2002年8月13日(火曜日)

日々繰り返す、点滴≒(天敵)との死闘

朝8時になると朝食が運ばれてくる。眠いけどとりあえず起きて寝ぼけ眼でまずいめしを食う。そして朝食が終わると、看護婦の木村さん(いいひと!)が、髪の毛を洗ってくれた。洗ってもらいながら、入院してからの一連の騒動や、主治医・横ちゃんとの確執と、ほんの少しの反省などを相談すると「私からもうまく先生に言っておくから」と言ってくれた。ちょい大柄な木村さんは、頼れるおねーさんって感じ。いや、おそらく私より大幅に年下だろうけど。髪の毛すっきりー、と思っていたら、また恐怖の点滴の時間がやってきた。腕は腫れ上がり、かろうじて針が入りそうな血管もすべてつぶれている。なのに無理やり針を打とうとする看護婦さん。「入らへんってば」「大丈夫!」って、あんた元気に答えるのはいいけど、その根拠はどこにあるねん! ほら、いわんこっちゃない、みるみる腕は腫れ上がり、むっちゃくっちゃ痛いー!「げーっ痛いー!」と、騒ぐ私。もう何度こんな場面を繰り返しただろう。この日も、入れ替わり立ち替わり看護婦さんがやってきて、足をゴムでぎゅうぎゅう縛って血を止めたり、温めたり、バシバシたたいたりして針を入れようと試みるのだが、全然入らない。針も痛いけど、縛られたりたたかれるのも、痛みの種類は違うが、けっこう痛い。だんだん、もうどうでもよくなって、意識を遠いところに飛ばし、死んだふりしてたら、何人目かの看護婦さんの針が入ったようだ。

午後に事故の相手のおばさんが入っている東京海上火災保険の宮沢さんという人のよさそうな初老のおじさんがやってきた。なんでも入院費とかバイクの修理費も保険で賄ってくれるらしい。やりぃ! って、いちおー被害者というか交通弱者なので当たり前なんだけど、私はタダとか無料という言葉に異常に弱い。みんなビンボが悪いんや。あ、ところでこのセリフは、高橋留美子の作中から生まれた説がはびこってるけど、もちろん、まるしー岡林信康。宮沢さんを見送って廊下をふわふわ歩いていたら、dancyuの植野さんとバッタリ。血中カフェイン濃度がゼロに近くなっていたので、病院地階の食堂で、コーヒーをすする。私が創痍の状態なので、取材したノートを突き合わせ、私の口述を植野さんがまとめる、というはずだったのだが、説明しているうちに、自分で書きたくてどうしようもなくなった。「ねえねえ、私、書いたら、あかん?」「……うう」。このときは、それが彼の仕事を倍増させる結果になるとは、お互い思いもよらず、明日の朝までに書いて送るという約束をして植野さんは帰っていった。ところで、この植野さん担当のページの讃岐うどんの試食にいく途中に、事故にあったのだけど、そもそも仕事にバイクを使った私が悪い。これからバイクは趣味の範囲に留めよう、と深く反省した。が、しかし! dancyu10月号に掲載されているうどんをすすってる私の最強にブサイクな写真を見て、その反省の気持ちが少しだけ減った。


右の不鮮明な写真は、開放骨折した右腕で留置針を撮影した駄作。ふにゃふにゃした針だが、けっこう痛い。左は、点滴ハロスポア。これを見るたび憂鬱になったものだ。


注射の神、降臨。留置針挿入成功!


病室に戻るともみが来てくれていた。なんでも私の姿が見えないので、ナースステーションで尋ねると、看護婦さんは「ねー誰か、ナガハマさんの行方、知らない?」と言われてたらしい。行方ってなんやねん、行方って……ふん。もみとウダウダしゃべっているうちに、また恐怖の夜の点滴の時間がやってきた。この日、点滴を打ちにきたのは、真鍋先生。しかし、針はまたもや失敗。まじめそうなルックスとは裏腹に、静脈を探りながら、くだらないギャグを飛ばしまくったり、自身のHPの解説などをする真鍋先生。バスタオルで顔ごと覆いながら、「あーん」「きゃーっ!」「いやーっ」とか、泣き叫び痛い痛いとわめく私。もみに「エロい声に聞こえるのでほどほどにしろ」と注意される。超くだらないギャグを飛ばしながらも、汗だくの真鍋先生は言った。「このままでは、点滴がトラウマになる。留置針を入れましょ」と。「リュウチシン? なんだそれ? 小津映画で主役してた俳優か? そりゃ、笠智衆」などと、私もくだらないことを言ってみたりする。留置針とは、柔らかいプラスチックのような針で、血管に入れっぱなしにでき、点滴をするときは、アタッチメントをつけかえるだけでいい。留置針は、一度刺すと数日間そのままにできるらしい。


ところで、内科、形成外科、脳神経科など、医者はさまざまな専門分野に分かれるが、一般に一番注射が上手いとされているのは、麻酔科だそうだ。「ちょっと待ってて」と言い残し、どこかへ行った真鍋先生は、麻酔医の大戸先生を連れてきてくれた。しかし、注射の神様をもってしても、私の血管は針の挿入を拒む身持ちの堅さ。大の字の寝る私の足と腕を押さえつけて、あちこちに針を刺す医師2名。二人がそれぞれ、ギャグを飛ばしながら、針を打ち間違えるのだから、たまったもんじゃない。体のあちこちが痛い上に、二人のギャグがすべりまくる。痛くても、ギャグがおもしろければ、私も関西人だ、笑って許してやるが、とにかく、まったくイケてない。もう、全身汗だく。ものすごい声で叫び続ける私。「これ、オペより大変だ」とポツリと真鍋先生。大声で「もう嫌だーっ!」と叫ぶと、真鍋「なんだか、二人でいじめているみたいだよな」。しかし、歯列矯正中の大戸先生は、舌っ足らずに「いや、いじめられているのは、僕らのほうだ」と言った。針が入ったのは、時間にして1時間10分後。まじで、死ぬかと思った。注射の神である麻酔医のプライドを傷つけたなら、すまん、みんな私の血管が悪いのさ。
留置針の挿入に時間がかかったので、点滴が終わったのは消灯後だった。そのころ、こっそりやってきた大戸先生は、さっきのギャグバージョンとは打って変わったまじめなトーンで、「皮膚が破れた開放骨折では、感染をおさえる処置が非常に重要であること」「開放骨折と骨髄炎の恐ろしさ」「点滴による高濃度の抗生物質投与の重要性」などを話してくれた。大戸先生から、とにかく「開放骨折をなめたら、イカン。せっかく留置針が入ったのだから、できるだけ長いこと入院しているように」と釘を刺される。ここで初めて自分の置かれている立場を認識する。が、主治医の前で退院するとタンカを切ってしまった。「でもー、あたし、横ちゃんから嫌われてるもーん」というと、真鍋先生と二人で、主治医・横●医師との間をうまく取り繕ってくれるらしい。もう、まな板の上の鯉状態、ナガハマ観念。取材の予定が入っている19日まで病院に留まることを決意する。ところで、右足の内くるぶし辺りに設置された留置針は、動いたりすると少し痛いけど、注射針の失敗に比べたら天と地の差だ。ともあれ、晴れ晴れとした気分で、夜中にdancyuの原稿を書いているうちに眠ってしまった。続く