傷だらけの天使

少年Aの人生万歳!

これは大阪生まれのある少年の反省、いや半生を綴った物語です。
尚、このお話はまったくもって、フィクションであり、実在する人物・団体とは一切関ありません。
1 こども時代
 

幼稚園時代のうんこもらしの過去より、「ばばA」と呼ばれる。小学校時代から、下校時に友達のランドセルを山ほど持たされ、いつも肩こりに悩ませられていたAくん(仮名)。中学になっても筆箱に毛虫を入れられたり、上履きを隠されたり、シャープペンシルの芯でつつかれる毎日。「いつか見ていろ、大人になったら高級官僚か弁護士になってこいつらを見返してやる!」と幼心に誓いながら、進学塾「希学園」に通う。自転車がいつも最新のマシンなのだけが自慢。しかし、ある日、塾が終わってみると、おニューの自転車(はやぶさ号と命名)の空気が何者かによって抜かれ、サドルにはガムが!車体には「デブ!」と落書きまで・・。 握りしめた小さな拳には、カンニング用の英単語がびっしりと書かれていた。

ばばA 小学校時代のうんこたれは、生涯ヨゴレのイメージを払拭できないのが、残酷な子供のルール。
はやぶさ号 自分の持ち物にこういう名前を付けてしまうのが子供のおバカなところ。
2 高校時代 

進学校の星光や清風南海はもちろん、明星や清風をも手中にできず夢破れ、中堅どころの高校の進学科にしぶしぶ入学。ちゃらちゃら遊ぶボンボンたちの存在には目の焦点を合わせず、ひたすら勉強! 「なんとりっぱな平城京。泣くよウグイス平安京・・」。「ありおりはべりいまそかり」、イオン化傾向、重力加速度の方式、出る単・・・。そう、彼が目指すは国公立! だって夢は高級官僚。東大に受かりさえすれば、金も地位も名誉も女も・・ウシシ。まずは共通一次突破だぁ! しかし「おい、A! たばこ買うてこんかい!」とパシリさせられるので、昼休みもおちおち勉強してらんないのが悩み。おかげでたばこ屋「松屋」のおばあちゃんとは仲良し。趣味は「鉄ちゃん」。ローカル線が得意。御用列車の生写真が宝物。部活はいちおう囲碁・将棋クラブに籍を置く。

鉄ちゃん 鉄道ファンのことである。
3 予備校時代

国破れて私立大へ方向転換。予備校の私立文系コースへ入学。男子校育ちのAくんは、私立文系コースの女子の多さにとまどいながらも、なんとなくうれしい毎日。ロングヘアの京都女子大付属高校卒の由美ちゃんに淡い恋心を抱くも、由美ちゃんったら、駅前の喫茶「めるへんめーかー」で、東山高校卒のDCブランド野郎とお茶してるじゃあないの。清楚な由美ちゃんがメルローズだのビギだのコムサデモードだの、Aくんが聞いたこともないロゴ入りの服を着るようになったのは、夏期講習も終わる頃。Aくんは、おかんがジャスコイズミヤで買ってくる服しか着たことないから、洋服のことはよくわかりません。でも、偏差値はトップクラス。MBSの「ヤングタウン」KBSの「ズバリリクエスト」の常連リスナー。せっせと“悲しき受験生・アイム・ロンリーボーイ”の名で投稿する。ヤンタン金曜日担当の谷村新二のファン。

メルローズだのビギだのコムサデモード 一世を風靡したDCブランドたち。
悲しき受験生・アイム・ロンリーボーイ 受験生は必ず、“悲しき”、そして女子大生は必ず“花の”とつけたがる。

4 中央大学

金も地位も名誉も女も手に入る弁護士への最短コース、中央大学の法学部へ合格\(~o~)/、\(^o^)/、\(-o-)/、ヽ(^。^)ノ。慶応を蹴ったのがかなり自慢。ここは東京!「もう、ランドセルをかついだり、パシリせんでもええんや」。東京駅で高笑いするAくんは、この日より大阪弁を捨て、身も心も東京人になることを決意。過去は全部関ヶ原に葬ったのじゃ! 百草園に下宿先を決め、目指すは司法試験合格。ふだんは「みやぎの」でたむろするのが常。服はいつも生協で購入。コーディネートのことはよくわからないので、いつもチェックのシャツ(1980円)にケミカルジーンズ(4980円)、ソール厚のスニーカー2980円也。ある日、下宿仲間に誘われて「赤倉」で合コン。人数合わせのため多摩動物園で5対5の集団デートも経験。「もータマランチ会長だよね」のギャグはすべりまくりだったけど、いいんだもん。だって弁護士になったら女なんて選り取り見取りだも〜ん。でも、同じクラスの山梨県出身の由利ちゃんのことはなんとなく気になる僕。

みやぎの 赤倉 多摩動物園 この三巴は、ダサさ三位一体。

5 司法試験失敗

あんなに勉強したのに・・。渋谷にだって1回しかいったことないのに。ああそれなのに。失敗の原因は、生まれて初めてできた彼女(由利ちゃん)と半同棲状態になってしまった4年間のせいにはしたくない。彼女とも「死んでやる!」「いいの、弁護士になれなくったって。あなたがあなたでなくなるわけじゃないし・・。だってAくんはAくんじゃない!」と、デビルマンの不動明とさやかのような台詞を交わした。でも、まだ諦めない。ランドセルを5つも持たされて「はよ走らんかい! あほ〜」と言われたあの日の夕陽に誓ったんだもん。地位と名誉は捨てるけど、女にモテる仕事につくんだい! そう、それは広告代理店! なんかよくわからないけど、カタカナだし、コピーライターって流行ってるし。あいつらをアゴで使える広告代理店のディレクターに決まり!

コピーライター おいしい生活の時代だとご理解ください。
6 広告代理店

もちろん、デンパクはコネもないし、あっけなく惨敗。それでもなんとか中堅どころの全日本広告(仮名)に滑り込みセーフ。しっかしここで、大阪勤務を言い渡される。嗚呼青天の霹靂。骨の髄まで東京人になりきったのに、なんで今更あの忌まわしい思い出のある大阪なんかに! 「きっと帰ってくるからね」と、泣く泣く弁護士事務所の事務に就職が決まった由利ちゃんと別れた東京駅のホーム。とりあえず自宅に戻るも、深夜帰宅が続き、おかんにぶつぶつ言われるので下新庄のワンルームマンションで一人暮らしを始める。百草園の下宿を彷彿させるまわりの雰囲気に、心は常にヒルトップ。いつか、東京転勤! の夢を抱きつつ、大手流通会社のチラシと通販会社のカタログ、カーテンメーカーの見本帳制作に駆け回る毎日。ある日、クライアントの祝賀会に挨拶に行くと「おい! Aやんけ! 久しぶりやんけ。おまえ何しとんねん。懐かしいのー」の声に恐る恐る振り向くと、そこには、いつもタバコを買いにパシらされていた、高校時代の同級生の姿が・・。「おとんのコネやねん」。なぜだ! なぜ中央大学法学部卒・白門会が桃山学院大学経済学部卒・テニス&スキーサークル「ミルキーウエイ」に頭を下げなければいけないの? 浮き世の理不尽さに、悔し涙を流したAくんでした。

チラシ カタログ 見本帳これも、代理店のできないヤツの仕事三巴。
おとんのコネ 成績がよくても偏差値が高くても、就職だけはこれに勝てません。
●7 転機

来る日も来る日も通販会社の商品選定撮影立ち会い。社に戻れば、膨大な見本帳の校正が待っている。営業三課の志保ちゃんに、好意以上のものを抱くが、今は仕事を覚えることが最優先。得意先に出かけると
「まいど!」
「あっ、ども、お世話さまです」
もうかりまっか
「いえ、そんなことないですよ。僕はサラリーマンですから・・」
「ところで、どない、こないだの見積り、勉強してぇなー」
「はっ、勉強と申しますと・・」
「せやよってに、まけてくれ言うとんねん。あんたも、もっさいこと言わさんといてえな」
と、話がかみ合わないことといったらもう。
ある日、意を決して志保ちゃんと食事に出かけるが・・。
「ちょっと、Aさん、ウチがボケてんのやし、
 ここでツッコミ入れてくれんと、ワヤやがな。おもんないなー」
「ねえ、志保ちゃん大学どこ? 僕さぁ、中央の法なんだよね」
それ、どこ? 知らんわ」
志保ちゃんと別れた、阪急梅田駅京都線のホームで涙にくれるAくん。持っていき場のない悔しさを缶コーヒーの空き缶にぶつけるも、スチール缶だったので握りつぶせず・・。駅売店で「デューダ」を買い求め、東京本社・支社なしの会社を探すAくんに晩秋の風は冷たかった。

もうかりまっか もちろん大阪人の挨拶。さしてその内容に意味はありません。
中央の法 それ、どこ? 関西では関東の大学の偏差値や付加価値はほとんど理解されません。
8 転勤

そうこうしているうちに、東京本社への転勤辞令が下る。ウッキー! とおさるのように喜ぶAくん。「あぁ。神様は僕の頭上にもいたんだ」。意気揚々と上京。張り切って出社したところ「大阪では流通に強かったんだよね」と、またもや大手流通会社担当に。来る日も来る日もチラシの制作。ある日、その催事の目玉商品「スプリンター 160万円!」が16円になっているのをクライアントから指摘され、デザイナーに指示するも、刷り上がってみると「超赤札! トヨタスプリンター 160円! 限定3台」の文字が赤々と・・。店頭にヤクザが押し掛け、スプリンター3台をしめて480円でお買い上げ。その知らせがAくんに届いたのは、納期ギリギリの見本帳の品番間違えを貼り紙で訂正していた徹夜3日目の深夜だった・・。思わず破ってしまった「SH653081」の訂正シール。ああ、数に限りがあるのに・・。この一件はVOWの「誤植ネタ」として取り上げられた後、単行本化され、後々の語り草となる。

貼り紙 印刷後、誤植があると正しい文字をシールにして貼るが、とてもお金と手間がかかる。
9 失恋

クライアントの呉服メーカーの仕事で、成りゆき上、振り袖100万円也を買う羽目になり、最近疎遠になっていた由利ちゃんを思い出す。「あっ由利ちゃん? 元気?」と明るく電話をかけたが、なんとなくつれない返事。「あっ、ごめんキャッチ入っちゃった。また、私から電話するわね」。
待てと暮らせど連絡なし。なんとかきっかけをと
「あのさー、ずっと前に貸したCDさー」
「ごめんね。今、弟のとこにあるの」
「今度の日曜日さー」
「あっ、その日は・・ごっめーん友達の結婚式だわ」
「ね、ねえ、今度、僕ねー・・・」
あっ、お風呂沸いたみたい。私からまた連絡するね
それでもじっと電話を待つAくん。ある日、クライアント接待で出かけた銀座で、襟に菊と天秤のマークの入った金色の章をつけた格幅のいい中年紳士と腕を組んで楽しそうに歩いている由利ちゃんに遭遇。「ゆ、ゆ、ゆりちゃん!」と叫ぶ声は、キャハハと笑う由利ちゃんの嬌声にかき消されたのだった。消沈するAくんの背中に「ねぇ、全広さん。キャバクラ行こうよ!」の商品管理課課長代理の声はあまりにも非情であった。

私から電話するわ 裏を返せば「おまえからは電話してくるな」という意味です。
お風呂沸いた 電話を早く切りたいときの常套句。
10 新たな恋 

由利ちゃんに電話をしても「おかけになった電話番号は現在使われておりません・・」の悲しいテープ音声。枯れきった心を持て余すAくん。接待で出かけた池袋のコスプレヘルス「ハッとしてグー」のレイラちゃん(18歳)のキュートな笑顔は枯渇した心を潤す泉だった。その後も足げくレイラちゃんに会いに行くAくん。看護婦姿もセーラー服もスッチーもエプロン姿も、なんてレイラちゃんって可愛いの!! レイラちゃんの熱いサービスときめ細やかな気遣いは、いつしか由利ちゃんを失った心の穴を埋めてくれた。なんとか店外デートをともくろむAくんは、レイラちゃんの勤務状況を詳細に調べあげ、北赤羽の駅で待ち伏せ、偶然を装い「あっ、レイラちゃんじゃない!」と明るく声をかけたが、「てめー、ざってーんだよっ!!」とパーラメントメンソールの煙を吹きかけられるAくん。カッカッカッとピンヒールの音をならして立ち去るレイラちゃんのプワゾンの香りとともに、ボーナス1年分の投資が闇に消えていった。

パーラメント なぜかヤンキー、ヤの付く自由業の人に好かれるタバコ。
11 凝りもせず新たな恋 

出張で出かけた岡山県。同期入社の面々と旧交を温めつつ、フィリピンパブ『マリーン』へ。そこで、隣に座ってスーパニッカの水割りをつくってくれたマリアちゃんの素朴な笑顔にAくんのハートはバクバク。付きだしのママカリを「アーンして♪」と食べさせてくれるマリアちゃん。レイラちゃんの一件で、少し大胆になったAくんは、思い切ってアフターのごはん食べに誘ってみると、意外にもOKの返事。ラッキー! 旅の恥はかき捨てとばかりに、甘酸っぱい期待を抱いてレッツ&ゴー〜。居酒屋『天下御免の桃太郎』で、マリアちゃんの身の上話に号泣するAくん。「ワタシ8人キョウダイ。パパはユクエフメイ、ママはビョーキ。3番目のオトウトはネタキリなの。オトウトもイモウトもガッコに行けない。ワタシ一番オネエサンだから、ガンバラナクッチャ・・」。ファッションホテル『金剛』にて、給料のほとんどを仕送りしているというマリアちゃんに、なけなしの1万円を握らせ、文通の約束を交わし、本気で青年海外協力隊に志願しようかと考えたAくんだった。

8人キョウダイ ピーナたちの大部分が大家族。本当は小家族でも大家族ということになる。
12 転職

愛しのマリアちゃんに、辞書と首っ引きで、英語の手紙をしたためる毎日。元々、勉強は嫌いではないので、ぐんぐん英語力が上昇する。マリアちゃんからは、30回に1回、短い手紙が届くだけだけど、充実した日々になんとなく満足。TOEIC800点にも達しようかという頃、宛先不明で戻ってきたマリアちゃんへの手紙。またしても絶望の深淵に落ちるAくん。相変わらず、仕事は泣かず飛ばず、クライアントにも名前を覚えてもらえず、未だに「全広さん」と呼ばれるし、同期はどんどん出世する。今の仕事は相変わらずのチラシと、舞台を組んだりする展示会の設営。企画書も書いたことないし、プレゼンルームに入ったのは、見本帳の貼り紙をしたときだけ。どう考えても、会社のラインから大きく外れる自分の業務。そこで頭のなかに浮かんだ“転職”の文字。毎日書いた手紙のせいで、なんとなく文章のおもしろさを感じていたAくんは、コピーライターにしときゃいいものを「そうだ! 作家になろう!」と、雲をつかむような方向にベクトルが折れてしまったのだった。
13 赤い糸

4年勤務した広告代理店を退職。公募ガイドが愛読書。毎日、通販で買った作務衣を着て、投稿用の文章を制作するAくん。「だって物書きだも〜ん」。投稿は深夜ラジオ時代からお得意さ! 文末は「思い出が走馬燈のように駆けめぐった」でシメルのがパターン。しかし、来るも来る日もボツの日々。東京新聞に『世界には飢餓に苦しむ人がいるのに、プロ野球の優勝チームがビールかけをするのはいかがなものか』と、その是非を問う内容と、下野新聞にバスの中で茶髪の若者がおばあさんに席を譲ったことを例にあげ『人を見かけで判断してはいけない云々』の投書が相次いで採用される! 有頂天になるAくん。雑誌「ぴあ」のYOU&ぴあに、コントらしきものが掲載されたのもちょっと自慢。しかし、どんどん減っていく、貯金通帳の残高。ううっ武士は食わねど高楊枝、とお得意の格言など言ってみたりするが、とうとう空腹に負け、セブンイレブンでバイトする。深夜4時、あまりの空腹に耐えかね、おにぎりをくすねそうになるが、料理雑誌の料理の写真を見て紛らわす。
14 燃えるロマン

そんなAくんの元に、ある日マリアちゃんから手紙が来た。つたない日本語で、「オトウトしにましタ。パパコロサレタ。お金ホシイ。タスケテ」。裏書きの住所に、バイトの給料をすべて送ったAくんは、虚業に身をやつそうとしていた自分を叱咤する。そこで地球を救うべく、青年海外協力隊に志願。心は『宇宙戦艦ヤマト』の古代進。♪地球を救う使命をおびて闘う男燃えるロ〜マン〜♪ 誰かーがこれを〜やらね〜ばならぬ〜♪ と運命背負い飛び立つAくん。研修を経て派遣されたのは、内モンゴル自治区毛鳥巣沙地。ここの緑化プロジェクトに参加し井戸を掘るのがAくんの仕事だ。昼夜の激しい温度差にもやっと体が慣れ、大自然の素晴らしさに感動。モンゴル相撲もとったし、ホーミーだってお手の物。いえーいアラウンド・ザ・ワールド! 同じ持ち場で働く愛知県知多半島出身の名城大学農学部農芸化学科卒の美穂ちゃん(ブス)に、他人とは思えない親しみを感じるが、そこまでの感情。帰国後の就職斡旋で、やっぱり作家への夢が捨てきれず、マスコミ関係を調べると、風の子社(仮名)という会社がどうやら出版業務を行っているらしい。業務内容はよくわからないけれど、作家を目指してgo!

15 憧れの編集者

版元とは、マスコミとはいってみたものの、入社した出版社は、地域に無料配布するフリーパーぺー「YOU&愛」(仮名)がメインの出版物。仕事は毎日毎日、文字校正ばかり。物書きを目指したAくんにとって、いささか理不尽な処遇ではあったが「いつかは取材に!」の希望を胸に、赤ペン先生に励む日々。そんな毎日が3ヶ月続いた頃、グルメページの担当をまかされることに! 弱小出版社である風の子社(仮名)では、編集者が取材も撮影も、原稿作成も、さらにレイアウト、営業、配本までするマニファクチュア体制。それでも「物書きへの第一歩だ!」と大きな勘違いをしつつ、意気揚々と取材に出かける。初めての取材は「激うま! ラーメン30軒!」。朝から数えて、10杯目のラーメンを食べ終えたとき、時計の針は午前2時の位置に。のど元までかん水臭い麺の香りがつまっている。「ご、ごちそうさまでした」の声と同時に、「特別につくったからこれも食べてってよ!」と、目の前にドンと積まれたジャンボ餃子3人前(おまけに激マズ)。テイクアウトにすりゃいいものを、機転のきかないAくんは、カルキ臭い水で餃子を流し込むしかスベがなく、やっと食べ終えた頃には、チュンチュンとすずめが爽やかに鳴いていた。

16 成人病

毎月毎月「安うま! 食べ放題30軒!」「500円以下で楽しめるボリュームランチ!」「ファミレス得々メニュー攻略!」「保存版!大盛り激安ランチ」などの『安い・まずい・量多い』特集に奔走するAくん。右肩上がりで上昇する体重と血糖値。撮影を終え、パスタバイキングの酸化した油臭漂う、のびきったカルボナーラをうどんのように、ズルズルすすっていたある夏の昼下がり。ふと、週刊誌のグラビアで見た飢餓に苦しむ人々の写真とモンゴルの大自然が脳裏をかすめた。一瞬遠いところに逝ってしまいそうになったが、目の前のパスタの残がいにピントが合い、我に返る。「激辛メニュー」取材の1週間目の朝、鮮血が便器を染める。グルメ取材のおかげで食費が浮くので、わずかながら貯金もできた。体に脂肪と、心にいくばくかの余裕ができたせいか「僕って何?」「人生って、幸せって何?」と自問自答する日々が続く。な〜んとなく気になる自己開発セミナーのチラシ。マンガ雑誌の表4の広告「つけているだけで幸せになれるペンダント」の存在も気掛かりだ。ある朝、布団の中で、右足の親指に激痛が走った。ほうほうの体で、病院に出かけたAくんに下されたのは『糖尿・通風・高脂血症・高血圧・高コレステロール』の診断。脂肪肝の疑いもあると脅されたAくんは、自分探しの旅に出かける決心をしたのだった。

17 聖なるガンジス

自分探しの旅といえば、やはりインドだっ! 会社に休職願を出すと「永遠に休んでやがれ!」と、冷たく言い放った編集長。だけど、いいも〜ん!僕には大きな夢がある! と「地球の歩き方」を片手に、インド行きの計画を虎視眈々と練るAくん。でも、インドってけっこう高いじゃ〜ん! そこで、まずは「はじめてのインド」フリー7日間食事なし、10800円のツアーで、はるか5000年の時を過ごしてきた曼荼羅ワールド、インドのエッセンスにふれることにする。悠久の時とともに流れる聖なる河ガンジス。インドでの最大の目的は、ここで沐浴をすることだ。緑色したおせじにもきれいとはいえない水につかる。手持ちぶさたなので、とりあえず般若心経を唱えていると「でんっ!」と何かがぶつかった。目を開けてみると、それは腐乱した牛の死体! くっくさいっ! しかし、これもインドと、なま温かい水に身をゆだねるAくんであった。インド2日目の朝、激しい嘔吐と下痢にみまわれる。「すわっ! コレラかっ」と、おののくが、単なる食あたり。「激辛メニュー」で痔を患ったAくんに、スパイス豊かなインドの食事は拷問に等しい。チャパティだけ食べて過ごした7日間で、果たして自分が探せたのだろうか?

18 老人福祉

帰国したものの、なんだか体がだるい。病院に行くとなんとA型肝炎。毎日病院へ点滴に通うはめになるAくん。診療室の白い天井を見つめ、自分のこれからの人生をシュミレーションしてみるが、さして名案が浮かぶわけでもなく「そぉ〜して僕は途方にぃ〜暮れるぅ♪」と歌う唇さみし秋の風。しかし、毎日の病院通いも捨てたもんじゃない。待ち合い室で、湿ったせんべいのおすそわけに与ったことが縁で、地域の老人たちと懇意になる。バアさんに頼まれて、ゲートボールの審判を買って出るAくん。老人たちに頼りにされる「僕」。なんとなく自分の存在感の大きさをかみしめ充実した日々を送る。ゲートボールの後、朝マックを食べながら毎日老人たちの愚痴を聞くにつれて、日本の医療体制、老人介護のあり方に憤りを覚えるようになる。「今の経済大国日本の礎を築いた先達である、お年寄りを大事にしないで、何がIT革命だ! グローバルスタンダードだ(意味不明)!」と拳を握るAくん。これからの自分の人生を老人福祉に捧げようと、マクドナルドのコーヒーのおかわり6杯目を飲み干しながら、固く心に誓ったのであった。

19 仕切り直し

夢はいずれ政治家になって、老人福祉事業を充実させること。その最初の一歩として、特別養護老人ホーム「あすなろ苑」(仮名)に職を求めて面接に出かけたAくん。しかし、ここで介護福祉士のライセンスがいることを知り、いきなり野望にかげりが差す。が、気を取り直して寝たきり老人の身の回りの世話をするディケアのボランティアを始める。しかし童がえりとはよくいったもので、体の自由がきかなくなった老人は、えてしてガキのようにワガママになるものである。当初は気概を持って取り組んでいたAくんだが、無理と無茶ばかり言う老人を前にして、こめかみ辺りの毛細血管がプチンと炸裂。「なめとんか、われィ! しやぁきぃあげんど、コラぁ!」と、15年間一度も口にしたことのない、あんなに忌み嫌っていた大阪弁が切れた血管のように炸裂してしまった。老人の悲しそうな表情に、ハッと我に返ったAくん。エベレストの頂上から一気にマリアナ海溝までテンションが下がり、己の未熟さに大きなショックを受ける。自分のカルマを捨てるために、そしてもう一度、自分の人生を見つめ直すべく、青森県下北半島へ滝修行に赴くことにした。

20 滝修行

下北半島の山寺にこもり、毎日まだ夜の明けきらない早朝から滝に打たれるAくん。水の波動に、見えざる世界との触れ合いを感じ、自然との一体感に歓喜する。とはいったものの、2月の山の清水は冷たい。それほど体が丈夫でないAくん、滝に打たれるたびに、足の感覚がなくなり、あわせて気も遠くなる。いつまでたっても、苦痛ばかりでちっとも哲学ができない自分に焦りを感じ、さらなる苦行をと、断食に挑むが、見えざる目に浮かぶのは仏の言葉ではなく、大めしと豚汁の絵。座禅を組んでも足がしびれるばかり。なんと僕のカルマは深いんだ! 絶望を感じ毎夜己の業の深さを恥じ入り枕を濡らすが、3ヶ月もたつと滝修行もそれほど、苦痛ではなくなった。しかし、それは山も初夏を迎え、気温が上昇しているだけだということに気がつかないAくんだった。生涯を仏の道に捧げようかと思った矢先に、質素な山寺だと思っていた寺が、実は弘前市内でパチンコ屋とラブホとガソリンスタンドを手広く経営していることが判明。時を同じく、住職が脱税容疑で書類送検される。Aくんも警察に任意同行を求められ事情聴取を受けるはめになってしまった。
21 ペンション居候

信じていた住職に裏切られ、絶望のなか下北半島を後にしたAくん。これからの身の振り方を案じつつ夜行に身を委ね、とりあえず戻った上野駅。手持ちぶたさで、山の手線をぐるぐる回っていると、車内吊りのポスターの上高地の美しい自然に心を奪われる。「そうだ! 信州に行こう」。新宿からとりあえず特急乗り、松本駅で勇気を出してヒッチハイク! レンジローバーを運転するその人は、野麦峠あたりでペンション「めるへん」(仮名)を経営する、通称ヒゲさんだった。Aくんの身の上話を一通り聞いたヒゲさん。「うちに来ないか?」。一見、話のわかる兄貴タイプのヒゲさんの優しい笑顔にほだされ、ペンションで居候することを決めたAくん。布団部屋をあてがわれ、毎日、朝5時に起床し、2匹の犬のうんこの掃除とトイレ掃除、まき割り、ベッドメイキング、皿洗いに奔走する。ほかの居候たちは、時間をうまくやりくりして、空いた時間に釣りやスキーをしたりして、ペンションライフを楽しんでいるが、不器用なAくんは、犬のうんこを始末するのさえ、おっかなびっくり。おずおず手を差しのばすより早く、後ろ足で蹴られるのが関の山。そんなAくんだけど、楽しみは食事の後のミーティング。ヒゲさんのギターに合わせて歌を歌ったり、ハンカチ落としをしたり、人生や愛について語りあう毎日に充足感を感じ始めていた。

22 いざ! 大阪!

いつものとおり、犬のうんこの始末をしていたA君は、黒ラブの尻尾を思いっきり踏んでしまい、さすがに温厚なラブラドールも激怒。全治3ヶ月の大ケガを負ってしまった。療養生活から帰ってみると、すっかりやせ細ったヒゲさんが病の床へ伏せっていた。その姿を見たA君は、かつてのボランティア経験がここで生きるのだ! と張り切って、ヒゲさんの身の回りの世話を始める。人のよいヒゲさんは、不器用なA君が一生懸命に立ち働いているのを頬を引きつらせながら見ていたが、点滴チューブをひっかけて針を折ったり、尿瓶を割ってしまったりするA君の看病にますます目はくぼみ、頬は落ち込んでいくのだった。ある日、ヒゲさんに呼ばれたA君。ヒゲさんは「キミはよく働いてくれる。すっかり、ペンションの仕事を任せられるよ。実は、大阪でペンションをやっている友人が、わけあってペンション経営を辞めることにしたんだ。それで、よかったらキミにそのペンション経営を任せたい、と言ってるんだが」。ヒゲさんがA君から解放されたがっているとも知らず、ついにヒゲさんに認められた! これで大阪に錦の御旗を掲げて凱旋できる、と意気込んだA君は一路、大阪へむかったのだった。ほかの居候は不思議に思って、ヒゲさんに聞いた。「ヒゲさん、大阪に友達、いたんすか?」。ヒゲさんは微笑みながら答えた。「いないよ」