕が大のアバルト・ファンだという事を言っておかなければならないだろう。……と、ここまで言ってしまえば、僕がクーペ・フィアットを選んだ理由の半分は語ってしまった事になるが、まぁ、そこは順序として……。その中にも色々有った紆余曲折を話そう。

僕はその頃、ルノー21ターボに乗っていた。これは今でも実に良く出来た車だったと思う。体感加速もボディ剛性も、ステアリングの正確さもクーペ・フィアット以上だったと思う。非常に安定した車で、夏場でもオーバー・ヒートの兆候も無かったし、エアコンもきちんと効いた。
でも、僕がその安定した車で走りながら思っていたのは、ルノー21ターボを購入する前に乗っていたフィアット・リトモ・アバルト130TCだった。
リトモ・アバルトとの付き合いはたった2年間だったが、それでもリトモは僕に十分な衝撃を与えていた。結局は6月から9月迄の乗車を不能にするオーバー・ヒート、直らない雨漏り、付いてはいるが全く効かないエアコン等、実用性の無さでやむなく手放してしまったが、その音やバランスの悪さ、癖の強さ、ソレックス2連装による独特の儀式、運転方法、渋い操作系等、その暴力性に強く魅了されていた。それはイタリア車特有の味でもあったろう。
その実用性に乏しいリトモ・アバルトの代わりに購入したのがルノー21ターボだったのである。
ルノー21ターボも、例えば4速40km/hで走行中、一気に2速迄シフト・ダウンし、アクセルをバンと踏みつければ、たちまちホイル・スピンが止まらなくなり、どこへ行ってしまうか判らない様な暴力的な車だったが、それでもイタリア臭い 暴力性に比べれば、どこかまだ落ち着いた感じがしていた。
勿論それなりに僕はルノー信者にもなったし、ルノー5ターボ(ミッド・シップの方の)やアルピーヌ(僕はV6ターボのデザインに惹かれていた)に憧れもした。ゴルディーニは好きだし、マトラと聞けばワクワクする(今でもマトラ・ジェットは欲しい)。事実僕は21ターボのリヤ・クォーター・ウインドウに「MATRA」と英字シールを貼り付けていた。
でも、やはり心の何処かではイタリア車に憧れていた気がする。
21ターボに乗って3年目、近くのイタリア車の店に行って、デルタ・インテグラーレやら、テーマやら、アルファ・ロメオ155やら、ティーポ16Vやらを試乗しまくった。
余談だが、その中で特に印象に残っているのは、雑誌の評価とは別に、デドラのHFターボだった。8VのDOHCにターボで165馬力と、デルタやテーマに比べればチューンは低いものの、実際の暴力性(バランスの悪さ?)は1番で、8Vの為、低速トルクが他の同エンジン・チューンよりも一番有り、発信でアクセルを多めに開けると、ホイル・スピンが止まらなくなる所等、リトモ・アバルトそっくり。エンジン音の"がさつ"さもリトモ・アバルトの様だった。期待外れだったのはデルタ。16Vになってからのデルタは最終版の215馬力になっても、低速トルクが無い為、街中では大して速くも無く、4WDだから安定していて、僕程度の腕ではバランスを崩す事等出来なかった(僕程度の腕でこの車のバランスを乱す走りをすれば、即事故につながるって事だね)。
安全な速度域で少しは暴れてくれなきゃつまらない。
話を元に戻して……。
でも、僕にはその時車を買い換えるなんてとても出来る事ではなかった。何故なら、当時ルノー21ターボは最も価格の高い時期で、あと1年ローンが残っていたからなのだ。
それでもやっぱり一度目覚めてしまったイタリア車熱は冷めない。「また、あのリトモの様な車を(でも今度は実用になるイタリア車を)」という思いで、毎日車雑誌をにらんでは空想に浸っていた。自分は本当はどのイタリア車が好きなのか、リスト・アップしてみたりもした。
フェラーリは勿論好きで、特に288GTOは憧れだが、そんな現実離れしたのは外しておいて……と言うよりフェラーリより好きな車があったのだ。それがアバルト。特に(ピュアなアバルト・マニアには怒られそうだが)僕が好きなのはフィアット131アバルト・ラリー。デザインでは750レコルト・モンツァとピニンファリーナの2000スペチアーレ。でも、まぁ、どれもやっぱり手に入るものではない。
131アバルト・ラリーは雑誌を見ていると時々400万前後で売り物が出ていたが、「まてまて、またリトモの時の様に手放す事になるぞ」と、そのリトモ以上であろう実用性の無さにいつもこらえていたのだった。
そんなある日ふと目にしたのが(前から知っていたが忘れていた)、ランチア・トレビという4ドア・セダン。これ外観は大人しい単なる(出た当時からクラシックな雰囲気の)4ドアなのに、インパネのデザインときたら、工業デザイナー、マリオ・ベリーニの突拍子も無いデザイン(平らな面にメーターやらインジケーターやらスイッチやらを総て丸い穴で、クレーターの様にボコボコ開けたデザイン)で、今この時代に新車のインパネに使っても決して古くないものだった。
気に入ってしまったんだなこれが。高性能版の方はボルメックスというアバルトが開発したボルメトリーコ(スーパー・チャージャー)付きだし。
ところが調べてみるとこの車、古いからもう殆ど存在しない上に、特にボルメックスでまともなものは皆無という。
その時又目にしてしまったのが、もうひとつの車。トレビの様にボコボコ穴の開いたインパネ(トレビの様に奇抜ではなく極々常識的なデザインだが)の4ドア・セダン。しかも、前から憧れていた中の1台……。
それはランチア・テーマ8.32だった。