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シャネルの「モバイルアート展」はアートを大きく変える。
高度な生産/消費システムが稼動する日本では、今、アートは生産/消費システムの拡大と稼動の効率化のために組成を変化させられ、まるで遺伝子組み換えでもなされるかのように、その構造、社会内のポジション、役割を変容させていく。
「モバイルアート展」において、その組成変化は一段と加速し、アートはいわば時代の角を曲がり、未踏の領域に踏み込んでいる…。
そんな匂いがして「モバイルアート展」の追加公演のチケットを求める列に並んだ。
展覧会は香港、2月27日にスタート、を皮切りに、東京の後は、ニューヨーク、ロンドン、モスクワ、パリを特設会場ごと巡回するという。入場は人数制限されていて、あらかじめ指定された日のチケットを入手しておかないと入場できないのだ。(知らなかった。)
さらにその鑑賞時間も装着させられるアイポッドの音声ガイドが指示するコースをたどり約40分と決められている。約250枚配布されるチケットを求める人の列は予想以上に長く、私の直前で完売(無料なので完売はおかしいですね、品切れとでもいうのか…)となった。こうした「モバイルアート展」の限定方式も大々的な「モバイル」方式(なんだか有名ロックアーティストのワールドツアーのようではないか)とともに、私たち観衆の興味をかきたて人気となった一因であろう。
あきらめる寸前、運良くこの日の当日券をゲット、会場に臨んだ。
場所は国立代々木競技場の北門内オリンピックプラザ。宇宙基地のような白の特設会場は、イラク出身の女性建築家ザハ・ハディドの設計によるものだ。あの往年の円谷映画、「モスラ」の幼虫がうずくまるような姿にも見える…。
一昨年のカルティエのコレクション展(東京現代美術館)にもみえるように、企業が現代美術を支援したり作品を収集したりするのは珍しいことではない。
昨年の「SPACE FOR FUTURE」展では、企業の協賛によりテクノロジーや素材を提供され制作された作品が目立った。深く進行する企業と作家とのコラボレーション。企業の宣伝と作家の個的表現はシンクロする傾向を示していた。
だがこの「モバイルアート展」での企業と現代美術の関係はさらに踏み込んだ形がとられている。
シャネルが現代アートの作家20人を選び、その作品のディレクションもおこなう。移動型の特設会場も提示されるアートの一部としてデザイン、建築する。ここで提示される新たな現代アートはいわば、「シャネル製」の現代アートなのだ。
第二次大戦後、批評家のローゼンバーグは、「荒野は壷に飲み込まれた」とタイトルして、アメリカに現代アートの第一号、抽象表現主義絵画が登場してくる状況を語った。彼の言葉を模していえば、まさに、現代アートの「荒野はバッグに飲み込まれた」のだ。(続く)
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