ほとんどグラフティ

こんな店が好きだっ!

美味しいだけが“いい店”とは限らない。雰囲気やサービスももちろんだが、そういった本来のいい店たるファクターだけでは、はかれない“何か”が、ある店。脳裏に焼き付いて離れない、その空気感を思い出すだけでも、目頭が熱くなる、そんな勝手な思い入れのある店紹介です。今はもうないけど、忘れたくない店、多数(笑)。五十音順。

は現存、はもうありません

アジアコーヒー おそらく現存。大阪環状線玉造駅下車、日の出商店街のはずれにある喫茶店。
トタン板が張られた外装は、錆だらけで、震度4程度の地震がくれば、ひとたまりもないような風体である。看板は「アジアコーヒ」。コンクリートの打ちっ放しの床に、昭和40年代の団地に必ずセットされていたような食卓テーブルがひとつ。店内は毛布やらストーブやら、生活用品がごちゃごちゃと積まれ、あきらかにヅラだとわかる老婆が置物のように店番をしている。あまりも「店」の体を為さない異空間に頭がクラクラ。ここでは幻のジュース『ネーポン』が飲める。が、値段は、ばあさんの思いつきなので、その都度かわる。インドカレーもメニューにあるが、試してみる勇気はない。中島らも氏の「西方冗土−カンサイ帝国の栄光と衰退」にも記述されている大阪ミステリースポット。

宇宙家族 閉店との噂。大阪市北区。天五中崎商店街にあった定食屋。
ここのオヤジは、自分のことを金星人といってはばからない。めし屋の「メシア(救世主)」なのだそうだ。看板には無添加の自然食とあるのだが、そのメニューは、コロッケがメインのUFO定食やラドン定食、普通に作ったチキンラーメンだったりする。食堂でありながら、「心と体と地球のヘルシーピープル研究所」でもあり、「宇宙人教室」も随時開催。オヤジは、中国で修行した話や金星人たる証拠のオーラの写真などを見せながら、電波な話を「これでもか!」というくらいいしてくれる。店の前のマンホールが宇宙とつながっているらしく、1999年には、ここから金星に帰るといっていた。おそらく今ごろは、金星で幸せに暮らしているのだろう。オヤジの名言「花を持つ手で女を殴ってはいけない。なぜなら花が痛むから」。

カウボーイ 神戸市灘区。阪急六甲駅からすぐのところにあった喫茶&バー。
スナフキンのようなマスターが、パーコレーターで入れるコーヒーが懐かしい。すごく狭い店内には、ジャズやらロックやら、まんま70年代の空気が流れていた。

カラオケバンバン 東京都中野区。山手通り沿いにあるカラオケ屋。東中野駅すぐ。
今どきめずらしいレーザーカラオケ! まるで着付けが評判の“パーマ屋さん”(ヘアサロンではない)のような店内には琴の音が流れ、“ザ・マスター”といいたくくらい、骨の髄まで水商売なマスターがいる。スリムな体に、ヒゲ&パンチパーマにワンポイントマーク入りのセーター、ジャストフィットしたスラックス、強面ながらも「ビール!」とオーダーすると、銘柄を確認するなど、丁寧な接客がうれしい。壁に張り巡らされた手書のメニューには「特製タレ! 砂肝」「バンバンサラダ」「おでん」「モロキュー(“ー”をきゅうりの絵で表現している)」など、チェーン展開のカラオケボックスとは、一線を画す手作り感。なぜか土日、祝日は半額。カラオケ教室も開催されている。

グリル浜 大阪市天王寺区。上本町六丁目の交差点南、パチンコ「ラッキー」を右折して左折。
家族でやってる昔ながらの洋食屋。オーダーしてから肉を曳いてこねるハンバーグやブロック肉からスライスするカツなど、とにかく仕事がていねい。なんせ、オヤジの目がものすごく真剣で、料理に対する姿勢はまさに「真摯」という言葉が似合う。義理の娘と思われるスタッフのサービスもていねいで親切。仲のいい家族のほんわかムードが隅々まで充ち満ちてるのだが……、だが……、だがっ! 味が……いまいち……てゆーか、とても普通。毎回、味には満足しないのだが、しばらくすると「オヤジ元気かなぁ」と、なんとなく心にひっかかる店である。そんな、オヤジの仕事ぶりにほだされて、つい足を運んでしまうのだ。

サマンサ 京都市中京区。木屋町にあったディスコ。
店主のディスコ・デビュー(恥)は、中学2年の出町にあった「セカンドストーリー(セカスト)」からだが、サマンサは、当時の厨房からすれば、大人の怪しげな空気が満ちあふれていた。この後、祇園南の「Qurtierlatin (カルチェラ)」、祇園北側の「JUMBO 」、河原町三条の「RAJAH COURT」、三条木屋町「China Express(チャイナ)」、当時、東洋一の規模を誇った「MAHARAJA祇園(マハラ)」を代表としたマハラジャ全盛期へと時代は流れる。四条木屋町の「ZENON」で、店主の京都におけるディスコ時代は終る。そして、大阪は周防町「葡萄屋 」を皮切りに、マハラジャ各店、心斎橋の「マギー」「ZIZIQUE 」「XANADU 」「Jubilation」「CLUB MODERN 」「 KING & QUEEN」などを経て「GENESIS 」で完全にディスコ時代は、終焉をつげた。

拾得 京都市上京区。大宮通下立売下ったとこにある日本最古のライブハウス。
民家のど真ん中に位置する、酒蔵を改装した風情のある建物。畳のスペースもあってほっこりできる。「村八分」にはじまった京都のブルース&ロックは、ここから育ったものも多い。石田長生に憂歌団、北京一、ローザルクセンブルグ、東京ロッカーズ、水玉消防団、ゲルニカ、ヒカシューみんな、みんな、ここで聞いた。玄米ご飯なんかも昔からあって、食事もなかなかおいしい。ほかにもライブハウスは今も現役の四条富小路の「磔磔」、烏丸鞍馬口にあった「異魔人」なども懐かしい。

セントラルベーカリー 神戸市中央区。トアロードの山口銀行の南にあったパン屋。
素っ気無いショーケースには、ジャムパン、クリームパン、コッペパンなど、今どきのベーカリーが目抜き通りのブランドもののブティックなら、こちらは田舎の商店街のはずれの洋品店。しかし、なんの変哲もないコッペパンがむちゃくちゃ旨かった。何にもつけなくても、噛めば噛むほど味があった。あっさりした餡を包んだ程よい弾力のアンドーナツも絶品であったが、阪神大震災でなくなってしまった。悲しい。

ジャズ喫茶マサコ 下北沢で一番古い喫茶店。世田谷区下北沢2丁目。駅からすぐ。
下北沢の喧騒からはずれた、なにやら湿度のある連れ込み旅館の向かい。妙に低い椅子と机、それも、全然揃ってないくせに、ひとつのカラーでまとまっているから不思議。昔懐かしい玉のれんがかかる店内には、大音量でジャズが流れる。「マサコ」と店名入りのカップに入ったコーヒーは、薄くてイマイチだが、なぜか居心地よし。スイングジャーナルの数倍はあろうかという漫画も、なかなかレアな品ぞろえ。

とよ 大阪市都島区。京橋JR側の改札を出て右。ダイエーの方面の石段を上がった道を左折。
墓地の隣の立ちのみ屋。まぐろがうまい。でっかいトロのぶつぎりやウニ、イクラてんこ盛りの寿司などで知られるが、それよりも、「とよさん、ブツ1丁!」と、オーダーが入ると「その件、了解!」と、気合いの入った返事と同時に、左手のこぶしを振り上げポーズを取るオヤジの気迫がいい。パフォーマンスと見て取るむきもあるかもしれないが、まるで人生を前倒しするかのように、前へ前へと突っ走る鬼気迫るオヤジの姿は、それを差し引いたとしても、気持ちいいってもんだ。ヤンキー丸出しのバイトのねーちゃん達も、むちゃくちゃ愛想よくて元気で気が利いてて「ヤンキーっていいなぁ」と思わせてくれる。屋台なのにポスシステムを使ってオーダーとってたりするので、けっこうあなどれない。

どらっぐすとあ 京都市上京区。西陣京極にあった伝説のロック喫茶。
千本日活のピンク(エロではない)な看板が並ぶあたりにひっそりとたたずんでいた店。火事があったら即死だろうと思われるような床から壁、天井まで紫のじゅうたんが張り巡らされた店内には、耳をつんざく大音量でロックが流れていた。話によると、騙されて、商売をしてはいけない場所を借りてしまったとか。したがって、料金はなく、カンパというカタチで、いくらかお金を渡せすシステムだった。70年代をひきずるサイケなムードむんむん。紫煙がうずまく紫の空間で、コーラ一杯でヒザを抱えながらロックを聞いているだけでナチュラルトリップできた。

日本一コーヒ 大阪市東成区。地下鉄千日前線新深江駅2番出口上がってすぐの喫茶店。
とにかく看板がインパクト大。異常に平体のかかった「コーヒ」の文字に日本一! 赤地に白で抜いたのれんには、黄色のフリンジがふりふり。とにかく何が日本一かわからないのだが、石油ストーブが赤々と燃える意外と広い店内には、昔ながらの簡素なテーブルと椅子が無造作にレイアウトされている。「あれ? ここはどこかで……」と、ディジャブ感覚に陥るも、それはまるで吉本新喜劇の舞台道具そのまんまなことに気がつく。老夫婦だけで切り盛りしているらしく、のんびりとした空気がゆるゆると流れる。日本一のコーヒーの味は、あっさりめで、なかなか、よろしい。

Battering Ram 京都市中京区。河原町のBALを東に入った曙会館にあったカフェ&バー。
通称「バタナム」。テクノが流行った80年代、サブカルでおしゃれで、とにかくカッコよかった店。怪しげなビルの中の暗い階段を上がっていく高揚感がよかった。店内は、タイルやメタルを多用したサイバーでキッチュなムード。後にこざっぱりとしたレストランに衣替えしてから足が遠のいた。BAL前で待ちあわせて、バタナムや「SWING TOP」や「Off the Wall」(共に現存)、今はなき「バグース」でお茶して、チャイナやマハラ(ディスコ(笑))に行くのが80年代の京都の高校生のイケてる日常だった。

よさこい 神戸市灘区。灘区役所近く。都賀川を越えたところにある小さな大衆中華料理店。
とにかく汚い! が餃子がすごく旨い。床は油ギトギトで、そおっと歩かないと転ぶので要注意。テーブルもナニゲにひじをつくと、「ツーッ」とひじがすべってしまうほど。また、飲食店でありながら、店の中をわが物顔で歩き回る雑種犬2匹(意外と可愛い)。もちろん犬の毛も油でツヤツヤ。キャベツたっぷりでジューシーな餃子はもちろん、超ボリュームの焼きそばとカレー味の炒飯もグー。壁いっぱいにメニューが書かれているのだが「汁ビーフン」というと「焼きそばのほうが旨いで」、「えっと私は天津飯〜」といっても「炒飯にしとき! 悪いこといわへん」と、どんなメニューをオーダーしても、力技で焼きそばか炒飯にされてしまう。もしかしたら、作れないのかと訝りもするのだが、美味しいので許す。